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ただいまと言える場所

 ふらつく足取りで獄都に戻り屋敷へと帰っていく。夜遅い時間だから廊下には先輩姉さん達はいない。お腹が減ったけれども多分今食堂へ行ってもキリカさんやあやこ姉さんはいないだろう、部屋に何か食べ物あったっけ……任務で疲れきってしまいあまり働いていない頭を必死で巡らせるけど空腹と眠気でごちゃごちゃしたものが脳内を埋め尽くしていってしまう。
朝から任務へ行き、昼前には終わったかと思ったらそのあとすぐに緊急の任務が入ってしまいこんな時間まで掛かってしまった、部屋に戻ることなくそのまま任務先に向かったから一緒に住んでいる彼の顔も朝から見ていない。早く部屋に帰りたい、とりあえず鉈に付いた汚れを落として磨くのは明日にしよう。
重たい足を動かしてやっと付いた自室の扉のドアノブを捻った瞬間、勝手に扉が動いて身体を引っ張られる。

「ん!?」
「……お帰り、名前」

 少しだけ掠れた声が上から降ってきて、身体を強く抱き締められた。途端広がる、大好きなにおいと、少しだけ冷えた体温が全身を包み込んで思わず大きなため息を零してしまった。部屋にいるのは、彼しかいない。縋り付くように自分よりも大きな背中に腕を回してポツリと呟いた。

「ただいま、きりしまくん」

 愛おしい恋人の名前を言えば背中に回っていた手に力が篭ってさらに強く抱き締められる。
鏡の怪異のきりしまくん、廃校で出会い、不思議と彼に魅入られ、本体である姿見を部屋に持ち帰れば人の姿として屋敷をうろつくようになり、言葉を発し気が付けば相思相愛の仲になっていた。模倣した斬島先輩に姿はそっくりだけれども中身は悪戯っ子で甘えん坊、ある意味子どもみたいな人だけれど一緒にいると凄く安らぐ。
けれども、もう寝ていると思っていたら行き成りの出来事には少しだけ驚いてしまった。私自身今身体が綺麗なわけじゃないから離れなきゃ、と思い身体を少しだけ後ろに退こうと思うが、それ以上に強い力で腰に回されていた手に力が篭る。

「きりしまくん、私汚れてるから」
「遅かったな、……心配したんだぞ」
「え……?」
「早い時間に出て行ったからすぐ会えるだろうと思っていたのに、こんな時間まで触れることはおろか顔すら見られなかったから……寂しかった」
「きりしまくん……」
「任務だとは分かっているが、……邪魔をしたくなくて鏡にも映り込まないようにしていたんだ。……ようやく会えた、触れることも出来た」

 自分が汚れるのすら気にしていないのか、きりしまくんは制帽を脱がして私の髪の毛に顔を埋める。ぽつぽつとくぐもった声が髪の間から耳に入り込み、途端に彼に対する愛おしさがこみ上げて来て頭一つ高い彼の髪の毛に指を通し、片方の手は彼の着ている部屋着を握り締める勢いで背中に回した。
吐き出された言葉は本当に辛そうで、尚且つ溜まっていた思いが爆発したような声色だった、たった一日、会えなかっただけで彼はこうなってしまうのか。自分よりも高い身長のきりしまくんが幼い子どものように思えて、指を通していた柔らかい髪の毛を撫で付けるように一本一本動かすとくすぐったいのかきりしまくんは「ん」と小さく声を出した。

「連絡しないでごめんね。緊急だったからする暇無くて……ただの言い訳になっちゃうけど」
「忙しいのは分かっている。こうして帰ってきてくれるだけで構わないぞ」
「……お帰りって、言ってくれる人がいるからだよ」

 遅い時間帯だと人は寝静まっているし、お帰り、と声を掛けてくれる人もいないまま薄暗い廊下を歩き、暗くひっそりとした自室に帰る。機械的な日常をただ送り続けるだけだろう、今日みたいに疲れてきっている日ならなんともいえない虚しさや寂しさがこみ上げて重たいため息を零すしかないのかな。けれども今は違う、薄暗い廊下を歩いていても部屋で待ってくれる、どんなに疲れきっていてもこうしてお帰りと出迎えてくれる人がいるのだから早く帰ろうと思える、安心する事が出来る。例えきりしまくんが寝ていてもその寝顔を見ることで疲れなんて吹き飛ぶし、ましてや優しく包み込んでくれるものなら疲れなんて最初から存在しないようにもなる、きりしまくんがいるだけでこんなにも違う。
無言で抱き締めあっていると、不意にきりしまくんの手が私の頬を取り上を向かされる、濁りのない青い瞳とぶつかった瞬間に、柔らかく生ぬるい感触がかさついた私の唇に優しく触れた。

「名前」

 数秒で離れた唇の合間から吐息が零れまた私の唇に触れる、任務に追われて寂しいとか無かっただろう、と思っていた私だったけれどもそうではなかった。唇が触れ合う度に身体が熱くなり、もっと、という意味合いを込めてきりしまくんの腰に両腕を絡めれば上唇を軽く吸われたので応えるように口を開けばすかさず熱い舌が口内に入り込んだ。舐(ねぶ)るように歯茎や人より鋭い牙、唇の裏に舌が通りなんともいえないくすぐったさで半開きの口から熱い息がこぼれ出てしまう。

「んっ、……はっ、」
「……っ、名前……」

 あまりの熱さでくらくらしてきた、深いキスの最中ぬるま湯に浸かっているかのような心地良さで蕩けそうになり力も徐々に抜けていく。その間にもきりしまくんは私の口内を犯してながらも空いた手で制服のボタンをゆっくり外していく、が、私は思わず腰に回していた手を素早くボタンに触れていた手の上に乗せてそれを制した。
止められた行為に不満を抱いたきりしまくんは、楽しそうにしていた表情を膨れつらに変えて私の額に自身の額を合わせて顔を覗きこむ。

「……なんで止める」
「だ、だって」
「今日はほぼ一日会えなかったんだ、触れ足りない。名前は嫌なのか?」
「そ、そうじゃなくて……、私、今日一日ずっと任務だったから……」
「疲れたか? ああそうか、そこらへんのことを考えていなかった……すまない」
「ちがっ、違う!」
「?」

 寧ろ触れたいし、触れられたいけれども、……うわなんだか恥ずかしい。顔に熱がたまって思わず俯くときりしまくんは「大丈夫か?」なんて言いながら私の頭を優しく撫でる。
会えなくて寂しいのはお互い同じ、本当ならば今すぐにでも、と思ったがそれは無理だ。今日はずっと外での任務で、魑魅魍魎の相手をずっとしていた、そのため身体は汚れているし汗もかいている、さすがにこんな身体、ましてや素肌を触られるわけにはいけない、女として。

「私、凄い汗臭いし汚いから……お風呂、入る」
「ふ、ろ?」
「うん、だ、だから待ってて」

 寝ないでね、という意味を込めて多分赤いであろう顔できりしまくんを見れば、少しだけきょとんしたした表情のきりしまくんと目が合って私もかたまってしまった。
雰囲気的にこのままだと思うけど、私自身不快感半端ないし今すぐこの汗を流したい、呆然としているきりしまくんから離れて部屋に付いている簡易脱衣所へ行こうと手を伸ばしたら後ろからきりしまくんが圧し掛かる勢いで私に乗っかってきた。いきなりの重さに潰されそうになるが何とか持ちこたえる。

「うわ、あ?」
「俺も入る」
「はあ!?」
「少しでも、お前の傍にいたいから入る」
「いやいやいやいや、ひゃあ!?」

 それは無いでしょ、と言おうと上から圧し掛かってきたきりしまくんを飛ばそうと力を入れた瞬間に耳を甘噛みされて思わず変な声が出た。声大きすぎてお隣に聞こえてないかな、と思ったけれども結構壁は厚いから大丈夫だろうと言い聞かせる、必死に脳内で自分に言い聞かせてて、淡々と耳を甘噛みするきりしまくんを軽く睨みつける。

「き、きりしまくっ」
「……入るんだ」
「さすがに、駄目」
「断る」
「あ、ちょ……!?」

 耳に意識が行っていた私の両腕を掴んだきりしまくんは、素早い動き私の腕を背中に回すと片手でがっちり押さえ込む、そしてもう一つのあいた手で開けかかっているボタンを外す作業に取り掛かった。予想外の彼の行動に目を丸くしつつも、なんとか力を入れて手を振りほどこうと試みるが疲れが溜まっているのか思うように力が出ない、あああああやばい、このままだと一緒にお風呂コースになってしまう!

「さ、さすがに怒るよ!」
「待てないんだ。……風呂場では我慢する、けど疲れた名前の手助けをしたい」
「……っ、」

 切なげに搾り出された声に思わず身体に入れていた力を抜いてしまった、その間に制服のボタンが全部外され上着を脱がされる。上着が床に落ちたと同時に、むき出しにされた首筋にキスされて身体が少しだけ跳ねるが、心臓が恐ろしいほど鳴り響いていて、嫌だ、という感情が一切無かった。力が抜けたのに気付いたのか、きりしまくんは拘束していた手を解いた、だらりとだらしなく力を抜くときりしまくんが縋り付いて首元に顔を近づける。

「名前……好きだ」
「わ、私だって……好き、だよ」
「知っている。……名前は優しいから、拒否しても最後は受け入れてくれることも、知っているぞ」
「う……」
「全部俺に委ねれば良い。明日に響かないように気を遣うから……な?」

 囁くような声色が耳朶を打っていき、背筋から何かがぞくぞくと走り抜ける、じわじわと体内に熱が孕んでごくりと生唾を飲んで背中に張り付いているきりしまくんに目を向ければ、青色の瞳が細められて目元に唇を落としていく。切羽詰っているだろうに、いつでも私に気を遣ってくれる彼に心臓を鷲掴みされたような感覚に陥って引き寄せるように私も彼の唇にキスをした。

「ん、名前……?」
「明日、休み貰ったんだ。……昼前まで寝ようと思って」
「……」
「夜更かし、……平気、だよ。あ、でも、お風呂は、普通に入る」

 恥ずかしさで声が小さくなっていってしまったけれども、多分シンとした部屋の中だから私の声はしっかりと彼の耳に届いているだろう。少しだけギラついた青の中に私が映りこんだ、と同時にズボンも降ろされてひんやりとした空気が足に纏わり付く。
沈黙が、少しだけ気まずくて脱衣所へ逃げこもうとしたら、「名前」と名前を呼ばれたので動きを止めたと同時に手を取られて彼の胸元へ誘導された。

「どうしたの……?」
「今、凄く緊張している。……と、同時に高揚もしているんだ」
「う、うん」
「先ほど言った言葉は撤回だ。……努力はするが、我慢出来なかったらすまない」
「え」
「さあ、行こうか」
「え、ちょ、待って、どういうい、」

 言葉を投げ掛ける前に、身体を持ち上げられて見慣れた優しい笑顔を向けられた。なんだかとてもまずい雰囲気なのだけれども、足掻こうなんて思っていない私も彼と同じ気持ちなのかも知れない。






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榊様リクエスト、きりしま?と甘夢でした。
この二人は一緒に住んでいるのでそれを生かせないかと思っていたら、ただいまやお帰り、と言える関係をテーマにしたいなと思って出来上がったものです。にしてもほぼ一日会えなかっただけでこうなるとは、新婚かよと思ってしまいました。
きりしま?は甘えん坊でたまに策士になったりとか、誰よりも後輩獄卒のこと理解してそうです。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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