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 きっかけがなんだったのかは分からない。だけど、これは運命だ。とは分かった。なんの変哲もない平凡な日常の中で舞い降りた一人の男性、灰と青が混じった切れ長の目はしっかりと瞼の裏に焼き付いている。
 彼は私を見た時ふんわりと笑ってまるでこの時を待っていたかのような優しい手つきでつぅ、と私の頬を撫ぜ上げた。手袋越しからでも分かった氷のような冷たい手。だけど彼が触れた途端私は言葉にもできないようなときめきと胸の痛みを感じたのだ。

「(ずっと、待っていた気がする)」

 出会って間もない人に、運命を感じた。
私には好きな人がいる。近いのに、とても近いのに決して届かないところにいる人。おとぎ話のような身分違いの恋でもない。ドラマで良くあるような年の差の恋でもない。もっと哲学的で、常人には決して理解出来ない恋。

「名前、こんばんは」
「お帰りなさい災藤さん。お疲れ様です」
「うん。はい、お土産だよ」
「わあ、夕飯の時に出しますね!」

 何気ない日常。一人暮らしのアパートに時折こうして災藤さんはやってくる。だけど彼は副管理長というものをやっているらしく多忙でたまにしか帰って来れない。それでも良かった、こうして彼の帰る場所になれるのなら。
 ここら辺ではあまり見かけないお店の袋を受け取って私は台所に向かう。既に出来上がっている夕飯を温めなおし、二人で買ったお揃いのお皿に盛りつけていく。

「会社はどうだい?」
「今は暇な時期なのでそこまで忙しくないです。災藤さんは、どうですか」
「相変わらず別部署の上司と管理長の仲が良くなくてね、顧客が増え続けているのに大変だ」
「……そう、ですか」

 プライベートの事はよく話してくれるのに、仕事の事を彼はあまり話したがらない。これが私たちの決して届かない距離。私たちは互いに想い合っているのに、どこか距離が遠いのだ、埋めようとすればするほど離れていく感覚がしっかりと分かるくらい。
 かけていた鍋の火を消して、別皿に置いてあったおかずを乗せていく。

「今日持って来たお土産は美味しいよ、ここらでは売ってないものだからね」
「災藤さんの持って来てくれるお菓子やご飯はどれも美味しいですもんね」
「ふふ、ありがとう」

 柔らかな微笑みを作る災藤さんに胸がまた小さく痛んだ。こんなに好きなのに、愛しているのに、どこまで貴方の手に触れることが出来ないのが悔しくて悔しくてたまらない。
 ご飯を全て盛り付け終わり、私はこっそりとポケットから小さな小瓶を取り出してそれを青色のお皿に乗っているご飯に一滴垂らす。……ああ今日も始まる。

「さあ出来ましたよ災藤さん」
「じゃあ箸と飲み物を出そうか」

 立ちあがった災藤さんは私の元へ来たかと思えば、ちゅ、と触れるだけのキスを落とし食具を取り出す。キスが神聖だと思っていたあの頃が懐かしい。否、今でも特別な事だとは分かっているが私達はもう恋人≠ニして幾重ものことを経験した来た、だから少しだけ、ほんの少しだけこの行為が特別なものとして認識しにくくなっているようにすら感じているのだ。と言えば災藤さんはなんて言うかな、きっとそんな事すら気にせずに甘い言葉を私に送ってくれるかな。
 キスするたびに、こうして会話をするたびに、大切な何かがすり減っているような気がする。
 箸置き、箸、コップ、飲み物を決まった位置に置いていく災藤さんをぼんやりと眺めながら私は青い皿を彼の元へ置き自分のも持って椅子に座る。

「いただきます」
「いただきます」

 彼が箸を取り、私が作ったものを口に入れたのを確認し、今日も安堵する。

「災藤さん、美味しいですか?」
「うん、美味しいよ。やっぱり名前は料理が上手だね」
「ありがとうございます。……災藤さん、」
「どうしたんだい」
「好きです」

 なんの気なしに想いを告げれば、目の前に座っている彼は一瞬だけ目を見開いて再び笑う。「私は愛しているよ」、さらりと口に出された言葉に頬が熱くなるのはいつもの事だ。
 こうして何度も愛を囁いて、確かめ合っているのに距離は縮まってくれない。ならば、物理的に居てもらうしかないじゃない。

「おかわりあるから食べてくださいね」
「うん。名前もたくさん食べて大きくなるんだよ」
「もうそんな年じゃありませんよ!」


 困ったように笑う名前に私も笑う。彼女の作ってくれた料理を口に運ぶたび舌がぴりつくのは、彼女が少量ずつ毒を盛っているからだ。
 私は知っている。名前が、私が死者であるという事を知らない故に、決して歩み寄っても近寄れないから、せめて殺してでも傍に置きたがっていることを。だからこうして遅行性のある毒を盛っている事すら、全部全部知っているよ。
 可愛い名前、私だけの名前。君がそれを望んでいるなら、私もそれを望むよ。

「君は何年経っても変わらないね」
「……?」
「なんて、ちょっとお父さんみたいだったかな?」
「えぇ、災藤さん酔ってます?」
「君にね」
「もう!」

 ああまた見つけた君が愛おしい。君はいつだって私を置いていく、本当ならば手元にずっと置いておきたいのに閻魔も肋角も許してくれない。だからこうして自力で見つけるしか出来ないのが歯がゆいくらいだよ。
 いつだって決して埋められない彼の世と此の世の世界に君は嘆き悲しんでいるのに、どうして世界は私たちを許してはくれないのだろうか。

「ほら、これをあげるから我慢して」
「ん、むぐ……」

 私が毎回持参する食べ物を違和感なく食べる君が、哀れでたまらない。黄泉戸喫、生者を彼の世へ送る方法。何年も同じ方法を行っている故、効果は薄れて行ってしまっているけどなんてことはない。時間は嫌というほどある。

「名前」
「はい?」
「今度も離さないからね」
「……?」

 君は、私の永遠だから。決して離しはしないよ。

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