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互いの息で満たされる

 お互いを想い合い相思相愛状態の田噛と名前は、盆の時期ということもあるか長期任務のせいでほぼ一週間会えていないなかった。否、時折任務報告のたびに廊下で擦れ違う事があったがお互い任務に追われ挨拶する事すらままらなかった状態だ。田噛は別の部署と上司と仕事をしており名前に課せられていた任務は討伐任務、一人ではこなせない任務だったので平腹と一緒に組んでいた、という話を聞いていた。
 やっと忙しい時期を乗り越え全ての任務報告を終え部屋に帰ろうとしていた田噛がふっと顔を上げた時、殆ど顔を見られなかった恋人と平腹が話していた。

「名前! あの亡者地獄行きだって!」
「あー、でしょうね。平腹先輩が暴れたからすぐ大人しくなりましたよね」
「名前もぶち切れてたじゃん」
「う、……まあ、そうですけど」

 疲れ切った様子だが、お互い楽しそうに話しているのをその橙色の瞳に入れた田噛はこれでもかといほど眉を顰め思わず舌打ちを零した。こっちは忙しくて麓に顔を合わせられなくタダでさえ苛々していたのに

「田噛?」
「なんでもねー、行くぞ」
「うん。あ、明日は久々に名前とデートするんでしょ? 無理しないようにね」
「……」

 悪意無く笑みを浮かべた佐疫の発言に田噛は小さく舌打ちをする。アレを見たあとでそんな事を言うのかよ。確かに名前と二人で会うのは一週間ぶりだ、何とか会える時間を作って約束をこじつけた後から彼女の好きそうな場所にでも連れてってやるか等と考えていたのだけれど今の田噛は名前に会う事自体が億劫になりつつある。

「(めんどくせぇ……)」

 余計な事を考えるのが急にダルくなり、田噛は任務に戻るべく足を早めた。

次の日

「(……来ねぇな)」

 約束の時間を五分過ぎた、普段の名前なら毎回五分前には必ず来ているのに、今日は珍しく遅い。寝坊でもしたのか、なら連絡が来る筈だが……こちらから連絡を取ってみるかと思った矢先、部屋の扉がノックされて息を切らした名前が顔を出した。

「ごめん遅れた!」
「……どうしたんだよ」
「平腹先輩と最終書類作成してて……急いで終わらせてきたんだ」

 平腹、その言葉を聞いた瞬間に俺の何かが爆発した。
今まで溜めていたものが溢れ出て理性が効かない、俺は何も言葉を発さずに立ち上がり名前に近付くと、向こうは不思議そうに俺を眺めてくる。
 今はそれすらも嫌悪で、不快感しか無い。俺は拳を強く握り締めて吐き捨てるように言葉を言い放つ。

「だりぃ。今日は帰れ」
「え?」
「出掛けんの面倒になったんだよ」
「な、ら部屋にいるだけでも……」

 明らかに動揺している、目線を合わせようとしない俺の目を見ようと名前が俺の腕を掴んだが、その瞬間に色々な思いと苛立ちが溢れ出て思い切り振りほどいた。
一瞬だけ見えた名前の表情は、酷く辛そうで泣きそうに見える。

「た、がみ?」
「つうか、ギリギリまで平腹と居たならアイツと休日過ごせば良いだろ」
「!」
「最近まともに会話してねぇし、その間お前はアイツと楽しそうに喋ってて……苛つくんだよ」
「ご、ごめんなさい。でも田噛も忙しそうだったし、」
「俺なんかより、アイツと付き合えば良かったんじゃねぇの?」
「……は?」
「俺は構わないぜ、女なんて他に幾らでもいる、っ」

 言い放った刹那、名前の表情が歪んだ。と同時に鼓膜を刺激するかのような大きな乾いた音が響いた、気がした。

「……は?」

 瞬間的に起こったことが理解出来なくなりじわじわと熱と痛みが広がる左頬を押さえ、名前を見ると俺はとんでもない事を言ってしまったと自覚する。

「……」

 目の前には、表情が無い名前が右手を上げていた。叩かれた、脳内にその言葉が響く。けどそれ以上に冷徹で、光が無い銀鼠の目を向ける名前に言葉を失う。
 こんな表情、向けられたことがない。否、この表情を向けるのはコイツが憎み忌み嫌う亡者しかいないと思っていた。亡者に向けられる表情が、俺に向けられている。
エー玉のように透明で綺麗な銀鼠の目が、これほどまでに冷たく冷徹で怖いと感じたことなんてあっただろうか。

「お前…………、最低」

 抑揚のない声で吐き出された乱暴な言葉は俺の脳内に強く圧し掛かり、身体全体が一気に冷たくなる。コイツが使う“お前”と言う人称は、亡者にしか使わない。今の俺は、亡者と同じくらいの存在で名前の中では忌むべき対象に摩り替わった。

「名前、」
「……」

 名前を呼ぶと同時に、名前はスッと俺の顔から目を外して扉を開けて部屋を出て行く。どっと冷や汗が流れ手が震える。
やってしまった、怒らせた、傷つけた。溜まっていた苛立ちを最悪な形でアイツにぶつけた結果、名前の中で俺の存在は恋人から、憎きものへと変わり果てた。

「……くそっ」

 些細な嫉妬がお互いの溝をこれでもかというほど開いてしまった。とんでもない後悔の念に苛まれ俺は自分の髪の毛を掻き毟る。

「(さっさと謝んねーと、めんどくせぇことになるよな)」

 別れたなんて噂が流れれば名前を狙う奴らが目を輝かせるに違いない。それまでに、なんとかしねーと。

「(けど)」

 あの表情が脳内からこびり付いて離れない。それと同時に嫌な感じがじわじわと纏わり付いて俺はやるせなくなり唇を噛み締めた。
 どうすれば良い、自分自身がとんでもない事を口走ったのは痛いほど分かっている、だからこそ、どうしたら良いのか分からなくなり混乱しか無い。思い返せば、アイツはぎりぎりまで仕事に追われていたのか。それなのに俺のために急いで終わらせ息を切らせてまで会いに来てくれた、……後悔した後から流れる名前の細かい仕草や表情、全てが頭の中にこびり付いて頭が痛い。

「……田噛?」
「っ!」

 これからどうするか、という問題に頭を悩ませていた時、不意に部屋の扉がノックされ俺は我に返った。
扉越しに聞こえてくるくぐもった声の持ち主は恐らく佐疫だろう、何百年も同じ課に勤めていれば嫌でも分かる、正直今は誰にも会う気分じゃ無いが居留守を使ってもどうせバレるだけだから俺はひゅっと短い息を零して部屋の扉を開けた。

「あー……ごめん、何かさっき名前居てさ……今日は田噛と約束あったのにおかしいなーって……顔色沈んでいたし」
「んだよわざわざそれ言いに来たのかよ」
「平腹辺りが絡んでたから一応報告」
「……は?」

 くだらねぇ、と言って扉を閉めようしたが思わぬ佐疫の発言に俺は思わず目を見張った。平腹アイツ殺す、何人の女に手を出そうとしてんだよ。
俺の反応を見た佐疫は何かを察したのか少しだけ苦笑を零しつつも「娯楽室、行ってみなよ」とだけ行って俺に部屋から出るよう促す。さっき怒らせて喧嘩したばっかりなのにすぐに行くのもどうかと思ったが揉め事は早いうちに鎮めなければ後々めんどくさくなるのは分かりきっている事だから俺は佐疫に促されるまま部屋を出た。

「原因は分からないけど、深刻みたいだね」
「……正直、あいつのあんな顔初めて見た」
「怒らせちゃったのかな?」
「……」
「まあ下手に物事は言わないけど、俺は二人がこのまま喧嘩別れするのは嫌だよ」

 顔が見えないが、本当に心配している声色で言葉を放つ佐疫を一瞥する。……それは俺だって同じだ、それくらい、俺は名前に惚れ込んでいるのか。俺もだいぶ変わったな、何て一人で嘲笑気味に笑った。



「なー名前、顔色悪いけど平気か?」
「あー、はい」
「急いでどっか行ったと思ったら戻って来るからオレ吃驚したぞ」
「すみません……まあ色々ありまして」
「ふうん? まあ元気出せよな!」

 慰めの言葉を頂いて涙が出そうになったが、自分がとんでもない事をしてしまったという事実がそれを上回り名前は大きくため息を零してテーブルの上に突っ伏してしまった。
 田噛のあの発言に酷くショックを受け気付いた時にはあの時あの一瞬だけ田噛が憎むべきものに変わってしまいとんでもない言葉を吐き出してしまったのははっきり覚えている、感情的になり部屋を出て行った後から後悔の念に苛まれたが謝る気にもなれず娯楽室で項垂れていれば平腹がやって来たのだ。けれど、確かに今考えてみれば田噛が感情的になってしまうのも分かる気がする、本当に文字通り忙しすぎて片手で数えるほどしか会話もしていない出来たとしても二言三言だけだ。なのに廊下で平然と他の人と会話をしていれば自分だって嫉妬するしイラついてしまう。

「はああ……、謝らなきゃ」
「喧嘩か?」
「……」
「まあ、アレだな、謝らなきゃって思ってるならさっさと謝った方が良いぜ! それでも向こうが許してくんねーなら……まあドンマイだ!」
「……ふふっ、有難う御座います」

 屈託無い笑顔を浮かべて名前の頭を撫でた平腹を見て、思わず笑みを零した名前の気持ちは先ほどに比べて幾らか軽くなった。やはり落ち込んでいる時は一人で居るよりも誰かが傍に付いてくれるだけで楽になる。平腹の言うとおり、後悔しても良いから謝りに行こう、そう思って立ち上がったと同時に娯楽室の扉が開いた。

「あ、名前と平腹」
「お、佐疫どうした?」
「いやちょっとね……名前」
「はい?」
「君に用事がある人が居るんだ」
「用事? ……あ」
「……っ」

 扉の前で名前を呼ばれた名前は反射的に立ち上がり佐疫の方へ近寄った。すると、佐疫の後ろに気まずそうな表情をしている橙色の瞳の持ち主と目が合い思わず間抜な声が出てしまう。しかしここでこの人を拒否したら更に傷口は広くなるだけだ、意を決した名前は「わざわざ有難う御座います」と佐疫に笑顔を向け彼の横を通り過ぎ自分に用事があるであろう人物の前に立った。

「……俺ら出て行った方が、」
「良い。……行くぞ」
「……ん」

 声が、幾度か低いのを名前は耳でしっかり感じ取った。自分の声は震えていないだろうか、変な表情はしていないだろうか、お互いが気まずく相手に不快な気持ちにさせていないか不安でしょうがなかった。田噛は言葉を吐き出してそのまま優しく名前の手を掴み娯楽室から遠ざかっていく。

「なあなあ佐疫、あいつ等大丈夫なのか?」
「あの調子ならすぐ仲直りするよ。……昨日今日の仲じゃないしね」

 穏やかに言い放った佐疫の言葉に、平腹も嬉しそうに「そっか!」と短く答えた。


 娯楽室から歩いていき、一番近いのは田噛の部屋だ。その間お互い無言だったが繋がれた手が離れる事は無い。不安になった名前が思わずその手に力を入れればそれに答えるように田噛の手にも力が入った。
 扉の前に立ち止まりドアノブを捻れば先ほどと変わらない景色が二人を迎え入れる、何も言葉を交わさぬまま部屋に入れば、真っ先に動いたのは田噛だった。

「名前」
「な、に……!?」

 繋いでいた手を自分の方に引っ張れば当たり前のようにバランスを崩した名前を抱きとめた。自分よりも小さなその体躯は簡単に腕の中に収まり、それと同時に放たれる甘い香りは自分が知っているものに変わりは無い、途端に満ち溢れる愛おしさが堪らなくなり田噛は何も言わずに柑橘系の匂いがする名前の髪に唇を寄せた。
 暖かく、柔らかい。暖かく、かたい。お互いが感じる感覚に違いは生じるが間違いなく共通出来ることは溢れ出る愛おしさだった、抱き付いてもしっかりと受け止めてくれる胸板や、自分よりも逞しい腕、不思議なほど落ち着く田噛の匂い、全部が不安で形成されていた心を溶かしていき名前は躊躇う事もせずその背中に手を回す。

「……悪かった。中々会えなかったせいもあってか苛ついてた」
「私も、ごめん。……叩いたりするつもり無かったし、……もっと田噛優先に行動できたりもしたのに」
「お前は何一つ悪くねぇよ」
「そう言うなら、逆の立場で考えてみても田噛も悪くないよ」
「……んじゃ何のために喧嘩したんだよ」
「…………さあ?」
「……ふっ、なんだよそれ」
「ははっ……分かんないや」

 顔こそ見えないけれども、しっかりと隙間無く抱き締めあえばお互いの顔なんて見なくても分かる。
強張っていたものや不安だったものが一気に無くなり、改めて顔を確認するために身体を少しだけ離せば優しさと慈しみで満たされる橙と銀鼠が混ざり合い、ゆっくりと閉ざされていく、同時に近付く距離に違和感など感じられない。名前もつま先だけで立つように背伸びをして距離を縮めればゆっくり触れ合う唇は温かく柔らかい。
 伸ばされた田噛の手が名前の頬に触れ、名前は抱き締められたときと同じように田噛の広く大きい背中に腕を絡ませ力を入れ更に身体を密着させる。お互い呼吸を数回し、再び唇を合わせれば先ほどよりも長い時間に感じた。

「んっ、……あ、足つりそう……!」
「……背伸びなんかするからだろ馬鹿」
「だって屈んで貰うのもアレだし……いたたた」
「ったく、ほら座るぞ」

 申し訳ない、と照れ笑いを浮かべる名前を見て田噛も呆れつつも微笑を浮かべ前髪を掻き揚げ額に唇を落とした。

「名前、……この後どこか行きたいところあるか」
「田噛と部屋でゆっくりしたいな。出るの面倒でしょ?」
「……」
「やっぱり」

 ベッドに寄り掛かるように座り、広げた足の間に名前を座らせ後ろから抱き締め問い掛ければ名前は田噛に寄り掛かるように脱力をして言葉を吐き出す。図星を突かれた田噛は黙る事しか出来なく、そのまま口を紡いでいたら無言で全てを察した名前は得意気に笑った。

「……とりあえず、佐疫達に会った方が良いか」
「あー……そうだね、仲直りしましたーって言わないと」

 けど、今はもう少しだけ傍にいたい。縋るように名前に擦り寄った田噛を見て名前は嬉しそうに頬を赤らめゆっくり目を閉じた。








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茜羅様リクエスト、田噛と喧嘩からの仲直りでした。
お互い悪くないような、曖昧な内容になってしまいました。不快感を感じてしまったら申し訳有りません。仲介役佐疫さんです。悪い事をしたらすぐにごめんね、って言い合える仲が凄く好きです、この二人もお互いが好きだからこそ後悔してお互い何も悪くないよーって言い合って笑い合ってそうだな、と思いながら書いてました。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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