五万打小説 | ナノ
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捩れの位置

 同じ特務室で働く者たちは同僚であり、家族であり、兄妹のようなそんな環境の中で育ってきた。無論獄都は彼の世、冥府の世界なのでここに居る者は皆“死”を体験している。生前が人間で魂を一から再び形成され鬼となるものや、全く持って別の形で新たに生まれ変わっている者も居るのだ。どのようにして鬼として生まれたのか、覚えているものは殆ど居ない、けれどそんな生まれなんてどうでも良い。
ただ獄卒としての責任を持ち時に希薄ながら様々な感情を芽生えさせ“死”と“生”両方を経験しながらこれから先ずっと生きていくのだ。そう、これから先若しかしたらずっと仲間たちと終わりの無い毎日を過ごす。終わりが無い鬼として冥府を生きていく中で感情なんか持ってもめんどくさいだけだ、だからこそ殆ど自我を持たない奴等もいるが長年生きて現世まで赴いていれば嫌でも感情は付いてしまうのだ。俺も、その一人だ。狂おしいほどの恋情に燃え苦しみ想いを伝える事に怯えただ普通に相手を話すしかない、好きだ、好き過ぎてお前だけを見ていたい、伸びた線は相手と交ることも無く捻れどこまでも伸びていく。
 ついに、俺の想いは捻れたまま平行線を辿りある点に結び付いた。

「(そろそろ起きる時間か)」

 部屋に置いてあるトリプルディスプレイに映し出されている、一つ一つの画面は四つのペースで区切られておりそこにはある一人の部屋がそれぞれの角度で映り込んでいる。数日前から何度か機会を狙い、鍵穴の型を取り合鍵を作っておき向こうが長期任務で居ない間に部屋に忍び込み時間を掛けて作った小型カメラと盗聴器をよほどの事がない限り見ないであろう場所は私物の中に上手く仕掛けた。これのために何度か部屋を訪れる機会を作って部屋の構造をしっかりは開くしておいて正解だった。
 時計を見れば朝の七時、部屋の主、もとい俺が恋慕の情を向ける名前は非番の日は少しだけ遅くまで寝ているが今日は確か任務があったはずだ、午前から任務の時は仕度もあるため早い時間に起きるのは何度かこうして名前の生活習慣を見て把握した。寝惚け眼でベッドから起き上がった名前はディスプレイ越しに見てもやはり他の女に比べて一際輝いて見える。名前は目覚ましが無くとも起きなければいけない時間になると目が勝手に覚めるらしいが身体が伴わない、起きて暫くは寝惚けている状態なのだ、ほんとどこまで俺の胸を締め付ければ良いのだろうか。

「(この後は洗顔と歯磨き、んで着替えたら朝飯だな。……そのタイミングで俺も部屋を出るか)」

 想いを伝えられず苦しくもどかしい想いをする位なら俺なりの形で多少なりとも満足する方向で行こうと考え付いた結果がこれだ。少しだけ歪だと思うが、仕方が無いこの世で生きてきて初めて芽生えた感情なのだから。
 名前は覚醒しきっていない意識を覚ますためにすぐに顔を洗うため洗面所へ向かう、洗面所にも備え付けられているカメラに切り替えるためマウスを動かし場面を切り替えれば髪が垂れないように纏めて洗顔する名前、この後歯を磨いて制服に着替え朝御飯を食べる食堂へ行くのだろう。俺もそれに合わせて部屋を出るべく立ち上がる。名前の次の日の予定を把握してそれよりも早く起きている俺は起きて顔を洗ったままパソコンの前に座り込んでいたので着替えるべく寝巻きに手を掛けた。着替えつつも視線をディスプレイに傾ければどうやら向こうも着替えている最中だ、こうしていると一緒の空間で着替えているみたいで酷く気分が高揚する。実際に、同じ空間で日々を過ごせるような関係になれたならどれほど幸せだろうか。

「(行くか)」

 パソコンの電源を切り、制服に着替えた俺は最後に、コルクボードの後ろに貼り付けられている名前の写真を見つめ一日のやる気を出し部屋のノブに触れた。向こうもよっぽどの事がない限りはすぐに朝食を食うために部屋を出るだろう男女で部屋が分かれているので詳しい事を把握出来ないのが本当に悔しい、だから念入りにカメラを仕掛けたのだが。早く、早く生身の名前に会いたい、高鳴る気持ちを納めるため深呼吸をして俺は食堂がある二回へと降りるため階段を目指した。

 女子専用の部屋から名前が降りてきたのを視界に入れた瞬間、俺は気持ちが行動に現れ早まっていた足を緩くするためスピードを落とす。眠たそうに数回瞬きを繰り返す名前を見ていると遠くからでも分かる銀鼠の瞳がこちらを向き俺に気付くと少しだけ顔を綻ばせて駆け寄ってきた。そんなに俺に会いたかったのか、時間を読んで部屋を出ておいた自分を褒めてやりたい。ゆるゆるとつりあがる口角を見られないように手で抑えてこちらへ駆け寄る名前の方へと歩み寄った。
 少しだけ眠たげにしているが名前は笑みを浮かべて俺を見上げる、仄かに香る良い匂い、やはり生身の方が格段に良い。

「おはようございます先輩」
「はよ。飯か」
「朝早くから任務があるので……、少しだけ眠いんですけどね」
「……身体壊すなよ」
「ふふ、有難う御座います」

 ふんわり微笑んだ名前の周りに花が見える。俺もだいぶ病的だな、呆れてため息を零しそうになるがそれ以上に名前とこうして話を出来ることが嬉しすぎてため息なんかすぐに引っ込んだ。まあ仮にコイツが身体を壊したとしても暇な時はいつも名前の事を見ているからすっ飛んでいけるだろう、本当に、名前が好きで好きで堪らない。

「田噛先輩もご飯食べますか?」
「……食う」
「じゃあ一緒に食べましょう」

 予想外だ。まさか誘われるとは、確かにこの場の雰囲気からすると誘うのが当たり前だと思うが死ぬほど嬉しい、誘われなかったら少しだけ離れた席で今日コイツが食うメニューを頭に叩き込んで部屋にあるノートに書き込む予定だったが、いや一緒に飯を食うとしてもしっかりとメニューは叩き込んでおくが。ポケットからある物を取り出して、俺は名前を急かすように腰元を押して食堂へ入った。
 笑みを崩さない名前の後を付いていき、キリカさんに朝飯を頼み込んでいればあっと言う間に白米、味噌汁、納豆、焼き魚が載った盆を渡されたので俺たちはそのまま向かい合わせになるように座った。両手を合わせ「いただきます」とだけ呟けば名前は飯に有り付いた。やっぱりコイツは一番最初は必ず副菜から手を付けるんだな、遠目から見ていて些か不安だったが俺の観察力も大分鋭くなったようだ。

「任務」
「ん?」
「今日の任務、戦うのか」
「亡者の捕縛なので戦闘は避けられませんね」
「……そうか」
「まあでも、一緒の相手も居るので頑張ります」
「死ぬなよ」
「はい」

 何度も死と生を繰り返していると、もはや死なんてただのちっぽけな傷にすら思う俺たちは、果たして変なのだろうか。その後は他愛無い会話を広げつつ俺は名前が何を何回咀嚼したか、何分で飯を食い終わったかをしっかりと頭に叩き込み持っていたデバイスにメモ代わりとして打ち込んでいく。
 
「名前」
「はい」
「時間ねぇだろ、先行ってて良いぞ」
「え、でも」
「俺は別件で用事があるからな、道場とは逆方向だ」
「そうなんですか……。じゃあお先に失礼します」

 空になった盆をキリカさんに返した名前は残りの時間を埋めるように小走りで食堂を後にした。デバイスにさっきの事を打ち込み終えると俺も空になった盆をキリカさんに返して、一度自室へと戻っていく。

「(確か数時間後だから、間に合うか)」

 本当は道場に付いていき怪我をしないか見ていたいがそれよりも先にやらなければいけない事が俺にはある。そろそろ遠目から見つめるの時間よりもアイツと少しでも長く過ごしたい、別に今すぐ付き合いたいとかそういう欲何て物はねぇけど、生身のアイツと多くの時間を過ごし癖や仕草、言葉を吐き出すときの唇の動きなどをしっかりと目に焼き付けて置きたかった。
 自室へと戻り、壁に立て掛けてあるツルハシを手に取ると俺はある人物の部屋を訪ねるべく少しだけ足を早めた。



「あ。……田噛先輩!」
「なんだよ」
「す、すみません……実は任務を共にする相手が急に大怪我を負っちゃったみたいで……、代行を一人選べと肋角さんに言われてしまって……」
「付いていけば良いのか」
「良いですか……?」
「だりぃけど、今日は暇だし付き合ってやるよ」
「本当にすみません」

 彼女の腰に付けておいた盗聴器を聞いていたとき、展開が上手く行き過ぎて怖かったくらいだ。やらなければいけない用事を済ませ部屋で軽く汗を流し終えて綺麗な予備の制服に着替えている時に機械から聞こえたのは名前と肋角さんの声だった、どうやら一緒に組むはずの相手が重症を追ってしまい代行で誰居ないか、という声が機械から響き俺はそのまま勢いよく部屋を飛び出して肋角さんが居るであろう執務室へと向かった。
 ああ本当、全て掌の中で転がってくれて助かる。多分名前の事だから同僚の女獄卒にでも頼み込むだろうと思い執務室の前で待ち伏せしておいて良かった。

「なんか最近こういった事が良く有るんです」
「どういう意味だ」
「なんか、自分と同じ任務になった相手が重症負ったりして……何か憑いてるんでしょうか」
「……気のせいだろ。ほら、さっさと行くぞ」
「あ、はい。……田噛先輩、有難う御座います」
「……なにがだよ」
「こうして代行で付いてきてくれる事です。なんだか申し訳ないなーって」
「……アホか」

 憂いに沈んだ名前の額にピンと人差し指で弾けば「う」と小さな声を零して額に手を添えると俺を上目遣いで睨みつけてきた。滅多に見ない表情で、初めて新たな感情を持った時と同じくらい心臓が大きく高鳴り、身体にじんわりと熱が登った。

「困ってたら助けるのは当たり前だろう」
「……有難う御座います。今度お礼させてください」
「構わねぇよ」
「いえ、振り返れば結構こういう機会多かったですし、させて下さい」
「じゃあ、今度の休み出掛けるぞ」
「喜んで」

 花が咲くような、そんな笑顔を浮かべた名前を見て俺も口角が少しだけ上がった。知るはずも無いだろう、なぜ疑問に思わないのかも不思議だがそんな疑心なんか人間じゃあるまいし殆ど無いはずだ。なぜ任務の相手が重症を負うか、なぜそのタイミングで俺がやって来るのか、俺の想い人はそれにいつ気付くのか、それはそれで楽しみだ。

「(好きだ。……お前と多くの時間を共有するのは、俺だけで良い)」

 例え一分でも、一秒でも視界にお前を写して良いのは俺だけだ。けれど良く考えればこいつの生活習慣を知っているのは俺だけなんだよな、それだけで興奮する。この溢れ出る想いをいつかこいつにぶちまけたらすっきりするのだろうか。けれど、それはまた今度の機会で良いか。
 ああそうだ、一度自室で武器を取りに行くときツルハシに殺った相手の血が付いてないかもう一度確認しねぇと。顔がバレないように後ろから奇襲をかけたが余計な事を言わなければ。……大丈夫か、しかし顔を見られないようにするために後ろから目玉を狙ったのはさすがにキツかったな。今度そこらへんの鍛錬を念入りにしておくか。

「田噛先輩?」
「なんでもねぇ、ツルハシ取りに行って来る」
「待ってますね」

 お前の全てを誰よりも深く理解した時、必ず落としてやる。……それまでは、こうして名前の事を見ているだけで十分だ。時間は十分にある、焦らずじっくりやり続けていけばきっとこいつの仲は俺でいっぱいになるはずだ、違う、いっぱいにさせてやる。
 歪なまま伸びていく平行線は、一生交る事は無いだろう。








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ぶどう様リクエスト、頭脳派ストーカー田噛でした。
書いているうちに何だかただの気持ち悪い人になってないか?と思いましたが凄く楽しく書けたので満足です。邪魔なものは裏から排除していき必然的に彼女との時間を作っていく、けれども今すぐ者にしたいわけではない、何だかどこか壊れている田噛に仕上がったかな、と思っています。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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