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待ち続け最後は幸せ掴む

「肋角さん!」
「名前か、どうした?」

 肋角さんもそろそろ休憩の時間だろうと思って執務室に来てみれば、たくさんの書類を整理している肋角さん。見るからに忙しそうなのは手に取るように分かったので、なんて言おうとしたのか忘れてしまった。ああそうだ、最近忙しくて全然会えないし会話も出来なかったら寂しくなって会いに来たんだ。休憩時間の合間なら会話くらい出来るだろうと思っていたのだけど、

「えっと、お忙しそうですね」
「ああ。思っていた以上に書類が終わらなくてな、……それで、どうしたんだ?」

 言えない。寂しいから遊びに来ちゃいましたなんて。現世では盆というものがあったので閻魔庁もごたごたしていた、そうなれば上司である肋角さんも忙しくなる訳で、盆シーズンは殆どと言って良いほど構って貰えなかった、会話も事務的で、抱きついたりキスしたりして貰ったのは一体何時だっけ。
 ふっと目を細めて笑った肋角さんを見れば、疲れているのが分かる。……どうしよう。

「あ、あの……コーヒー、お持ちしましょうか?」
「いや、既に貰っているから大丈夫だ」
「そう、ですか」
「……?」

 ああさらに言えない、休憩時間だと思って会いに来ましたなんて。彼を見る度に書類作成や資料の整理などしていて暇そうにしている彼は見ていない。なんて言えば良いのか分からなくて視線を泳がせれば肋角さんはただ首を傾げるだけだ。

「えっと、コーヒーの残量、確認しに来ました」
「そうだったのか。まだ平気だ」
「そうですか、分かりました」
「ああ。わざわざすまないな」
「いえ」

 くそ、どうすれば良いんだ。言葉が見つからなくて俯いていると、執務室の扉が開かれた。

「しつれいしま〜……あ、名前、やっほー」
「木舌か」
「木舌先輩、こんにちは」

 顔を出したのは木舌先輩だった。手には書類の束、任務が終わって戻ってきたのだろう。ちょうど良いタイミングかもしれない、会話が続かなくてきまずかったし。

「名前も報告?」
「いえ、……そろそろ戻ります」
「ふうん? じゃあ一緒に帰ろう? お腹すいたでしょ」
「そうですね……すきました、ご飯食べたいです」
「ん、じゃあ行こうか」

 笑顔を浮かべて、木舌先輩は私の頭を撫でる。フッと息を吐いて笑みを浮かべれば木舌先輩も嬉しそうに口角を上げる。ほんとお兄さんみたいな人だなぁ、一緒にいて安心する。肋角さんほどではないけれど。

「んー」
「頭撫でると嬉しそうな顔するよね、名前」
「……あまりハメを外すなよ」

 上から降って来た肋角さんの声に、心臓が痛む。そこは注意くらいして欲しいんだけどな、今、多分変な顔をしているから彼の方を向けないので俯いたまま拳を握り締める。

「木舌、書類ご苦労だった。戻って良いぞ」
「ありがとうございます。じゃあ行こうか名前」
「はい。失礼します」
「ああ」

 ……やはり、頭を撫でられていたことについては触れないのか、仕事が忙しすぎてそんなつまらない事に構っている余裕が無いのだろうか。……急に寂しさがこみ上げてきて先ほどよりも顔が歪んでいくのが分かった。

「名前、笑顔」
「……あ、はいすみません」
「また時間を見て行ってみたら?」

 くしゃっと髪をかき乱したまま木舌先輩は穏やかな笑顔を向ける。ああなんだ、やっぱり気付かれてたか、恥ずかしさで軍帽のツバを押さえて目深に被ったまま俯けば軍帽の上からぐしゃぐしゃ撫でられた。

「なんだか、じれったいね」
「けどあまり迷惑は掛けたくないんです」
「……おれはいつでもフリーだからね」

 おどけたように言う木舌先輩に苦笑を零して、私は開く事のない執務室を覗いた。……ご飯を食べた後は任務があるから、夕方頃に行ってみよう。多分彼もご飯を食べるだろうから話せる時間はあるはずだ。



「こんばんは肋角さん」
「ああどうした、飯か?」
「はい! あの、ごいっしょに、」
「名前ー!」
「うわっ、と」

 後ろに重みが圧し掛かり、私はその反動で肋角さんの方へと倒れそうになる。うわ、やばい、と思ったのも束の間、筋骨粒々な彼は後ろに乗っている誰かごと私の肩を掴んで倒れるのを阻止した。暫く振りに彼に触れられた肩が、急激に熱を帯びて身体が熱くなった。うわ、なんだか欲求不満みたい。

「大丈夫か」
「は、い」
「ふぉ? 肋角さんじゃん!」
「平腹、危ないから行き成りこいつに飛びつくな」
「はーい! ごめんな名前」
「大丈夫ですよ。それよりどうしました?」
「ご飯一緒に食べようと思ってよ!」
「え、っと」

 どうしよう、個人的には肋角さんと二人っきりで食べたかったのだけれど……まだ肋角さんには許可を貰ってないしなぁ、少しだけ期待をこめて彼を見上げれば、肋角さんは余裕ありげな笑みを浮かべて私の肩を掴んでいた手を離した。

「行って来ると良い。名前、話はまた後で良いか?」
「!?」
「行こうぜ名前!」

 なん、で? なんで、そんな事言うの。断ってくれると淡い期待を抱いていたが見事に打ち砕かれて、ずしんと鈍器で殴られたような感覚が襲ってきて目の前が真っ暗になる。寂しいのは、私だけなの? 数週間まともに顔を合わせてない、会話も事務的なものばかり、顔を合わせてないとなれば触れる事すらなかった、私だけ、彼が空いているであろう時間を探って会いに来て結局忙しいからと断られて先輩達からのスキンシップに戸惑っている間もなにも言わないで見ているだけ。私だけ、好きなんだ。

「……馬鹿、肋角さんの、馬鹿」

 聞こえるか聞こえないかの声量でポツリと呟けば、五感が人間達よりも鋭い彼らには届いていたらしくこちらに目を向ける。気がつけば怒りや悲しさがごちゃごちゃになって眉間に皺が寄ってきて、行き場のない感情を溜めたまま唇を噛み締めれば皮膚の裂ける音がして血が滲む。ああダメだ、涙腺が緩んできて視界も揺れる、流れるまではいかないけど、こんなことで泣いちゃうなんてほんと、ダメだなぁ私。

「名前?」
「んぉ!? どうした!」
「わ、わたしが! 貴方に会いたいがために会えるであろう時間を必死で作って会いにきたりしているのにっ……忙しいのは仕方ないです、けど……けど、なんで頭を撫でられたり後ろから抱きつかれてご飯に誘われたりしているのに反応してくれないんですか!? わ、わたしだけっ、こんな一方通行……!」

 吐き捨てるように言って、怒りに任せて壁を殴れば少しだけヘコむ。やばい、あとで怒られるかも。しかし、それ以前に自分が今吐き出してしまった言葉を思い出して我にかえる、とんでもないことをしてしまった。完全なる私の我儘だし、好きでもないのに忙しさに追われている肋角さんに一番言ってはいけない言葉だと声に出してから改めて実感する。目の前には、呆然としている肋角さんと平腹先輩。どうしよう、きちんと、謝罪しなければ、

「あ、も、申し訳御座いません! すみません、少し色々気が立ってしまって……、忘れて下さい!」
「平腹」
「?」
「すまないが、名前は貰う」
「んー、多分そっちの方が良いと思うんで良いっすよ! オレ腹減ったからご飯いってきまーす!」

 床から目線が外せなくて、心成しか身体も震えている。「じゃあな名前!」なんて暢気な平腹先輩の大きな手が頭に触れて軍靴の音が遠ざかっていくのが耳に入っていく。どうしよう、怒ってる、絶対に、困らせた。声も出なくて、どうすれば良いか分からなくてただ拳を握り締めていれば被っていたものがなくなってフッと視界が明るくなる、思わず上を見上げれば酷く優しげな顔をした肋角さんの緋色の瞳と目が合った。

「名前」
「あ、も、もうしわけ、」
「名前、落ち着け」
「じ、自分っ」
「大丈夫。大丈夫だからそう強張るな」

 頬に触れる彼の手は大きくて、久々の感覚で熱が一気に放出されそうになる。ごめんなさい、とか、触れて貰えた、とか様々なもので脳内がパンクしそうになって溢れた涙なんて放置して鼻水を啜れば身体が宙を浮いて、肋角さんに抱えられた。

「え、え?」
「ここは廊下だ。ひとまず俺の部屋へ行くぞ」

 時計は八時、一応の業務終了時間は九時。業務内での人称は“私”なのに今聞いた声は“俺”だった。切羽詰っているのかな、足を動かすのが早いし、顔を濡らしていた涙を袖で拭って色々考える。身体が密着してる、こんな程度の密着で嬉しいと思っている私は相当末期だ。
 怒られるのかな、なんて思ってた矢先前は何度も通っていた肋角さんの部屋が視界に移って、そのまま静かに降ろされた。

「あの、肋角さん」
「すまなかった」
「うぇ」

 私よりも一回りも二周りも大きい体躯が、文字通り私を包み込んだ。久々の感触と、紫煙や彼の匂いで脳内にあったものが弾けとんで、嬉しさのあまり私は数秒の間を開けずに彼の身体にしがみ付いた。胸元に顔を埋めて、ぐりぐりと頭をこすり付ければ喉を震わせて笑った肋角さんの手が私の頭に来る。というか、すまなかったとはどういう意味だろう。寧ろそれは私が言いたいのに。

「どういう意味ですか?」
「名前の気持ちに気付いていたものの、あまりの忙しさでろくに構ってやれなかった。休憩時間を割いてでも仕事を終わらせたくて、お前の事をろくに考えてやれもしなかったんだ」
「……」

 そう、だったんだ。けど確かにずっと忙しさで仕事に追われていた肋角さんを見ればなんとなく彼の心情を理解することが出来た。私達獄卒も忙しかったけど、部下が忙しいとなれば上司はその倍だろう。言葉を出す事もできずにただ黙って彼に縋り付くと、手を引かれて、肋角さんはベッドに腰掛け、その前に私を誘導する。座ってもあまり頭の位置が大きく開かなかったので一層距離が近くなって顔に熱が溜まる。黙って彼の瞳に目を向ければ、クマだらけの目が細められて頬に唇が落とされた。

「こんなに顔を合わせず、触れる事も出来ない期間はなかっただろう。寂しい思いをさせて本当に申し訳なかった」
「そ、んなことないです」
「……だが、一つだけ語弊がある」
「語弊、ですか?」
「ああ。上司の威厳というものもあり、公私混同も嫌いだ。……後で木舌と平腹には直々に話し合いの席を設けるつもりだ」
「!」
「愛おしいと思う女が他の男に触れられて、なんとも思わない男がいると思うか?」
「っ、」
「俺は、お前が思っている以上に嫉妬深いんだ」
「ん、!?」

 意地悪げに口角がつりあがって、あまり見ない彼の表情に心臓が音を立てる。混乱する中でも言葉を吐き出そうと思ったら後頭部を引かれてそのまま乱暴にキスをされた、キスこそ、本当に久々だったから触れ合っただけでぴりぴりしたものが走り抜けて身体がかたまる。

「はっ、ろ、肋角さん」
「漸く仕事も一段落付いて休みを貰えた。今までの分までたっぷり愛させてくれ」

 射抜かれた緋色の瞳で吸い込まれそうになる。私も、無意識に期待しているのかごくりと生唾を飲んで頷けば、大きな手がゆっくり制服のボタンを外し始めた。


「木舌、顔色が悪いぞ」
「いや、肋角さんの前で名前の頭撫でたら物凄い目で見られたからおれ死ぬかもしれない」
「オレもオレも! なんか名前が肋角さん見ている間はすっげー優しそうな顔してたけどアイツが顔を別の方に向けた瞬間すっげー恐い顔向けられた!」
「……死は、覚悟しておいた方が良いかもな」






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神無月様リクエスト、構って欲しい後輩獄卒と密かに嫉妬している肋角さんでした。なんか後輩獄卒がヤンデレ予備軍な気がしてなりませんが、ちょっと感情が荒い後輩獄卒は書いてて楽しかったです。彼女が見てないときに限って傍にいる獄卒に蛇をも殺す勢いで睨みつけていたら良い。木舌と平腹はダメです、詰みました。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
神無月様のみお持ち帰りください。この度はリクエスト有り難うございました

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