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『しんぱんー…』



後ろからかけられた声に振り向く間も無く、少しよろめく程度の小さな衝撃を背中に感じた。ホテル内の天井につけられたレールで行き来する審判小僧は宙に浮いている。そんな彼と干渉できるのは、親分か同僚、そして宙を浮いて活動する住人たち、と…意外とここでは結構いるけれど、さっきの声と、自分にこんなことする人は一人以外他にはいないから、特に酷く驚くことなく審判は後ろを振り向いていた



審「こんばんは、リヴ。…それともおはようかな?」



『…おはよう、審判』




 念のため確認してから体をひねらせて見えた頭を撫でれば、想像通り柔らかな黒髪に指が触れ、ゆるゆると顔を上げたリヴの、少しだけ眠たそうな目が審判を捉えていた。



審「ずいぶん寝ていたようだけど…体調はもう大丈夫かい?」


『うん…なんとか…』



軽い貧血を起こしたから少し休むと、朝食の時に聞いてから時間はもう夜の9時。審判はそろそろ修行を終えて寝ようと通路を歩いていたが、さっきまで寝ていたリヴは、まだ眠そうに頭を審判の背中にぐりぐりと押し付けはいるものの、今から活動時間のようだった。



『…審判は、もう寝るの?』


審「え?あ、ああ…そのつもりだけど」


『ふーん…そっか』



 するりと、リヴにしては珍しく甘えるように審判の背中に擦り寄る。その事に審判は内心狂喜乱舞するくらい嬉しかったけれど、それからじっとリヴが一点を見つめている事に気づき、審判がその先を辿れば、その理由はあまり悩まずに審判は汲み取れていた



審「血、飲みたいのかい?」


『…え?う、ううん。いい…大丈夫だよ』



腰あたりに巻かれていたリヴの腕がするりと抜ける。自由になった体で審判が振り返ってちゃんと見えたリヴの顔は、朝会った時より幾分ましとはいえ、色白な肌な更に白く見えていた。



審「(無意識だったのかな…)」



視線の注がれていた自分の首筋に審判は触れた。普段なら必要ならリヴは必ず断りを入れるし、審判だってそれを拒むことなんて滅多になかったけれど、いつもこの時間は修行した後だってことは長い付き合いのリヴが知らない訳もなく、寝ると言ったから尚更、副作用のことを考えて遠慮しているようだった



『それじゃあ…、おやすみ、審判』



審判が思案している間にも、リヴは会釈して浮遊したまま踵を返してふわりと後ろへ飛んでいた。吸血鬼と人間のハーフであるリヴの背に翼はない。だから、いつもどこに行くのか予測不可能で、いつか、ふらりとどこか違う場所へ消えてしまうのではないかといつも不安で…。



審「(いつか…レールも届かない…ホテルの敷地内でもない遠い場所に…)」



本当はそうあるべきなのに、自分はただ傍観する立場であり続けるべきなのに、気づけばその背が暗い廊下の陰に消える前に、審判は空いていたリヴの手を掴んで引き寄せていた



『きゃっ!?』



小さな悲鳴をあげたリヴを審判はしっかりと受け止めた。そして、すぐにリヴの両膝の下に片腕を通して抱き直した。不意に前にキャサリンやエンジェルドックが騒いでいた所謂お姫様だっこだと抱き上げてから思い出したけれど、審判が覗き込んで見えたリヴは文句言いたげに口を尖らせていた



『なにするの…』


審「もう夜更けだ。こんな時間にボーイやシェフとか…男の部屋に行くもんじゃない」


『…審判だって男じゃない』


審「ボクは紳士的だからね。キミに酷いことなんてしないよ」



不満げなリヴに有無を言わせないように、審判はぎゅっと腕に力をこめて、そのままレールを伝って審判の自室へと向かった。レールで動き始めた途端、落ちないようにぎゅっと服を掴んで縋るリヴに審判は正直くらりとするものがあったけど、気を正してそのまま自分の部屋に連れて行き、そっとベッドにリヴを寝かせた。



審「それとも…そんなにボクじゃ不満かい?」


『…ボーイの方がまだ可愛げがある』


審「……かっこいいボクでは、ダメかい?」



寝ころんだリヴの顔の横に左手をついて少しだけ身を乗り出した審判は、もう片方の手をシーツに沈んだリヴの片腕を辿って、掌を合わせるように指を絡めた。少し驚いたようなリヴの目が絡めた手を見た後、次いで審判の事を映してリヴは困ったように笑みを浮かべていた



『別に格好良くなくても審判は好きだよ』


審「…本当に?」


『審判の前で嘘なんてつけないでしょ?』



リヴの言うとおりジャッジをすれば嘘かどうかなんて簡単にわかる事だった。けれど、無理矢理リヴの指の間に入れた自分の指を、手を、緩く握り返してくれるそんなリヴの気持ちはわかりきっているから、同じく審判も苦笑いを零していた。




審「ホント、キミって意地悪だよ」


『こんな私は嫌?』


審「…好きに決まってるだろ」



審判はごろんとリヴの横に寝転がり、リヴと目線を合わせば、悪戯が成功した子供のように無邪気な笑みを浮かべていて、それがなんだか少しだけ悔しくて、ぽんぽんと審判はリヴの頭を撫でていた。



審「…ボクが起きたら血を分けてあげるから、今は一緒に寝てくれないか?」


『…私も寝るの?』


審「できるなら活動時間調整をしてくれると、ボクは嬉しいんだけど…」



リヴが寝ている間、修行で忙しいとはいえ、休憩の時も食事の時も、通路で見えないとやっぱり寂しいものは寂しい。今日1日だけで味わったその気持ちを埋めるように、リヴにもわかってもらえるようにぎゅっと強く抱きしめれば、少し遠慮がちに回された手から少しずつ温もりが伝わり始め、暫くすれば、審判の腕の中で小さな寝息が聞こえ始めていた。



審「…よかった、ちゃんと寝てくれて」



寝すぎも本当は良くはないだろうけど、顔に掛かった髪を慎重によけて見えた穏やかな寝顔に審判はほっと一安心していた



審「…本当は、起きて1日の初めて口にするのも、初めて目にするのもボクがいいんだ」



体調の心配の他にも、自分が寝て知らない間に他の人から血を貰って欲しくないと思ってしまった思いも、部屋に家具が少ないだけだからと理由をつけてベッドに寝かせてシーツに縫いつけるように無理矢理絡めた指も、リヴの口からボーイの名前が出た瞬間に思わずリヴの手を掴む手に力を込めてしまった事も、ジャッジをするものとして相応しくない独占欲。



審「こんなの、今日1日だけで満足するわけないけどね」



それでも彼女にはいつかわかって欲しいなんて、それこそ我儘だなんて思いながらも、今は少しでもこの気持ちが伝わるように、相変わらず無防備なリヴに口づけを落として、審判も眠りに落ちていた

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