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雨が降りしきる獄都の中、一つのか細い鳴き声が新胴の耳を刺激した。
新胴は進めていた歩みを止めて、鳴き声が聞こえた方向に視線を向ける。そして己の胴体に繋がれている紐を引っ張り、声の聞こえた方向へ急いだ。


「おい、新胴!」


新胴から伝う紐を握っていた谷裂は、普段は見せない彼女の行動に驚きつつも彼女の後を追いかける。新胴が人通りの少ないあぜ道を進んでいけば、次第に一つのダンボールを見つけた。
新胴は鼻をその中に入れて、興味津々に匂いを嗅ぐ。そして、心配そうな目をして谷裂を見上げた。新胴の行動に疑問を抱いた谷裂が不思議に思いながらもダンボールの中を覗けば、そこには生まれたばかりであろう子犬が雨に打たれて、小さな体を震わせて横たわっていた。


「捨て犬か」


獄都の世界で、死という概念はない。このまま野ざらしにしても、この子犬は次第に大きく成長していくだろう。銀色の毛並みを持つ子犬を抱き上げながら、谷裂は今後の子犬の人生を考えた。
しかし、傍に居る新胴が不安そうに子犬を舐めており、必死に谷裂に何かを訴えるように視線を向ける。彼女の言わんとすることはわかる。だが、この子犬を連れて行った所で、同僚や上司は許すのだろうかと思い、一度はダンボールに子犬を戻そうとする。
そうすれば、新胴は谷裂の服の裾を噛み、子犬を戻そうとする彼の行動を阻止する。同時に、子犬は体に感じる暖かさに暖を取ろうと、小さな手足を谷裂に親指に絡ませる。
こうなれば、一度保護をして、その後を皆で話すことにしようと、谷裂は新胴に濡れた頭を撫でる。


「お前が面倒みるんだぞ」


そう言えば、新胴は嬉しそうに一声鳴いた。











「なる程、新胴が見つけたのか」


雨の中を最速で走り抜け、館に戻ってきた谷裂は直様上司である肋角に子犬を見せに行った。新胴はびしょ濡れなので、玄関で待ち構えていた佐疫に風呂場へ強制連行された。
タオルに包まれた子犬を擦りながら、肋角は小さな口に犬用の哺乳瓶を宛てがい、ミルクを飲ませている。やっとありつけた食事に、子犬は貪欲にミルクを飲んでいく。


「新胴が放置することを拒否したので、連れてきました」
「…まあ、新胴が居る時点で一匹増えても問題ない。躾は新胴と同じでお前に任せる」
「了解しました」


粗方ミルクが無くなったところで、肋角は哺乳瓶を子犬の口から離す。満足したように子犬は一つゲップをして、肋角の手の中で微睡みに包まれていた。
新胴はアイリッシュ・セッターと言う犬種である。元々エネルギッシュな犬種である彼女は、猟犬としての本能を最大に持ち合わせており、谷裂たち獄卒に貢献をしている。
まだ生まれたばかりである、拾ってきた子犬は、何の犬種かわからないが、毛並みが銀色であり、外見の美しさも兼ね備えている新胴に負けず劣らず、可愛らしい外見を持っている。


「肋角さん」
「入れ」


まだ湿っている子犬の毛をタオルで拭いながら摩っていれば、部屋の扉からノック音が聞こえ、佐疫の声が聞こえた。肋角が直様入室の許可を下せば、扉が開き、佐疫と綺麗になった新胴が部屋に入ってきた。
佐疫は谷裂の隣に移動し、新胴は肋角の直ぐ傍まで近寄る。彼の手の中に居る子犬を心配そうに見つめて、肋角を不安そうな目で見つめている。
そんな彼女を見て、肋角は微笑んで手の中で寝ている子犬を新胴に見えるように近づける。


「新胴、先輩、姉になるんだ。確りと闇歌を守るんだ」
「闇歌?」


肋角から発せられた聞きなれない名前に、佐疫は疑問の色を浮かべて復唱する。
彼の言葉を聞いて、肋角は新胴の頭を撫でながら佐疫と谷裂に応えた。


「この子犬の名前だ」


新胴が寝ている闇歌の鼻に、自分の鼻を押し付けた。

闇歌を拾ってから半年が過ぎた。
彼女は獄卒たちの中で順調に成長していき、やんちゃな性格に育っていった。仕事に支障をきたす等の問題行動はないが、勝手に館内を彷徨いて、獄卒たちの目を掻い潜って遊んでいたりする。
最初は右も左も、何も知らない闇歌であったが、谷裂の躾、そして新胴の教育によっていろいろな知識やルールを覚えていった。その賜物なのだろうか。


「佐疫、戻ったか」
「斬島、ただいま。闇歌ちゃん、順調だよ。変な病気とかになってないし、体重とかも平均的だって」


本日獣医に定期検診に行ってきた佐疫は、リードに繋がれた新胴とケースに入った闇歌を見て嬉しそうに彼らを出迎えた斬島に答えた。
斬島は佐疫の報告を聴きながら、土に汚れた新胴の脚を布で拭う。ケースの中では退屈そうに闇歌が蓋を爪で引っかいている。


「はいはい、今出してあげるから」


斬島が新胴のリードを外している隣で、佐疫がケースを床に下ろし、ケースの蓋を開く。そうすればお転婆娘の闇歌は、勢いよく走り出した。ケースから飛び出して去りゆく闇歌を見て、斬島と佐疫はしまったと言うような表情をする。
すると、大人しくしていた新胴が走り出し、闇歌の後ろに回り込めば彼女の首根っこを咥えて、母猫が子猫を持ち上げるように闇歌を持ち上げる。そうすれば、闇歌は大人しく新胴に咥え上げられている。
そんな二匹の様子を見て、佐疫は笑みを浮かべた。


「新胴、そのまま肋角さんの所に行っていいよ」


佐疫がケースの蓋を閉めながら言えば、新胴は一つ頷いて闇歌を咥えたまま走りだした。
まるで姉、と言うよりも母犬のような新胴を見て、二人は暖かな気持ちを抱いた。


「闇歌の種類はわかったか?」
「うん。サルーキーだって。いろいろと注意点聞いてきたよ」
「そうか。そう言えば、肋角さんが闇歌に何か準備していたぞ」
「んー、なんだろう」


佐疫と斬島は他愛ない会話をしながら、去っていった彼女達を追いかけるように歩き出した。
一方、肋角の執務室に移動した新胴は闇歌を咥えたまま、執務室の戸を爪で引っ掻く。そうすれば、中から扉が開き、肋角が姿を現した。


「なんだ、帰ってきたのか」


肋角は微笑み、新胴から闇歌を受け取ると新胴は嬉しそうにひと鳴きする。闇歌は嬉しそうに肋角の腕の中で脚をバタつかせて尻尾を振っている。
そのまま肋角は新胴を引き連れて部屋に入り、闇歌を床に置くと机に置いていたある物を持ち上げる。
そしてされるがままの闇歌にそれを着けると、満足そうに微笑んだ。
肋角が闇歌に着けたのは、熊の爪が付いた赤い首輪である。闇歌は初めての窮屈さと爪の重さに床に、氷の上を滑るように床の上に両足を広げてうつ伏せになる。


「まだ重いか。だが、その内それに似合う程成長するだろう」


頭を床に伏せて肋角を見る闇歌の頭を撫でながら、肋角は面白い物を見るように微笑んだ。
そして新胴に視線を移し、彼女の首に巻かれているリボンを見つめた。新胴が纏っているのは青い大きめのリボンであり、中央に獄卒のマークと彼女の名前があしらわれたものである。勿論、闇歌の首輪にも控えめに獄卒のマークが金属であしらわれているが、新胴のはたいぶ古びており、端っこがほつれている。


「新胴のように、この首輪が似合うようになる。それまで、新胴を見て、守られ、学び、成長するんだ」


新胴の優美な毛を堪能しながら、肋角はもう片方の腕で彼女の背を撫でる。
彼女のリボンも、幼い頃ここに来た時に与えられたものである。獄卒の一員として、家族として迎えられた証である。闇歌も、本日その証が与えられたのだ。


「肋角さーん。あ、もう首輪あげたんですね」


肋角が片手に闇歌、片手に新胴を堪能していると、執務室の扉が開いた。上機嫌な木舌が書類を持って一人と二匹の様子を見て、嬉しそうに近づく。
そして首輪を嫌がっている闇歌を抱きあげて、あやす様に撫でる。木舌の愛撫が嬉しいのか、首輪の窮屈さも忘れて闇歌は彼に擦り寄った。


「まだ重いみたいだがな」
「にしても、何で熊の爪なんですか?佐疫に聞いたんですが、闇歌ちゃんはサルーキーですよ。ガゼルの一部なら理解できますし、闇歌ちゃんだって女の子だもん、もっと可愛いのがいいよねー?」


闇歌を両腕で持ち上げながら彼女に問いかける木舌であるが、当の本人は彼の質問が理解できないようで首を傾げて木舌を見つめている。
そんな様子を見ながらも、肋角は新胴を撫でながら彼の質問に答えた。


「闇歌は新胴と違ってリボンやフリルの付いたものより、宝石やこのようなものが似合う犬になるだろう」
「新胴は可愛いけど、闇歌ちゃんは将来美人さんってことかー」


少し先の未来が楽しみな様子の木舌の様子を見て、肋角は喉で笑い声をあげる。
新胴は嬉しそうに一つ鳴き声をあげて、闇歌は暇そうに熊の爪を齧っていた。

それから数年が経過した。
新胴は相も変わらず獄卒たちの手伝いをし、彼らの手助けをしていた。成長が止まったかのように身体の変化が見えない新胴とは反対に、子犬だった闇歌は成犬へと成長した。
細すぎるのではないかと思えるほど、優美さと対照的なシルエットを備えた闇歌は、新胴と同じように獄卒達に貢献した。幼い頃肋角から与えられた熊の爪も、今は小さい程である。嘗ては新胴より小さかった闇歌も、今では彼女より大きな体格を得た。
それと同時に、お転婆娘であった闇歌も落ち着きを手に入れ、変化したことがある。


「闇歌ー!遊ぼうぜ!」


仕事終わりに娯楽室に来た平腹は、クッションの上で寛いでいた闇歌に向かって突進するように駆け寄る。すると、闇歌は小さく唸り声をあげて、平腹を拒否するかのように彼を避けた。
ここ数年、闇歌は平腹と木舌に対して冷たい態度を取るようになった。それは他の獄卒達も同じであるが、この二人に関しては一々比較する程もないくらいである。
闇歌に拒否られた平腹は、寂しそうに闇歌を見つめてしょぼくれていた。


「闇歌ちゃんも変わったね。昔は平腹が居ると自分から追いかけてたのに」
「俺や斬島には従順だがな」
「一番は肋角さんだ」


落ち込んだ様子で闇歌を見る平原に対し、闇歌は素っ気ない態度を取る。
そんな見慣れた風景を見つめながら、佐疫と谷裂、斬島は彼女の変化ぶりについて語っていた。
闇歌は平腹から離れた位置に寝そべっている新胴に近づき、彼女に寄り添う形で床に寝そべる。それを見た谷裂は顔を険しくさせて、闇歌に怒鳴った。


「闇歌!床に寝そべるな!クッションの上に居ろ!」


谷裂の命令に闇歌は面倒くさそうな顔をして床から起き上がり、先ほどまでいたクッションへ移動すると彼の言うとおりにクッションの上に寝そべる。
そんな闇歌の様子を見て、佐疫は苦笑いを浮かべた。


「でも、新胴と一緒に居ようとするのは変わらないね」
「だからといい、床に寝そべるのは駄目だ。皮膚病やタコができてしまってはいかん」
「だったら新胴にもクッション与えればいいんじゃねーか」


闇歌の拗ねた態度が可愛く思えたのか、佐疫は成長しても変わらない彼女の一面を見ながら話を進める。しかし、谷裂は些か怒りながら手に持っているお茶を飲み、佐疫に正論を述べる。そんな会話を横で聞いていた田噛が話に加わる。
サルーキーとはその細く美しい体格に対応するように、硬い床などに寝そべるとタコができたり皮膚が硬くなってしまう。その結果、皮膚病を患う可能性もあるので、獄卒達は幼い頃から彼女にクッションに寝そべるように躾をしていた。そのかいがあってか、闇歌は無闇矢鱈にクッションやソファー以外に寝そべることはない。ただ例外で、新胴が床に寝そべっているとそこに居ようとするのである。
それならば、田噛が言うことも正論である。


「新胴は興奮するとクッションを破いてしまう。与えても壊されるのだから、与えなければいいことだ」
「んー…、新胴、普段はいい子なんだけど、仕事とかでテンション上がると暴走するからね…」


嘗て闇歌が子犬の頃、同じように行動する闇歌の対処に新胴にクッションを与え、二匹が一緒に居られるようにしたことがある。初めは良かったのだが、ある日仕事終わりで興奮したままの新胴がクッションを使えなくなる程壊してしまい、それ以降新胴にはクッションではなくぬいぐるみやガムの骨を与えている。
つまらなさそうにする闇歌を見て、佐疫と黙って様子を見ていた木舌は苦笑いを浮かべた。すると、新胴が床から起き上がり、闇歌の傍に移動する。そしてクッションの隙間に体を乗せて、闇歌に密着するように寝そべる。
新胴の行動に満足した様子の闇歌は、目を閉じて彼女の体に頭を乗せてくつろぎ始める。そんな二匹の様子を見て、各々その光景に癒されていた。
例え長い年月が過ぎ去ろうとも、二匹は常に寄り添うのだろう。そんな暖かな風景に、斬島は目を細めた。
すると、闇歌が新胴に乗せていた頭をあげて、娯楽室の扉を見つめる。新胴も気がついたようで、闇歌と同じように扉を見つめる。
暫くすれば重みのある足音が聞こえ、娯楽室の扉が開く。


「全員ここに居たのか」


足音の正体は上司である肋角であった。肋角が姿を表すと、二匹は直様彼に駆け寄り、邪魔にならないよう傍に座り込む。そんな二匹を見て肋角は笑みを浮かべ娯楽室に入り、空いていた大きなソファーに座り込む。
彼に続くように新胴と闇歌もソファーに上り、肋角の両サイドに寝そべり、頭を肋角の膝に乗せて寛ぐ。


「新胴は別だけど、闇歌ちゃんがそうするのは肋角さんだけだよね」
「なんだ、知らないのか。お前や平腹が寝ている時に、闇歌は腹に頭を乗せて寝ているぞ」
「闇歌ちゃん…!」
「…クッションは」
「なかったぞ」
「闇歌!」


木舌と肋角の会話、そして谷裂の怒りの声を聴きながらも、闇歌は興味なさげにあくびをして肋角の膝の上で寛いでいた。すると、新胴が注意するように闇歌の頭を軽く前脚で叩く。そうすれば、闇歌は些か不満そうな顔をするが、大人しく新胴に向けて小さく吠えた。
昔から変わらない彼女たちに、肋角は笑みを浮かべて二匹の頭を撫でる。彼女たちの関係を表すのであれば、どのような言葉がいいのか。
二匹は肋角に撫でられているのが嬉しそうに、ゆっくりと尻尾を振った。







姉+妹+先輩+後輩+母+子供=?


(今後、床で寝るなら新胴とは同行させないぞ)
(…くぅん)

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