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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -




咲き出せ感情

 非番の日。もうすぐ任務から帰る、という報せが携帯から届いたので、居ても立ってもいられなくなり私は屋敷の玄関で彼の帰りを待つ。勝手に恋人の部屋に居座るのは何となくいい気持ちがしないので玄関で大人しく待っていると同じく非番だった木舌先輩が獄都の街から帰ってきたのかお酒が入ったビニール袋を両手で携えてやって来た。というかビニール袋からはみ出しそうなんだけれども大丈夫かな。

「あ、名前じゃん」
「木舌先輩こんにちは。お買い物?」
「そだよ〜、良かったら一緒に飲む?」
「いーえ、遠慮しておきます。あまり飲み過ぎると佐疫先輩が恐いんじゃないですか?」
「バレなければ平気だよ〜」
「危機感無さ過ぎですよ」

 佐疫先輩も非番だからもしかしたら屋敷内にいるかもしれないし、落ち合う可能性は半々だけれども……木舌先輩のお酒制限にやたら厳しい佐疫先輩のことだから、もしかしたらすぐに見つかって、これ以上考えるのは止めよう。

「というかなんでこんなところに?」
「もうすぐ斬島が帰ってくるみたいなので」
「ああお出迎え? 全くもうほんと奥さんなんだから〜」
「いえ、そういうわけではないんですけど……」
「立派な奥さんだよ〜、わざわざ連絡を寄越すなんて斬島も律儀だねぇ」
「それは思います。いや、一回任務が伸びに伸びて夜中に帰ってきたときがあって……、連絡も無かったら自分泣いてしまって」
「あぁ……もしかして」
「そうです、それ以来任務から帰るときとか遅れるときは必ず連絡をしてくれるんです」
「愛だね〜、羨ましいよ」

 思えばあの頃はほんと情緒不安定だったかも。獄卒になってからは徐々に感情、もとい喜怒哀楽が普通の人間に比べて薄れてきたけれど……あんなに泣く事もあるんだな、我ながら他人事過ぎるけれども。そうだ、あの時の斬島の慌てっぷりも凄かった、いきなり泣き出したらあんな風になるか。申し訳ないことをしてしまった。過去のことを振り返っている間、木舌先輩は相変わらず飄々とした笑顔を浮かべて私の頭を撫でると持っていたビニール袋から缶を二本取り出して私に手渡してきた。

「え?」
「二人でゆっくり飲むのも良いんじゃないかな?」
「ですが、」
「気にしないで、それに楽しそうに話してたら君の旦那さんが不機嫌そうにしてるからお詫びも兼ねて」
「え、どういう、」
「名前」
「斬島?」

 木舌先輩の言葉が気になったので慌てて辺りを見回した瞬間、身体を引っ張られて誰かに抱き締められた。驚きで缶を落としそうになるがそれは後ろから伸びてきた腕によって遮られ難を逃れる。その間に上から聞き慣れた声が降ってきたので上を振り向けば見てるだけで不機嫌と捉えられる表情をしている斬島がいた。
 あー、なんかタイミングが最悪かも知れない。と思っている間にも斬島はなぜだか私を強く抱き締めて木舌先輩を見つめる、うわ斬島が睨んでる。しかしそれに臆しない木舌先輩は変わらず笑顔を貼り付けておどけたように両手を挙げる。

「木舌、お前」
「大丈夫大丈夫、なにもしてないから。さっきまで斬島の話をしてたんだよ?」
「……」
「じゃあおれは部屋に戻るね。あとはごゆっくり〜」
「あ、お酒有難うございました!」

 癖で一礼しそうになるが、それはずっと身体に絡み付いている斬島によって塞がれる。というかいつまで抱きついているんだろう、さすがに恥ずかしくなって来た、屋敷の外にいる掃除係の人たちも凄く穏やかな笑顔をこちらに向けているし。

「えっと、斬島」
「ただいま。名前」
「あ、うん。お帰りなさい」

 ただいまと、お帰りや行って来ますと行ってらっしゃいという言葉は、言う相手によって妙にくすぐったい。普通の先輩達や姉さん達に言うのと恋人である斬島に言うのでは全然違う。反射的に言葉を「お帰り」と言ったことが嬉しかったのか、強い力で抱き付いてきた。

「……疲れたから、一回部屋へ戻るか」
「報告は良いの?」
「……」

 純粋に忘れていたなこいつ。どこか抜けている彼が可愛らしくて苦笑を零しつつも身体を捩って頭を撫でれば、嬉しいのか擦り寄ってきた。犬みたい。っと、いつまでもここにいる場合ではない、やんわりと斬島から離れれば斬島も私が言いたいことを察したのか帽子を目深に被って歩き出す。

「悪いが、先に部屋で待っててくれ。すぐ行く」
「んー……どうせなら終わるまで外で待ってる」
「良いのか、時間が掛かるかも知れないぞ」
「大丈夫。あ、お酒温くなっちゃうか」
「構わない。待っていてくれるならそっちの方が良い」

 屋敷内に入り私達の上司である肋角さんが普段作業をしている執務室へと向かっている間に簡単な会話を交わす。今日は非番の人が多いのか屋敷も結構人がうろついている、あ、よく見れば姉さん達もいる。自然と繋がれた手に目を向けられてニヤニヤされて恥ずかしい。

「では行ってくる」
「行ってらっしゃい」

 執務室へ入るのを見届けて、私は暫く壁に寄りかかり彼が出てくるのを待つ。報告終わったら書類作成手伝って、ご飯を作ってあとはゆったりとした時間が過ごせるだろう、許可出たら泊めてくれるかな。

「(ま、言わなくても泊めてくれると思うけれども)」

 こういうのを普通に考えられるようになったのはいつからだっけ、私と斬島も随分長い時間お互いを思って過ごしてきたんだな、ということを実感する。そう考えると妙に嬉しくなって一人で笑ってしまった。

「終わったぞ。待たせたな」
「あ、お帰りなさい。……部屋戻ろうか」

 案外早く報告が終わったのか斬島が執務室から出てきた、笑われてるのは見られなかったけど多分今にやにやしてるから極力顔を見せないように近寄れば斬島は不思議そうな表情で私を見る。
 気を落ち着かせるため深呼吸をして彼の手を取り私達は部屋へと戻るため足を前へ進めた。



「名前」
「ん? うわ」

 部屋に着くなり斬島はなにも言わずに私の方に身体を半分預けるような形で寄りかかってきた、いきなりの重みで体制が崩れそうになるが、上手く体重を移動させ、

「っ、とと!?」
「……!」

 られなかった、事前になにかあれば踏ん張れたがやはり急に重たい物が圧し掛かってこられると倒れこむのは当たり前だ。身体がグラついてそのまま斬島の部屋にたたんであった布団にばふんと顔面から倒れ込んだ、その瞬間からぶわっと斬島のにおいが鼻腔を擽った、うわ我ながら変態みたい。スプリングの音が聞こえると思ったけど聞こえなくて、ああそうか斬島はベッドじゃなくて煎餅布団派だったっけと思い出す。というか上に重たい物が乗っかってるから息出来ない。

「むぐっ、」
「っ、すまない。大丈夫か?」
「な、なんとか平気」
「本当にすまない。つい気を抜いてしまった」

 慌てた様子で斬島が立ち上がって私の身体を起こす。不安そうに見ている斬島に笑いかけて部屋に置いてあるちゃぶ台のところに座って待っていると斬島は普通に上着を脱ぎだす。昔は慌てて私が部屋に出るか斬島が脱衣所へ移動するのだけれど上着やシャツを脱いで着替えるくらいなら慣れてしまった。さすがに下着姿とかになると戸惑うけど。

「名前、この後は用事とかはあるか」
「無いよ。夜までここにいたいんだけど」
「構わない。寧ろ泊まっていけ」
「……ん」

 疑問系じゃなくて、確定が当たり前のような問い掛けに顔に熱がたまって頷く事しかできなかった。着替えは、前に置いていったのがあるから問題ないか。けれど制服持ってこなければ、どっちにしろ一回向こうに帰らないといけないか、着替えあとにお茶の準備をする斬島を見ながらぼんやりとこれからのことを考えていると黙りこくっていた私が気になったのか斬島が不思議そうに見て私の頭を撫でる。

「どうした」
「んーんなんでもない。制服取りに行くから一回部屋帰らなきゃなーと思って」
「俺がそっちに泊まった方が良いか?」
「明日は何時から?」
「午前からだ、だが一度そちらの上司に会わなければいけないんだ」
「私と同じか。……んー、じゃあ私の部屋行こうか」

 同じ時間帯だから、どっちの部屋に泊まっても構わないと思ったけれど明日、斬島が女子の方の屋敷にいる上司に用事があるのなら私の部屋に泊まっていった方が時間的に良いかも知れないな。女子の屋敷へ行くとなれば夜の時間帯は斬島とかはうろつけないけれど良い? と聞けば表情を変えずに斬島は「お前の傍を離れるつもりはない」と言い放ってぐりぐりと私の頭を撫でてくる。

「書類作成を終わらせたら行くか」
「分かった。向こうで木舌先輩から貰ったお酒も飲もうか、早く終えられるように作成手伝うよ」
「いや、さすがにそこまでやって貰う訳にはいかない。終わるまで名前は本でも読んでいてくれ」
「でも……んっ」

 早く終わらせたほうが長く終わるよ、なんて思いながら渋れば斬島はゆっくり後頭部を引き寄せて私の唇にキスをする。驚きで目を見開けば、それに気付いたのか斬島も目を開いて啄ばむように私の唇や頬にキスを落としてきた。
 ずるい、こうされるとなにも言えなくなるの知ってる上での行動か。

「……」
「わ、分かった、分かった、からっ」
 
 余計なこと言わせないなんていうような目線でキスされるもんだから折れるしかない。熱くなった身体や荒い呼吸を抑えるためにゆっくり呼吸を繰り返せば満足そうな表情をした斬島は最後に一回私の額にキスをしてきた。

「良かった。お前が傍にいると作業が捗るんだ」
「え、そ、そう、なの?」
「不思議だな、なぜだか名前の隣にいると何でも出来るような気がしてならない、日を追うごとに、強くなる」
「っ……」

 恥ずかしい事を言っている自覚がないのかこの人は。けれど全然嫌な気がしなく、寧ろ嬉しくて、私も同じことをずっと思っていたのが嬉しくなった。ゆっくりと優しく頬を撫でる斬島の肩に手を添えて、ぎゅっと目を瞑り自分から彼の唇に喰らいついてそのまま彼にしがみ付けば斬島の身体が少しだけ跳ねた。呼吸が続かなかったので唇を離せば驚きで目を見開いた青い瞳と合わさった。

「名前……?」
「あ、ご、ごめん! あの、なんか身体が勝手に動いて、」
「お前から来ることが珍しくて気が動転したが、悪くは無いな」
「え」
「もう動転はしない、どんどん来ると良い」

 腕を広げて、期待に満ちた目で私を見る斬島。いやいや、そんなこと言われたら逆にやり辛いし、というか書類……、じっと見つめられている、それと先ほどの自分の行動で恥ずかしくてただ呆然としているとまた不思議そうに小首を傾げる斬島。やはり、根本的に何かが欠けている。

「〜っ、斬島のばか……少しは恥ずかしがってよ」
「……恥ずかしい?」
「ああ……斬島には無縁の話だったね」

 恥ずかしい、羞恥心という感情がほぼ皆無な斬島にこの話は無理難題過ぎたか。そのせいでどれだけ私が振り回されていることか……けど、全然嫌じゃないから憎めない。腕を広げている斬島の身体に飛びつけば、うるさいくらい鳴り響いている斬島の心臓、あれ、

「よく分からないが、これが恥ずかしいという意味か?」
「こ、これって?」
「さっき、名前にキスをされた時に心臓がうるさいくらい鳴り響いて身体が熱くなったんだ」
「!」
「ああ違うな、前々からこんな症状はあったが最近は特に酷くなった。……これが恥ずかしいという感情か?」
「……」
「名前?」

 驚いた。斬島が、こんな感情を得るなんて、昔から不意打ちをついても顔を赤くする事の無かったし、心臓の音もここまで酷くは無かった。長年過ごしているうちに、色々な感情が芽生え始めているのかな、私が、彼と付き合うことによって。なんだか妙に嬉しくなってゆるゆる上がる口角を気付かれないように彼の胸板に顔を埋めればそのまま抱き締められる。これから、斬島も感情とか覚えていくのかな。私も人間に比べれば随分希薄だけどそれと同じくらい、までは行かないか、けれどもいつか赤い顔を見れるかも知れない。

「……斬島、大好き」
「俺も大好きだ。これからも、ずっとお前の傍にいる」

 躊躇いもなく吐き出された言葉、ああこれは時間がかかるかもなぁ。けれど、彼の言う通り、ずっと傍にいるつもりだから気長に待とう。






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毛布様リクエスト、斬島で甘夢でした。お互い意識せずに寄り添っていて周りからは夫婦みたいだな〜、なんて思われていたら良いなと思いながら書いてました。斬島は本当によくも悪くもストレートに言葉を吐きそうです、羞恥心とか絶対無いだろうなぁ、けれど人並みくらいには意識せずともどきどきしてたらという思いを込めています。因みに携帯は後輩獄卒が買い与えていると思います、ボタン両手打ちだったら可愛い。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
毛布様のみお持ち帰りください。この度はリクエスト有り難うございました。

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