五万打小説 | ナノ
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鬼が隠すならそれはなんと呼ぶ?

 生まれて、極々普通に育てられ小学校、中学校、高校、大学を淡々と入学して卒業して気が付けばそこそこの会社に就き青春という青春もまあそこそこ謳歌した。毎日毎日同じ事ばかり繰り返す単調な日々だけれども同僚は優しく良い人たちばかりで上司も世話焼きさんだけれども親切な人だから不満なんて無い。こうして何気ない毎日を繰り返して私はこの世とおさらばするのだろう、何事も平和が一番だ。
 ある日いつも通り会社に出社し、仕事が終わらず残業を言い渡されてしまった私はたった一人オフィスに残り手元の資料を片付けるためにペンを走らせていたが最後の資料を書き終えたと同時にペンを置いて思い切り伸びをする。

「……うっしゃー! 終わったー!」

 思わず大きな声で叫んでしまった、が、嬉しい。硬くなってしまった筋肉を解すため軽くぐるぐると回しながらオフィスチェアから立ち上がるとデスクに置いてある缶コーヒーに手を伸ばしそのまま身体に流し込む。眠気が覚めるくらい苦い液体は喉を通りそのまま胃に流れ込んだ、苦い、けどこの苦さが堪らない。
時計を見れば二十二時を示しており今から帰れば一時間くらいで家に帰れるだろう。デスクの上で散らばる資料を纏め引き出しに入れておきペンケースなどを鞄に放り込んで上着を羽織って、オフィスの電気を消して玄関へと向かっていく。
 まだ廊下の電気が点いている事は他の部署でも残業している人が残っているのであろう、別の部署を外から覗き込めば何人か人が座っており血走った目で資料を纏めている。まあ、この時期はとても忙しいからなー。

「お、お帰りかい?」
「はい」
「もう暗いからな、気をつけて帰れよ。最近神隠しなんてものもあるらしいし」
「駅は近いので大丈夫ですよ。神隠しなんてある訳ないじゃないですかー」
「どうだろうねぇ?」

 歩いている最中に見回りに来た守衛さんに挨拶をすれば、妙な事を言い出したので私は笑ってしまった。神隠しなんてここ最近聞いたことがない、子どもじみた噂をまさか大人になった今聞くとは思ってみなかった。「世の中なにがあるから分からないからね」なんて顎に手を添えながら言う守衛さんに、適当に相槌を打って私はそのまま玄関へ向かっていく。そんな現実味が無いことが起こるわけない、そんなものとはずっと無縁だったもの。
 玄関を出た瞬間やっと帰れる、というテンションは一気に駄々下がりになってしまった。

「……最悪」

 外は既に真っ暗で見えないが雨音が地面を叩く音が耳朶を打ったし、雨特有の嫌な空気も肌に付いたので重たいため息を零してしまう。雨が降っている、防水確立はほぼゼロパーセントと言っていたので生憎傘も持ち合わせていないし……会社から駅までの距離はそう遠くないがこの雨の量だとびしょ濡れになってしまうだろう、けれども傘が無いから鞄を傘代わりにして走って行くしかない、風邪なんかの心配はしていられん、フッと息を吐いて鞄を頭に持っていき走り出そうとした瞬間、後ろから聞きなれた声が響いた。

「待て、風邪引くぞ」
「あ、肋角さん」

 くい、と襟首を引かれ引き寄せられたと同時に降った声に顔を上げれば、部署は違うけれども関わりがある上司の肋角さんが居た。肋角さんは、本人の前では言わないけれどもどこか人間離れしている、滅多に見ない苗字、下の名前を知っている人は居ないし、日本人とは思えないほど高い身長に浅黒い肌、きっちりとしたオールバックは端正な顔立ちと釣り合っており優しい人柄もあってか色んな人から慕われている。けれども、なんだか上手く言えないけれども完璧すぎて同じ人間とは思えない、こう……どこか別の世界の人みたいな雰囲気を纏っている。言ってもみんな納得してくれないけど。

「肋角さんも帰るところなんですか?」
「ああ、一服していたところにお前が来て突っ走ろうとしていたからな」
「たはは、バレちゃいましたか」
「雨も弱まる気配が無い。送っていこう」
「いや大丈夫ですよ! 私体力には自身あるんで!」
「そういう問題ではないだろう」

 苦笑した肋角さんは持っていた煙草をポケット灰皿に入れて、どこからか大きな雨傘を取り出してパン、と広げる。真っ黒なソレは普段私が使っているものとは全然大きさが違う、私が三人くらいは入れそう。肋角さんも電車で来ているのかなー、何て思いながら持ち手を持つ肋角さんを見れば「そうだ」とだけ笑って言ったので、お言葉に甘えて私は傘に入れて貰うことにした。
風が出ておらずただ無機質に水が地面を叩く音だけが耳に入り、履いていたヒールにも少しだけ水が入ってくる、ああヒール失敗したなぁ、何てため息を零していると、隣にいる肋角さんが声を発した。

「しかし随分遅くまでいたんだな」
「忙しい時期ですからねー、体調悪くて休んでいた分の資料が溜まっていたので残業だったんですよ」
「そうだったのか、あまり無理はするなよ」
「はーい!」

 肋角さんは上司だけども、たまにお父さんみたいな抱擁欲がある。だからこそ慕われやすいのかもしれない、仕事もきっちりこなす人だし将来有望と周りの同僚達が言い合っていたのを思い出す。
なんだか完璧すぎて、私としては恋愛とかそういうのは全く感じない、寧ろお父さんみたいな雰囲気と言うか、こう、先生とでも言うのだろうか上手く言えないけれどもそんな風に思っている。雨音が傘を叩く音を耳に入れながら、私は守衛さんが言っていた言葉を思い出したので肋角さんにもフッてみることにした。

「肋角さん、神隠しって知ってますか?」
「人間がある日忽然と消えうせたり、街や里からなんの前触れも無く失踪することを、神の仕業としてとらえたもののことか?」
「はい。なんだか最近この変で起きているみたいですよ」
「……ほう」

 あれ、あまり興味無いだろうと思っていたがどこか肋角さんは物珍しげに言葉を吐き出した。顔を上げて顔を見ればこちらをジッと見ていて、楽しそうに頬を緩めているのが分かった、何が面白いのだろうか。つくづく変わった人だ。

「肋角さん?」
「お前は、神隠しとかそういった類のものは信じているのか?」
「はっきり言っちゃえば信じませんねぇ。自分で見たものしか信じないタイプです」
「ならば地獄や鬼、幽霊などもか?」
「ふはっ、肋角さんはそういうの信じるタイプですか?」

 思わず噴き出して言えば、肋角さんは表情を歪めるどころかまた楽しそうに口角を吊り上げて「ああ」と言うだけだった。それと同時に、彼の足が立ち止まったのでつられるように私も動きを止めれば肋角さんは、じっと私を見つめたと思ったならばそのまま手を伸ばし、私の頬に、触れた。

「っ、」
「信じていないならば、これから見せてやろう」
「え?」
「ずっとお前を好いていた。……お前が欲しい」

 触れた頬は、これでもかというくらい冷たく、人肌が無かった。黒目がちだった瞳は街灯の中で見ると徐々に赤色に変色していったのを見逃さなかった。視界がくらくら揺れる、思えば景色もぐにゃりと歪み見慣れた街が別のものへと変貌した。「あれ……?」なんて情けない声を上げて一度だけゆっくり瞬きをすれば目の前には黒いスーツではなく、モスグリーンのロングコート、はたや軍服みたいな服を纏った肋角さんがいた。
 え? 気が付けば雨も止んでいて、目の前にいる、私が知っている上司とは違った風貌をしている彼をただ呆然と見つめる。

「!?」
「……地獄の街、獄都だ」
「は、すみません言っている意味が……」
「お前は今、神隠しにあった。……ずっと俺の傍に居させるために、連れ帰ったんだ」
「かみか、くし? 連れ帰ったって、私夢でも?」
「あちらの世界へ戻れない、続きは俺の部屋に行ってからだな」

 生まれて、住み慣れた街とは全く違う景色と、どこか感じる別の世界みたいな嫌なニオイ、……そして目の前の軍服男性。ポケットから煙管を取り出し、吐き出された煙はどす黒い紫色。声や表情、体格は肋角さんそのものなのに、どこか私が知っている彼とは全く違って思わず後ずさればそれに追うように肋角さんも前を進み、ねっとりとした声を出したかと思えば口に含んでいた煙を私に向かって吐き出した、と同時に視界がぐるんと一回転して私の意識は完全に途切れた。



 現世へ調査しに行った時に偶然見掛けた名前、あの頃はまだ彼女自身所謂高校生という肩書きを背負っていた、それが彼女との出会いだった。自らの役職を利用し彼女のことを調べ上げたら彼女は二十五歳という年齢で何者かに殺されそのまま転生する、という項目が書いてあった。一目見たときから彼女の事が忘れられず、何度か現世へ行ってか観察をしていた、気が付けば現世の流れは早いもので気が付けば彼女が殺される年は五年を切っていた。このまま放置してこの閻魔庁で話す機会はあるかも知れないがその後は? 彼女はすぐに転生してしまう。そんな可能性が脳内を渦巻き気が付けば俺は自ら人間の姿に変装し彼女に近付いた。
 近くで見る彼女は、初めて見たときよりもだいぶ大人びており髪も伸びていた、初めて聞く声はとても心地良く仄かに鼻腔を擽る香りも、全部モノにしたくなった。

 だから、ある日、会社の玄関で煙草をふかしていた時に現れた彼女を見た瞬間、持ち帰ろうと決めた。なんの前触れもなく本当に直感的に今しか無いと思ったからだ。自らの足で彼女の元へ赴きある程度の会話も交わし、向こうも随分俺を信頼しているようだが一緒に帰るところまで持ち込めた。
傘が雨に打たれる中、彼女が放った言葉はとても興味深いものだった。

「肋角さん、神隠しって知ってますか?」
「人間がある日忽然と消えうせたし、街や里からなんの前触れも無く失踪することを、神の仕業としてとらえたもののことか?」

 長年地獄に使えていれば現世の言葉など、また様々な言葉は自然と身に付く。頭の引き出しをこじ開け心当たりがある言葉を吐けば彼女は笑って肯定した。ああ今すぐその笑顔を自分だけのモノにしたい。
他愛ないの会話を数回繰り返し、地獄とこの世の空間が繋がる場所に着いた瞬間、俺は進めていた足を止め彼女を見下ろす。地獄など、そういった所謂空想上のものは目に入れるまでは信じないと言い切った彼女の頬を撫で付ければ俺の肌の冷たさに驚いたのかどこか怯えた様子で俺を見上げた。その表情もまた愛らしく、背筋から何かが伝わりぞくぞくした。この女が、俺は地獄の人間でありお前が信じないと言っている鬼と知った瞬間どこまで表情を歪めるのだろうか。
 時空が歪んだと同時に、そこは人間達が住む世界ではなくなった、同時に着ていた服もいつの間にか普段着ている制服に変わり彼女はその変わり様にただ驚くだけだった。堪らない、その表情も、お前自身も、全部俺のモノだ。そうだな、今この状況をお前たちが住む世界風に言い換えれば……、慌てふためき目を白黒させる名前を見ながら笑った。

「お前は今、神隠しにあった。……ずっと俺の傍に居させるために、連れ帰ったんだ」
「かみか、くし? 連れ帰ったって、私夢でも?」
「あちらの世界へ戻れない、続きは俺の部屋に行ってからだな」

 吐き出された紫煙に包まれた名前は瞼を閉じそのまま俺の方に倒れこんで眠った。これでもう、名前は俺のモノだ、その笑顔も怯えた顔も、お前の身体も全部俺一人だけのものになったんだ。
か細いその身体を持ち上げ、屋敷の方に電話をするため持っていた携帯から部下の番号へと繋ぐ。

「……ああ、俺だ。暫くは執務室には入るなと特務室の奴らに言っておいてくれ。……無理がある? くくっ、俺の言う事を聞けないならそれで良い。それ相応の処罰を下すだけだ」

 明らかに怯んだ電話口の相手の声は聞かず、そのまま通話を切った。今までほど自分の役職に感謝した事は無い。この時間帯でも任務を行い、報告に来るため執務室に訪れる部下が出るだろう、まずは腕の中で眠っている彼女にこの世界の事を教えなければならない、俺の部屋でも構わないが資料の多さでは圧倒的に執務室の方が好都合だ。
もし、言いつけを守らなかった馬鹿が出たらどうするか……まあその時になったら考えれば良い。今は、この女を連れて帰り、俺の部屋に閉じ込めなければ。誰の目にも触れさせず、一生俺の傍に居ればいい。

「地獄の生活は、きっと楽しいものになるだろう」

 俺がいるのだからな。あどけない顔で眠り込めているその額に唇を寄せ、踵を返し歩き出した。






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美紅様リクエスト、現世から夢主を連れ去り監禁する肋角さんでした。
すみません、どうも監禁と言うよりかは誘拐気味ですが……権力フル活用描写も少なくなってしまいました……!
けれども現世で関係を作ってから近付く策士ヤンデレ肋角さんは書いてて楽しかったです。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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