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 キルケがホテル永住を決めてから数か月が経った。ホテル入りしたからと言って身体にはなんの変化もなく、見た目も変わらないようだ。てっきり魔法が使えたりなんかビームが出るとか、少なからず考えたが全くそんな事は無く健康体で見た目は人間そのもの。なんとなく物足りなさも感じていたが時が経てばそんな気持ちはすっかり薄れ今では元気にホテル内を探索するほどのタフさを兼ね備えた。

「……どこ行ったのかな」

 ホテルには、同年代の子(と言っていいのか分からないが便宜上こう呼ぶ)が極端に少ないのだ。否、みんなが幾つくらいなのか分からないし、ホテル入りする前の事すら分からないから何とも言えないが。そんな中でほぼ同年代のような女の子が一人いた。彼女とは数回ホテル内で顔を合わせ話をしているうちにすぐに意気投合し仲良くなり今では殆ど行動を共にしているのだ。

「うーん、昨日は体調良さそうだったから会えると思ったんだけどな」

 と言いつつ、友人は人間でない特異体質なためか体調が不安定な時が多々ある。キルケがホテルに来る前はもっぱら朝は寝て夜に行動を起こす事が多かったため、今もその名残が残っているようだけど。
 だから今日もそんな感じで、もしかしたら寝ているのかな。と思いつつ二階をうろついていると、ツインテールを揺らすキルケの背からにゅっと手が伸びそのまま彼女は引き寄せられるように後ろへと身体を傾けた。

「キールケ」
「ひゃわっ!?」

 引き寄せた張本人の力加減故か、倒れる事は無かったけれど足元をもつれさせ半ば寄り掛かるような体制になってしまった。聞き慣れた声だったので振り払う事もせず、一息ついてから身体の軸をゆっくりと戻されキルケはようやく後ろを振り返った。

「もうリヴちゃん! 吃驚したよ」
「えへへ、ごめん。ひゃわ! って言ってたもんね」
「うっ」

 宙に浮きながらも申し訳なさそうに手を合わせて謝罪をする親友、リヴの言葉に少しだけ頬を赤らめつつも、今日はまだ午前中だという事に気付いたキルケはやや不思議そうに首を傾けながら言葉を発する。

「そういえば、今日はまだ夜じゃないっぽいけど元気なの?」
「うん。昨日から今まで寝て朝起きてすぐ血を飲んだから」

 宙に浮いているのも、彼女の瞳が常人に比べて赤いのも、リヴ自身が吸血鬼だからだ。とは言っても彼女には人間の血が混じっているので完全とは言えないが。もとよりキルケ自身も、ホテルに迷い込んだ時にリヴに襲われ血を吸われた経験があるのだ。あの時は驚きと痛みと、……ちょっと思い出したくないような感覚が混ざりに混ざって大変だったなぁ、なんて彼女の口元から覗く牙を見つめつつ首筋をさすった。
 それはさておき当の本人はそんなキルケの思考に全く気付かず、ただただ己の疑問を投げかける。

「で、キルケはなんで二階をうろついていたの? ここにはいないよ?」
「ち、違うよ! リヴちゃんに会いにきたの!」
「あはは、なんだそうだったんだ。嬉しいなぁ」
「わ、」

 名前を言ってないのに、すぐに彼女の言った言葉に込められた名前を察知して思わず全力で首を振ってしまう。ホテルに永住を決めてからだいぶ長い時間が流れた、……だからなのか、このホテルの住人の一人と特別な関係になっているのもリヴは知っているからだろう。半分はからかいもあると思うけれど。
 キルケの全力の否定にやや意地悪い笑顔を浮かべながらも喜びの意味を込めて彼女に抱き着くリヴに戸惑いつつもしっかりと受け止めた。

「……ここにいてもなんだよね。そうだ」
「ん? 談話室とか行く?」
「今日いいもの仕入れたから私の部屋いこ」
「(いいもの……?)うん、行く」

 なにやら一人満足気に頷きながらもキルケの細い手を掴みリヴは進みだす。浮遊しているがリヴはキルケとほぼ同じ目線まで下がってくれた。出会って間もないころは、一緒に並んで歩くことはあってもいつも彼女の肩口にしか目がいかなかった、ずいぶん仲良くなれたんだなぁ、なんて嬉しくなってしまった。正直、永住を決めてからも上手くやっていけるか不安だったが彼女と、……愛しいと感じるあの人のお陰で安定しているのは間違いない。
 
「……、」

 こみ上げてくる何かを必死に耐えながら、キルケはリヴの冷たい手を握りしめた。



 部屋につくなりリヴは戸棚から幾つものパックらしきものを取り出しそれを抱えると愉しそうにキルケの前へと差し出す。

「じゃーん、今日届いたんだ」
「……輸血のパック?」

 ここに来てからだいぶ見慣れたものである輸血パックだった。分かり易いようにAやOと表示されているものから何も書かれていないものもあるようだ。……と、いうか、量が多くないだろうか。彼女が両腕で抱えても零れ落ちてきそうな量だし。
 それにしてもどうしてこんなものを見せたのか、意図がよく分からなくてキルケは眉を潜め小首を傾げるとリヴは全て床に並べながら言葉を発する。

「前に輸血パック飲ませる。って言ったでしょ」
「……あぁ!」

 そうだ、初めてリヴに血を吸われた時にもしかしたら吸血鬼になるのかも知れない。と期待と恐怖を抱いていた時……色々あって輸血パックを飲ませてくれる約束をしたのだった。
 こうも早くに約束が果たされるとは……。なんて思いながら並べられた輸血パックの一つを手に取る。表記別されていても、正直全く持って見分けがつかない。

「リヴちゃん、これ全部見分けがつくの?」
「まさか。ラベルがついてないのは色が違うから分かるけど、ラベルがついてるのは貼られてないと分からないよ」
「い、色が違う」

 ためしに手に取ってみたが、全然分からない。重さもか? と両手で持ってみるが同じだ。吸血鬼にしか見えない何かがきっとあるのだろう。
 キルケがじっと輸血パックを眺めている間、リヴは何やらパックを見繕いながら幾つか選定しその中から一つの封を開けストローを刺すとそれをキルケの前に差し出す。

「はい。多分これが一番相性いいと思う」
「う、あ、ありがと……」

 相性がいいとかあるんの? なんてことは言わずに恐る恐るそれを受け取る。やや冷たく暗い赤色のそれをじぃっと眺め、飲み口に少しだけ顔を近付けてみるが匂いはしない。見る限りこれを好んで飲むのが正直分からないというのが本音だが、もしかしたら美味しいかもしれない、……人間の、キルケの中に眠っていた異端なモノへの憧れが、そっと心の片隅で芽吹き、見る見るうちに咲き始めた。
 飲んで死ぬわけじゃあないんだ、なら行ってみよう。

「いただき、ます!」
「召し上がれー」

 勢いでストローを口へつけ、そのまま中に入っている液体を吸い上げた。今まで口にしたことがないような味が口から広がっていく。

「……」

 キルケの中に入った血液が彼女の身体に馴染むまで沈黙が続いたかと思えば、

「……う゛ぁー……」
「わあああああああああ!? だ、大丈夫!? てかタオルタオル!」

 ダメだった。人間が飲めたもんじゃない。鉄臭くとにかく苦い、そんな味をした膜のようなものが口の中にべっとりと張り付く気持ち悪い感覚さえも覚える。
 マーライオンの如く吐き出された血をリヴは慌てて拭き上げながらやや苦笑を浮かべキルケの頭を撫でた。

「ご、ごめんね。まさかここまで人間に合わないとは思わなかったよ」
「う、ううん……わたしも、お部屋汚してごめん……う゛っ……」
「これが君たちの身体に流れているのに、吐き出す程不味いだなんて……。なんでだろうね?」
「ここまで身体が拒絶するとは思わなかった……」

 後で口直ししようか。と言うリヴの言葉にやや顔を青ざめながらもキルケは頷いて口元を拭う。思い描いていた結末とは違ってしまっていたけれども、貴重な体験になったのは間違いない。
 やや眩暈がするのを抑えつつ虚ろな目をしているキルケに、リヴは困りながらも話しかける。

「えっと、それ飲むからちょうだい?」
「うん……なんかごめんねリヴちゃん」
「良いよいいよ。私も吸血鬼以外の子が飲んだらどうなるのかな〜って思ってたことあるし」
「そうなの?」
「そ。人間が好むようなジュースやお茶は味がえぐくて飲めないから、人間もそうなのかなって」
「じゃあ私が感じた味は、リヴちゃんにとってジュースとかかも知れないんだね」
「ふふ、そうだね! こっちにはとっては君達が異端に見えるけど、味覚はやっぱり同じだ」
「受け取れるものは違うけど!」

 ふは、と破顔一笑で笑いあう二人。輸血パックとこっそりキルケ用にと持って来ていたジュースを渡し人間と吸血鬼はしばし部屋でくつろいだ。

「ねえねえ、今度お互いに何が食べられるか検証してみない?」
「あ、それ良いね! たまーに貧血対策でシェフに血液料理とか作ってもらってるし、キルケたちが食べてるので気になってるの何個かあるんだ」
「決まり! シェフに頼んでおこうね」
「うん」

 吸血鬼と人間。お互い無いものを持ち、互いがそれを補っている。いつか、もし、全てが無くなったとしてもあの時過ごした日々は忘れる事はないだろう。

「それと、キルケの恋バナ聞かせてね」
「っ、……う、うん……」

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