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君とのお料理記念日

 食事を作ってくれるキリカさんはもう既に帰ってしまって食堂には誰一人居なかった。任務が早めに終わりもしかしたら誰か居るかも知れないと淡い期待を抱いたがどうやら的外れ、生憎食堂には誰も居なく静けさが不気味なくらいに感じる。
 そうか、今日は殆どの人たちが任務に出ているからか、ならば先に夕飯作って置こうかな。上着を脱ぎ椅子に立て掛けようとした時、急に背中が重くなった。どうやら誰かが自分の背中に圧し掛かっているらしい、すぐに耳元で大きな、聞きなれた声が鼓膜を揺らした。

「名前! なんだ帰ってたのか!」
「うわあ!? ひ、平腹先輩っ」
「オレもさっき帰ったばっかなんだよ。つうかもうおばちゃん帰ったよな?」
「はい、さっき廊下で擦れ違ったので」
「んー。ご飯まだかぁ、オレ腹減ったなー」
「今から自分が作りますから」
「じゃあどうせなら一緒に作ろうぜ!」
「え?」

 ひくり。自分の頬が若干引き攣るのを名前は感じた。ここの食堂の賄い婦キリカは夕方までは食堂を切り盛りしているが夜になると帰ってしまう、そのため夕ご飯はここに住まう獄徒達が何とか協力し合って作っている。特務室の連中も時間がある人から作っているが、平腹の料理の腕前は誰もが知っている。名前も幼い頃からキリカの手伝いと称し料理の勉強はしていたので人並み以上のレパートリーと腕前は持っている、が、問題は平腹だ。大胆且つ豪快な性格をしているが故料理の腕前もお世辞にも上手いとは言えない、寧ろ他の連中が力を合わせ食堂の調理場には近づけさせないようにしていると言っても過言ではない。

「い、いや自分がやりますから」
「名前一人じゃ大変だろ。オレ、カレー食いたい!」
「カ、カレー……か」

 丁重にお断りしようかと思ったけれどもカレーなら切って少し炒め煮るくらいだ、それくらいなら平腹でも出来るだろうと思い名前は調理場に掛けてあるエプロンを取り平腹に渡すと、冷蔵庫にある具材を見た。人参、玉ねぎ、豚肉、じゃが芋、カレー粉が無くカレールウが置いてあるので作ろうと思えば作れる、米の量も問題ないだろうと確認してやる気で黄色い瞳をきらきらさせている平腹の方を振り返った。

「材料は揃っているので作れますね、じゃあ平腹先輩は手を洗った後お米を洗ってもらって良いですか?」
「おう! これに入ってる分だけで良いのか?」
「それで足りると思います」

 炊飯釜に入っている米を一瞥すれば、それは一般家庭では到底ありえないであろう米の数、人数が多い分炊飯釜も普通のよりも二倍くらいの大きさなのだ。平腹が石鹸で手を洗っている隣で自分も手をしっかり洗い、冷蔵庫に入っている野菜を洗う作業に取り掛かった。

「おっしゃ洗うぞ!」
「頑張ってくださいね、先輩」
「任せろ!」

 大きな炊飯釜を洗い場の上に置き、蛇口から水を捻り出すと平腹はそのまま勢いよく水中を漂う米を洗っていく。隣に居て目を離さないようにしつつ名前も人数分の野菜を袋から出し丁寧に水で洗い流していていると、ふっと隣の平腹が自分の目の前に腕を伸ばしシンクから何故か食器用の洗剤を取り出した。すると途端に名前の目の色が変わり慌てて平腹の方を振り返った。

「え、平腹先輩それ」
「ふぉ? 洗剤! 米洗うんだろ?」
「洗剤いりませんから! 水洗いだけ!」
「え〜?」
「洗剤味のお米食べたいですか?」
「んー、食べたくねぇな!」
「じゃあ水洗い、濁らなくなったら自分に言ってください」
「おう!」

 危なかった、絶対目を離していたらこの人洗剤を投入していた。どっと冷や汗をかきこのまま食堂の席で待って貰おうかと思ったが何時にも増して張り切っている分そんな事は口が裂けても言えない、よく磨がれている包丁を取り出し手際よく野菜の皮をするすると剥いて行く。
 ざっぶざっぶと豪快な水音が聞こえつつもしっかりと平腹は米をといでいる、ほっと安堵の息をこなせば不意に平腹の黄色と目が合い、お互い一瞬だけ固まったがすぐに沈黙を切り裂いたのは平腹だった。

「名前すっげー手馴れてんな! あっと言う間に剥けてんじゃん!」
「ある程度の技量はキリカさんから教えて貰いましたし」
「亡者の皮もよく剥いでるもんな!」

 手にしていたじゃが芋握り潰しそうになるのを必死に耐えた自分は偉いと名前は心の中で自分を褒め称えた。笑顔が引き攣るとはこういうことだろう、悪意無く発せられた平腹の言葉は自分から見たら悪意満々でもはや皮肉にしか聞こえない。元々興奮し我を失うと普段からは考えられないほどの戦闘狂を見せ付けてしまい後々己の恥とし一人項垂れる事が多くそれを指摘されると頭が真っ白になり数々の忌まわしき記憶が呼び起こされる。

「せ、先輩……因みにその時って、」
「んぉ? ノリノリな名前の時! さいっこう、とか言ってんじゃん!」
「……」

 この男、いっそ始末してしまおうか。恥ずかしさで苛まれもはや自制が効いていない、握っているじゃが芋がミシリと悲鳴を上げたのを手の中で感じた。純粋というか、素直なのには時に恐ろしいというのは知っていたがまさにここまでとは。古傷に塩を塗られているようで名前は冷や汗をかきながらにっこりと笑顔を見せる。

「あ、はは……恥ずかしいから触れないで下さいマジで……」
「オレは好きだけどなー、普通の名前もいけいけな名前も」
「……有難う御座います」

 素直に喜ぶべきだろうか。けれども好き、と言われる事が嫌な奴なんて居るだろうか、ふっと先ほどまでの嫌な気持ちが吹っ飛び思わず顔が熱くなる。ああでもきっと深い意味は無いだろう、体温で温くなりつつあるじゃが芋をまな板に置き、一口大の大きさに切ろうと包丁を構えた瞬間平腹が洗い終わった炊飯釜を後ろに備え付けられているテーブルの上に置いた。

「名前、洗い終わったぞ」
「水もちょうど良いですね。じゃあ炊飯器に入れてスイッチ入れてください」
「おう!」

 その間名前はまな板に置いた野菜たちを一口大の大きさに切っていきあらかじめ用意しておいたボウルに入れていく。じゃが芋や人参はあっと言う間に切り終えることが出来るが問題は玉ねぎだ、こればっかりはどうも相性が合わないし平腹に頼りたいがそんな事で他者を頼るとは言語道断、意を決して名前は玉ねぎに包丁を切り込んだ。

「っ、……」

 痒い、元々名前自身に備わっている痛覚はこれでもかというほど薄くこのくらいの事なら痛いというよりも痒い感覚になる。痛くないのにむず痒くなり勝手に涙が溢れ出るから玉ねぎは嫌いなのだ。ぐしゅ、と鼻を啜り銀鼠から勝手に零れ出る水滴を裾で乱暴に拭いながら玉ねぎを切っていく。これが普通の人もとい同僚達は痛いと嘆くのだがどこがどう痛いのか理解出来ない、痒くて仕方が無い。自分がこういう刺激に鈍いのもあるが……。瞬きするたびに零れ出る雫を放置していたら、炊飯器のスイッチを入れ終わった平腹が戻って来た。

「名前、終わった……は!? なんで泣いてんだよ!」
「え……?」
「うおっめっちゃ涙出てんじゃん! どっか痛いのか!? 大丈夫か!?」
「い、いててて、大丈夫ですよ、平気です」
「嘘つくなよ! こんな涙零してんだぞ!?」

 涙を零す名前を見た瞬間、平腹の目が見開き、徐々に顔が青白くなっていく。どうやら名前が怪我をしたと思ったらしく包丁を持っているにも関わらず彼女の腕や手をぺたぺたと触り乱暴に零れ出る涙を裾で拭う。ごしごしと強く擦られ多少の痛みようなものを感じ妙な痒さ残るのを我慢して言葉を吐き出すが平腹は聞き入れる気が無い。

「ひ、平腹せんぱ」
「どうした? 痛いのか!? どこだ!?」
「ち、違いますって! た、玉ねぎです!」
「……ふぉ?」

 ぴたりと、目元を乱暴に擦っていた平腹の腕が止まった。
呆然、まさにその言葉が合っているかのような表情だ、なんだか先ほどの焦りようを見て申し訳なく思ったがこのまま勘違いされてもアレなので名前は平腹の腕を手に取り、再び言葉を発した。

「玉ねぎの繊維で涙が出てただけです。自分痛覚殆ど無いので痛くて泣いていたわけではありませんよ」
「……なんだよ吃驚させんなよ〜!」
「平腹先輩が一人で慌てたんじゃないですか……」
「あんな泣いてたら普通ビビるだろー」

 まあ怪我無くて良かった。と零した平腹は今度は指の腹で名前の目元を拭う、くすぐったさに少しだけ身を捩った名前が顔を上げれば楽しそうに口元に弧を描く平腹と目が合う。

「うん、オレが切るから名前交代!」
「いやいやいや大丈夫ですよ、心配なさらず」
「良いから良いから! これどうやって切るんだ?」

 名前の手から包丁を取り、玉ねぎに宛がう平腹が問い掛けると名前はふっと息を吐いて玉ねぎを切りやすい位置に置き換えて言葉を発した。

「一応切り込みは入れてあるので、ここを動かしてあまり感覚を開けずに切っていってください」
「こうか?」
「そうです、そのまま」

 指示された通り包丁を玉ねぎに入れれば細かく切られた玉ねぎがまな板に広がる、覚束ない手ながらも丁寧に玉ねぎを切っていく平腹に思わず目を細めた名前は平腹が切っていく玉ねぎを広い集め油が引いてある銀鍋に入れていく。
 平腹も名前に指示された言葉をしっかりと反芻し切っていくと、次第に鼻の奥が痛くなり黄色の瞳からぽろぽろと透明な液体が零れ出てきた、突然襲ってきた痛みに平腹は驚き思わず包丁をまな板に放り投げた。

「いって! 目ェいてええええええ!」
「ああもう言ったじゃないですか、大丈夫ですか?」
「へ、いき! これくらいなら平気だ!」

 先ほど自分にしたように乱暴に服の裾で涙を脱ぐった平腹はニッと破顔した笑顔を見せて再び包丁を握り締め玉ねぎを睨み付けた。
 少しだけ不安だが名前も他の処理をしようと肉を取り出し同じく食べ易いように切っていくと隣でぐしゅぐしゅと鼻を啜る音が聞こえる、……確かにこれは心配してしまいそうだ、先ほど焦った平腹の気持ちが分かる。二人だけしか居ない空間には包丁でまな板を叩く音だけが響き時折聞こえる鼻を啜る音、傍から聞いた人が誤解してしまいそうだが仕方の無い、実際は時折お互いを見つめ笑い合っている名前と平腹が居るなんて誰が考えるか。

「名前切れたぞ!」
「有難う御座います、じゃあ玉ねぎだけ炒めるので片付けお願いできますか?」
「任せろ! これ洗うだけで良いのか?」
「はい」

 切り終えた玉ねぎを銀鍋に入れて弱火にし炒める。木ベラで軽くかき混ぜて行くとあっと言う間に玉ねぎはしんなりと色を変え蛍光灯の色でも分かるくらい透明になりつつあるので名前は急いで先ほど切った豚肉を銀鍋に放り投げた。
 隣を見れば鼻歌を歌いながら平腹が食器を洗っており、手を泡塗れにしながら楽しそうだ。

「……ふふっ」
「ほ? どうした名前」
「いえ、何だか楽しそうだなぁって」
「だって楽しいじゃん! オレこうして名前と料理したこと無いからすっげー楽しい!」
「確かに二人掛かりで作った事ってないですね」
「名前は楽しくないのか?」
「凄く楽しいです」
「だろ!」

 肉の焼ける音が響き、香ばしい匂いが立ち込めて二人の鼻腔を擽っていく。肉と玉ねぎをかき混ぜながら平腹の言葉に名前が照れ臭そうに答えると平腹も満面の笑みを浮かべて泡塗れになった道具を濯いでいく。
 確かにこうして誰かと料理をするなんて何時振りだろうか、最近は遅い時間まで任務があり帰れば誰かしらが晩御飯を作ってくれている、自分が非番の日に食堂へ来る事があるが基本お菓子作りで彼女自身お菓子を作っている間は余計な事は考えていないので必然的に一人になってしまう。誰かとこうして他愛無い話をしながら料理を作るのはこんなに楽しいものだとは、……自分のために焦り心配してくれて、楽しい、と言ってくれる相手の存在は名前にとって大切な者だと改めて実感した。

「じゃあ平腹先輩、ここにちょっと多めに水を入れてくれませんか? そのあとはちょっと煮込むので休憩しましょう」
「もう出来るのか?」
「いえ、あともうちょっとです」
「そっか、じゃあ水入れるな!」

 炒め終わった具材に、少しだけかぶるように水を入れた平腹。そしてすぐ日を強火にして名前は上の方に備え付けられている戸棚に掛けてある蓋を取ろうと手を伸ばしたが、届かない。

「……ん」

 背伸びをして取ろうと試みるがギリギリ届かない、ここの賄い婦キリカは半人半蛇のため他の女性獄卒や館で働く女性達よりも幾分背が高い、そのためやはり備え付けられている家具も少しだけ彼女用の仕様になっているらしい。
 長靴はヒールがあるので数センチだけ身長も高くなるが、駄目だった。ありったけの力を込めて再び背伸びを試みようとした時、目の前が翳り、肩に手が置かれた。何事だ、と後ろを思い目を見開いたがそれが何なのかすぐに分かった、後ろからトンと彼の胸板が背中にくっ付き横から長い腕が蓋に触れた。

「あ」
「これだろ? 一人で頑張るのもいーけど、オレをもっと頼ってくれよな名前」
「う、そうですね……、有難う御座います。助かりました」
「どーいたしまして!」

 一人じゃないんだ。それだけで何故か嬉しくなり蓋を閉めてお礼を言えば平腹は嬉しそうに笑って名前の柔らかい黒髪に頭を乗せてわしゃわしゃと撫でた。お互いエプロンをしたまま椅子が置いてある場所に腰を下ろす。

「こうして二人で作業しているとあっと言う間ですね、後はアク抜きしてルウを入れて再び煮込めば完成ですよ」
「名前とだからな! オレもすっげー楽しかった! 楽しみだなー」
「……、」

 その言葉には、一体どういう意味が込められているのだろうか。先ほど吐き出された好きという言葉も一々心臓に悪い。ほんのり赤らむ頬を無視して笑顔を浮かべれば平腹の手が伸びて、自分の頬に触れる。

「なー名前」
「え、な、なんですか平腹先輩」
「……オレさ、今日のことぜってー忘れねぇ」
「……ん?」
「オレと名前の料理記念日な! 来年も同じ日にカレー作ろうぜ」

 すり、と頬を撫でられ平腹の顔が近付いたと思ったら口元にふにりと柔らかいものが触れた。キスされたと理解するには時間が掛からない、自体を飲み込むと同時に驚きというよりも嬉しさがこみ上げて、同時に恥ずかしさで身体全体が熱くなった。

「え、ええええっ……!?」
「お、何か真っ白いの出てるぞ!」
「わああああ! アク抜きしなきゃ!」
「ほい名前お玉!」
「有難う御座います!」

 何だか上手く丸め込まれたような気がする、アクを抜いている間にカレールウを取り出しにこにこ笑顔の平腹を見て、まあ良いか、とどこかこのような事を考えている自分が居た。
 カレーが出来たら、自分も好き、と言ってみよう。どんな反応をしてくれるかな。

「カレー、美味しく出来てると良いですね」
「オレと名前が作った奴だからうまいに決まってる!」
「ふふっ、そうですね」
「ただいまー、お腹すいたー!」
「……カレーか」
「良いにおいだな」
「斬島、食べ比べ勝負をするぞ」
「名前と平腹が作ったの?」
「おう! 力作だぜ、なあ名前!」
「はい!」

 二人掛かりで作ったカレーは大好評で、名前と平腹はお互いを見つめこれでもかというほどの満面の笑みを浮かべた。








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aya様リクエスト、平腹と料理をするでした。
カレーにしたのは描写しやすいのと、私自身がカレー好きなもので。後はやはり大人数で食べるものはカレーというイメージが強いです。平腹はやはりとんでもない事をしでかしそうだな〜と思い少しお母さんみたいな夢主になってしまいました笑。子どもっぽいけど夢主の代わりに蓋を軽々取るところなど、カッコいい平腹も目指しておりました。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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