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お兄ちゃんの力

「っ、くそっ……」

 誰も居ない食堂で、コップに入った水を飲み干して思わず乱暴な言葉を吐いてしまう。本当はお酒を煽りたいところだけど下手に飲んで酔ってしまったら大変なので再びコップになみなみの水を注いで口に含んだ。

「ああもうムカつく……! いっそ殺したい」

 夕方の任務報告のとき、肋角さんが居なかったらあまり評判が良くない別の男性上司に報告したのだけれどコイツがほんとにムカついて怒りを抑えるのに精一杯だった。理不尽に、報告するたびにその言葉の節々を拾い上げて質問しては俺ならこうする、と上から目線で発言してきて口答えするならば、俺を誰だと思ってるの? なんてパワハラ染みた言葉をかましてくるし挙句の果てにはセクハラと来たものだ。先輩姉さん達や、男性獄卒の先輩達に嫌われているのが分かった。どうしてあんな奴がここにいるんだ、しかも親の七光りらしくて性格は高飛車で金にモノ言わせて女を釣ったりしている、なんて噂も流れてきて頭を抱えるしかなかった。一緒に報告をしに行った子まで被害が来そうだったのでそれを庇ったのがいけなかった。

「まあでもあの子の悪口言われなかっただけ良いか」

 庇ったことにより上司を苛立たせてもう最後は罵りに近かったかも、ほんともう、殺意が湧いて今からでも奇襲しに行きたい。
 あの噂、最初は冗談だろうと思っていたけど実際に風貌を目の当たりにして分かった、アイツは鬼じゃない、もう亡者と同じくらいクズだ。

「〜っ……」

 ムカつくだけで済むなら良かった、しかし最後に、獄卒としてなってない、お前を育て上げた肋角や他の獄卒達も同レベルなんだろうな、なんて言われたもんだから怒りを通りこして呆れてしまった。自分だけが悪く言われるならストレス発散するだけで構わないけれども、先輩達や肋角さんのことを悪く言われたときはお前も斬りかかりにそうになってしまった、なんで、なんでみんなが悪く言われなきゃいけないんだ。勝手に先輩達や肋角さんのことを想像で決め付けないで欲しい。何も言い返せなかった自分が惨めで、情けなくてじんわりと目頭が熱くなって机に突っ伏す。

「……ああああ……もうやだ」
「名前?」
「!?」
「わっ、吃驚した」

 なんであんな奴如きで泣かなきゃいけないんだよ。奥歯を噛み締めてギュッとテーブルクロスを掴めば、後ろから肩を叩かれて思わず勢いをつけたまま身体を起こしてしまい驚いた声が耳に入った。誰だ、と思い後ろを振り向けばお風呂上りなのか首元にタオルを巻き、七三分けが解かれ前髪の間から見える緑色の瞳と目が合った。

「あ……木舌、先輩」
「こんな暗い場所で、どうしたの?」
「……」
「よしよし」

 印象深い七三分けがないから少しだけ戸惑ったけど、顔立ちを見てすぐに先輩の木舌さんだと分かった。ああそうか、食堂の電気も点けていなかったのか……木舌先輩は食堂の電気を点けると私の顔を覗きこんで頭を撫でる。多分、彼なりに何か察してくれたんだろう、向けられる笑顔が凄く優しくて泣きそうになるが、必死に堪える。

「名前、元気ないね。ご飯食べた?」
「はい」
「お風呂は?」
「入りました……」
「髪縛ってないもんね。じゃあ残るところはコレだね」
「……え?」

 そうだ、なんで私ご飯も食べたしお風呂も入ったのに食堂に来たんだろう。もしかしたら部屋に一人でいたら泣いていたから、誰かと話していれば大丈夫だろうだから人が来そうな場所にでも居ようと思って無意識のうちにここに来てしまったのか。我ながら呆れる、電気が点いていなければ誰も来るはずないのに。
 木舌先輩は先ほど変わらない笑顔を向けたまま、どこからか大きな酒瓶を取り出して私の前に置いた。

「ちょうど晩酌しようと思ってたんだ、ちょっとおれに付き合ってくれない?」
「昨日も、飲んでましたよね?」
「今日はせっかく名前もいるし、飲まなきゃ損だろ?」
「……そうですね、頂きます」
「うん。これは甘いし度数も低いから飲みやすいと思うよ」

 再びぐりぐりと私の頭を撫でる木舌先輩、なんだか七三じゃないから別の人に見える。気遣いが優しくて本格的に泣きそう。

「はーい、どうぞ」
「……はい」
「じゃあ、かんぱい」
「かんぱい、です」

 グラスに注がれた透明な液体を一口含めば、じんわりと甘いお酒の味とアルコールが少しだけ体内に巡ってくる。
今夜のは妙に美味しく感じたので、先ほどの水と同じように一気に飲み干せば驚いた表情の木舌先輩と目が合った。なにか変なことしたのかな。

「木舌先輩?」
「いや、一気に飲むの珍しいなって……、普段なら少しずつ飲むのに」
「えっと、喉渇いていたので」
「……そっか、でも一気に飲むのは良くないから、少しずつ注ぐね」

 空いたグラスを差し出せば本当にコップの半分ほどしか注いでくれなかった、まあ、でも、こうしなきゃ多分私自制なしで一気に飲んじゃうから仕方ないか。
普段なら注意してすぐに部屋に帰るのだけれども、今日はストレスとも溜まってて誰かと話したい気分だから木舌先輩と会えたのは凄く嬉しい。
 けど、やはりたまに先ほどの上司の言葉が頭の隅に張り付いて時折思い出しては表情を歪めてしまう。

「名前」
「ん? どうしました?」
「……なにかあったら、遠慮なく言ってね。おれで良ければ力になるよ」
「っ、木舌先輩……」

 伸ばされた腕が控えめに首元と背中に回されてそのまま抱き締められる、優しい木舌先輩の言葉と温かい温度に我慢していたものが切れたのか堰を切ったかのように涙が溢れ出てきた。

「……じ、ぶん……」
「一緒に任務行った人に聞いたよ、名前、その子の分まで嫌味背負ったんだって? そりゃあストレス溜まるよね」
「うっ、うぅっ」
「よく頑張った、偉いよ名前。よしよし」
「う、うあああああああ……おに、ちゃん……!」
「うん。お兄ちゃん、傍にいるよ」

 ぼろぼろ流れ出る涙を指で拭われて、先ほどよりも強く抱き締められた。精神が不安定な時にこういった言葉を投げ掛けられるとダメらしい、私はまだ人間に近かった頃のような精神状態になり思わず昔の名称で彼を呼びそのまま縋り付くように抱きつけば笑顔で髪の毛を梳かれる。

「なんっ、であんな言われなきゃいけないんだよっ……! 私、ちゃんと仕事終えたのに、あいつ仕事まともに出来ないくせにっ……うああああああああもうやだ!」
「ほんと、あいつは新人よりも要領悪いからみんなに良く思われてないよ」
「権力だけ振りかざしてっ、首になっても良いから殺しておけばよかったああああ……」
「気持ちは分かるよ、けどそれは止めておこうね」
「だ、だってセクハラしてきてっ……、うああああああお兄ちゃあああああん」
「それは初めて聞くな。触られたの?」
「こ、腰撫でられただけだけど……、気持ち悪かった……」
「……大丈夫、おれに任せて」
「うぇ……?」

 彼にしがみ付いて溜まっていた苛々やストレスを全部吐き出せばそれを肯定して背中を叩いたりしてくれる木舌先輩。しかし後半からなんだかただならぬ空気を感じたので思わず彼の顔を見れば、笑っているけどどこか黒いモヤみたいなのが見える。あれ、私もしかして要らぬ発言してしまったかな。

「おれ達の可愛い名前に手を出すなんて、幾ら上司でも許せないなぁ」
「え、あの、先輩?」
「元々良く思ってない奴もたくさんいるし、行動に起こしちゃおうか」

 さっきまで溢れて止まなかった涙が一気に止まった。今まで見たことが無い気舌先輩の顔に私自身も思わず凍り付いてしまう。けど多分その作戦には私もぜひ協力したい、というのも心の中にあった。

「木舌先輩……一体なにを、」
「名前は、なにも知らなくて良いんだよ。お兄ちゃんに任せて?」

 意味ありげな発言過ぎて背筋が凍る。発言もそうなのだけれども先ほどから一切笑みを崩していない木舌先輩に底知れぬ恐怖もじわじわと脳内を犯し始めている。
あれ、昔から、木舌先輩はとても優しいお兄ちゃんで私が苛められていたら真顔で相手を蹴散らしてくれていた……そして何年か経ったあとに多分怒っているだろう彼を見れば真顔ではなく黒いオーラを纏ってただ笑顔を貼り付ける。
 これは、下手に追求しない方が良いかも知れない。

「よく、分かりませんが……無理だけはしないように」
「ありがとう。じゃあ、飲みの続き行こうか、話しはどんどん聞くからね」

 注がれたお酒は味がしなかった。

「おれだけじゃダメだから、同じお兄ちゃん達の谷裂達にも協力を頼まなきゃな」
「今では、先輩ですよ?」
「けど立ち位置的にはお兄ちゃんでもあるだろう?」
「ま、まあそうですけど……」
「可愛い妹のために、一肌脱ぐのがお兄ちゃんってもんだからね」

 明日までには片付けるよ、と言った木舌先輩、お兄ちゃんの目だけは笑っていなかったけど私は何も気付かないフリをした。


「ねえねえ名前、あんたあの後なにかした?」
「え? どういうこと」
「あの上司、あんたの顔見かけたり名前聞くたびに震え上がってるわよ!」
「マジか」
「あんたの先輩お兄ちゃん達がなにかしたんじゃない?」
「否定出来ない自分が恐い」

 その後あの上司に呼び出された直々に謝罪された、そういえば髪の毛無くて坊主だったな。試しにお兄ちゃん、という単語を言ってみれば彼は顔を元の色よりもさらに蒼白させて震えてた。
そしてその日に会った木舌先輩や、他の先輩達はなんだか清々しい顔立ちをしていた。お兄ちゃんの力、恐るべし。







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梅村様リクエスト、木舌先輩でお任せ、だったので恋愛ではなくほのぼのというか、友情? 家族愛? みたいな感じで仕上げました。七三降ろした木舌先輩を切実に拝みたいです。絶対セクシーだ。
今回はずばり兄妹を意識してみました、木舌先輩は多分兄妹パロとか作ったら絶対シスコンになりそう。上司はきっとその日以来、姿を見ることはないでしょう。
梅村様のみお持ち帰りください。この度はリクエスト有り難うございました。

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