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さんざめく

「はああ……やっと捕まえた」

 走り回ったせいで身体熱い、帽子を脱いで汗を拭いながら屋敷の廊下を歩く。別の同僚が行っていた任務が失敗して怪異が屋敷内に入り込んで一時期てんてこ舞いだったけれどみんなが力を合わせることによって捕まえることが出来た。追いかけている間に他の先輩達と離れてしまったのだけれど大丈夫だろうか。それぞれ斬島先輩と谷裂先輩、田噛先輩と木舌先輩、平腹先輩と佐疫先輩、そしてただスピードが速いという理由で私一人で行動していたのだけれど……案の定最後は逃げ切る怪異を素早さで捕らえられた。しかし、まだ誰一人も先輩達に出会ってないからいささか不安である。

「(上司に怪異を渡す事も出来たし、先輩達探しに行こうかな)」
「名前! よかったぁ、やっと見つけた!」
「ん? あ、田噛せんぱ、」

 後ろから聞き慣れた声が聞こえたので、振り向けば田噛先輩だったのだけれど、思わず言葉を止めてしまう。いま、何て言った? よかったぁ? そんなことあの田噛先輩は絶対に言わないぞ。呆然としている間にも田噛先輩らしき人物は、私の前に来た瞬間ににっこり笑顔を向けた。ぞわぁっと鳥肌が立った。

「ひ、た、がみ先輩?」
「理由は後で話すから! とりあえず娯楽室へ行くよ!」
「は? え、ちょ!?」

 田噛先輩らしき人物は、早口で言葉を捲くし立てたかと思ったらそのまま私を俵抱きの要領で持ち上げて走り出す。意味が分からないまま抱えられた私は、なにも考えられずにただただ先輩の背中にしがみ付いていた。



「名前連れて来たよ!」
「よかった、見つかったんだね」
「……だりぃ」
「早急に理由を説明するぞ」
「このままだと大変だからな」
「……」

 すとん、と降りたときに見えた光景は、いつもの先輩達がいるのだけれど、様子がおかしいどころじゃない。凄く穏やかな笑顔で笑っている平腹先輩と、なんか五月蝿いくらい騒いでいる疫疫先輩、だるそうに頭をがしがしかいてソファに座っている木舌先輩、眉間に皺を寄せて腕を組んでいる斬島先輩と、無表情の谷裂先輩。……待って、意味分からない。なんか皆さん元の性格からだと絶対しないような仕草や表情をしなさっている。胡乱げな表情のまま私は口を動かした、

「あ、あの田噛先輩?」
「あー……おれ、木舌なんだ」
「はい!?」
「なんかさー、途中で名前以外の奴らと合流して名前と落ち合うかっつーときにあの怪異が出てきて、捕まえようとした瞬間に見事攻撃喰らっちまったんだよなー!」
「そのせいで、田噛と木舌、俺と平腹、谷裂と斬島……互いに精神が入れ替わっちゃったんだ」
「……わあ、そうだったんですか」

 大口を開けて身振り手振りで喋る佐疫先輩と、そんな佐疫先輩の肩に手を置いて苦笑を零す平腹先輩。……一斉に攻撃を仕掛けて、逆にやられて精神が入れ替わった、それだけで納得出来た。先輩達でもこんなヘマするんだ。

「元に戻る方法が分からない、名前を混乱させないために木舌が探しに行ってたんだ」
「元はと言えばなにも考えずに突っ走っていった平腹のせいだがな」
「えー! いたら捕まえるのが当たり前だろ?」
「貴様は、後先のことを少しは考えろ!」
「すっげ、斬島が怒鳴るとこ始めて見た!」
「ああもう、喧嘩しないでくださいよ!」

 表情一つ変えずに谷裂先輩、もとい斬島先輩は呟く。眉間にさらに深い皺を刻んで斬島先輩の姿をしている谷裂先輩は反省の色が無い平腹先輩を怒鳴るがやはり効果はないようだ。確かになんか凄い恐い表情で怒鳴る斬島先輩って初めてみたかも、新鮮。

「なにか解決策とかありますかね、佐疫先輩」
「オレ平腹だぜ!」
「……そうでした。中身が違うんですよね。あれ、佐疫先輩は確か」
「ここここ、平腹の姿をしてるよ」
「なんか色々厄介すぎてめんどくさくなってきたんですけど」
「だるい以外ねぇだろ」

 見た目と中身が伴ってないのは結構厄介、見分けつかない、無意識に精神が入れ替わっているのを忘れて話しかけてしまう。仕方ない、私は娯楽室に置いてある紙とペンを取り出してそれぞれの先輩達の名前を書いていく。

「ん? なにしてるの名前」
「このままだと自分が、先輩達の見分けがつかないのでこれ付けててください」

 個人個人の名前を書いた紙を安全ピンが付いた小さなネームタグに入れて先輩達の制服につけるよう言う。例えば、佐疫先輩の姿をしているけど、中身は平腹先輩の場合は平腹というネームタグをつけて貰うという説明も付けておいた。じゃないと私が大変だし、それを察したのか先輩達もすぐにネームタグを付けてくれた。これで、少しは判断しやすくなったかな。

「こういうのって、やはり時間が経てば戻るものなのでしょうか」
「怪異といっても微弱なものだ、一定の時間しか聞かないだろう」
「やはりそうですか、……戻るまではうかつに外に出ない方が良いですね」
「えー、出たら面白そうじゃね!?」
「佐疫先輩の姿をした平腹先輩なんて女子の夢をぶち壊すだけですから止めてください!」

 見た目好青年で、普段から凄く優しく温厚で優等生な佐疫先輩はとてもモテる、気持ちは分からなくも無い。なのに、それを、思ったことはすぐに口に出してしまいどちらかというと暴れん坊気味な平腹先輩の精神が入った佐疫先輩なんてもう歩く地雷でしかない。女子の夢壊しちゃダメだ。暫くはここから出れないなぁなんてため息を零せばソファにいつの間にか寝そべっていた木舌先輩の姿をした田噛先輩は、

「ねみぃ。俺は寝るぞ」
「ちょ、ちょっとでも早く元に戻る方法考えましょうよ!」
「時間経てば戻るんだろ、寝る」
「ああもう木舌先輩が言っているみたいで違和感しかない!」

 いつも笑っている木舌先輩が、中身が田噛先輩なことによって無愛想で仕草もなんかのろいし……というかソファと身長が合ってないから足半分くらい出てるし。ほんと非協力的なんだから……項垂れて頭を抱えれば、いつの間にか酒瓶を抱えている田噛先輩、じゃなかった、木舌先輩に頭を撫でられる。

「まあまあ、仕方ないよ! じゃあ酒飲もう!」
「あ、木舌何時の間に!」
「飲んでいる場合ではないだろう!」
「……」
「ん、斬島せんぱ、!?」

 斬島先輩の姿をした谷裂先輩が酒瓶を抱えている田噛先輩になっている木舌先輩に怒鳴っていを見て凄く違和感しか感じられない、へらへらしてる田噛先輩、中身は木舌先輩だけれども……というか、こんな表情も出来るんだ。斬島先輩の怒鳴り声は新鮮だ、うん。関わるのが面倒になったので少し距離を置いて見ているとトン、と肩を叩かれて後ろを振り向けば無表情で私を見下ろす谷裂先輩、じゃなかった斬島先輩。どうしたのだろうと思い声を出そうとした瞬間に身体を持ち上げられた。え、なにこれ。

「……身長が幾分大きくなったから、立って並ぶと小さく見えるが、こうするとよく見えるな。谷裂の身体だからか持ち上げても重さを感じない」
「はっ、え、えええええええ?」
「お、谷裂が名前抱っこしてるみてー!」
「なんだか凄い違和感感じるね」
「なっ、斬島俺の身体でなにをしている!」
「え、ちょっ降ろすなら普通に、うああああ!?」

 持ち上げたまま私を見つめて微動だにしない斬島先輩、足がふらふらしているし脇だけで体重を支えられているからなんか体制的に少しキツい。谷裂先輩の精神が入っている斬島先輩は一気に顔色を赤くさせて私の腰を掴んだ瞬間一気に下へと引いてきた、勢い余って足を床に強打し、痛くはないけど吃驚して変な声出てしまった。突如手元から私が離れたのに目をぱちくりさせる斬島先輩と骨を折らん肉を引き千切るような強さで腰元を掴む谷裂先輩。

「谷裂、降ろすなら優しく降ろしてあげなきゃ……名前吃驚してるよ」
「いきなりコイツを持ち上げる斬島が悪いのだろう」
「名前大丈夫? お酒飲む?」
「大丈夫です。あと酒は飲みません、とうか酒飲むな木舌!」
「お前等うるせぇ」
「田噛も寝ている場合じゃないだろ!」
「放っておきゃ元に戻るんだろ、……」

 収拾つかなくてつい呼び捨てしてしまうが致しかたない。心配そうな表情で谷裂先輩の手を制する平腹先輩の姿をする佐疫先輩の言葉で谷裂先輩は多分顔が歪ませているだろう、後ろに立っているから見えないけれども。その言葉のお陰で肉は引き千切られず骨も折れることなく手は離された。というかにこにこ笑顔の田噛先輩はダメだ、なんかゾワッとする、中身は木舌先輩なんだけど……長年見続けた人が急に人が変わったように(物理的に変わってしまったけど)なるのは半日経っているだけでは受け入れられない。ほんとに違和感を感じるのは平腹先輩が入った佐疫先輩と木舌先輩が入った田噛先輩に田噛先輩が入った木舌先輩だ願わくば早く戻って欲しい。
 あまりの五月蝿さに耐えかねた田噛先輩は木舌先輩の身体を起こしてけだるそうにこちらへ歩み寄る、身体大きいし歩き辛そう。無駄に投げやり気味な田噛先輩に呆れつつも時間経過を待つしかないなと考えていたら田噛先輩はなにかに気付いたのか私をじっと見つめる。木舌先輩の顔でけだるげな表情はあまりしないで欲しい、ちょっと恐い。

「田噛先輩、寝るならソファで」
「余計小さく見えんな。違和感感じる斬島の気持ち分かるなコレ」
「は? っ、」
「田噛も分かるか」
「ああ納得した。……折れそうだな」
「んん!? んー!」

 身長が私よりもかなり高い木舌先輩の身体で抱き締められて、胸元に顔が埋まる。しかも田噛先輩多分なにも考えず抱き締めているだけだから結構強い力で背中に腕が絡まる、苦しい、しかも力強いし妙に姿勢がえびぞりになる。というか斬島先輩も話合わせてないで助けてください、と言おうにも声が出ない、木舌先輩の姿した田噛先輩に殺されるのか、ちょっとは元に戻るのに協力してた気がするのだけど恩を仇で返すというのはこういうことなのか。
 意識がくらくらしてきた、息できないし身体に力入らない、こんな理由で死ぬなんて嫌すぎる……あ、ほんとにヤバイかも。

「……、」
「こらこら田噛! 名前が窒息死しちゃうよ!?」
「ぜぇっ、ぜぇっ……!」
「大丈夫? ほら息整えて」
「あ、ずるいぞ佐疫!」

 平腹先輩の姿のまま佐疫先輩は肩を支えて背中を叩いてくれる、あ、凄い落ち着く。今まで一番まともな行動のような気がしてお言葉に甘えて彼の腕に手を添えれば、急に背中を引っ張られて後ろから誰かに抱き締められた。

「平腹先輩!?」
「なんか外套邪魔だなー、けど良いか!」
「ちょ、先輩恥ずかしいから離して!」
「ほらほら、少しは落ち着いて?」
「木舌先輩っ」

 ぎゅうぎゅう力強く抱き締める佐疫先輩、じゃなかった平腹先輩に、こんなことされたことないから身体に熱が帯びていく。なんで今日に限ってスキンシップ激しいの、めんどくさくなって対抗するのを諦めれば、見かねた木舌先輩が助けてくれた。平腹先輩は佐疫先輩の端正な顔立ちを崩して唇を尖らせている。あ、可愛いかも。

「けど田噛、おれの視点から見る名前って新鮮でしょ? おれも名前が近く見えて凄い新鮮だよ」
「良いなー、オレも高い位置で見てみてーな!」
「誰か自分の心配してくださいよ……」

 好き勝手しすぎでしょ皆さん。そりゃ確かに元の身体よりも身長が高くなったら普段よりも違う視界に興奮するのは分かるけれども好奇心で殺しにかからないでほしい。酸素を求めるべく大きく深呼吸をする。
 あれ、そういえばまだ報告してないよね、なんて言えば良いんだろう。

「これ、肋角さんになんて報告するんですか?」
「怪異は捕まえたのだから報告する必要なんて無いだろう」
「けど一応こんな効果があった、と報せて置いたほうが良いと思うよ」
「書類作成は面倒だが、今後の参考になるかもな」
「なになに? 肋角さんに報告すんの!?」
「……だりぃ」
「それって、おれ等の不注意だから怒られるのかな」

 木舌先輩の声で周りが凍り付いた。肋角さんは怒ると恐い、そりゃもう屋敷内が物理的に揺れるほど本気で怒った顔は見たことが無いけれどもそれくらい怒らせると恐いのだ。だって私達獄卒が束になっても勝てないくらいの人だし。今回の任務は怪異を捕まえている最中にこんなことになったのは完全なる先輩達の不注意が起こしたものだ。少なくとも怒られることは間違いないだろう。

「……先輩達、頑張ってくださいね」
「どこに行くの名前?」
「ひっ」

 連帯責任で怒られるのは嫌だから、早々にお暇しようと思い先輩達の間を潜り抜けて扉に手をかけようとした瞬間冷や汗を垂らして少しだけ頬を引き攣らせている佐疫先輩に手を掴まれた。あ、なんかこれ嫌な予感しかしない。

「いや、自分書類作成を」
「お前も捕獲に関わったのだから、行くぞ」
「なになに、名前も行くのか!?」
「旅は道連れ、世は情けってね」

 先輩達に、凄く違和感しかない笑顔を向けられ投げ掛けられる言葉で私自身の顔が引き攣っていくのが分かる。ああ、もう完全に私を道連れにしようとしているぞこいつ等。

「えーえっとー……」
「名前、行くぞ」
「えええええ!?」
「よし、行こうか」

 さっきから黙って見ていた斬島先輩が、谷裂先輩の筋肉ばかりの身体を利用して先ほどみたいに軽々と私を抱き上げた。あれ、逃げられない。逃げられない私を確認した佐疫先輩たちはこれから地獄に行くのを覚悟したかのような清々しい笑顔を向けて扉を開いた。色々決心がついた人の顔はこんなにも輝かしいものなのか、こんな形で見たくはなかった。

「大丈夫、名前は捕まえたからデコピンだけだと思う」
「デコピンも嫌なんですけど! ああああああああ先輩達の馬鹿ああああああああ!」

 私の叫びは、虚しくも屋敷の廊下に響き渡るだけだった。
結局注意だけで済んだけどもみんな拳骨されてた。私は軽めにデコピンされた、色々理不尽な気がしてならない。






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紅茶様リクエスト、後輩獄卒以外入れ替わっちゃう逆ハーでした。逆ハーは、難しいですね……もっと精進致します。しかし入れ替わった後の二人称表記は難しいですね、いっそ()でも付けてしまおうかと思ったのですけど私自身が混乱しそうなので精神の人称を使いました。見難かったら申し訳ないです。
余談ですが、さんざめく、という言葉は「にぎやかに騒ぐ」などを表す言葉みたいです。まさにその通りに書けたかな、と一人で思っております。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
紅茶様のみお持ち帰りください。この度はリクエスト有り難うございました。

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