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 緩やかに列車の車輪が眩い星の光が散りばめられた虚空の中を滑らせる。列車の中は彼女と彼、二人だけしかおらず向かい合わせに並ぶ赤いシートの片方に、二人の影が目の前に浮かびあがった。
 音もなく空を舞う列車、時折鳴り響く汽笛の音に耳も傾けず名前は他のモノとも比べ物にならない屈強で、がっしりとした肩に頭を擡げ夢と現の狭間の中で一人立っている、その肩の持ち主は流れ変わる景色を細められた真紅に映しこんだかと思えば、肩に凭れ掛かっている名前の方に目を向ける。


「……名前、」


 低く重低音の声が、深い夢の中に落ちそうになっていた名前の耳にするりと入り込みその声で名前は閉ざされていた瞼をゆっくりと開き重心を預けていた肩から離れた。


「ろっか、くさま」
「ああ、起こしたか?」
「いえ、申し訳ありません……寝てしまっていたようで」


 掠れまぎれの声で隣に座っている肋角に力のない笑顔を向けた。まだ少しだけまどろみの中を彷徨っている名前の柔らかい髪に肋角は指を通しそのまますぅと撫で付けるようにかいた。突然の小さな刺激に思わず身体を揺らし目を見開けば、肋角は緋色の目を細め愛おしそうに、どこか慈しみを込めたような目の中に名前を映し柔らかい弧を口元に描く。


「肋角様、いかがなさいましたか?」
「なんでもない。なんならこのまま寝ていて良いぞ」
「いえ、そんなわけには」
「構わない。それに、寝顔を見せるというのは心から安心している相手だからだろう?」


 とくりと名前の心臓が大きく音を立てた。否定出来ずに徐々に帯び始める熱に身を委ねて、静かに俯く。確かに、昔は上司の隣どころか目の前に座る事さえ緊張して突如襲って掛かってくる眠気なんか直ぐに吹き飛んでいたのに、今では当たり前のように隣に腰を並べ、ふとした時にこうして身体を彼に預けましてや一番気の抜けている寝顔を晒すことに違和感すら覚えなくなったなんて。


「もうそんなに時が経ったのでしょうか」


 ふっ、と短い息を吐き夜空に散らばる幾千もの瞬きを見ながら、名前はしみじみと呟いた。どこか遠い日に帰ったような彼女の幼い表情に肋角は懐かしさを覚え大きな手で彼女の小さく柔らかい手を握り締めた。
こうしてお互いが傍に居て、何百年、何千年の時が経っただろうか。出会った日の事を思い浮かべようと脳内に映像を浮かべようにも、深く濃い靄が掛かり思い出せない。けれども、それほど長い時間が経ったということだろう。


「お前も変わったな」
「肋角様も、十分お変わりになりました」
「それはお前のせいだな」
「……ふふっ」


上司の肋角は、大切な家族、父親であり、恋人、敬愛思慕憧憬、言葉では言い尽くせないほどのたくさんの気持ちを向けてこれからもずっと傍に居たいし離れたくない。彼と相思相愛になりこれからも彼の傍に居続けると決めた時から、これだけは一変も偏りを見せずに名前を形成している。


「(貴方だけが、私の全てです。あの日から、ずっと)」


 肋角こそが名前の心臓であり、生きる希望。亡者と成り果てた私に手を差し伸べ諭し、罪を償った後、生前の因果で一生転生出来ない彼女を見かねて傍に置いてくれた恩人。彼女自身を救ったのは誰でもない彼だ、だから名前は彼の為だけに罪を必死で償い、改め、彼の提案に嫌な顔一つせずに頷きそれからずっと彼を一番近くで支え続けている。


「俺の元へ来て、後悔はしていないのか」
「何方かがそのような事を?」
「いいや。もっと別の部署があっただろう、閻魔御殿の方が色々と安定はしているしな」


 確かに特務室は他の部署からはどこか好奇な目で見られているのは事実だ。ましてや男だらけで形成されている中で彼女だけは肋角の特別事情で配属された部下という名目だけで置かれている、それすらも周りは疑いを持っているものも少なくは無い。
 けれど、それはほんの一握り。最初は疑いの目を向けていたものも次第に彼女の働きぶりに感心を示し信頼を置くようになった、名前自身が自分のせいで肋角の迷惑に、彼に飛び火が向かわないように必死で努力をした結果でもある。


「私は、下手をしたらずっとあの世を彷徨っていた所を救い、道を作ってくださった貴方の傍につき支え続けると決めたのです。何方がなんと言おうと私は特務室に、否肋角様の腹心になった事に後悔のこの字も抱いた覚えはありません」
「お前のその目に、俺は惚れたんだな」
「……唐突に口説くのは卑怯だと思います」


 先ほどの熱が引いたと思ったのに、再び急上昇。愛の言葉の掛け合いはいつまで経っても慣れない。だが昔に比べればまだましだ、昔は彼に、特別な目で笑い掛けられ頭を撫でられ、低い声で紡がれる愛の言葉に眩暈を覚え常に身体は微熱を保っていたのを彼は知っているだろうか。
肋角は、名前にとって唯一無二で絶対。肋角も口には出さないが名前が唯一無二で、無くてはならない存在なのだ。
 名前が作り上げる空気に安堵を覚え、自分のためだけに努力を見せる姿が非常に愛らしく、いじらしい。なんともじれったいほど尊く直ぐにでもこの腕に閉じ込め誰にも見せたくない衝動にすら駆られているのを必死で抑えているのを彼女は知らないだろう。威厳があり、どんな物事にも応じず凛とした姿勢を保ち数ある獄卒たちを束ねる男。しかし本音は愛おしいものを差し出されたら我慢出来ずに手中に納めたいと思ってしまうほど子ども染みているのだ。


「もうすぐ館に着きますね」
「ああ、荷物を纏めて置けよ」
「はい」


 現世の調査帰りだった事をすっかり忘れ干渉に浸っていた。心身共に疲れていたはずなのにこうして二人で並び合っているだけでひと時の安らぎを覚えるのだ。帰ったら山のようにある書類を纏め上げ、それに目を通していかなければならないのに、肋角も名前も課せられた仕事は山ほどあるはずなのに、今はそれさえも忘れるほど穏やかな時間だけが流れる。


「名前」
「はい?」
「お前は、どんな事があっても俺の傍を離れるな」
「ふふ、先ほどの言葉とどこか矛盾が生じておりますが?」
「からかうな」
「申し訳ありません。貴方が嫌がろうとも、私は決して貴方の元を離れる気なんて毛頭ありません故」


 そろそろ行きましょうか。そう言い立ち上がった彼女の肩を掴み、振り向かせた。


「名前、愛している」
「は、え……!?」


 誰もいない車両、通路に浮かび上がる二つの影が一瞬だけ重なった。低く紡がれたテノールと、触れ合った唇の感触に名前はただただ困惑しつつも、黙って受け入れた。


「(いつか本当の俺を知ってしまっても、)」
「(私は、如何なる事があっても貴方だけの傍におります)」


 言葉にせずとも、唇から伝わる熱だけが全てを物語っている事を、お互いはまだ知らない。


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相互小説です。肋角さんで甘夢、上手く出来ているか些か不安です。お互いが愛し合いを通り越して、どこか依存?気味になっているような……。
長年お互い付き合っていますが、まだまだ知らないところはたくさんあるしこれからゆっくりと知っていくんだろうなぁと勝手に妄想しています。

スクフレ様のみお持ち帰り下さい。

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