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「#幼馴染」のBL小説を読む
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愛を乞い、君を乞う

 斬島は、言ってしまえば女性にモテる。斬島だけではなくそれは特務室の人たちにも言える話だけれども。斬島はカッコイイし真面目で誠実、悪く言ってしまえば馬鹿真面目だ。しかも恋愛に関してかなり疎いから向こう側のアプローチには全く気付いていない、分かりやすく言ってしまえば女性が甘ったるい名前で呼んで彼の腕とかに抱きついても斬島は愛情表現だと気付かずにさらっとそれを受け入れる、見てない時にやるなら幾分かマシだと思うけれども私と斬島が付き合っていることはみんな知っているのに、略奪を狙っている輩もいるからどこか得意気にこちらを一瞥してくるのは正直イラつく。正直最初は人間みたいに感情が豊かではないから、なんか近いなーというくらいだったが最近はなんだか斬島を狙っている女子達の態度があからさまになって来ているから察した。
 一応斬島本人にも注意をしたのだけれども、どうも私の言葉の真意を理解していない。あまり長ったらしく説明すると重いと思われそうだから「他の異性と接する時は距離を保ってね」と言ったのだけれども……、結局注意する前から何も変わってない。

「斬島くーん! 書類について分からないところがあるんだけど」
「この前のか、どこがわからないんだ」
「えっとー」
「……」

 食堂で二人きりで夕餉を食べている最中に、わざわざ別の部署からやって来た女性獄卒に目を向ければこちらなんか気にせずに斬島に近付いて書類を広げる。ご飯食べてるの気付いてないのか、その時点でイラついたのに女性獄卒は甘ったるい声を出しながらグッと斬島と距離を近づけあまつさえ斬島の両肩に寄り掛かるように密着させている。それに斬島は気付いてないし、というか気にしてないし……小さく舌打ちをして思わず口の中に力を入れれば尖った歯のせいで口に含んでいた箸が欠けた。
距離を保つ、というのはまさにこの時に発揮して欲しい、さり気なく距離を遠ざけろと目線で訴えかけるも、青い目は書類に目が行っているし女性獄卒は勝ち誇ったような顔でこちらを見ているし本気で殺意が沸きそうになるのを必死で耐えて、声を出す。

「えっと、一応今食事中なんですけど」
「えー? でもこれ早く提出しないと怒られちゃうし」
「俺は構わないぞ」
「ほら本人もそう言ってるし!」
「じゃあ斬島、この前言った通り距離保って」
「距離?」

 意味が理解出来ていないのか私を真っ直ぐ見て首を傾げる斬島、普段ならやんわり言うことが出来るが今はただ苛立ちの感情しかなく半ば睨みつけるようにこちらを見てニヤニヤしている女を見れば向こうはわざとらしく悲鳴を上げる。

「きゃっ、名前こわーい、斬島くん何か言ってよ」
「名前、一体どうしたんだ」
「どうもしてない。近いから離れろって言ってるの」
「だが離れたら資料が見えないだろう」
「……貴女も、一々斬島に触らないで」
「なぁに嫉妬? 重くない? ……ねえ、斬島くんは私に触られて不快?」
「気にするほどではない」
「良かったぁ」
「……私、部屋に戻る」
「名前? 待て、」

 この女の態度にも心底ムカついたが拒否しないで普通に他の女のスキンシップを受け入れる斬島を今は見ていられなくなり配膳を持って席を立ち上がった。二人を視界に入れないように素早く受付口へと歩いて行く途中遠くで自分の名前を呼ぶ声が聞こえたが構ってられない。返却口に配膳を置くと逃げるように食堂を抜けて自室へと向かうため足を早めた。
この怒りをどう静めるべきか……、そうだ誰か先輩捕まえて鍛錬の相手して貰おう、多分この時間帯なら谷裂先輩とかかな。むしゃくしゃする、嫉妬なのは私だって分かっているし、斬島は馬鹿真面目にプラスして鈍感なのも分かった。が、ああもう、斬島に代わってみたい。どんな思考回路をしているんだろう。部屋に戻る前に鍛錬しに行こう、道場まで続く長い廊下を歩きながら上着を脱いでいると、後ろから耳障りな足音が聞こえてそのまま強い力で腕を掴まれる。今この状況でこんな事をするのは一人しかいないだろう、一度だけ深呼吸をして後ろを振り返れば荒く呼吸をし額に汗を滲ませている斬島と目が合った。走ってきたんだ。

「名前っ……、なぜ無視をした」
「書類の訂正とかあったんでしょ? 私邪魔だと思って」
「そんなことある訳ないだろう。なぜそこまで不機嫌なんだ」
「……」
「一度、俺の部屋へ行くぞ」

 唇を噛み締めて目線を伏せる。今斬島の顔を見たら多分睨むような形になってしまうし、本人に悪気がないのが厄介すぎる。反応しない私を見て何か言いたげな斬島は、そのまま私の手を引いて斬島の部屋へと連れて行く。上から下へ流れる地面だけを見ていると扉の開閉音が聞こえ視界は一気に見慣れたものへと変わった。畳に、きちんと畳まれた煎餅布団、ちゃぶ台にタンス、シンプルで余計なものを置いていない斬島の部屋はやはりどこか安心する。靴を脱いで畳に上がった瞬間、思わず握られていた手を振り払うと斬島は目を見開いて私の肩に触れて顔を覗きこんだ。

「名前、俺が何か気に触ることをしたならば言ってくれ。頼む」
「なんでもない。私が勝手に嫉妬しただけ」
「なぜ嫉妬を……?」
「好きな人が他の女にベタベタされて嫌な思いしない人なんていると思う?」
「だったらそう言ってくれれば良かっただろ。無視して勝手に行くから焦ったぞ」
「距離保ってって言ったじゃん! さっきも離れろって注意したのにっ……」
「それは謝る。だが、そこまで怒ることなのか?」
「っ!」

 目の前が真っ赤に染まって、なにかが砕ける音が部屋中に木魂した。瞬間的に何が起こったのか分からなくて気付いた時には左手がじわじわと痛み出して目の前には呆然としている斬島、左手の痛みを確認するため視線を向ければ左拳は斬島の部屋の壁にめり込んでおり亀裂が走っていた、衝撃で多分関節がイカレているし皮膚も傷付いて血が滲み出ている。ああ壁殴ったんだ、申し訳ないことしちゃった、なんて冷静に客観的なりつつ拳を離しながら淡々と言葉を投げた。

「斬島は、根本的に私のこと分かってない。分かって欲しいとは言わないけど嫉妬する気持ちくらいは理解して欲しかったよ」
「恋愛ごとに関しては人よりも鈍いと言った筈だ」
「……そうだけど、」
「距離感を保てと言われても仕事上異性と接する機会はあるし仕方が無いだろう、一々嫉妬していたらキリが無いぞ」
「…………」

 視界が揺れた、雫が零れることは無かったけれども頭の中は鈍器で殴られたような衝撃が走って言葉を失ってしまった。これは、恋愛の価値観の違いなのかも知れない。この瞬間から私はもう無理だな、と察した。
斬島の事は好き、大好きだ、恋愛が関わると人は変わるものだと思っていたけれども私自身自分がここまで独占欲が強くなるなんて、いやこれは強いと言うのかな。別に異性と関わるなと言っているわけでもないし、事前に注意をしていたし……もう訳が分からないや。めきめきと関節が回復しているのを見届けて、私はただ無意識に、本当に今頭の中を蠢いている言葉を吐き出した。

「別れよっか」
「……は?」
「斬島は悪くない、私が変わっちゃったのがいけなかったんだ」
「名前、」
「今の私のまま、斬島と付き合うことは難しい。理不尽な理由だから殴っても構わない、けど無理」
「おい、待てどういう意味なんだ……!」
「ごめんなさい斬島、本当にごめん」
「っ!」

 下手に何か言ったら、今言葉を吐いたら絶対に泣いてしまいそうだから半ば無理矢理斬島の身体を押して素早く部屋を後にして自室まで走っていく。
鼻の奥がツーンと痛んで気がつけば無意識に涙を流しながら走っていた、誰にも見つかることはないと思うけど、下手したら目が赤くなってしまうかも知れない。けれども、全部悪いのは私なんだから自業自得か。

「はっ、……うううっ……!」

 我武者羅に走って自室に閉じこもればそのままベッドに倒れこんでシーツを握り締める。我慢していた感情が一気に溢れ出して私はシーツに顔を押し付けるようにしてただひたすら後悔の念と斬島に対する罪悪感と行き場の怒りや愛情がこみ上げて来て泣き続けるしかなかった。



「……んー……」

 頭が痛い、目も痛い、気がつけば窓の外は光が洩れていて鳥の鳴き声が聞こえる。あれ、もしかしてあのまま寝てしまった? 部屋に戻ってきたのは八時半ぐらいだったし、ただシーツに顔を押し付けて泣き続けたから泣き疲れで寝てしまったらしい。時計は七時を示していた。今日は確か非番の日だ、思えばお風呂にも入っていなかったから入らなければ、と思いベッドから出ると制服をハンガーに掛け簡易浴室に行き洗面台に備え付けられた鏡を見れば目が真っ赤に腫れている自らの姿が情けなく泣きたくなってきた。いつもなら非番の日はもう少しだけ寝ているが早起き出来たら斬島に連絡をして一緒にご飯を取るのに……ああ駄目だ、もうそんなことは二度と出来ないんだ。衣服を脱ぎ捨て熱いシャワーを頭から被ると昨日のことを思い出してまた鼻の奥がツンと痛くなる。

「(斬島、今何してるんだろう)」

 暫くは気まずくて顔を合わせられないかも知れない。悪いのは私なのだけれども、……けど、もし斬島が逆の立場だったらどう思うかな、どうせ別れるならそこらへんのことも話しておけば良かった。今更後悔したって遅いけど。事務的に髪と身体を洗い湯船に浸かり、タオルで水分を拭いながら今日の予定を考える。まずは朝御飯を食べて、そのあとは部屋に引き篭もってレシピ作成でもしてよう、出掛ける気分にもならないし。
外に出ても良いようなラフな服に着替えて私は髪の毛を乾かしながらどうか斬島と鉢合わせませんようにとひたすらに祈る。

 あらかたやらなければいけない事を済ませたらスッと深呼吸をして部屋を出る、廊下には殆ど人がいなく擦れ違う人に挨拶をしながら食堂へ向かうため歩いていれば目の前から見慣れた人物、思わず息が止まりそうになるが向こうはこちらを見るなり複雑な表情になって私の目の前まで小走りで来た。多分あの表情から察すると大体のことは知っているだろう、ああ何て言おう。

「……おはようございます。佐疫先輩」
「おはよう名前。ねえ私情に割り込むつもりはなかったんだけど、聞かせて、斬島と別れたって本当?」
「……はい」
「斬島の様子がおかしかったから問い詰めたんだけど……、そうだったんだ」
「……」
「こんな事俺が言うのもアレだけど、凄く仲が良かったよね? さすがに別れた原因は聞けなかったけど。……名前も目が赤いし、合意の上での別れではないことは確か?」
「っ……」

 勘が鋭すぎる。半ば誘導尋問のような佐疫先輩の言葉、そこには優しさも含まれていて私は視界を緩ませ小指くらいの水溜りをぽつぽつと床に作っていく。泣いていると気付くのには時間が掛からなかった、しゃくり上げないように必死に唇を噛み締めれば佐疫先輩は私の手を取って、朝の時間帯は殆ど人が寄り付かない娯楽室へと連れ込んだ。斬島、昨日のうちに話したんだ、まあ二人は親友だし、様子が可笑しい事は勘の良い佐疫先輩ならすぐに気付くのかな。けれどもなんで斬島は別れた理由も、私が一方的に別れを告げたことを言わなかったんだろう……この期に及んで気を遣っているのかな、そんな優しさいらないのに。どうせなら口汚く罵ってもおかしくないくらいずるい事をしているのに。
ぼろぼろと涙を流している間に、優しく押されてソファに身体を沈めると目の前で佐疫先輩が跪いて私の流れる涙をハンカチで拭い心配そうにただその水色の瞳に私を映す。

「せんぱい、自分……斬島に酷いことっ」
「うん。……聞くから、ちゃんと」
「斬島の事好きなんです……だけど、他の女がくっ付いても平然としている斬島が嫌で……それくらいで嫉妬する自分も酷く情けなくてっ……一度言ったんですけど……無理でっ、そしたらもうなにがなんだか分からなくなって……一方的に別れよって……!」
「……うん」
「このままじゃ多分斬島のこと縛り付けちゃうからっ……自分なんかが好きになっちゃ、傍にいちゃいけないと思って……うっ、うぅ……!」

 好きになったの、少し後悔したんです。無意識に吐き出した言葉を耳に入れた佐疫先輩は、苦痛そうに表情を歪めて私を強く抱き締めた。強く首の後ろと背中に回された腕は暖かいけど、私が大好きだった感触と匂いとは別物だった。けど今はその優しさにほだされて私は先輩の外套に顔を押し付けて涙と嗚咽を出し続ける、ごめんなさい、斬島、好きなんだよ、ただただその言葉を吐き続けている間も佐疫先輩は私の背中を黙って撫でる。

「その気持ち、きちんと斬島にも伝えないと」
「けど……今更……」
「昨日言ったんだ、きちんと話し合えって。斬島も理由をよく分かっていなかったみたいだから納得するまで話し合わなきゃ一生後悔するよって」
「……」
「そろそろ来るんじゃないかな」
「は!?」

 佐疫先輩から発せられた衝撃的な発言で、身体を離そうと思ったが先ほどよりも更に強い力で抱き締められて動けない。斬島が、来る? 無理、なんて言えば良いのか分からない、どうしよう。と言うか今この状況を見たらどう思われる? 様々な考えがぐるぐると頭を周って気持ち悪くなって来た。
 娯楽室の扉が開かれて扉に目を向けていたから思わず青い瞳を目が合ってしまった、寝ていないのか目の下には隈が見えた。目を赤くして佐疫先輩に抱き締められている私を見た瞬間斬島の表情が一気に不機嫌なものに変わったのが分かる。一方、佐疫先輩は私から身体を離してこの場の空気に似つかない笑顔を浮かべた。

「やあ、斬島」
「……佐疫、一体どういうことだ」
「なにが?」
「どうして名前が泣いているんだ、……それに、なぜ抱き締めている」
「名前が別れを告げた最大の理由を分からせるためにね」
「……」
「それは本人の口から聞いた方が良いよ。……じゃあね」
「佐疫せんぱっ、」

 言い終える前に扉が閉まった。斬島は何も言わずに中から鍵を掛けると私の前まで歩み寄ると、じっと無表情に私を見つめたと思ったらそのまま手を伸ばして真っ赤に腫れ上がった私の目に優しく触れた。

「な、に」
「目が真っ赤だぞ……腫れるまで泣いていたのか」
「……斬島も、目の下の隈」
「お前に嫌われたことがショックで寝れなかった」
「……」

 ずるい。冷め切ろうと覚悟していた感情が熱を持ち、抱き締めたい衝動に駆られる。優しく指の腹で私の目元を拭った斬島は眉を下げて小さく言葉を吐き出す。

「すまなかった。実は佐疫にも言われていたんだ、恋人がいるにも関わらず異性との境界線が曖昧過ぎると」
「……」
「名前に言われた注意もお前があまり気にしているようにも見えなかったし、どう距離を保てば良いのか分からなかったのも事実だ。……だがその結果、お前を酷く傷つけた」
「そんなこと、ないよ」
「嫉妬と言うものがよく分からなかったが、お前が佐疫に抱き締められているのを見た瞬間不快な気分になった。名前は、俺だけの者なのに、と」
「……」
「漸くお前の気持ちが分かった、今まできちんと向き合おうともしなかった俺を許してくれとは言わない。……だが、俺はお前の事が好きだ。願わくばもう一度お前ときちんと向き合いたい」
「っ……」

 名前、と優しい声色で名前を呼ばれて、よくよく見れば斬島も泣きそうなのか瞳を潤ませている。何かを言葉を吐いたら、漸く止まった涙がまた溢れ出そうなので黙って彼の身体に縋り付くように寄り掛かれば斬島も強い力で私を抱き締め返す。求めていた感触や温度、匂い、ありったけの気持ちを込めて「好き」とだけ言えば斬島の身体が一瞬硬直して頬を持ち上げられる。

「名前の事は、愛している。他の女なんかに靡く余裕が無いほど恋焦がれている。だが、これからはきちんと行動に示す」
「う、ん……けど、そこまで気にしなくて良いよ。私が独占欲強いだけだと思うし」
「思うんだ、アレが普通だ。現に先ほどのお前たちを見ただけで俺は酷く苛立っている」
「……私は、斬島だけしか見てないよ」

 ふっと微笑を浮かべればそのまま斬島の唇が自分の唇に触れた。

「名前に別れようと言われた瞬間、酷く焦った」
「……ごめん」
「構わない。……こうしてまた想い合える仲に戻れたからな」

 珍しく笑顔を浮かべた斬島に、私も笑顔を浮かべた。これから先きっと、私が彼を嫌いになる日なんて無いだろう、それは多分、彼も同じだと思う。






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十六夜眼鏡様リクエスト、別れ話を切り出され焦る斬島でした。
思ったよりも長くなってしまいました……上手く焦りを出せたか些か不安ですが達成感があります。恋愛って難しいですね! 斬島は良い意味でも悪い意味でも鈍感そうですから難しい……。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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