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 やってしまった。実験室に篭りっきりでほぼ二日連続薬の調合に身を投じていたら、試験管に混ぜるはずのアンモニアをフラスコの液体の中に投入してしまったのだ、見る見る変色し不気味な色に変わる液体を見てガスマスク越しにため息を零す。マスクをしているからそこまでは感じないがじわじわとアンモニア臭がフラスコの中から燻り始めこのままだと色んな意味でテロを起こしかねないので世靄は急いでフラスコ用の蓋を引き出しから取り臭いを塞ぐ。
 この薬品は後で処分するしかない、謎の液体と化したフラスコを処分用に作ってあるトレイに置いて世靄は液体に塗れ様々な薬品の臭いがついた白衣を洗濯するべく実験室の扉を開いた。


「あ、世靄君」
「ん? ああ被村くんか」


 目の前にやって来て世靄に声を掛けたのは、ライムグリーンのメッシュが入り足元にまで及ぶほど長い黒髪を三つ編みにし、世靄を同じように顔をペストマスクで覆っている同僚の被村だった。
 お互い顔を覆いつくすマスクをしているので傍から見れば百八十五センチの世靄と百七十五センチの被村、高身長の二人組みは異質に違いない。しかしお互いそんな事は気にせずに互いの名前を呼び被村が数歩世靄に近付いた瞬間、マスク越しに鼻についたありとあらゆる薬品の混ざった臭いに思わず足を止めた。ペストマスクにハーブが入っているのに、その臭いは酷い。


「随分疲れきって……って薬品くさっ!? なんですか半端無いんですけど」
「二日間閉じこもってたからね……最後にアンモニア使った奴で失敗したからとんでもないことになってるかも」
「うわぁ……。とにかく消臭させてください、臭いです」
「こちらからも頼むよ、とにかく早く白衣洗濯してお風呂入って眠りたい」


 重度の潔癖症で臭いものや汚いものを嫌う被村は常に持ち歩いている消臭スプレーを取り出し世靄に容赦なく拭きかけた。
薬品と、消臭スプレーの匂いが混じっているようだがお互いマスクをしている身なのでそこまでは分からない、とにかくとんでもない匂いにはなっているだろうから世靄は被村に「有難う」とお礼を言い部屋へと戻るため踵を返した。





「はぁ……やっとまともな格好になった」


 部屋の浴室から上がり、ラフな服に着替え終わった世靄は、そのまま一度寝てしまおうと考えたがこの二日何も飲まず食わずで作業をしていたため食欲を通り越して今は無の境地だ。
 このままだと餓死、というよりも栄養失調で一度死んでしまいそうなので世靄はご飯を食べるため食堂へと向かった。無論、愛用のガスマスクも忘れていない。部屋の扉を開け食堂へ続く二階の階段を降り廊下を歩いていると後ろから誰かに肩を叩かれた。


「やあ世靄」
「あれ佐疫くんじゃん。今日は非番なの?」
「そうだよ、ちょうどお昼時だからご飯食べに行こうと思って。世靄も?」
「まあね、ここ二日飲まず食わずだったから」
「……いきなり食べて身体壊さないようにね」

 
 苦笑を浮かべた佐疫に世靄も笑みを浮かべ一緒に歩き出す。食堂へ続く廊下を歩いていたら二人の前に見慣れた後姿が映りこんだ。長い三つ編みにライムグリーンのメッシュ、紛れも無く先ほど会話した被村だ。声を掛けようかと口を開いた瞬間、彼女の前にもう一人の人物が笑顔で駆け寄っている。


「お待たせしました」
「平気ですよ〜。あれ、新胴君髪型変えました?」
「へへ、被村先輩とお揃いにしてみました」
「あら〜今日はお揃っちですね〜」
「はい!」
「……」


 あの二人の空間だけ花が見えるのは気のせいだろうか。まあ被村はペストマスクを付けているから少しだけ異質だ、自分と彼女が並べばもっと異質な空間になるが。被村に笑顔で話しかけているのは後輩の新胴、普段彼女は臀部までの髪を後ろで一括りにしているが今日は被村を真似ているのか一本の三つ編みにし右肩に掛けていた。はたから見ればまるで姉妹のようだ、穏やかに会話をしている二人を佐疫は「仲が良いね」と破顔して、世靄もマスク越しで見つめ二人に近付いた。


「随分楽しそうだね」
「あ、佐疫君に世靄君」
「こんにちは」
「これから二人もご飯?」
「はい、先輩達もですか?」
「そうだよ〜、どうせなら一緒に行こうか」
「そうですね、大勢の方が楽しいですし」

 
 踵を返した被村と新胴の二人の後を追うように、世靄と佐疫も後を続く。


「被村先輩ご飯食べた後どうします?」
「ん〜……ハーブの買い足しくらいですかねぇ。あ、新胴君も良かったら一緒に行きませんか?」
「え、自分ですか?」
「甘いモノ食べに行きましょうよ〜、最近食べてないから無性に食べたくて」
「わあ是非! 自分も書いた物とかあるのでそれでも構わないなら」
「構いませんよ、じゃあお昼は少なめにしましょうか」
「そうですね」
「……姉妹だね、ほんと」
「確かに、今日は新胴も髪型変えてるから余計ね」


 前方を歩き、和やかに会話をしている彼女達を見つめ世靄はどこか親心のような不思議な気持ちで思わず言葉を発すれば佐疫もただ笑って頷いて細められた水色に二人を納めた。
 ただでさえ女性獄卒が少ない館のせいもあるが、二人は特に仲が良いのが目立つ。被村も元々はノリが軽く誰からも好かれやすい性格をしている(ただし重度の潔癖症でもある)し新胴もどちらかと言えば明るく話しやすい性格をしているが故お互い色々気の合うものが多いのだろう、一本に縛られた三つ編みをしている二人を見ると本物の姉妹に見えて気がならない。


「二人共、出掛けるのは良いけれどもあまり遅くならないようにね」
「佐疫君心配しすぎ、大丈夫ですよ」
「あはは、何だかお母さんみたいですね」
「お母さん大変だね、手の掛かる子ども持って」
「おいこら世靄君それは一体どういう意味ですかね?」


 さらりと発言した言葉は拾われず空気に溶け切ると思ったが案の定しっかりと被村の耳に入り込んでいた。お互いマスクをしているので表情は全く持って見えないが声からして笑っているのだろう、ガスマスク越しの額に被村の長い指でピンと弾かれる。こんな事をしたら被村が痛いだけでは、と思ったが彼女は彼女でさほど対した様子を見せずに苦笑を零している新胴の肩に手を置いた。


「まあ私達が姉妹なら確かに佐疫君はお母さんっぽいのは否定しませんが。ね? 新胴君」
「ふふっ、確かに佐疫先輩はお母さんっぽいです」
「う〜ん……二人にそう言われると……俺新胴と被村のお母さん?」
「気を確かに持て佐疫くん」


 そう言われるとそうとしか見えなくなってしまうじゃないか。同じ三つ編みを下げている被村と新胴は相変わらず笑顔を浮かべているし、(被村に至ってはマスクをしているから見えないが)佐疫も満更では無さそうだしどう収拾を付ければ良いのか。


「けど、こうして何人かがこの時間に揃うのは久しぶりだね」
「まあそうだね、基本みんな任務に追われてるし」
「私なんかは掃除とかで一日終わっちゃうこともありますし」
「被村先輩の綺麗好きも中々のものですよね」
「パイセンの部屋とか一日掛かりなんてザラですからねぇ」


 パイセン、もとい同じように獄卒として働く叉月という青年の名前を新胴、佐疫、世靄は耳に入れた瞬間彼女の言う事に「ああ」と満場一致で賛同した。綺麗好きな潔癖症被村とは真逆に叉月は綺麗な空間は逆に落ち着かないというようなタイプだ、そのため部屋は正直お世辞にも綺麗と言えないもとい言いたくないほどの荒れっぷり。汚れた部屋に出る虫なども滞在しておりよく被村が持ち前の武器モップとバケツ、そして常に持ち歩いている消臭スプレーやら汚れを落とすものを抱え出入りするのは良く見掛けている。


「あれは、……まあね」
「本人が幸せなら僕は良いと思うけどね……」
「あの人自体は凄く良い人ですけどね」
「なんでしょうこの歯痒い感覚……」

 
 微妙な空気が四人を包み込む。話に出るだけでこんな空気になるとは思っても見なかったがすぐに沈黙を破ったのは被村だ。


「ほら早く食堂行きましょう! 私お腹すき過ぎて死にそうですし」
「最初に言ったのは被村くんでしょ」
「そうでしたっけ?」
「とぼけないの」
「え〜?」
「全く……調子良いんだから」


 おどけたように首を傾げる被村の黒髪にチョップを入れて呟けば佐疫と新胴が笑った。こうして緩やかな時間を過ごすのは何時振りだったか、自分はずっと実験室に篭りっきり人とのコミュニケーションを断っていたからどこかホッと心安らいでいる自分が居る。世靄は口には出さないが、マスクの中で普段浮かべている笑みよりももっと柔らかい笑みを浮かべて三人を見つめた。


「あれ、どうしました世靄君」
「なんでもないよ。混む前に早く行こうか」
「誰かしらは戻ってそうだよね」
「被村先輩、この後の買い物楽しみにしてますね」
「街歩いてたら姉妹と間違えられるかも?」
「ふふっ、ありえそうです」




「……はっくしゅん!」
「あれ? 叉月風邪?」
「おいアラタ呼び捨て止めろって言ってるだろ」
「叉月センパーイ」
「殴るぞ」
「あ、キリカさん」
「え!? ど、どこだ!?」
「嘘」
「アラタアアアアアアアアアアア!」

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相互記念小説。言梅様宅の被村ちゃんと叉月くんをお借りしました。
一番書きたかったのが被村ちゃんと同じ三つ編みにして「お揃い〜」ときゃっきゃっする新胴と被村ちゃん、そして消臭スプレーを掛けられる世靄と容赦なくスプレー掛ける被村ちゃん、……その他諸々全て自分が書きたいのを詰め込ませて頂きました!

言梅様のみお持ち帰り下さい。


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