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歪な二人の幸せ

「お疲れ様名前」
「お疲れ様でした佐疫先輩」

 佐疫と名前は、任務が一緒だったのでそのまま上司に報告をし終えて館に戻って来た。目立った外傷も汚れも無く二人は穏やかな笑顔で会話をしていたとき、ふと名前の背後から人の気配がして、振り返る。

「名前ーお帰り!」
「わっ、平腹先輩!?」
「平腹、危ないよ」
「なあなあ佐疫、コイツ貰っていくぞ!」

 ぎゅうぎゅう締め付けるくらい名前の身体に纏わり付く平腹は佐疫の方を見て疑問を投げ掛ける。佐疫は一瞬だけ戸惑いの表情を見せたが、何故だか断ってはいけない雰囲気を肌で感じて黙ったまま頷いた。抱き締められている名前を見れば、どこか怯えたような表情が見えたが、すぐに普通の顔に戻っていた。

「別に良いけど……」
「おう! じゃあな! 行くぞ名前!」
「は、い」

 ぎこちない笑顔を見せた名前は、佐疫に一礼をして平腹に引っ張られるまま廊下の奥へと消えて行った。
違和感が拭えなかったが、下手に干渉してはいけないだろうと思いつつ佐疫は不安げに二人を見つめていた。

「あ、あの平腹せんぱ、」
「なんでだよ!」
「!」

 乱雑に平腹の部屋の扉が開かれて、無理矢理部屋へ入れられたあとにバタンと扉が壊れんばかりに閉められる。これから起こることを察して名前は不安げに平腹の名前を呟いた瞬間身体を押されて床に背中を叩きつけた、声にならない叫びをあげた瞬間にぎざぎざに並んだ歯をむき出しにして黄色い目を吊り上げた平腹の手が自身の首に伸びてきた。

「う、あっ……!」
「なあなんで、なんでだよなんでオレじゃない奴に笑ってんだよ楽しそうにしてんだよ!」
「ぐっ、う……!」

 ムカつくムカつく! ただひたすら脳内でその言葉が木魂して平腹は下敷きになっている名前の白く細い首を力の限り締め上げる、ぎしぎしと骨の軋む音が手から伝わってきて、名前の口元からはだらしなく唾液が零れ出るのを視界に入れた瞬間酷く惨めな気持ちになるのを感じた。

「お前はオレのだろ!? 佐疫が好きなのか!? なあ答えろよ名前!」
「ち、がう……ぐっ」
「じゃあなんでだよ!」
「っ、」

 渾身の力が身体に篭って、それを手に伝えれば名前の目が見開かれて身体が大きく跳ねた。死に間際は人間と同じような反応をすることを知った名前はハッと我に返って息苦しく喘ぐ名前の状態を起こし上げて息を整える小さな身体を抱き締める。嫉妬と後悔、色んなものが混ざり合って恐怖でおかしくなりそうな平腹は、彼女の存在を確かめるように縋り付く。

「ごめん、ごめんな名前っ……痛かったよな、苦しかったよな。ほんとにごめんな。こんなことするつもりなんか全然無かったんだよ。……っ、ごめんなさい」
「……平気、ですよ。大丈夫です」

 平腹が自分に好意を抱いているのは知っていた。本能のままに突っ走る彼だから告白もあっさりしていた、しかし名前は恋愛感情と言うものをあまり理解していなかったので告白の答えは「恋愛感情として好きか分からないです」ということだけ。付き合うとか、男女の関係に憧れていたわけではない平腹は自分の想いを告げたことで満足していたのでそれ以来進展はないはずだった、好きという想いが募れば募るほど彼の中でどす黒い感情が湧き出ていつしか嫉妬へと変わっていき、嫉妬が独占欲となりその行き場のない怒りは暴力へと成り果てていた。

「名前、ごめんっ……オレ、」
「先輩、大丈夫ですから。落ち着いて」

 平腹の暴力は、肉体的なものだった。怒りで我を失った平腹はただ自分の感情を想い人である名前へひときしりぶつけたあと、我に返って自分がしたことを悔いながら名前に縋り付いて嫌いにならないで、ごめん、という言葉を繰り返していた。そのあとはゆっくりと傷付いた皮膚を撫でながら思う存分甘やかして愛の言葉を囁いてくる。最初こそは抵抗した名前も、自分をこんなに想っている彼にはっきりとした気持ちを伝えられていないことに自責の念を感じて今ではされるがままになっていた。
 平腹は自分のことをこんなに好きでいてくれている、だから仕方のないことだ、はっきりしない自分が悪い。はっきりとした答えが出ないからこそ、恋人に対する独占欲と片思いに対する独占欲が区別出来ない平腹に、どこか同情の念を向けている自分がいた。彼がこうして自分に縋ってくるたびに、名前の心は心臓を掴まれたような感覚になったのはつい最近。

「好き、だ。好きなんだ名前……大好きだ」
「……はい、知っています」

 私も好き、という言葉が自然と出なく舌の上で転がってそのまま飲み込む。これが同情の念から生まれたものなのか、本当に平腹に対して恋愛感情を抱いているのか分からなかったから、下手に言葉に出せなかった。
 自分の身体を抱いていた平腹はゆっくり離れて、ただひたすら好き、という言葉を紡ぎながら額や頬、耳元に啄ばむだけのキスを繰り返す。

「ほんとに、ごめんな」
「もう気にしていませんよ。……大丈夫です」

 ゆっくり微笑んで彼の身体に凭れ掛かれば平腹はふにゃりと情けない笑顔を向けてくっきり青黒い手形がついた名前の首元を撫で上げてそこにも唇を落としていく。控えめなリップ音が耳朶を打って、どこか熱いものがこみ上げてきていた。

「名前、本当に、大好きなんだ」
「……」

 彼の懇願のような言葉に、答えることが出来なかった。けれど、自分の中でこの男に対する感情が同情と、別の何かで形成されていくのははっきりと分かった。



 最初は恐怖でしかなかったのに、気が付けばそれがはっきりと答えを出さない自分に苛立ち、彼に対する申し訳なさと少しの哀れみになり、同情と、よく分からないものへと変わっていった。期間的にはそこまで長くはないのに、自分の中の感情は凄く忙しなかった。

「かっ、ひゅー……ひゅー……」
「ムカつく。お前が誰かと喋っているだけでこんなモヤモヤした思いになってるのにどうしてお前はオレにも向けてない笑顔を他の奴らなんかに向けてるんだよ!? なあなんでだよ! オレはこんなにもお前が好きなのにっ!」
「ぁ……」
「お前はオレのじゃないのかよ!? オレは、お前のことが好きだ、好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ! オレにもあんな笑顔を向けろよ! なんでいっつも悲しそうな顔ばっかりしてんだよ!」

 スコップが刺さったお腹がずきずきと、痛む。狂ったように自らの拳で小さな身体を傷付けながら饒舌に喋る平腹の目は暗かった。言葉を出そうにもひゅーという空気が抜ける音しか出てこず名前は視線を彷徨わせながらも泣きそうな平腹に目を向けた。怪我自体はそこまで痛くはないので、震える自らの手を持ち上げて自分の血で汚れた平腹の手に触れれば彼は前に見たような表情でハッと我に返って酷く顔を歪ませる。

「名前が、好きなのに……なんで、だよ」
「……!」
「オレ……お前が好きなだけなのに、気が付けば傷つけてばっかりで……、オレっ……」

 いつもならすぐ謝るはずの彼は、瞳孔が開いた黄色い瞳から大粒の涙を溢れ出させて搾り出すようにぽつぽつと言葉を吐いていく。様子がおかしいことに気付いた名前は、自らの手で体内に埋まっていたスコップを取り出して身体を起こす。
心臓が大きく音を立てて、意識がくらくらする、泣いている、平腹が泣いている。その事実だけが脳内に広がっていき名前は酷く辛くて大粒の涙を流す平腹の頬に触れる。

「せんぱ、」
「ごめん、なっ……ごめんなぁ名前。オレ、傷付けるつもりなんて全くねーのに……辛そうなお前の顔なんて見たくないのに……他の奴に笑顔を向けてオレに向けてないことにすっげー腹立ててた」
「先輩」
「こんな辛い想いなんてもうしたくねーよ……なあどうすれば良いんだよ名前っ」
「平腹先輩!」

 居たたまれなくなって、下手に黙っていたら自分も泣きそうになって、名前は自分の感情が理解できなく笑いながら泣く平腹を自分の腕の中に閉じ込める。平腹が泣いていたとき目の前が真っ暗になって何かが壊れる音がした、それと同時に自分に対する想いを紡ぐ彼を愛おしい、と完全に感じた。同情の念も、少しは入っていたがそんなのは気にしなかった。

「ふぉ……? 名前……」
「平腹先輩、……平腹、自分も貴方が好きです」
「は?」
「私も、貴方が好きです、大好きです。大好きなんですっ……」

 ごめんなさい、好きです。ただ我武者羅に彼のやわらかい髪に顔を埋めて言葉を紡げば平腹は流していた涙を止めて自らの腰に抱きつく。

「なあ、それって」
「両想いですよ、私も、貴方に恋愛感情を抱いています。大好き、愛してる平腹」
「〜っ……名前、本当、か?」
「嘘なんかつかない。今までごめん、ごめんね」

 この男が酷く愛おしい自分を想い過ぎた故に理解出来ない受け入れられない感情を手に入れて暴力という形で名前にぶつけていた平腹が、どこか哀れに、同情を向けていた気持ちが彼の涙によって恋愛感情に摩り替わった。抱き締めるだけでは足りないくらい、名前は平腹を愛していた。

「なんか……すっげー嬉しいな」
「……うん」

 これからは、もう他の異性と話す機会は無くなるだろう。もしかしたら近いうちに彼の目の届く範囲内でしか行動できなくなるかも知れない。それでも構わなかった、この男が自分を愛して、自分が、この男を愛しているという事実だけがそこにあれば幸せだった。

「ずっと、一緒に、傍にいるから」

 同情からでも良い。この男の傍にいられれば、その事実さえあればなんの問題も無いんだ。






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のんず様リクエスト、メモ帳ヤンデレネタ平腹でした。詳しいことは書いてなかったので色々付け足しましたが自分の思った通りのヤンデレ平腹が出来たかなぁ、なんて思っています。平腹はきっと独占欲とかの感情が理解出来ない故に、笑顔を他の奴に向ける夢主に苛立ち暴力を無意識にふってしまうのではないでしょうか、とか語ってみたり。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
のんず様のみお持ち帰りください。この度はリクエスト有り難うございました

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