×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



梛様宅オリキャラ混合





「なちゅまちゅり?」
「そう、夏祭り」


蒸し暑さが残り、肌が少しベタつく夕暮れ。オレンジ色の、赤いような空に包まれながら闇歌は新胴に浴衣の着付けをされていた。白地に金魚の絵が描かれている浴衣は、闇歌の生者としての肌の色を映えさせている。一方、闇歌を着付けしている新胴は白地に淡い青色の花が咲いている着物を身につけている。
闇歌は新胴の着付けを見つめながら、彼女と会話を続ける。


「でも、あーかよるにおしょと、でちゃめってろーかくしゃにいわえてうよ?」
「今日は特別。肋角さんも、皆居るよ。世靄も、アラタも」
「ほーと!?やったー!」
「あ、こら動かないの」


新胴の言葉を聞いて心底嬉しいのか、闇歌は彼女が帯を結んでいるのに関わらず両腕をあげて喜ぶ。そんな闇歌を見て、新胴は嬉しそうに笑い、彼女に注意をする。
少しキツめに闇歌の帯を結べば、薄い布でできている闇歌の帯は着物の金魚のようにひらひらと舞っている。


「じゃあ、行こうか。皆先に神社行ってるから」
「あい!」


新胴に良い返事をし、闇歌はその小さな手を新胴の手に添えた。新胴も自然な流れで闇歌の手を握り、部屋を出て行く。
祭囃子が鳴り響く。灯篭が流れていく。











「お待たせ!」
「ろーかくしゃー!」


神社に続く石畳の階段を上りきれば、そこには先に到着していた獄卒達が集まっていた。獄卒達は己の目の色をした浴衣を着ており、肋角は黒地に赤い彼岸花があしらわれた着流しを着ている。アラタは機嫌良さそうに甚平を身にまとっている。
闇歌は直様肋角の傍に近寄り、嬉しそうに彼の足に抱きついた。肋角は大きな体を屈ませて、闇歌に視線を合わせる。


「随分と可愛い浴衣を着ているな」
「にあうー?」
「ああ、本当に金魚のようだ」


まるで親子のような会話をする闇歌と肋角。二人のやり取りを見つめながら、他の獄卒達は微笑んだり、様々な反応を示した。
新胴は斬島の傍に近寄り、そっと彼の腕に自分の腕を絡ませる。


「お待たせ」
「…青か、お前なら桃色とかでも似合いそうだが」
「斬島の色だから」
「…そうか」


嬉しそうに微笑む闇歌の言葉に、斬島は思わず顔を反らした。相変わらず無表情であるが、耳を見れば赤くなっている。それに気がついた新胴は、思わず小さく笑い声を発した。
そんな新胴と斬島のやり取りを見ていた面々は、内心いろんな感情を抱いていたが、兎に角言いたいことは甘いだろう。
闇歌はそんな新胴達に目をくれず、傍に居た世靄の足に移動した。世靄も今日は珍しくガスマスクをしておらず、躑躅色の目を闇歌に向ける。


「よみょやおにーしゃ、いっちょいこー?」
「いいよ。君が一人で回ると何か起きそうだしね」
「あ、待って!俺も行く!」
「君はいらないよ」
「あんだと!?」


闇歌の誘いを嫌がるそぶりを見せず、世靄は承諾する。そうすれば嬉しそうに闇歌は世靄の足に顔を擦り付ける。そんな彼女の頭を撫でながら笑っていた世靄に、邪魔をするようにアラタが声を上げた。
アラタと世靄は犬猿の仲であり、二人一緒にいれば必ず喧嘩になる。それを知っていてアラタが名乗りをあげたのかは知らないが、彼が嫌いな世靄は直様闇歌の手を握って参道を進もうとする。世靄の態度が気に入らないアラタは声を張り上げるが、そんなことも気にせず世靄は闇歌を連れて祭りの中へ入ってしまう。
悔しそうな顔をしたアラタは、直様二人の後を追った。


「まったく、二人にさせておくと何か起きそうだな。新胴、悪いが一緒に行ってやれ」
「わかりました」


呆れたような態度を示す肋角は、新胴に同行を命ずる。彼の言葉に素直に従う新胴は、下駄を地面に打ち付けて軽い音を奏でながら三人の後を追った。


「後で一緒に回ろうね」


斬島にそう囁いて。
新胴の言葉を聞いて、斬島は表情を崩さないが更に耳を赤くさせた

「みてー、おーちゃ、くえたー!」
「よかったね。後で皆に見せようか」


祭囃子が響き、提灯が辺りを照らす祭りの中で、闇歌は嬉しそうに金魚が一匹入った袋を持ち上げた。三人が回った出店の中で、闇歌は金魚すくいをした。しかし、上手く掬えなかった闇歌は、紙を直ぐに破いてしまい残念そうな表情をした。それを見かねたのか、出店の人が闇歌に一匹金魚をくれたのだ。金魚は悠々と空の袋を泳ぐ。
嬉しそうに燥ぐ闇歌を見て、三人は思わず笑みを零した。


「闇歌、次何する?」
「食べ物は駄目だよ。帰れなくなっちゃうからね」
「だめー?」
「駄目。一生ここに居るんだったら別だけど」


アラタの問いかけに、世靄は忠告を付け足す。
闇歌が居るのは獄都の世界。素直に言えば、あの世である。この獄都の物を飲み食いすれば、彼女はこの世界の住人となってしまう。獄卒達はそれを知って、彼女に一切獄都の物を食べさせることはない。
闇歌は不満そうに言うが、世靄の言葉が理解できなかったようで首をかしげた。そして、大きな眼に映ったそれに意識が移り、それを凝視する。三人も闇歌の視線に気がつき、それを見つめた。


「射的か。佐疫が得意そうだけどなー」
「闇歌ちゃん、何か欲しいのある?」
「あーか、うしゃしゃんほしい!」


闇歌の視線の先には、祭りにもってこいの射的の出店があった。数人が挑んでおり、その隙間から淡い水色の兎のぬいぐるみが見えた。闇歌はそれを指差し、新胴の問いかけに答える。
闇歌の視線の先にある兎のぬいぐるみを見たアラタと世靄は、甚平のポケットと浴衣の懐から財布を取り出した。
お互いに同じタイミングで取り出したのが気に入らないのか、二人はにらみ合い、直ぐに射的の出店へと向かった。


「あんたらね…」


二人の様子を見て新胴が呆れたように呟いた。
闇歌は兎のぬいぐるみが貰えるのを期待して、二人の射的の姿を後ろから見つめる。
すると、背中に大きな衝撃を受けた。バランスを崩した闇歌は、そのまま人ごみの流れに流されて新胴から離れていく。徐々に消えていく新胴の姿に、闇歌は手を伸ばすが、多種多様の色をした浴衣で新胴の姿は消されてしまった。


「本当にあんたら、闇歌ちゃんが関わるとこうなんだから…。闇歌ちゃん、二人は放っておいて、私と…あれ?」


新胴は射的に望み、兎のぬいぐるみを撃ち落とそうとする世靄とアラタを見て呆れた表情をした。そして待たされている闇歌に視線を向ければ、そこには幼い彼女の姿がなかった。
新胴は一瞬何かあったのかと思い、辺りを見渡すが、金魚の尾のように帯を揺らす小さな少女は見当たらなかった。一瞬にして新胴は焦りを感じ、未だに射的をする二人に駆け寄る。


「ふん、これくらい楽勝」
「ああ!俺が取ろうと思ったのに!」
「君が僕に勝てるとでも?」
「この野郎…!」
「ちょっと、喧嘩してる場合じゃない!」


コルクがぬいぐるみを射抜いた。世靄の撃ったコルクが兎のぬいぐるみを倒し、アラタは悔しそうに唸る。そんな彼の態度が面白いのか、世靄は笑みを浮かべながら店主からぬいぐるみを受け取り、アラタに挑発の言葉を述べる。余裕綽々な世靄の態度が気に入らないのか、アラタは更に悔しそうに唸る。
そんな二人に新胴が大声を張り上げて近づいた。新胴の態度を不思議に思ったのか、二人は呆気にとられたようで喧嘩を止めて新胴を見つめる。


「闇歌ちゃんがどっか行った!」
「何!?」


新胴の言葉を聞いて、アラタと世靄は目を見開いて大声を上げた。
アラタは直様人ごみの中に入り込み、世靄は周りを見渡す。新胴は焦ったように携帯を取り出し、画面を操作する。そして見慣れた名前をタッチし、携帯を耳に当てた。


“新胴か、どうかしたか?”
「斬島!闇歌ちゃん見かけなかった!?」
“…はぐれたのか。見ていないが”
「どうしよう!早く見つけないと…!」
“落ち着け。取り敢えず肋角さん達にも伝える。お前と世靄達は周りを探しておいてくれ”
「わかったっ!」


新胴は声を荒げて斬島に返事をし、携帯の通話昨日を切る。
そして世靄に視線を向けてアイコンタクトをすれば、世靄も理解したようで頷く。からからと乾いた音を立てながら、二人は駆け出した。

「しんどーおねーしゃま、よみょやおにーしゃ、どこー?」


闇歌は人ごみから離れた、本堂の傍に居た。人が少なく、闇歌は暗い参道の真ん前で佇んで、新胴と世靄の名前を呼ぶ。
しかし、二人の姿、声も確認できない闇歌は、次第に不安になり、大きな目に涙を溜める。小さな手で金魚の入った袋を握り、もう一度声を上げた。


「しんどーおねーしゃま、よみょやおにーしゃ、ろーかくしゃ、どきょー!?」


次第に、闇歌は鼻声になった。我慢できなかったのか、大きな眼から水滴を流して声を上げる。しかし、求める人物から返事は来ず、更に闇歌の不安は大きくなって彼女の頭を埋め尽くす。
小さな手で目を擦り、涙を拭う闇歌。彼女の胸の内は、恐怖と不安でいっぱいだった。


「おや、お嬢ちゃん迷子かい?」
「う…?」


恐怖と不安に駆られ、泣きじゃくる闇歌の鼓膜を刺激したのは聞き覚えのない声だった。闇歌は思わず顔を上げて声の主を見れば、顔は暗がりでよく見えないが口元が弧を描いているのが見えた。
着流しを着ている男性は闇歌を見下ろしており、不敵に笑った。


「おーちゃ、だえ…?」
「んー、親切なおっちゃんかな?迷子なら連れて行ってあげるよ」
「ほーと!?」
「うん。その前に、お嬢ちゃん、お祭りだから楽しいことしない?」
「たのしーこと?」
「そう、楽しいこと」


男性は不適な笑みを更に深め、闇歌の小さな手を握って歩き出す。有無を言わさず闇歌を引っ張る男性に、闇歌は思わず金魚の入った袋を落とすが、戸惑いながらもついていく。
男性は闇歌を見て怪しい笑みを浮かべ、本堂の裏へ続く道を進んでいった。











「居たか?」
「いや、見つかってない」


一方、新胴達は肋角達と合流し、闇歌を手当たり次第探していた。粗方祭りの会場を探した獄卒達だが、それでも小さな存在を見つけることはできなかった。
肋角は渋い顔をした。周りの獄卒達は焦った様子であり、己がここで取り乱したら上手く指示が出せなくなるのを肋角は理解しており、落ち着かせるようにため息を吐いた。


「後、探していないのは何処だ」
「本堂を探しに行っている谷裂がまだ戻ってきていないので」


肋角は顎に手を当てて思考を働かせた。闇歌の行きそうな場所は何処だろう。何せ縁日に闇歌を連れてきたのは初めてであり、こういう時の闇歌の行動パターンは肋角にもわからない事だらけである。聞き込みをし、もう一度思い当たるところを探すかどうか、肋角は悩んでいた。
すると、落ち着いた紫色の着物を乱れさせた谷裂が焦った様子で戻ってきた。


「肋角さん、本堂に闇歌は居ませんでしたが、代わりにこれが」
「それ、闇歌ちゃんの!」
「…まずい」


谷裂が息を乱しながら肋角に報告し、手に握った小さな袋を見せれば、新胴は焦った様子でその小さな袋の所有者を述べる。金魚は空気しか入っていない袋の中を、悠々自適に泳いでいる。
肋角は谷裂の報告を聞いて、眉を潜ませた。


「本堂の近くに何かあるんですか?」
「本堂の裏には縁日になると、決まった店が出るんだ」
「結構ヤバイ系?」
「…見世物だ」


不思議そうに問いかけた斬島に、佐疫が有耶無耶に返答をする。平腹が笑みを浮かべながらその店の質を聞けば、田噛が顔を顰めて返答した。彼の答えに斬島と新胴、平腹とアラタは驚きの表情を浮かべる。
既に存在を知っていた他の面々は顔を歪ませて、舌打ちをした。


「行くぞ」


肋角の言葉に、全員が走り出した。
一方、男性に連れられた闇歌は、不思議な店に来ていた。倉庫のように籠や檻が置かれた場所に連れてこられた闇歌は、未だに自分の立場を理解していない。


「おーちゃ、ここ、どこ?」
「おっちゃんのお店だよ」
「…あーか、かえいたい」


暗がりでよく見えないが、檻や籠の中には何かが入っており、闇歌を物珍しく、そして哀れに見つめていた。その視線に闇歌は気がついており、心地悪そうに己の腕を掴む男性に帰宅を訴えた。
しかし、男性は口元を歪めるだけであり、何も返答しない。


「おーちゃ、あーか、かえう!」


闇歌は脚を止めて男性に訴えるが、男性は一向に闇歌に見向きもせず奥へ奥へと彼女を誘う。引きずられるように最奥に連れて行かれれば、そこには数人の男性が待ち構えていた。
闇歌は現状を理解できず、ただただ恐怖で涙を流した。


「おー、何だ生者か」
「しかもガキじゃねーか」
「そこらの変態には極上の餌だろ」


ゲスイ笑みを浮かべる男性達と会話をする、闇歌を連れてきた男性の様子を見て、闇歌は一層恐怖を募らせた。闇歌は、一心で獄卒達の元へ帰ることを望んだ。
しかし、闇歌は男性に勢いよく引っ張られ、そのまま檻の柵に打ち付けられた。痛みに顔を顰め、闇歌は恐る恐る目を開く。
視界に写ったのは、気持ち悪い笑みを浮かべる男どもだった。

「さあ、お嬢ちゃん、楽しいことしようか」
「やぁ!あーか、かえう!」


闇歌は浴衣の襟や手を掴む男性に抵抗し、手足をばたつかせて帰宅を訴えた。
しかし、男性達は笑みを一層深めるだけ。


「お嬢ちゃん、今日からここが君の家だよ」


闇歌は男性の言葉を聞いて、涙を流した。
帰りたい、会いたい、彼らに、彼に。涙を流し、脚を掴む大きな手に恐怖を抱きながら、常に傍に居る存在を思い出していた。


「やぁっ、ろーきゃくしゃ、しんどーおねーしゃっ」


大きな手が闇歌の脚を伝う。


「よみょやおにーしゃ!」


闇歌は目をつぶり、喉が痛くなる程、大きな声で叫んだ。
瞬間、何かがぶつかる大きな音が響き渡る。闇歌に群がっていた男たちは驚いたように背後を見た。
そこには、鮮やかな目をぎらつかせて男どもを睨む獄卒達が居た。皆、異様な雰囲気を出しており、その目を獣のようにして男どもを見ている。その光景、雰囲気に臆した男どもは震え上がり、闇歌から手を離した。
先頭に立っていた、赤い目を鋭くさせて憤怒を顕にしている肋角は、その大きな脚で地面を踏みにじる。


「俺の大事な子に、何をしている」


地を這う声に、男どもは更に震え上がる。起こしてはいけない虎を起こした男どもの末路は、決まったも同然である。
肋角の着流しの、赤い赤い彼岸花が揺れた。











「闇歌ちゃん、出ておいで」


無事、闇歌を見つけた後、闇歌は世靄に抱きかかえられて獄卒の館に帰宅した。望んだ帰宅。求めていた存在と会え、望んだ場所に帰れた闇歌は、終始泣きっぱなしであった。
しかし、件が闇歌に深いトラウマを植え付けたことで、彼女は自室から一歩も出てこなくなった。部屋の扉は閉められ、鍵もかけられており、誰も部屋に入ることができない。新胴でも、斬島でも、誰も入れない。世靄でも、肋角でも。
新胴は扉をノックしながら、闇歌に声をかける。傍には世靄と肋角も居り、闇歌の居る部屋を見つめている。


「闇歌ちゃん、お腹空いたでしょ?出ておいで。皆でご飯食べよう?」
「…やら」


新胴は心配そうに、切なそうに顔を歪めて闇歌に問いかけるが、閉まりきった扉から聞こえたのは、微かな声で答える拒否であった。
闇歌の答えに、新胴はため息を吐き出し、もう一度扉をノックする。


「闇歌ちゃん、皆待ってるよ」
「やら!やら!」
「闇歌君、出ておいで」
「やら!やらぁ!あーか、おしょとでにゃい!」
「…僕と昼寝するのも?」
「やら!あーか、でにゃい!やら!やらぁ!」
「…肋角さん」
「……」


新胴がもう一度訴えるが、闇歌から出るのは拒否の言葉。見かねた世靄が闇歌に訴えるが、闇歌は涙声で拒否の言葉を述べ、一方に出てこようとしない。
世靄と新胴は、顔を歪めて肋角に視線を向けた。闇歌の状態を見て、肋角は顔を顰めた。しかし、こういう時に無理強いをして連行するのも、返って闇歌のトラウマを刺激するだけである。


「出直そう」


肋角の言葉を聞き、新胴は静かに目を伏せた。
世靄は肋角の顔を一度伺い、新胴を連れてその場を後にした。二人の姿が見えなくなるのを確認すると、肋角は一度闇歌の部屋の扉をノックした。

「闇歌」
「やら!」
「…ご飯だけは食べなさい」


名前を呼べば、当然のように返される言葉。肋角は赤い目を瞼で隠し、一言だけ伝えて新胴達の後を追った。
肋角の声を聞き、闇歌は一層涙を流した。カーテンの締め切ってある暗い部屋で、体に似合わない大きなベッドの上で世靄が取った水色の兎を握り締め、大きな水滴を目尻から零す。小さな体の周りでは、あの夜もらった金魚が、藤色の尻尾を優雅に舞わせて円を描くように泳いでいた。
次第に、闇歌は泣き疲れ、視界が暗闇に覆われていく。微睡む意識に、闇歌は心地よさを抱いていた。暖かいぬいぐるみを抱え、闇歌は夢に幸せを求めた。
しかし、暗闇の中で誰かが笑っており、大きな手を闇歌に伸ばしてきた。瞬間、闇歌の意識は浮上し、大きな目を最大に見開く。
ふと顔を上げ、部屋を見渡せば空中で金魚が尾ひれを揺らせて漂っていた。近くにあった時計に視線を向ければ、短針は12を示していた。新胴達が来たのは11を示している時であり、ほんの少し眠っていたことを悟る。
徐に闇歌はベッドから降り、カーテンに潜り込む形で窓を覗き込んだ。窓の外では小鳥達が太陽の恩恵を受けており、嬉しそうに囀りながら空を飛んでいる。
闇歌は口をきつく締め、その場に座り込んだ。


「闇歌!遊ぼうぜ!」
「平腹お前扉壊すんじゃねえ!」


瞬間、部屋の扉が豪勢な音を立てて倒れ込んだ。光が差し込む入口には、嬉しそうに黄色の目を見開いて闇歌の名を呼ぶ平腹と、そんな彼を叱るアラタが居た。
闇歌は驚きの衝撃が大きく直様動けず、平腹が近づいて抱きかかえるのを許してしまった。


「やらぁ!あーか、おしょとでにゃい!やらぁ!ひりゃはりゃおにーしゃま、きやい!」
「ん?俺嫌われてるの?まあ、いいや。行くぜー!」
「お前闇歌抱えたまま走るんじゃねえ!」


闇歌が直様平腹に拒絶の言葉をぶつけるが、当の本人は気にしない様子で闇歌を抱えて走り出す。背後ではアラタが怒鳴りながら二人を追いかけていた。
闇歌は目を瞑って涙を流し、体に回されている平腹の腕を掴んだ。


「やぁ!やぁ!」
「なー、闇歌!」
「ひらひゃらおにーしゃま、やらぁ!」
「あの時は守れなかったけど、大丈夫だぞ!」


拒絶の言葉を述べる闇歌に、平腹は気にもしない様子で彼女に語る。
闇歌は不満げに何が大丈夫なんだと言いたげな顔で平腹を見るが、彼はたんぽぽのような目を細めて、闇歌を見つめていた。


「今度は俺も居るから、なんて言えばいいんだ?兎に角、安心しろ!」


高らかに宣言をする平腹の目を見つめ、闇歌は黙り込んだ。
窓が、扉が、全てが風のように移動し、木々や建物、全てが映像のように過ぎ去っていく。まるで小鳥のように飛んでいる感覚を得た闇歌は、そのまま平腹の腕にしがみつき、瞼を閉じた。
怖い、ただそれだけである。思い出される映像に、闇歌は身を強ばらせた。


「よっしゃ!ついた!」


平腹が大声で叫んで、動かしていた脚を止めた。闇歌は思わず目を開くと、そこは小川が流れ、あたりには草花が咲いた広場があった。
中央にある木の下には、平腹とアラタ以外の獄卒たちが居り、平腹の声に気がついて彼に振り向く。


「平腹ー!遅い!」
「えぇぇ!?俺超特急で来たんだけど!」
「お前、闇歌に靴履かせてねえじゃねえか、しかも寝巻きとかお前馬鹿か」
「忘れてた!」
「はいはい、闇歌君こっちおいで」


平腹は既に居たメンバーに近寄り、機嫌よく笑う。木舌が茶化すように言えば、平腹は驚いたように叫んだ。続けて田噛が注意すれば、反省する素振りもなく返答する。
呆れたようにため息を吐き、世靄が闇歌に手を伸ばした。躑躅色の目が優しく弧を描いており、闇歌は世靄に手を伸ばす。黒い手袋をしている大きな手に抱えられ、闇歌は広場を移動する。
先へ向かえば、新胴たちがレザーシートを広げてくつろいでいた。


「いい天気だな」
「そうだね。ほら、闇歌ちゃんもどうぞ」


水筒からジュースを出してコップに注ぐと、新胴は斬島と会話をしながら世靄の腕から下ろされた闇歌にコップを差し出す。大きなコップを両手で受け取り、闇歌は新胴を見た。
闇歌の視線に気がついた新胴は、優しい笑みを浮かべ、銀鼠の眼を彼女に向ける。

「闇歌ちゃん、遊ぼっか」
「…やら」


新胴が微笑みながら闇歌を遊びに誘うが、闇歌はジュースを飲みながら拒否の言葉を述べる。彼女の言葉に、新胴は寂しそうな顔をして黙り込んだ。
すると、背後から大きな手が闇歌の腹部に回り、持っていたコップを奪い取って彼女を抱き上げた。


「新胴」
「はーい」


頭上から聞こえたのは大好きな肋角の声であり、闇歌をその大きな腕で支えながら新胴を呼んで移動をする。闇歌は怖がりながら、肋角に抱きつく。しかし、肋角は気にもしないで草を踏みしめて、シロツメが咲き乱れる場所に移動した。後ろには新胴と斬島も居り、肋角が地面に座り込むと彼の正面に座り込む。
新胴がシロツメを摘んで、何かを作り出した。徐々に本数が増え、形を顕にするシロツメに、闇歌は釘付けになった。


「はい、闇歌ちゃん、花冠」


出来上がったのはシロツメの花冠であり、新胴はそれを闇歌の小さな頭に乗せる。闇歌は頭に乗せられたシロツメの花冠に触れ、斬島を見た。シロツメを持ち、真剣に見つめて手を動かす斬島。横に居る新胴が指示をしながら、何かを作っていく。
闇歌はそのまま視線を肋角に移した。肋角は煙草を咥え、紫煙を吹かしながら闇歌を見下ろし、彼女の頭を撫でる。
穏やかな空間。その居心地の良さに、闇歌は戸惑っていた。思わず俯けば、己に影がかかる。視線を上に向ければ、斬島の顔が移り、続いて首に何かがかけられた。
見れば、少し歪んだシロツメのネックレスだった。


「よかったね、闇歌ちゃん。斬島が作ってくれたんだよ」
「案外難しいものだな」


新胴が嬉しそうに笑い、斬島が少々疲れたように座り込む。肋角は未だに闇歌の頭を撫でており、心地の良い、暖かな雰囲気を闇歌は感じた。


「おーい、闇歌!こっち来いよ!」
「川!川があるぜ!」
「魚いないかな…」


名を呼ばれ、闇歌は視線を声のした方向へ向ければ、そこにはブーツを脱ぎ、ズボンの裾をたくしあげて小川で遊ぶ平腹とアラタ、そして川辺で水の中を覗き込む木舌の後ろ姿が見えた。
闇歌は一瞬口を噤むが、直ぐに花冠とネックレスを外し、それを肋角に預けると三人の元へ駆け寄る。


「お!闇歌、気持ちいいぜ!」
「足ぐらいなら濡れてもいいだろ!」
「お酒のツマミになるかなー…」


子供のように燥ぐ二人を見ながら、闇歌は川辺に駆け寄る。素足で土や草が当たり、些か痛い。それでも、闇歌は黙ったまま走る。
そして走っている勢いを殺さず、川辺にしゃがみこんでいる木舌の背中を両手で押した。


「え、あ、ええええ!?」
「木舌!」


闇歌のいきなりの攻撃に、木舌はそのまま小川に落ちる。水しぶきを上げ、盛大な音を立てて落ちた木舌を見て佐疫が彼の名を呼ぶ。
一瞬の出来事にその場に居た全員が黙り込んだ。押された張本人は水を拭って、犯人である闇歌に視線を移す。


「きーしたおにーしゃま、じゅぶにゅれー!」


闇歌は心底愉快そうに声を上げて笑った。目尻に涙が滲んでいるが、それでも久方ぶりに見れた彼女の笑みに、皆黙り込んだ。
木舌を指差し、声を上げて笑っている闇歌を見て、木舌は笑みを浮かべる。


「悪戯っ子はこうだー!」
「きゃー!」


木舌は闇歌の小さな手を引っ張り、彼女を川に落とす。小さな水しぶきを上げて、木舌の上に落ちる闇歌は、楽しそうに声を上げた。
そんな光景を見て、遊んでいる木舌たち以外のメンバーは笑みを浮かべた。


「闇歌、泥があるぜ!泥団子作るぞ!」
「どりょだんごってなーに?」
「何、闇歌泥団子知らねえの!?」


川辺にある泥を触って遊ぶ平腹とアラタに、闇歌が近寄った。泥団子の存在を知らなかった闇歌は、二人に如何様なものか問いかければ、アラタは驚いたように声を上げた。
木舌はずぶ濡れな状態で、レザーシートに座っている面々に近寄った。


「お前、近寄んじゃねえよ」
「災難だったね、木舌」
「やられたよ」
「ふん、鍛錬を怠っているからだ」
「でも、いいんじゃない?闇歌君が笑ってるんだから」


笑みを浮かべながら会話をする木舌達。佐疫が外套から取り出したタオルを受け取り、顔を拭いながら木舌は視線を闇歌に向けた。
楽しげに笑みを浮かべる闇歌は、泥をすくい上げて、その小さな顔に塗りたくる。


「闇歌ちゃん!?」
「闇歌、何してんだ?」


佐疫が驚きの声を上げ、傍に居た平腹が笑いながら問いかける。
すると、闇歌は嬉しそうに泥を付けた顔で笑った。

「ろーかくしゃー!」
「「「ぶはっ!」」」


自慢げに、所謂ドヤ顔で言う闇歌に、木舌と平腹、そしてアラタが吹き出した。泥でまみれた闇歌の顔は、黒ずんでいるように見え、闇歌としては肋角を真似ているのだと言いたいようだ。
そしてそのまま肋角に視線を向けると、相変わらず誇らしげな顔をしている。


「顔を洗いなさい」


肋角は笑みを浮かべながら闇歌に近づき、彼女を川に向かわせる。そして未だに笑い転げているアラタと平腹を、赤い目で見下ろした。


「お前達も同じようにしてやるか?」
「…すみませんでした」
「…ごめんなさい」


闇歌が川の水で顔を洗っているのを伺いながら、肋角は二人に問いかける。そうすれば、二人は真顔になって肋角に謝罪した。
泥を落とし終えた闇歌は、ずぶ濡れの状態で肋角に近づく。


「闇歌ちゃん、ご飯食べよう!」
「あい!たにじゃきおにーしゃま!いっちょたべおー!」
「まず体を拭け!」


佐疫の掛け声に、闇歌は元気よく返事をし、レザーシートに座る面々に駆け寄っていく。名を呼ばれた谷裂は怒ったように怒鳴り、佐疫が外套から着替えの服とバスタオルを取り出す。木舌は濡れた服を木にかけており、田噛は面倒くさそうに横になって彼女を見つめ、世靄は相変わらずの笑みを浮かべた。
その光景をシロツメの花畑で見つめていた新胴は、嬉しそうに笑みを浮かべる。


「新胴」
「あ、できた?」


隣でシロツメで何かを作っていた斬島に呼ばれ、視線を移せば、斬島は持っていたシロツメの指輪を新胴の指にはめ込む。闇歌の為に作っていたと思っていた新胴は驚いた表情をするが、斬島は無表情で視線を闇歌達に向けた。
そんないじらしい斬島に、暖かい気持ちを抱いて新胴も視線を闇歌に向ける。
闇歌は世靄に手伝ってもらいながら、体をバスタオルで拭って笑っていた。





大好きな太陽





水滴が落ちる音がする。
世靄はスポイトに入っていた液体をフラスコに入れ、様子を伺っていた。徐々に変化する色に、世靄は笑みを浮かべた。すると、足に衝撃が走り、視線を足元に移動させる。


「よみょやおにーしゃ、ねんねしおー!」


元気に笑みを浮かべて世靄の足に抱きつく闇歌に、彼はスポイトを机に置いてその大きな手で彼女を抱き上げた。


「また入ってきたの?」
「よみょやおにーしゃ、いっちょ!」
「はいはい、今日も一時間だけね」


いつものように実験室に隣接している部屋に移動する世靄。嬉しそうな闇歌の声が響く中、世靄の使っていたフラスコには闇歌の瞳と同じ色の液体が揺れていた。

 / 
back