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月が綺麗ですね

 現世では十五夜らしい、ということでお月見でもしようかなと思って屋敷に備え付けられているテラスへ行けば見慣れた後姿がぽつんと佇んでいた。こんな時間に誰だろう、ゆっくり背後から近付けば気配に気付いたのか立っていた人物がこちらを振り返った。

「……名前か」
「田噛先輩……?」

 田噛先輩だった、よく見ればゆったりとしたシャツとズボン、寝巻き姿。それは私もあまり変わらないけれども。近付いていって彼の隣に腰掛ければ何も言わずに先輩は視線を逸らす。
彼もお月見しに来たのかな。真っ黒な獄都の空を見上げればぽっかり浮かぶ満月、うわあ凄く綺麗だ。こうして月を見るのって何時振りだろうか。

「田噛先輩もお月見ですか?」
「夜風に当たりに来ただけだ」
「ふうん?」
「……んだよ」
「いえ、別に」

 考えていることは同じなのかも知れない。田噛先輩は私と同じように空に浮かぶ月を見上げる。どうせなら何かおつまみとか持ってくれば良かったかな、木舌先輩ならすぐにでも飲みそうだけど。三度の飯よりもお酒が好きなあの人は、花より団子ならぬ花より酒を地に行くような人だし。

「先輩知ってますか、現世では今日十五夜みたいですよ」
「らしいな。……月なんか見てなにが楽しんだか」
「綺麗なものは見ているだけで落ち着くじゃないですか」

 先輩の橙色の瞳がこちらを射抜いたので、笑いかけて言えばふっと息を吐いてまた視線を外されてしまった。綺麗な月を見ているのもあるけど、今日は、思いを寄せている田噛先輩とこうしてゆったりとした時間を過ごせる事がたまらなく嬉しかった、こんな事死んでも言えないけれど。
 このままずっと時が止まれば良いのになぁ、我ながら乙女チックだ。

「こういう時間も良いですねー」
「……だりぃだけだろ」
「ただ座ってるだけじゃないですか」

 とりあえずダリィって言っておけば大丈夫だなんて思っているのだろうか、この人凄いな。苦笑を零せば、田噛先輩は空を見上げたまま控えめに私の指に触れた。本当に少しだったから、下手したら気付かなかったかも知れないけど緊張で神経が強張っている私には十分すぎる刺激だった。声を洩らして彼の方を振り返れば橙色の瞳が暗がりの中でも浮かび上がっていて心臓を掴まれそうな勢いだった。

「先輩?」
「……」

未だに逸れることのない視線に囚われたまま、首を傾げれば田噛先輩は気まずそうに顔を背けてゆっくり言葉を放った。

「田噛先輩? どうしました?」
「……名前」
「はい」
「……一回しか言わねぇぞ」
「うん?」

 なんだろう、妙な緊張感が張り詰めていて自然と私の五感も鋭くなっていて彼の心音が鮮明に聞こえている。田噛先輩が、緊張している、これほど珍しいことはあるのだろうか。
真っ直ぐ唇を閉じて、彼の言葉を待てば照れ臭そうに、半ば投げやりに田噛先輩は言葉を投げ捨てた。

「月、綺麗だな」
「え?」
「……、」
「……そうです、ね?」
「……」

 至極当たり前に答えを発したのだが、待っていたのは田噛先輩のわざとらしさにも程があるくらい大きなため息だった。え、私なにか変なこと言ったのかな。田噛先輩の頭の中が読めないから呆然と彼を見つめれば、月明かりの中うっすらと耳に熱を孕んでいる。

「えっと?」
「……お前の時代は、夏目漱石とか流行ってたのか?」
「夏目?」

 夏目漱石、名前は学校の授業で聞いたことがあるし彼の作品が教科書に載るくらい有名なのは知っているけど、実際に彼が書いた本は読んだことがない。私の時代ではある意味古すぎる人だし。
 文豪マニアな人とかなら詳しい事知ってそうだけど、私の周りにはそういう子いなかったと思うし。

「教科書とかには載ってましたけど、流行っているとかは無かったような……。有名ですけど」
「そうか」
「……?」
「時代の流れっつーのは残酷だな」
「?」
「分からねぇなら、無視しろ」

 言っている意味が分からない。さっきの月が綺麗と夏目漱石が関係あるのだろうか。……あれ、え、夏目漱石と、月が綺麗のニュアンス。……聞いたことがある、生前の記憶はほぼ皆無だけどこういった類のものは本を読んでいるうちに身につく。月が、綺麗ですね、そして、夏目漱石。……それって、

「た、田噛先輩もしかして……!?」
「うるせぇ。だりぃから喋らせんな」
「いやいやいや……! え、あ……えっと」
「別に今答えを求めてるわけじゃねーよ」

 やっぱりだ。私、今告白された。見る見るうちに顔に熱が溜まっていき煙が出そうなほどだ、はあああと長い息を吐いて熱い顔に触って暫し黙り込む。田噛先輩が、あの常にめんどくさい事を回避するために頭を働かせる田噛先輩が私のことを好き? これは夢ではないのだろうか、舌を少し力を込めて噛めばぴりっとした痛み。夢ではなかった、嬉しすぎて死にそう。
 けど、どう返そう。私も好きです? いやこれは普通すぎる。せっかくこうして遠回しながらも想いを伝えてくれたのだから私もそうやって返したい。死んでもいいわ? 無理恥ずかしすぎて死ぬ。

「……んーと」
「……俺、もう寝るわ」
「あ、先輩っ」

 気まずい空気に耐え切れなくなったのか、ずっと黙っているからフラれたと確信したのか、田噛先輩は立ち上がってテラスから出ようと踵を返してしまいそうだった。やばい、早く言わないと、そう思って彼の服を掴めば田噛先輩はなにも言わずに立ち止まる。
 言わなきゃ、私も好きって、そして抱き締めて欲しい。無理だと思うけど、想いを、伝えたい。

「寒い、です」
「は?」
「……寒い、ですね」
「……」

 どこで得た知識かは忘れたが、田噛先輩なら知っているはずだ。震える声で言葉を紡げば田噛先輩はゆっくりこちらを振り返る。
通じたのかな、分かってくれたかな。うるさいくらい鳴り響く心臓を静めようと息を吐こうと想ったときに、身体を引き寄せられてそのまま田噛先輩の腕の中に入り込んだ。

「わ、あ」
「……これで暖かいだろ」
「っ、先輩、大好きです」
「結局ストレートに言うのかよ。めんどくせぇ奴」
「えへへ」

 少しだけ笑いを含んだ声色が上から降ってきて、たまらなく嬉しくなって強く抱き締めれば心臓の音が耳から身体の中に入り安堵する。遠回しな愛情表現も良いけれど、私はやっぱりこうして素直に想いを伝えることが好きだ。
 にしてもあの田噛先輩が好き、と言わずにこういった形で告白するなんて、田噛先輩って結構、いやもしかして、

「先輩って、結構ロマンチストですね」
「別に良いだろ」

 素直に告白なんてできねーよ、蚊の鳴くような声で呟いた先輩。けれどしっかりと私には届いていたわけで、ぐりぐりと胸板に頭を押し付ければ察した田噛先輩に頭をぐしゃぐしゃと掻き乱された。

「先輩、髪乱れる!」
「いまさらなに言ってんだよ」
「むっ」
「名前」
「え、っ」

 言い返そうと顔を上げた瞬間、凄く優しい声色で名前を呼ばれて屈んだ田噛先輩の唇が控えめに私の唇に触れた。乾燥で少しだけパサついた唇が不器用に触れて、すぐに離れた。

「は、え、えええええええええ!?」
「あーだりぃ……帰るぞ」
「え、ちょ、先輩っ!」

 手を掴まれて身体を引っ張られる、今だに展開が読み込めなくて混乱する中チラッと見えた田噛先輩の顔は、これでもかというほど赤かった。







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十六夜眼鏡様リクエスト、田噛と後輩獄卒で甘夢です。甘いのが苦手なのか、微妙な出来に……田噛は、ストレートな告白も良いですがこうした少しだけ遠回しな告白もしてほしいなぁと思いを込めつつ季節感を無視して書きました。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
十六夜眼鏡様のみお持ち帰りください。この度はリクエスト有り難うございました

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