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「そういえば……」
「はい」

 グレンが遊びに来ていた昼下がり、大したもてなしは出来ないが、と作ってあった菓子を振る舞いながらお茶をしていた。しかしふと、ぽつりとグレンは言葉を漏らし思わず新胴もそれに反応し相槌を打った。

「先日、主の誕生日でな」
「は、」
「結局お祝いが出来なくて今更だけど何かおくりたく、」
「グレン!」
「!?」

 カップを落としそうになるのを堪えて、新胴は極めて冷静に、グレンの言葉を理解したが数秒遅く再び話し出したグレンの言葉を遮って思わず大きな声で叫んでしまった。
 いきなり相手に大声を出され思わずひっくり返りそうになったが何とか身体を持ちこたえて呆気にとられながら、一房編みこまれた黒髪を宙に躍らせながら前のめりに憤慨した様子の新胴を見つめた。
 最初こそ他人行儀に「グレンさん」なんて呼ばれていたのも、気が付けば今では呼び捨てになり、心の距離が一気に近くなった。喜怒哀楽と様々な表情を見てきたが、ここまで怒っているような顔は久しぶりに見たかも知れない、なんてどこか他人じみた考えにふける。

「しん、どう?」
「しん、どう? じゃないですよ! もう一回最初から言って下さい!」
「はあ?」
「ああもう、主の誕生日ってところです!」
「あ、あぁ」

 何をこの獄卒は怒っているのだろうか。気のせいだろうか、白に近い銀の瞳が怒りで色濃くなっているようにすら思えてしまう。
 しかし突然怒られても何が何だか分からない、脳内でクエスチョンマークをぐるぐる浮かべていると自分の行動に気付いた新胴は羞恥で頬を染めた後静かに席に座りなおした。 カップやお菓子が零れなくてよかった。と安堵していると「こほん」なんて似合わない咳払いをして、改めて言葉を発する友人に目を向ける。

「グレン、この前私の主様の誕生日会に参加してくださいましたよね。お手紙付きで」
「ああ、私の主から預かった手紙だな」
「一緒に主様のお祝いを出来たのが嬉しかったんですよ」
「?」
「だから、次はグレンの主様の誕生日をお祝いしたかったのに! なんで言ってくれなかったんですか!」
「え、」

 ぶすくれた新胴の悲痛な叫びにグレンは目を見張った。うまく言葉には出来ないが、こんな風に行事を共に楽しみたい。なんて言われたのは初めてだったから何て言えば良いのか分からずにいる。ましてや顔見知り程度の方の誕生日会をしたい。なんて。じんわりと心が温かくなってむず痒い。知らず知らずに赤くなる頬に身を任せ、思わず首元に巻いているスカーフで口元を覆う。
 そんな反応を見ていたからかなんなのか、ふと我に返った新胴は一瞬だけ羞恥で頬を赤らめて姿勢を直すようなそぶりを見せた。

「あ、す、すみません大声出して。……グレン?」
「あー……えっと、すまない。色々と」
「いいえ、私の方こそ」
「私の配慮不足だった……。その、新胴はと、友達だから」
「……」

 今度は新胴が、“友達”という言葉に少しだけ固まった。友達、ともだち。対等な関係。それは仕事仲間にも重なるのだろうけど、あの人たちは“家族”という認識が強い。今まで余計な人間関係なんてあまり必要でないと思っていたけど、その考えは間違いだったようだ。こんなにも気持ちのいい言葉だったなんて。確かに出会ってから日は長い、グレンの思いを受け入れ叱咤したこともあったし、逆もあった。今までの事を振り返ってみれば確かに友達、否、親友のような間柄にまでなっていたんだ。
 顔を赤くしてもにょもにょ言葉を放つ友達を見つめ、新胴はゆるゆると口角を上げて笑顔を見せる。一方様々な感情が渦巻いて気恥ずかしくなったグレンは、いつまでも口を開かない友達を不思議に思い、ちらりと視線を映す。

「新胴……? さっきから黙ってどうした?」
「うー……あの、なんでもない。気にしないで、嬉しいだけ」
「そうか?」

 気持ちのいいものだけれど、面と向かって言われると素直に照れてしまう。熱く火照った頬に手をやりながらも何とか誤魔化し、再び姿勢を整えた。

「自分もお祝いをしたいです」
「それは主も喜ぶと思うが、具体的に何をするんだ?」
「……お料理でしょうか?」
「だが新胴は、主様の時も料理を振る舞っていただろう。……そうか、今度は私が魔法で、」
「魔法で作るのは控えるって約束でしょ?」
「う」

 痛い所を突かれてしまい言葉を失う。魔法は便利だ、だけど人の温かみというものを得る事が出来ない。以前もそのような話をして反省したばかりだというのに。しょんぼりとんしながらも別の考えに耽る。
ならばどうしましょうか。

「うーん」

 難しい顔をして黙り込む新胴にグレンは、ある事が思いつき、ぽつりと漏らした。

「それならば、一度獄都を案内したいな……」
「いいですね! それにします?」
「き、聞こえてたのか!?」
「鬼ですから」

 人一倍五感は優れてるんですよ。言葉を聞きつけた新胴は得意気に笑った。グレン達が住んでいる場所は獄都とは全く違う場所だ、それこそここは死者達が集っている。グレンの目の前で笑う新胴だって、元は死んだ魂が別の器に移り命を芽吹かせているのだ。本来ならばあまり来るのは良くない場所、だけど暖かく迎え入れてくれたこの場所に、主を連れてみたい。その思いがいつの間にか言葉になっていた。
 獄都を案内したい、という提案に新胴は嫌がる素振りを見せず、「一日で周りきれますかねー」とどこから持ってきたのか獄都の地図を取り出し広げ始めている。

「あ、あの新胴……」

 本当に良いのだろうか。獄都は場所によって時代や造りが全く違う。特定の場所にしたってかなり広いだろうし、それを一日で案内しながら観光する場所を選ぶのはかなり大変だろう。
 そんなグレンの考えを余所に、自分が楽しかった場所は、なんて言葉を交えながら話していた新胴がふっと笑いながら言葉を吐き出す。

「……なんだか楽しいです」
「え?」
「こうして休日に、お友達と旅行の計画を立てるのって。もちろん先輩たちともお出掛けの話し合いはしますけど、それとは違うというか……」

 ちゃんとした友達と遊びに行くなんて獄卒ではあまりないのだろうか。深く詮索はせずに、照れくさそうに笑う新胴に笑顔を向ける。

「……ああ、私も同じだ。当日は新胴も来るだろう?」
「え、でも」

 お邪魔になりませんか? と先ほどの覇気が消えて申し訳なさそうに眉を下げる新胴にグレンは笑った。大切な人の誕生日を祝うのに、友達が居ないなんて有りえない。一緒に楽しいことを共有できる友達が。

「お前が居ないと意味がない。一緒に主を祝うのを手伝ってくれ」
「……グレン!」
「うわあ!?」

 顔を真っ赤にして照れくさそうに言う友人に、新胴は思わずグレンに飛びついた。あまりの勢いにバランスを失いそうになったが何とか持ちこたえ背中を支える。
 どうしたというのだ一体、突然の事に理解が出来ずにグレンは慌てて新胴の背中を軽くたたく。

「ど、どうした新胴!?」
「うぅ〜、なんかもう、めちゃくちゃ嬉しいです! よしこれから計画を立てましょう、ああその前にケーキでも焼きましょうか?!」
「えっと、どうせなら一緒に作りたいな」
「もちろんですよ! よし、材料買いにいきますか!」

 なぜいきなりケーキなのだろうか。そんな考えは一切相手には伝わらず、楽しみだなぁ。なんて、なぜか自分よりもわくわくしている新胴を見て、グレンは呆気に取られつつも思わず笑みを浮かべる。



 何かを思い出したかのようにグレンは支度をする新胴から離れ、携帯を取り出し話の話題に上がっていた例の人物にダイヤルを回す。
 すると暫く待たないですぐに目的の人物は通話を出た。そのままグレンは一度新胴の方に視線を寄せつつも、要件を伝えるために電話の主へと話しかける。

「……私だ、今日は帰るのが遅くなる。……え、ああそうだ新胴とだ。……な、なんだって良いだろうとにかく遅くなる、違う怪しい実験じゃ……う、そうだ、遊びに行くんだ。……と、友達……そうだな、初めてかもしれない、友達と遊ぶのは。……ええいにやにやするな! とにかく遅くなるから頼んだぞ!」

 本当に調子が狂う。散々からかわれ些か興奮してしまったが、すぐに獄都のパンフレットが目に入り、思わずまた笑みが零れ出る。なんだか幸せだ、こんな風に友達とわいわいするのは不思議でどうにもくすぐったい。

「グレン? もう大丈夫ですか?」

 友達、大切な親友。種族こそ違えどそこには同じ姿形、気持ちを共有できる人がいる。悩みを一緒に解決してくれたり相談にも乗ってもらえた、これほどまで傍にいたいと思えた人物がいただろうか。

「大丈夫だ。今行く」

 心からの笑顔を浮かべて、グレンは新胴の元へと駆け寄った。

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