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たまにはあっても良いと思う日

 今回の任務は現世から連れて来られた亡者が逃亡を図り捕まえに行くというものらしい、らしいというのも私は先ほどまで別件の任務で現世へ帰ってきたところなので通りすがりに任務内容が書いてる書類を木舌先輩に渡されて話を聞かされたのだ。まさか新たな任務へ赴かなければならないのかと思ったがこれも仕事なので泣く泣く私はその書類を受け取って肋角さんが居る執務室へと向かった。

「平腹が先に行ったのだが、連絡がつかなくなった」
「平腹先輩だけですか?」
「ああ……、だからすぐに後を追え、無論亡者の捕獲が優先だ」
「分かりました」

 亡者は閻魔庁で思い切り暴れた後獄都に位置する、死人通りと言われている誰も住んでいない住宅街まで逃走したとのこと。死人通りというのは文字通り現世から連れてこられて運よく逃亡した亡者達がよくそこへ集まっていることから名前が付いたのだ。
しかし平腹先輩一人というのも中々無謀な事をしたな、何て失礼ながら思ってしまった。平腹先輩は体力も力も十分あるが如何せん一度興奮すると一人で好き勝手に暴れてしまうため基本彼との任務では誰かが一緒に付くことが多い、今回は人員不足のため仕方ない、と肋角さんが窓の外を見て言葉を出した、なるほど、それでか。もう一度肋角さんを見れば口に含んでいた煙管から紫煙を吐き出し緋色の瞳で私を見据えて、重く口を開いた。

「許されざるものには罰を」
「獄卒の名にかけて」

 敬礼をし、私もその緋色の瞳を見つめた。



 目的地を視界に捉えた瞬間、とてつもなく嫌な空気が肌に纏わり付く思わず足を止めてしまった。制帽を深く被り一度深呼吸をし意識を集中させれば視界が、一気に鮮明に移り住宅街の中に住み込んでいる亡者や怪異の声もはっきりと聞こえるようになった。一度意識を集中させれば視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚までもが最大限に発達する自分の身体を活用し、嫌でも目立つ亡者特有のニオイが鼻をかすめ思わず顔を顰めそうになる。
武器の大鉈を握り締め目を瞑り耳を傾ければかすかに聞こえる廊下を踏みしめる他の怪異とは違う足音、音がする方向に歩いて行けばその音はどんどんクリアになっていき同時にぞわりと嫌な感覚も肌を掠めていく。軍靴の音、先に任務へ赴いた人の声は全く聞こえない、やられているか気絶しているのだろう。ある程度の情報は仕入れられたので私は急ぐように軍歌を慣らし不気味に佇む崩れかけた住宅街の中へと入って行った。

「……廊下が広いなー」

 コの字型に立つ建物は一つの階だけで多分五十くらいの部屋はあるだろう、錆びかけた鉄の柵には伸びきった植物が絡みつき街灯は殆ど割れており役目を果たしていない。時間帯はまだ昼ぐらいなのに不気味なほど暗く空気も重苦しい。

「平腹先輩……?」

 コツコツと廊下を踏みしめる音だけが響き渡り、気がつけば先ほどまで耳を掠めていたあの嫌な亡者の音は無くなっていた。不気味なほど静かなこの空間に身震いしそうになるが息をゆっくり吐いて探し人の名前を呼んでみるが返事は無い、思えば気配もしない。けれども確かに香る血のニオイと亡者の気配、もう一つ上の階に行って見るしか無さそうだ。

「せんぱ、……な!?」

 階段を登りもう一つの上の階に行った瞬間、言葉を失った。両サイドに道が分かれている廊下に備え付けられている柵の前に、階段を上り切った瞬間に見えたのはその柵に寄り掛かり脱帽した頭から血を垂れ流し気を失っている平腹先輩の姿に絶句し私は思わず変な声を叫びそうになるのを必死に堪える。

「先輩? 先輩大丈夫ですか!?」
「……」

 亡者の気配なんか気にせずに気を失っている平腹先輩に駆け寄って試しに揺すってみるが反応は無い、俯き加減平腹先輩の頬に触れてみれば微妙に温かいので死んではいないのは確かだった。よくよく見れば彼の武器であるスコップも無くなっている、とりあえず死んでないことに安心した私は落ちている制帽を彼の頭に被せて気配が強くなっている亡者の元へ向かおうと立ち上がった瞬間、後ろからの気配に気付けなかった。

「ぐっ!?」
「ミツケタミツケタ、オマエモツカマエニキタンダナ」
「はっ……!? うっ、ぐ!」

 油断した。その一言だけだった、ありえないほどの力で首を締め上げられ宙に浮いた喉を絞められ声にならない声だけが口から零れ出て、あまりの強さに首の骨が悲鳴を上げた。

「ワタシハッ、ワタシハクルシイオモイハシタクナイ!」
「っ……! っ…………あ、がっ……!」

 瞳孔が開き口から唾液が伝ってくる、武器の鉈は虚しくも足元に転がっており亡者の手を掴もうにも身体に上手く力が入らない、これは、確実にヤバイ。脳内の警報が五月蝿いくらいに鳴り響いているにも成す術が無く私はただただ徐々に霞み行く意識に身を置くしかなかった。
が、そう思ったのも束の間、観念して目を閉じた瞬間に首元を絞めていたものが外れ私は地面へ吸い込まれ尻餅を付いた。特に亡者が攻撃される音も、ましてや亡者が私の首から手を離す理由も無かったはずなのになんで、と思った瞬間すぐに合点が行った。

「名前に手ェ出してんじゃねーよ! ぶっ殺すぞ!」
「イタイ……! イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!」
「うっせーなァ……オレ頭の傷治ってねーんだから黙れよ!」
「ア、アアアアアアアアアア!」
「……は」

 破裂音が耳を掠め、気がつけば平腹先輩に頭を握り潰さんばかりに押さえつけられていた亡者はただの肉片となりその場で弾けた。訳が分からず呆然としていると、五月蝿いのが居なくなり上機嫌気味な平腹先輩が私の目の前に来て、顔を覗きこんできた。

「名前! 大丈夫か?」
「ひ、平腹先輩……なんで」
「んぉ? オレ長い間気絶してて、目ェ覚めたら名前死にそうだったからカっとなってな!」
「……」
「まあ名前が死ななくてよかっうお!?」

 けたけた笑う平腹先輩に、お礼を言いたかったのだけれどもそれよりも先に身体が動いて私はそのまま勢いをつけて平腹先輩に抱き付いた。もう何百年以上仕事に就いているから怖いとかそういった感情は無いのだけれども今回だけは違った、気絶してる平腹先輩を見てて急に不安になったし、襲われた時もあの平腹先輩を気絶させた亡者、と思った瞬間怖気づいていた自分が居たのは確かだ。勢いに負けた平腹先輩はその場に尻餅を付いてしまったけど私はそんなこと気にせずに平腹先輩の胸板に顔を押し付ける。

「名前? もしかして怖かったのか?」
「っ……先輩気絶してたからっ、どーしようって……!」
「んー、行き成り襲われたから油断してたしな!」
「……」
「…………よしよし、良い子良い子!」

 ぐしゃぐしゃと全く加減してない力で頭を撫でられて、私は思わず涙ぐんだ。全く持って泣く意味なんて無いし今更こうして泣くなんて自分らしくないけれども、背中に回された平腹先輩の腕が力強くて暖かくて、必死に泣くのを我慢するために私は一段と力強く彼に縋り付く。

「先輩」
「おう」
「助けてくれて、有難う御座います」
「……おう! てか名前あったけーなー」

 頭に置いてあった手がするする移動して、私の背中に行き着けば平腹先輩は首筋に顔を埋めるように両腕で私を抱き締める。仄かに香る血のニオイと平腹先輩の匂いが混じって少し不思議なかおりが鼻腔を擽り、それと同時に身体全体に伝わる熱い熱にほっと息を付いた。

「なーなー、暫くこのままで居て良いか?」
「……はい」
「さんきゅ! オレさ、ここ来る途中で色々壊しちまったんだよ」
「え」
「……怒られるかな、てか亡者も潰しちゃったし」

 ちょっと困ったように発する平腹先輩にフォローを掛ける言葉が見つからない。確かに課せられた任務は亡者の“捕獲”だし、捕獲どころか跡形もなく潰しちゃってるし……まあ肉片集めて持っていけば数時間後には再生するから大丈夫だと思うけど、すぐに審判が下されるだろうから閻魔庁の予定が狂うのは確かだ。あれ、これ怒られるパターンじゃん、関係ない箇所までこの人破壊してしまったらしいし。

「ま、まあ……怒られることは確かだと」
「……やべぇな」
「やばいですね」
「……詰んだ?」
「……詰みましたね」
「…………ぷっ」
「…………ははっ、」

 気まずい空気が一瞬だけ流れたが、これから起こることもお説教は間違いないと確信したけれども、なんだか途中でおかしくなってお互い抱き締め合いながら思わず声を出して笑ってしまう。お互い身体を震わせながら笑っていると平腹先輩の手が私の頭に触れて、そのまま梳き始めた。

「名前どっか怪我してないか?」
「自分は大丈夫です。寧ろ平腹先輩の方が心配なんですけど」
「オレはもう治りかけてる! ……うわ、名前首すっげー跡ついてんじゃん!」
「?」

 襟首を引っ張られ叫ばれたものだから、私も少し平腹先輩から離れて制服のボタンを外して見れば、薄暗いながらも亡者の手形が胸元辺りまで付いていた。暗闇だから少しだけくっきり真っ黒な手形が浮かび上がっているだけだけど、明るいところで見たらもっと酷いかも知れない。まあ数時間経てば消えていると思うけれど。

「力強かったから跡付いたのかもしれませんね」
「痛くないか?」
「大丈夫ですよ」
「そっかー、早く消えると良いな」
「むっ」

 平腹先輩の言葉を聞き終える前に私は身体を引っ張られてまた彼の胸元に場所を移動した。どくどくと鳴り響く平腹先輩の心臓の音と背中に回る腕、頭を撫でる手つきが妙に心地良く無用心ながら眠気が少しだけ襲ってきた。

「んー……オレ眠くなってきた」
「……自分も、です」
「ちょっと寝るか!」
「え!?」
「名前も眠いんだろ? ならちょっと寝ようぜ!」
「いやいやいや、でもここだと」
「まあ数時間ならソイツもあんま再生しないだろ!」

 指差した場所に移動すれば、先ほど平腹先輩が亡者を潰した場所だった。確かにものの見事にバラバラになったから再生にはかなりの時間を有するがこんなところで寝ようと思うその精神はちょっと驚く。あ、でも田噛先輩とか普通に机の上で寝ちゃうから同じようなものか。

「疲れきってるときにお説教も嫌だしな! 昼寝昼寝!」
「……もう……。分かりました、ちょっとだけですよ」
「ん!」

 嬉しそうに頷いた平腹先輩は少し後ろに移動して柵に寄り掛かると、私の身体を少しだけ持ち上げて足の間に納めた、私は地べたに座り投げ出した平腹先輩の片足を乗り越えて体育座りの体制になる。背中には膝を立てた平腹先輩の足が壁代わりになっているので、そのまま少しだけその足に寄り掛かった。

「先に起きた方が起こしましょうか」
「おう! おやすみ名前!」
「はいおやすみなさい」

 首元に平腹先輩の両腕が回って制帽越しに彼の顔が乗っている感覚がした。数秒後にはすぐに控え目な寝息が聞こえてきたので、三十分くらいで良いかなと思いながら私は寝ないようにするべく目を閉じずにいた。

「…………」

 全身に回るあたたかい熱、心地良く響く平腹先輩の心臓の音と寝息、しかも周りは無音なので、寝るには絶好の場所だ。……重たくなって来た瞼に気付き舌を噛むが、本能には逆らえない。徐々に無くなりつつ意識には抗う事が出来なかった。

「(まあ、すぐ、目を覚ませば……)」

 なんて安易な考えで、私も眠りの世界に入ってしまった。無論数時間は両方とも熟睡状態で帰ってこない私達の応援に来た佐疫先輩や谷裂先輩に起こされ怒られた。そして帰った後も肋角さんに怒られる羽目になった。亡者を潰して閻魔庁の予定を狂わせてしまった平腹先輩の頭にはたんこぶが出来ていた。

「……ここまで怒られたのは何百年ぶりでしょうか」
「オレも、……さすがにヘコんだ……」
「……たんこぶ、大丈夫ですか」
「…………痛い」
「……」

 飲んで忘れよう、という事で飲みに行くことになった。けど、平腹先輩とならたまにはあんな日があっても良いかな、と思った日でもあったのは私だけの秘密だ。








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十夜様リクエスト、平腹と任務中にほのぼのでした。
初っ端は結構殺伐としていましたが……最後の最後でほのぼのを出せた、ような気がします。しかしほのぼのの定義は難しいですね、なんとなくこの二人は友達以上恋人未満な関係じゃないかな、何て思ってます。
お昼寝って気持ちいいですよね、平腹って凄く体温高そう。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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