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赤い闇の心情

「最近、名前頑張っているみたいですね」
「……」

 休憩所で煙管をふかしていると時に、同じく休憩をしていた木舌がポツリと呟いた。願わくばずっと名前の傍に置いておきたいがさすがにそれだと回りに怪しまれるから目の届く範囲内では自由に行動させていた。が、木舌の言葉を聞いて俺は思わず目を見張ってしまった。

「どういう意味だ、木舌」
「分からないことは自分で調べて、色々自分なりの考えを言うんですよ。喋りも丁寧だから友達も結構出来たみたいで」
「……そうか」

 他の獄卒たちと、仲良くしている。それだけの言葉で俺は彼女の事普通に話す木舌ですら殺してやりたいと思ってしまった。しかし俺も大概だ、上司として持つべきではない感情を部下に持ち、精一杯愛していたつもりなのだが一向に彼女から、「好き」という言葉を聞いたことがないし、想いを告げる前よりも俺に笑顔を向けなくなった。それなのに、俺に向けない笑顔を彼女は他の男共に向けている、その事実は俺を嫉妬させるには十分過ぎた。

「……肋角さん?」
「なんでもない。お前も早く仕事に戻れ」
「はーい」

 間延びした声が後ろで聞こえたのを無視して、俺は彼女の元へと向かった。



 上司である肋角に見初められ、異様なほどの愛情を受けている新卒の名前は殆どと言っていいほど仕事中は彼の傍にいた。いた、は語弊だ、居させられているのだ。けれどもやはり屋敷に住んでいる時点で何人かとはコミュニケーションを取っている、彼の目の届く範囲内でも親しいと言える友人は出来た。

「ねえ、名前最近疲れてない?」
「……大丈夫です。殆ど肉体労働はしていませんから、心配してくれて有難う」

 肋角が休憩中で部屋を出ている時に、報告に佐疫舌がいつも通り雑務をこなしている名前を見て問い掛けた。佐疫はお兄さんみたいな存在だ、自分のこともよく見てくれていて何かを気にかけてくれる、頼りがいがあり悩みなどもよく相談していた。
肉体的には疲れていないが、上司からの重すぎる愛情には正直身がつぶれそうなのは事実だ、そんなことは口が裂けても言えないから彼女はただ笑って自分を心配そうに見つめる先輩を安心させるため言葉を放った。妙に勘が鋭く色々詮索されそうだったが、佐疫は敢えて何も言わず水色の目をスッと伏せる。

「そうか、なら良いんだけど……。辛かったらいつでも相談に乗ってね」
「はい」
「じゃあこれ、肋角さんが来たら渡しておいて」
「分かりました」

 書類を受け取って、部屋から出て行く佐疫を見送った後に重たいため息を零す。辛い、と言えば辛いのかも知れないけれど肋角と関係を絶つ、と考えたらそれはそれで恐ろしかった。好きか嫌いか、と聞かれたら正直彼のことは好きだ、上司として、家族として、異性として……けれど、どうせならもっと普通に愛して欲しいという欲求が大半を占めている。ほぼ肋角の傍に居させられ休みの日も部屋に軟禁状態、少女マンガで見たような甘い恋人生活とは程遠い生活を強いられていて名前は辛かった。

「(はあ……どうしたら良いんだろう)」
「名前」
「!?」

 ため息を零した瞬間に、背後から嫌と言うほど聞き慣れた声が降ってきて身体が跳ねた。おそるおそる後ろへ振り返れば妙に不機嫌そうな名前に、異様なほどの愛情を注ぐ張本人肋角が立っていた、先ほどの光景が見られていたのだろうか、ドクンと名前の心臓が大きく跳ねて冷や汗が出てきた。

「ろ、肋角さん」
「名前、随分楽しそうだったな。佐疫との逢瀬は楽しかったか?」
「お、逢瀬だなんて、そんな」

 皮肉が込められた言葉に感情的になって否定すればスッと緋色の目が細められて、恐くなる。怒っている、急に恐くなって後ずさろうにも足がすくんで動かない、名前の顔を見た肋角は骨ばった大きな手で彼女の首元に手をやったと思ったら、急に力を込めて締め上げる。行き成り襲ってきた苦しさと急激に湧き出る嘔吐感で「がっ、」なんて汚い声が洩れる。
ぎりぎり締め上げられ、身体が少しだけ持ち上がり、つま先で立っている状態で生理的に流れる涙を零しながら肋角を見ると、酷く辛そうな表情をしていた。

「あ、ぐっ……!」
「お前は、俺さえ居れば良いのではないのか? 俺がいなくても、お前は生きていけるのか? 俺はお前がいなければ酷く寂しいし仕事にだって集中出来ない。なのに、お前はなぜ……!」
「うっ、がっ……、あ」
「好きだ、好きだ好きだ好きだ……どうしてお前は分かってくれない」

 ぎしぎしと、骨の軋む音が脳内に木魂して目の前がちかちかする。肋角は今にも泣きそうな顔をしていて、苦しそうに手に力を込めている、どうして、貴方が泣きそうな顔をするんですか。心の中で呟いた声は届かずに身体の中に消えゆく。
これは純粋な嫉妬なのに、どこか歪で歪んでいる肋角は名前には狂気にしか見えないけど、見えないけれども、酷く愛らしく愛おしい。

「佐疫が、好きなのか?」
「ちが、……くるしっ、」
「ああ……すまない。つい気が動転して」
「げほっげほっ! っ……」

 苦し紛れに言えば、佐疫に対する嫉妬と憎悪で入り乱れていた彼の表情はやわらかくなり、静かに足が地に付いた。
酸素を求めるべく大きく息を吸って乱れた呼吸を整えると、身体を持ち上げられて執務室に鎮座しているソファに座らされた。

「肋角さ、」
「名前……、俺には、お前しかいないんだ」
「っ……」

 縋り付くように、壊れ物を大切に扱う子どものように優しく彼女の身体を包み込んで小さく絞り出した声色は私の耳の中へと入り込みゆっくりと溶けて行った。心臓が大きく鳴り響いて、身体が熱くなる。恐いはずなのに、今自分自身を身体を包み込んでいる男性に留め止めない愛情が溢れ出てそっと彼の背中に手を回す。

「大丈夫です、大丈夫ですから」
「……名前、」
「あなたしかいません」

 彼には名前が必要で、名前にも彼が必要だ。そうだ、きっとそうなんだ。

* 

 執務室に繋がる別室の扉を僅かに開いた瞬間、どこか明るめの名前の声が聞こえたので、思わず隙間から覗けばそこには笑顔を向けている名前と、部下である佐疫の姿があった。

「有難う」

 はにかむように笑った名前に、心臓が大きく高鳴り同時に憎悪とも言えるような感覚が身体中を走り回った。なんで、その笑顔を俺に向けてくれないんだ?
 名前が佐疫に向けた笑みを俺にも向けて欲しい、どうして好きでも無い佐疫なんかにそんな優しい笑みを浮かべているんだ。脳内が真っ黒に染まり気がつけば俺は名前の青白い首に手をかけて締め上げていた。

「あ……がっ!」

 骨の軋む音を肌で感じ、罪悪感と共に高揚感が湧き出る。目の前で苦しむ女は、俺の愛する人だ、……振り向いて欲しい、笑みを浮かべて欲しい。俺に、愛の言葉を囁いて欲しかっただけなんだ、俺は不器用だから、上手く言葉に伝える事が出来ない。

「名前、」

 壊れ物を扱うように、恐がらせないように抱き締めた彼女は酷い仕打ちをしていた俺に優しく囁き背中に手を添える。

「大丈夫、大丈夫ですから」
「あなたしかいませんよ」

 震える声で紡がれた言の葉、本当なら彼女を自由にしてやりたい。けれどどうしても俺の傍から手放す事が出来なかった。

「……本当に、好きなんだ」

 小さく囁いた声は誰の耳にも届かず静かに溶けて消えていった。






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あや様リクエスト、「赤い闇に沈んでいく」続編、嫉妬する肋角さんでした。
普通に詰め寄ったらつまらないので、少し病んでいるので暴力的な行動を描写しましたが……、愛故に嫉妬しちゃうと自制が効かなくなるみたいな。肋角さんも完全に病んでいるのではなくて、どこかこんな事しちゃいけない、けど愛しているんだ!みたいな狭間に揺れ動いている、という設定が、あります。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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