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時々入る月明かり以外何もない自分の部屋には時計は無い。だから正確な時間どころか日付も知ることはできないけれど、廊下から「おなかいっぱいー!」って騒ぎながらジェームスが廊下を走ってくる声を聞いて、今がだいたい夕御飯の時間帯なことに気づかせてくれていた



ネ「…今頃、名前もご飯食べてる頃ニャ」



あれから彼女は他の住民たちと地獄のシェフの料理を食べている。最初は見た目に恐怖していた名前だったけど、今では何の抵抗もなくシェフの料理を「美味しい」と食べているらしい。



ネ「今度は…お腹、壊さなければいいけど」



時々得体のしれない料理の材料に当たる事もあるけれども、元より最近の名前は体調がよくないらしい。実際前に自分に会いに来た時も名前はどこかぼんやりしていて、その後、眩暈を起こして廊下で倒れた所を、偶然通りかかった審判小僧に見つかって、自室まで運ばれていたらしい。



ネ「……はやく…現実に戻さなきゃいけないニャ」



体調を崩していっている事も心配だけれども、名前が…この世界に馴染んでいくのが目に見えて分かる。この場所が居心地良いあまりに残りたいと名前が思ってしまう前に、住人達に気に入られて阻止され始める前に……。



?「そんなに醜く執着するくらいなら、閉じ込めてしまえばいいものを」



せせら笑う声が部屋に響く。のそりと顔を上げた先にあるのは錆ついた冷たい扉だけれど、その扉を隔てた先に居るであろう人物を含めて睨みつけた



ネ「……お前とは違うニャ」


グ「おー、怖い怖い。さてと、喰われぬ内に見回りでもするかのう」



明らかに怯えているというよりおどけた口ぶりで、僅かに開けた扉から食事を置いてグレゴリーはさっさと出て行ったけど、遠のく足音に紛れて聞こえた忍び笑い声は嫌に耳についていた。



ネ「…違うニャ。大切でも…閉じ込めるのが幸せじゃないニャ」



これ以上笑い声を聞かないために耳を塞げば、常に飢えている自分のお腹が内側から音を上げた。



ネ「お腹…、すいたニャ」



思わず呟いて耳を塞ぐ手を退かしても、お腹の減った音は変わらずに鳴った。名前がくれたチョコはとっておいたはずなのにいつの前に無くなってしまっていた。だからしかたなくもグレゴリーが持ってきた食事に手をつけながら、気を紛らわすように適当な事を考える。



ネ「……そういえば、最近名前が持ってた“アレ”見ないニャ」



ここに来ていた当初、名前が一人で居る時はずっと離さず持ち歩いていた“アレ”。形は四角くて。色は名前の好きなあの色で。“アレ”を眺めている時は話しかけても名前は反応してくれなくて。彼女が触れるたびに“アレ”はピカピカ眩しく光っていて。

丁度、今食べている物くらいの大きさで―――



『―――ネコゾンビ?』



名前の声が聞こえた途端、食欲の所為で沈みかかっていた意識が一瞬で覚醒した。同時に、自分が噛みついていた口を開けば、口からぽろぽろと細かな破片が零れ落ちる。手の中に辛うじて形が残っているそれには見覚えがある。それは、他でもない…さっきまで憎くて羨ましかった“アレ”



ネ「ち、違う…名前、これ、は……」



噛み砕いて壊してしまった携帯と、散らばった破片の乗った皿を交互に見ながら、弁解の言葉を吐こうにも何も思いつかない。何で気付けなかったのか。早く誤解を解かないと。けど嫌われたくない。でも嘘はつきたくなくて…。いろんな自分勝手な気持ちが入り混じったそれを形や言葉にすることができなくて、結果何も言えずに固まってしまった



 『ネコゾンビ!』



彼女にしては珍しく大きな声に、反射的に自分は硬く目を瞑って、怒られるのも叩かれるのも覚悟して身構えた。けれど、自分に届いたのは衝撃と言うにはとても優しい手つきで、その手はそのまま両頬を包み込むように滑りこんできた



 『口怪我してない?ダメだよ?これは食べ物ではないんだから…』



それは壊されたことに腹を立てて責め立てる言葉じゃなくて、幼子に言い聞かせるように穏やかで、頬に添えられた手もそのまま破片を払いながら丁寧に撫でてくれる。



ネ「……どうして」


 『え?…ああ、ここ電波ないから携帯元から使えなかったし、前にジェームズに奪われてて…きっとグレゴリーの手に渡ってデータも消されてただろうし、だから―――』


ネ「そうじゃないニャ!どうして優しくするのニャ?!もうキミはここを出なきゃいけないニャ!それなのに、まだ僕に優しくする意味なんて…っ!」



ぐちゃぐちゃで纏めることができなかった感情に、とうとう抑えきれなくなって名前の肩を掴み声を荒げてしまった。爪はでなかったけれども、掴む手の力が強かったのか顔をしかめる名前にすぐに我に返って手を離そうとしたが、それよりも先に、名前に掴みかかったことによって彼女が落としたものに目が行った。



ネ「なんで…、これがここにあるニャ?」



ゴトリと音をたてて落ちたそれは、幸いにも壊れることなく床を転がって行ったが、狭い部屋の壁でとまったそれは、暗がりでも薄らと分かるくらいには光る瓶詰られた魂だった



 『……前に、ネコゾンビ言ってたでしょう?魂持っていたら、少しは守ってくれるって』



驚きで掴む力の弱まってしまったネコゾンビの手をやんわりと外した名前は、ネコゾンビから離れて瓶を拾い上げると、ぎゅっと大事そうに抱きかかえた。



ネ「……どうしてニャ?いつも魂はすぐ死神に返してたんじゃなかったのニャ?」



この間までは奪い返されないためにも、迷える魂を救うためにも、用心して魂を取り返した日にはすぐに死神に渡していたというのに、今名前が抱えている魂は、数日前に「とり返した!」って喜んで見せてくれた魂だった



 『…ごめんね。私…まだホテルから出ていくつもりないの』



思いがけない言葉に体が強張る。既にそれほどまでにここが居心地がよくなってしまったのか、それとも、グレゴリー達のように他人の魂の魅力に気づいてしまったのか…。いろいろな考えや心配が押し寄せてきたが、その心配がまるで分かっているかのように、名前は頭を振ってみせていた。



 『ネコゾンビが必死に私の事を現実に戻そうとしてくれているのは知ってる。でも、私…ネコゾンビを残して出ていけない』


ネ「……それは…同情、ニャ?」


 『…完全に無いとは否定できない。だけど…私は、ネコゾンビと一緒にここを出たい』



名前の言葉に、過去に聞き覚えのある言葉に無意識に息を飲んだ。その拍子に足枷の鎖が主張するように音を立てた。自分を縛る足枷自体は外すことはできるけど、その下にある自分の傷は日がいつまで経とうとも癒えることはなかった。そして、これから先も癒えるのかすら分からない。今までに、何度か同じように伸ばされた手をそう言って突き放して、名前も例外なく一度は話して一緒に出ることはできないと言ったはずなのに、目の前にいる名前は変わらず自分と向かい合っていた。向かい合って、そして、悲しそうに視線を落としていた



 『自分なりに考えて…ネコゾンビの好きなものなら傷は埋るかなと思ったけど…そう上手くいかないみたいね』



ネ「…名前が悪い訳じゃないニャ」



 『ううん、私の力不足。だから…こんな私一人現実に戻れたとしても、ネコゾンビが居ないなら私…またここに返って来るから』



力なく笑う名前に、ネコゾンビは黙ってしまった。名前がここの住人になってしまって、グレゴリーやグレゴリーママの餌食になることを阻止するために自分は動いていた。



 『……きっと、帰ってきちゃうから』



けれども、名前もまた現実から逃げてきた人間。そんな彼女をそのまま無理にでも現実に戻せたところで、またここに戻らない確証はない。…それに、その時に限らず、これからも自分が正気でいて、また名前が現実に帰すために力になれるかわからない




ネ「…怖く、ないのニャ?ここは居心地はいいけれども、ここに残る限り、キミはこれからもずっと怖い思いをし続けるニャ」



今でさえ理性がなくなった時の自分も人のことは言えないが、ここの住人は自分の思い思いに生きている。問えば名前は少しだけ考える仕草を見せたが、次には苦笑いを浮かべて小さく首を振っていた



 『ごめんね、危機感なくて…。だって、今までネコゾンビが助けてくれたから…私、あまり怖い思いなんてしてないよ?』


ネ「ボクは…、何も、してないニャ」


 『してるよ。してるから、私は本当の自分のままで居ることができてるの』



それは根拠のない見え透いた世辞とかではなく、優しい彼女が気を使った嘘でもなく、ただ真っ直ぐ言われたその言葉に、自分の勝手な自己満足の行動だったのではなく、名前のためになったことに一安心した。


そして、それと同時に、思いだしてしまった。



ネ「……名前、薬出すニャ」


 『え?…と、突然何の話?』


ネ「惚けても無駄ニャ。寝ないために薬飲んで辛いの誤魔化してるの知ってるニャ。だから出すニャ」


 『……う、うん』



すぐに観念して名前がポケットから出した薬は、PTPシートに入っていない白い錠剤の詰まった小瓶だった。それを受け取ると同時に、瓶のラベルについていた歪なネズミの印を見つけて、ためらいもなく全て口の中へ流し込んだ。



 『ちょ、ちょっとネコゾンビなにして…?!』



驚いて自分の瓶を持つ手に掴みかかった名前に構わずに、全てをバリバリと噛み砕いていく。細かくなってしゅわしゅわと舌に溶けたのは、やっぱり苦くも効果のある薬の味ではなく、酷く甘ったるいラムネの味だった。



ネ「(やっぱり薬じゃないニャ…)」


 『ネ、ネコゾンビ大丈夫なの…?』


ネ「…大丈夫ニャ。…ここは精神の世界、本当に意味のある薬なんて無いのニャ」


 『だからって…一気飲みしないでよ、びっくりしたんだから』



薬が無意味だったことに落胆するよりも、自分の安否を心配してくれる彼女の優しさを受けて、くすぐったい気持になりながらも、安心させるように掴まれていた手を名前へ伸ばして頬に触れた。初めて触れた柔らかな頬は、日の差さないここにきてから焼かれることなく色白くなってしまっていた



ネ「それに、僕を心配するより自分の心配をするニャ。ちゃんと寝て休んで、取り返した魂も死神に返すニャ」


 『……うん。やっぱり、そうだよね』



やっぱり肉体が無いだけで自分と同じである迷える魂に罪悪感を感じていたのか、手放すことに残念そうにしつつも、ちょっとだけ安心したように笑う名前に、少し躊躇いつつも、更にぽつりと言葉を吐いた



ネ「…図書室の本」


 『本?』


ネ「本を読めばメンタルは強くなるにゃ。…魂を持ち続けてなくても、本で正気を保つことはできるニャ」


 『あ、それでも十分なんだ…。じゃあ、寝る前に本借りてこよう!』



もう必要ないはずなのに、わざと居残るための助言をする事に複雑な気持ちだけれども、とりあえず、さっそく嬉しそうに立ちあがって図書室に行こうとする名前の瓶の持っていない手を掴んだ



ネ「言ったはずニャ。寝る事が先ニャ」


 『え…でも、今のうちに読んだ方が…』


ネ「だめニャ。先に名前自身がしっかり休むニャ」



前に聞いた名前の話だと、眠るたびに会う死神は、どんな疲労でも直してくれるらしい。けれども、だからって本を読んで休む時間が後に延びてしまうことを考えれば元も子もなし、名前のことだから、尚更精神が強くなるまで本を読むことをきっとやめない。



ネ「……名前が無事でないと、ボクは嫌ニャ」



だから、頑張り屋な彼女を守るのは自分の役目でいたい。今の自分の気持ちと名前の気持ちが一緒だとは限らないけど、きっと、相手を幸せにしたい気持ちは同じなのはずだから…。それが伝わるように有無を言わさずじっと見つめていれば、暫くすると、諦めたように名前はため息をついた



 『分かった。先に魂返すためにも寝るよ』



困ったように笑う名前に一安心した矢先、突然部屋を出ようとしていた名前が座り込み、ぽすりと自分の肩に頭を預けていた



ネ「ど、どうしたニャ?」


 『ここで休もうかなって…』


ネ「……ベッドでなくて大丈夫にゃ?」


 『うーん…分かんないけど、今はここで寝たいの』



だから、安心してね

力なくふにゃりと笑って見せて、また一度、名前の手が自分の頭を撫でた。その後、そのまま凭れかかってずり落ちそうになった名前の体を支えれば。すぐに消え入りそうなくらい小さな寝息が聞こえてきていた。



ネ「…おやすみ、名前」



もう聞こえるはずもない挨拶を呟きながら、名前の体を抱きしめて自分も壁にもたれて目を閉じた。月明かりしか入らない、いつもの寒さと空腹で支配されたこの小さな部屋にいるのは変わらないのに、腕の中で収まるくらいに小さな温もりや寝息があるだけで、今の自分はとても満たされていた



ネ「(やっぱり、僕は……)」



あの日、月明かりも入らない真っ暗な夜に、名前と初めて会った時から


今までのように誰かの役に立ちたいと思う、自分の偽善の為に助けようと思ったのじゃなくて

名前を自分が助けたいと思う、自分の想いの為に助けたいと思っていたのだ。



ネ「(…きっと、グレゴリーにはお見通しだったのニャ)」



これは笑われても仕方がない。住民に限らず、名前の周りへの羨望や嫉妬、それに対して意味もなく抵抗をして自分の思いに気づかない振りをしている自分なんて、きっとグレゴリーの目には小さな手のひらで行われる滑稽な喜劇に見えていたのだろう。自分だって、そんな過去の自分に苦笑が漏れてしまった。



ネ「(…でも、もう思い通りになんてさせないニャ)」



手のひらで踊らされるというのなら、自分がその舞台から今のように彼女を連れて落ちていけばい。追いつめられなければ強くなれないネズミとは違って、自分も名前もとっくに覚悟はできている。



ネ「(だから…此処での幸せも、今だけで十分なのニャ)」



腕の中で眠る名前を強く抱きしめながら、自分の見る夢の先でも、変わらず自分の傍で笑う彼女がいることを夢見て、自分も眠りに落ちていった


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