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黄が紫で、紫が黄

「谷裂先輩ー平腹先輩ー!」

 今回は谷裂先輩と平腹先輩と一緒の任務だったのだが、はぐれてしまった。無意識に意識を集中していてからすぐ気付かなかったのは誤算だ。普通ならどんな時でも騒ぐ平腹先輩の声が無いだけではぐれたことを気付くのに。
 大声で叫んで先輩達を呼んでも答えは返ってこずただ反響するだけだった。

「どこ行ったんだろう……、」
「名前ー!」
「うわあ!」

 声が降りかかってきたと思ったら重たい物が圧し掛かってきてバランスを崩しかたい床に膝をつく。耳朶を打った低い声とかなり重たいもの、え、誰? 鉈を握り締めて後ろを振り向けば、紫色の瞳とぶつかった。

「……え、谷裂先輩?」
「ふぉ?」
「ふぉって、ええ!?」

 鋭い眼光に、がっしりした筋肉と大きな身長、紛れもなくこの人は冷徹な獄卒谷裂先輩なのだけど……何かが違う。だってこんなおちゃらけた性格してない、この人誰。ただ混乱する中で私は低めの声で呟く。

「……誰だ」
「オレオレ! 平腹だよ!」
「は?」

 なに言っているんだろうこの人。新手のオレオレ詐欺かよ。
目の前に居るのは紛れもなく谷裂先輩だ、しかしよく考えてみれば中身は平腹先輩に似ている。決定的な証拠なんて無いから余計怪しい。いっそ斬りつけてしまおうか、なんて思っていた矢先別の方向からまた聞き慣れた声。

「おい平腹! 貴様っ」
「……え?」
「谷裂! 名前見つけたぞ〜!」

 声のした方向を見れば、そこには怒りで顔を歪めている平腹先輩、なのだけど……二人の会話がおかしい。どういう事? 理解出来なくて呆然としていると、平腹先輩? は私を見て舌打ちをしたら髪の毛をかきむしる。誰、ほんとに誰。

「言いたいことは分かる。まずは安全な場所へ行くぞ」
「え、ええええ?」
「行こうぜ名前!」

 にこにこ顔の谷裂先輩? 申し訳ないけど似合わな過ぎて鳥肌立ってきた。平腹先輩だと思われるほうを見ると顔を顰めたままだし、ほんとうにどういうこと。
というかもう何となく凄くめんどくさそうな事しか起きない気がするから帰りたいんだけど、帰っても良いかな。



 まあ、帰してくれるわけは無く、二人の話を聞くからに、はぐれた後私を探している間に怪異を見つけて、警戒している谷裂先輩を差し置いて平腹先輩が突っ走った瞬間謎の煙を吹きかけられて、気がつけば入れ替わってしまったらしい。にわかに信じがたいことなのだけれど、性格が真逆なこの二人のやり取りを見ていれば信じるしかないだろう。だってあの冷徹無慈悲な谷裂先輩がわざわざ平腹先輩の物真似するわけないし。というかやはり問題を起こしたのは平腹先輩だったのか。

「怪異って、こんな事も出来るんですね」
「そうそう! なんか変な煙かけられた途端コレだもんな〜!」
「平腹が突っ走ったからだろう」

 コロコロ表情を変えて喋る平腹先輩(外見は谷裂先輩だからほんとに失礼だけど鳥肌もん)と顔をこれでもかというほど歪めて眉間を押さえる谷裂先輩(これまた外見は平腹先輩だから違和感)。戻るのかな……それまでこの違和感ありありな二人の傍にいなきゃいけないのか。帰りたい。

「戻り、ますよね?」
「こちらが聞きたい。一生このままではかなわん」
「え〜? オレは別に良いけどな! あ、でも谷裂の身体めっちゃ重いから動きづらいな」
「そりゃ筋肉凄いですからね……」

 がっちがっちの筋肉が付いた谷裂先輩の腕を触る。筋肉は付いてるけど谷裂先輩よりは細い平腹先輩では身体の動かし方も違うだろうし、筋肉たくさん付いてたら身体重そう。私は、鍛錬しても全然筋肉付かない、身体能力は上がるけど。まあ、喜ばしいことだと思おう。
 谷裂先輩の姿の平腹先輩は私のことをじっと見ると、また笑顔を浮かべて喋る。なに、ここまで来るとほんと恐くなってくる、いっそ写真撮っておこうかな。

「あ、でもこうしたら名前がすっげー小さく見えるな!」
「わあああああ!? ちょ苦しいっ!」
「平腹貴様いい加減にしろ!」

 がっしり筋肉の付いた腕やら身体で思い切り抱き締められると、一気に内臓がギュッと詰まって口から色々出そうになる。力加減しないでぎゅうぎゅう抱き締められているうちに意識が遠のいてきて気絶しそうになるも、ぎざっ歯をむき出しにし鬼の形相の平腹先輩の姿をした谷裂先輩にによって助けられた。ふむ、谷裂先輩に渾身の力で抱き締められたら私は複雑骨折と内臓が口から出て死ぬということは覚えておこう。

「元に戻るまでは帰れないぞ」
「え!?」
「こんな失態……肋角さんに報告するわけにはいかないだろう」
「オレ腹減ってんだけどー!」
「黙れ平腹!」
「先輩、自分もお腹すいてるんですけど……」
「貴様等は少しは危機感を持て!」

 平腹先輩の声で、谷裂先輩の怒号がこれでもかというほど響き渡った。というか元々悪いのは平腹先輩ではないのだろうか、いやはぐれた私も、というかはぐれたのは誰だかは分からないからそこらへんは言えないけど、お腹すいた。

「だっていつ戻るかも分からないじゃないですか! 時には諦めも肝心ですよ!?」
「こんな情けない姿を晒せるか!」
「あははは名前かなり混乱してんな〜!」
「黙れ諸悪の根源!」
「平腹、貴様はそこに座ってろ!」
「……はい」

 しゅんとした表情の谷裂先輩がその場に正座をする。あれ、なんか笑えてくる、落ち着け中身は平腹先輩だ。やっぱり顔が谷裂先輩だから鳥肌通り越してなんかもう哀れになってくる。大変だなー、なんて同情の目でこれでもかというほど眉間に皺を寄せている中身が谷裂先輩の平腹先輩。

「どうするんですか、連絡しないと他の人たち来ちゃいますよ」
「木舌が後から合流する予定だったのだが……上手く切り抜けられるか」
「谷裂先輩の演技力が試されますね!」
「俺が平腹を真似るだと? ふんっ、誰がそんなことを」
「でもバレたら肋角さんに報告されちゃいますよ」
「……」
「な〜な〜、どうすんの? オレ谷裂の真似すれば良いの?」

 正座をしながらにこにこ笑顔で谷裂先輩の身体で左右に触れる平腹先輩、笑いを必死に堪える。わざとやってるんじゃないだろうか。これ木舌先輩とかに見つかったら絶対からかわれるだろうな〜、それはそれで面白そう。
っと違う、どうするか、谷裂先輩自体が平腹先輩の物真似をするのを拒んでいるし、平腹先輩なんかに至っては物真似出来るのだろうか。

「真似するのが一番ですけど、出来ますか?」
「出来るに決まっているだろう、俺を見くびっているのか」
「!?」
「どうどう!? すげえだろ!」
「……嘘だろ」

 本人である谷裂先輩自身もかなり驚いている。私も吃驚してる。だって本当に物真似が上手というか、谷裂先輩の口調そのものだったから、……平腹先輩にこんな才能があったとは。どやっと良い笑顔で頭を差し出してきた平腹先輩、一瞬だけ戸惑ったけど、すぐに意図を理解したのでちょっと躊躇いつつも軍帽の上から頭を撫でれば平腹先輩は谷裂先輩のあのいかつい顔で嬉しそうに顔を誇らばせる。ぞわっと背筋になにかが走った。

「平腹先輩は大丈夫みたいですね、……あとは、」
「……やれというのか」

 じとりと睨む谷裂先輩に少しだけ怯むが、今は怯んでいる場合ではない。というか早く帰りたいから谷裂先輩には頑張って貰わねば。

「やるしかないですよ先輩」
「……」
「谷裂先輩、このままだと怪しさに気付いた木舌先輩に、」
「おれがなに?」

 後ろから降って来た声にかたまる。目の前の谷裂先輩も絶句してるし。平腹先輩は顔をぱっと明るくさせているし。……あれ、なんだかやばい予感がする。

「き、木舌、先輩」
「やっほ〜、中々連絡来ないから心配したよ〜」
「……」
「ん? 平腹、今日静かだね」
「っ、」

 さすが木舌先輩、色々鋭い。というか普段から騒いでいる平腹先輩が静かだったらそりゃ違和感感じるか。指摘された平腹先輩の姿をしている谷裂先輩はドッと分かりやすいくらい冷や汗流してる。

「いや、……これは、だな」
「うん? なんか可笑しくない?」
「別に可笑しくはない。それよりまだ終わっていないから木舌は先に帰ってろ」
「(グッジョブです平腹先輩!)」

 なぜだか今日は切れきれの平腹先輩は、先ほど披露した物真似で上手い具合に谷裂先輩を助けた。心の中で賞賛を送る、後でお菓子あげよう。谷裂先輩を演じる平腹先輩の言葉に木舌先輩は少しだけ訝しげにしつつも、言葉を紡いだ。

「う〜ん……そっか。じゃあ先に帰ってようかな」
「あまり飲みすぎるなよ」
「でも、ほんとに平腹どうしたの?」
「こ、これはですね、えっと……」

 ああどうしよう、いっそ木舌先輩を殺すか目玉を抉ってどっかに連れて行ってしまおうか、そうだそうしちゃおう、平腹先輩もかなり困っているのか黙りっぱなしだし。谷裂先輩に至っては完全にかたまってる。
これは、私が行くしかないぞ。大鉈を握って振り上げようとした瞬間、平腹先輩の声が響いた。

「ふぉ? オレはいつも通りだぜ〜? 木舌の気のせいだろ!」
「!?」
「確かにそうかもね〜、じゃあおれ先に帰るから」
「すぐに追いつきます!」

 驚いた、思わず振り向けばかなりぎこちない顔をしているが平腹先輩の容姿をした谷裂先輩の口調はまさに平腹先輩そのものだった。にこにこ笑顔の木舌先輩の背中を見えなくなるまで見送った後に、ニヤニヤしている平腹先輩と一緒に先ほどまで絶対物真似するもんか、と言っていた彼を見る。

「……なんだ」
「お、お疲れ、さまでした……!」
「はははははは! 谷裂でもオレの物真似できんだな!」
「ぶっ、くっ……!」

 ああ止めてよ平腹先輩、私一生懸命笑い堪えていたのに、耐え切れずに噴き出してしまった。まずい、と思って谷裂先輩を見れば、もう鬼を通り越して般若だった。平腹先輩の身体を使って、持っていたスコップをフルスイング。え。

「死体はきちんと回収する。許せ」
「え、ちょ谷裂まっ、」
「あああああああああああ平腹先輩いいいいいいいいいい!?」

 見るも無残な死体に成り果てた、平腹先輩、というかコレ自分の身体に良いのか……止められるか、この般若を、いや止めなければ。鉈を構えようと手に力を入れた瞬間後頭部に鈍痛が響いた。

「任務は、滞りなく完了した」
「あ…、」

 襟首を掴まれた感覚を感じた瞬間、ぷっつりと私の意識は途絶えた。
蘇生したあと任務報告をしたのだけど、平腹先輩が色々入れ替わりの事を言おうとするのを必死で止めていたのに、やはり根は真面目な谷裂先輩は嘘をつけなくて全部吐露した。私達の苦労は一体なんだったんでしょうね。

「先輩、結局全部言っちゃったじゃないですか」
「上司には、嘘をつけん」
「……自分、お腹すきました」
「…………外へ行くぞ」

 獄都で美味しいご飯奢って貰いました。






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夕凪様リクエスト、谷裂と平腹が入れ替わっちゃうギャグ夢でした。ギャグ、全然書いたことがなかったので不安ですが……たまにくすっと笑ってくれると嬉しいです。性格が真逆な二人の分、入れ替わった姿を第三者の後輩獄卒が見ているのってかなりシュールですよね。谷裂はあの後暫く恥ずかしさとか何かで悶えていれば良い。暫くは谷裂見たら笑っちゃう後輩獄卒とかいそうですね。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
夕凪様のみお持ち帰りください。この度はリクエスト有り難うございました

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