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悪戯は程ほどに

「田噛、ごめん……六時から接待あるから、五時半に起こして」
「なんでだよ」
「眠くて眠くて仕方が無い……仮眠取る」
「……俺が居るのにか」
「田噛だって二人っきりの時平気で寝たりするじゃん」
「……」

 眠たそうに瞼を擦りながら名前の紡ぐ言葉を聞き入れ俺は思った言葉を吐き出せば、名前の眉が少しだけつり上がり膨れ面を見せる。今日はお互いの任務も早く終わり夕餉まですることがないから俺の部屋でこうして寛いでいたのだが、先ほど名前もデバイスから連絡が入り俺達の上司肋角さんと共に閻魔庁の十王たちと接待に行かなければならない、と言うのはさっき聞いた。
 早朝任務且つ昨夜もあまり寝れなかったためか眠気が限界に来ている名前、その中に吐き出された言葉に思わず言葉を詰まらせれば相も変わらずその銀鼠で俺を見つめてくる。確かに、時折眠気の限界で寝てしまうことがあるがその時は名前も誘う、つうか俺が強制的に巻き込んでいるような感が否めないが。

「つうかお前が行く必要あんのかよ」
「いや、無理して行かなくて良いって言われたけど肋角さんの立場考えれば絶対行かなきゃ」
「行くなよ」
「え」
「……行くな」

 眠たげに瞬きを繰り返す目元に唇を落とせばすぐに固まる名前の身体。幾度も、長年もこういった行為を繰り返しているのに未だに慣れないというのは素直に可愛い、と思う。

「で、でも……」
「サボっちまえ」
「……無理だよ」

 解かれた長い黒髪を梳くように撫で付ければそれで眠気が襲ってきたのか名前はこっくりこっくりと舟を漕いでいき俺の身体に擦り寄る。寝るならベッド行け、と言うも既に夢の世界に入りつつある名前に呆れ交りに息を吐き出し膝裏と背中に手を添え持ち上げてベッドに肢体を沈み込ませる。あっと言う間、数秒のうちに寝息が聞こえて完全に名前は眠りの世界に入った。
 正直参加しなくても良いなら言ってほしくないのが事実だ、こいつは酒の飲める種類が限られているし酔うと厄介だ。そんな姿を野郎共に晒させたくねぇし……、ああ駄目だ、我慢ならねぇ。
 悪戯心で起こすのを止めようかと考えている自分が居る、もし起こさなくてもきっと名前は慌てるか少しだけ怒るだけだろう、こいつが本気で怒ったのなんて見たことねぇし。

「(俺も寝てた、って言えば問題ねぇか)」

 元々自由参加なんだ、きっと、大丈夫だろう。このむくむくと湧きあがる悪戯心を納めることはどうにも出来そうにない。
 一度決め込んだら変えることなんて毛頭無く、俺も熟睡モードに入っている名前の隣に寝転び目を閉じた。


「ああああああああ!? うそもう時間過ぎてるじゃん!」
「……過ぎたな」
「起こしてって言ったのに!」
「仕方ねぇだろ、俺も寝ちまったんだから」
「ああああ目覚ましセットしておけば良かったあああぁぁ……どうしよう……」

 案の定、というか、起こして欲しいと言われた時間も約束していた時間も過ぎており俺は名前の叫び声で目を覚ました。本人はただでさえ青白いにも関わらず更に青く血の気が引いており此の世の終わりとでも言いたそうにしている。まあ俺も一度寝たら中々起きない立場なのを分かって寝ちまったけど、ベッドの上で百面相をしている名前に近寄り、その小さな身体を抱き締める。

「もう四の五の言っても仕方ねーだろ。諦めろ」
「……ねえ、まさかとは思うけどわざと起こさなかった、とかは無いよね?」
「……」
「田噛」
「……さあな。ちょっと悪戯心が出ただけだ」

 その瞬間、名前の表情が止まった。否、間抜なくらい目を見開いて俺を見つめている。その表情は妙に面白く更に身体を強く抱き締めれば銀鼠が数回瞬きを繰り返したあと、名前の身体が離れた、

「あきらめ、」
「は?」

 確かに鼓膜を揺さぶった破裂音、と同時にどこから聞こえてきたのか分からないくらいの声色、瞬きをした時には何故か俯いている名前が目の前におり右手を壁の方に伸ばしていた。意味が分からずその腕を追って壁を見た瞬間俺は目をかっ開いた。

「……な、」

 ぱらり、壁から白い粉が零れ落ちる。真っ白い壁には名前の拳から広がるように亀裂が走っており彼女自身も拳も衝撃に耐え切れなかったのか鮮血が滴り落ちる、衝撃音はコイツが壁を殴る音だとすぐに悟った。離された拳は傷付いたのか皮が少しだけ捲れており指も何本がイカれたのか変な方向に曲がっているのに目が離せない。
 壁を破壊した事に驚きを隠せずになり、再び彼女を見て俺は言葉に詰まった。有り得ないほどつりあがっている銀鼠と歪に歪みきっている表情、眉間に皺が寄っており下手に近付いたら殺されそうなほどの雰囲気を醸し出している。
 圧迫された空間に耐え切れなくなり俺は意を決して唇を動かした。

「名前、おい」
「帰ります」

 ゆるぎなく俺を射抜く銀鼠と、彼女の口から出たとは思わないほど冷たく凍り付いた言葉が俺に降りかかる。名前はただ呆然とする俺を無視してベッドから降りると長い髪を靡かせながら何も言わずに部屋を出て行ってしまった。
 この時漸く、自分自身がとんでもないことをしてしまったと気付いた。僅かに湧き出た好奇心と悪戯心で名前の逆燐に触れてしまったのだ、自分自身の身体が一気に熱をなくし熱くもないのに汗が輪郭を伝っていく。

「〜っ……」

 変化は、全て見尽くしたと思っていた。元々感情の起伏がそこまで無い鬼だからこそ激しい感情も見受けられないだろうと思っていた俺の考えは全て間違いだ。あそこまで怒った名前を見て恐怖すら感じた。どうすべきか、ずきずきと痛んでいく頭を抱えため息を零す。

 結局、あの後夕餉を食べる気にはならずに俺はずっと部屋に引き篭もり朝を迎えた。正直すぐにでも謝りに行きたかったが正直あの目や声色、語らずとも感じられるアイツのオーラに恐怖さえ感じて行くのをどうするか悩んでいるくらいだ。

「……腹減った」

 昨日も何も食ってねぇし、変に考え事をして頭を使ったためか腹の虫が鳴いた。今日は非番だ、先が思いやられすぎて胃が多少痛むが一応腹に何かを入れて置こう、ベッドから這うように出て俺は動きやすい服に着替えると自室を後にした。
 多少時間が遅かったせいか、殆ど仲間が仕事に出払っているようで廊下に人が殆ど居ない、煩わしい食堂で飯を食うよりも静かな方が好きだ。……普段なら、名前と待ち合わせをしている、こうして一人で食堂へ向かう事に妙に虚しさを感じる自分に苛立って髪を掻き毟る。
 何か気を紛らわせるためにポケットに入れてあるデバイスを取ろうとしたが、それは後ろからやって来た人物によって遮られた。

「おはよう田噛」
「……佐疫か。はよ」
「今日は一人なの?」
「……」

 返す言葉が見つからず佐疫を睨みつければ当の本人は不思議そうに首を傾げる。そりゃそうだ、なんで俺が一人なのか知ってるはずないもんな。

「(……だりぃ)」

 吐き出しそうになるため息を抑えて食堂へ行けば、見慣れた小柄な体躯と長い髪を持つ、俺が今一番会いたくない人物が食堂に居た。
 
「あ、名前おはよう」
「……」
「ああ、おはようございます。佐疫先輩、田噛先輩」
「!?」
「え?」

 昨日見たあの歪な表情は消え去って、今は普通に俺が知っている笑顔を持っている名前がいた。しかし、その銀鼠は俺を視界に捉えていなかった。それよりも俺の中で酷くショックだったのがこいつの口調だ。こいつは基本他の奴等には先輩を付けて敬語を使っているが俺と付き合うようになってからは特別なラインに踏み込んだのか名前は自然と呼び捨てとタメ口を俺だけに使う、いや、たまにこいつは他の奴等を呼び捨てにしたりタメ口を使うが滅多な事が無い限り有り得ない。そんな特別な領域に入っていた俺が、彼女の中で除外され無かったものにされている。鈍器で頭を殴られたような衝撃が遅い酷く胸が痛む。佐疫も俺と名前の関係を知っているので、酷く驚いているようだ。

「やっぱり朝は眠いですよね」
「そ、そうだね」
「じゃあ自分ご飯食べ終わったのでこれで失礼しますね。佐疫先輩、田噛先輩、今日も一日頑張りましょう」
「う、うん」
「……っ」

 顔はこちらを向いているのに、目は俺を見ていない。不自然なくらい笑顔を浮かべている名前に声を掛けたかったが、俺は名前だけの存在のような気がして口を開く事が出来なかった。
 俺と佐疫の間を通る間も名前は何一つ表情を崩さずに食堂を出て行った。名前が居なくなったのを確認し終えた佐疫は、適当に座った席に座り、飯を頼む間もなく俺の方に身を乗り出した。

「ねえ、名前どうしたの?」
「どうしたって、なんだよ」
「とぼけないで、明らかに不自然だったよ」
「……ちょっと喧嘩しただけだ」
「ちょっとの喧嘩で殆ど怒らない名前があそこまで怒るの?」
「…………」

 長年時を過ごしているからこそ、俺のことも名前のことも分かっている、だからめんどくさい。
 
「どうしたら良い」
「あ、やっぱり何かしちゃったんだ。まあ深くは詮索しないけど、謝るのが一番じゃないかな」
「それが出来たら苦労しねぇよ。あんな名前初めてみたんだぞ」
「うーん……確かに、あからさまに無視とかじゃなくて恋人関係無かった、って感じだよね」
「……」

 悪戯が過ぎてああなった、とは言えなかった。それは多分俺なりのプライドだと思う。

「まあ、やっぱり素直に謝るのが一番だよ。それが無理なら、時間の問題だね」
「……ああ」

 不思議と抱えていたものが少しだけ軽くなった気がする。誰が悪いと咎めることもせず佐疫はただ笑って言葉を発した。ふっと息を吐き出してとりあえず謝ることが第一優先、その前に腹に何か詰め込むべく俺たちは立ち上がって家政婦のキリカさんの元へと歩き出した。



「頑張って田噛」
「なんでお前着いてきてるんだよ」
「ここまで来たら最後まで見届けたくて」
「……」

 名前の今日の任務は午後かららしく一緒に行動する奴に話を聞く限り準備を終えてそのまま娯楽室で時間を潰しているとのこと、妙に早鐘を打つ心臓を鎮めるため呼吸を繰り返している間にも俺たちが心配なのか不安気な表情で佐疫が俺の後を着いて来る。
 お節介だ、と言おうにもどこか一人だと勇気が出せない気がして正直佐疫が居るのはありがたかった。娯楽室の扉に手を伸ばしそのまま開けばソファに身体を沈みこませ本を読み耽っている名前、扉の開閉音に気付いたのかこちらに目を向けて、その目とかち合った。

「……ああ田噛先輩、どうしました」
「……名前、」
「娯楽室使うんですか? 自分これから任務ありますから使うなら出て行きますね」
「っ、名前」

 壁で寄りかかる佐疫を少しだけ覗くが不安気に表情を歪めている。会話をしているのに、やはり俺はどこか名前の中では無かったかのような、恋人という括りなんて元から無かったかのような口ぶりが容赦なく俺に突き刺さってくる。俺なんて見向きもせずに通り過ぎる名前の背中をただ見つめるしか無かった。

「あ、佐疫先輩も一緒だったんですか」
「う、うん……ねえ名前、」
「任務があるので、失礼します」

 ぴしゃりと響くその声に温度は無く、名前はそのまま娯楽室を後にした。

「……」
「……田噛」
「くそ……」
「まあ、帰ってくるのを待つしかないね」
「……寝る」

 ここまで来るとさすがの俺も苛立つし傷付く。何も考えたくないので俺は声を掛ける佐疫を無視して自室へと戻っていった。あいつの任務は夕刻くらいには終わるという情報も貰った、意地でもあんな態度を決め込むなら無理矢理でも引き止めてやる、それでアイツが許してくれなかったらそん時はそん時だ。

「(俺も大概だな)」

 ここまで必死になるのも、俺がアイツに惚れ込んでいるからと考えると自分が自分じゃないみたいだ。けど、不思議とそんな自分に嫌悪感は感じられない。

**

 夕刻までは資料を纏めたり寝ていたりと過ごしているうちにあっと言う間にあいつ等が予定なら帰ってくる時間になった。俺は部屋から出るとそのまま擦れ違う奴等に適当に挨拶を交わしつつ館の玄関まで移動すると入り口から聞き慣れた声が鼓膜を揺るがす。

「お疲れ様でした」
「名前こそお疲れ、今日は肋角さんも不在みてーだから報告は明日な」
「分かりました」
「おう。じゃあな」

 血や埃で汚れた身体を軽く叩きながら名前と、一緒に任務を行っていた相手は何食わぬ顔で談笑している、しかし二言三言交わした後すぐに相手の方は部屋へと戻ってしまったあと、名前は何食わぬ顔で扉を開け俺を視界に入れた瞬間銀鼠の瞳が大きく見開かれた。
 普通なら、きっと破顔一笑で「ただいま」と言ってくれるだろうが今回は違う、俺以外誰も居ないと気付いたのか気まずそうに顔を逸らしてそのまま通り過ぎようとした。果ては無視を決め込む気か、俺の中で何かが爆発して血で自分の手が汚れる事なんて省みずに俺は通り過ぎようとした名前の腕を掴んだ。

「おい、名前!」
「っ……!?」
「……、」
「……なんですか、田噛先輩」

 冷たい言葉は容赦なく俺を刺していき、思わず握っていた手を離しそうになるがそんな事をしたら絶対後悔する。俺は更に強く握り名前を見れば困ったような困惑した表情を浮かべており、言葉が詰まりそうになるが俺はそのまま言葉を吐き出した。

「悪かった」
「え」
「……俺の我儘と、悪戯心で上司の信頼を一つ失わせたんだ。……ごめん」
「…………」
「許してくれ。何て都合の良いことは言わない、だけど……、俺はお前の事が好きだ。自分勝手かも知れないが、……き、嫌って欲しく、ないんだ」
「……、」

 言葉をつっかえながらも思った気持ちを吐き出し、「本当に、ごめんな」と消えかかっている言葉を最後に名前の腕を離せば名前は立ち去る気配も見せずに何かを考えているのかずっと黙りこくっている。沈黙だけが辺りを包み込み、色んな意味で心臓が五月蝿い。居ても立っても居られなくなり俺はそのまま立ち去ろうと身体に力を入れた瞬間、手袋を外した名前の小さな手が俺の手を包み込んだ。

「……名前?」
「良いよ。私もごめん、あそこまで怒るつもり無かったんだけど……気が付いたら頭に血が上っちゃって」
「お前が謝る要素なんて無いだろ。俺だって逆の立場だったら何するか分かんねぇし」
「……」
「はー……正直、付き合う前の口調で接しられた時はまじで焦った」
「……ごめん」
「気にするな。……結果的に元に戻る事が出来たんだ」

 申し訳無さそうに眉を下げ、制帽を脱ぐと俺の腰元に腕を絡ませ身を寄せる名前の背に自分も手を回し力強く抱き締めた。長い時間触れられなかった分愛おしさが更に込み上げ力加減も忘れて抱き締めれば名前もそれに答えるように腰に絡ませる腕に力をこめる。

「名前」
「なに?」
「今夜、お前の部屋行って良いか」
「……! う、うん……。待ってる」

 触れ足りない、もっと、この身体で名前を感じていたかった。圧し掛かっていたものが一気に降りて安堵のため息を零しながら俺はもう一度名前の身体を強く抱き締める。
 
「(……あ、佐疫は、……まあ良いか)」

 多分アイツならすぐ勘付くだろう。今回ばかりはアイツの勘に頼ろう、もう一度だけ息を吐き出し俺は名前の額に一度だけ唇を落とした。






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うぉーかぁ様リクエスト、悪戯で怒った後輩獄卒と仲直りするべく奮闘する田噛でした。
今回はちょっとめんどくさがり屋な田噛では無く行動派なような気がします、佐疫はある時はお節介な部分を見せるようなイメージもあるのでちょっと出しゃばってもらいました。
接待の部分は肋角さんが夢主の酒事情思い出して謝罪の電話した時に「断ろうとしていた」等と言ってる、と思います。田噛の謝罪の仕方は結構迷いましたが「ごめん」が一番それっぽいかな、と思って使いました。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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