その鬼の子、花を吐く | ナノ
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 名前、その名前を呟き表情を脳内で思い描けば、妙な熱と眩暈に襲われる。そもそも、どうして好きになったのだろう、優しいから? 可愛いから? 内面では無く外面? 確かに、見た目は可愛らしい部類に入るとは思う。だが、それだけでは片付くものではない気がしてならない、分からない。分からなくて、気持ち悪い。


「……」


 今日は任務が無く、非番だ。向こうも非番なのは知っている、だから、会いに行かなければ。向こうは気にしているかもしれない、否、気にしていなくとも自分自身の胸に残るしこりが嫌で、仕方がない。


「(……だりぃ、けど、俺から行かねぇと始まらねーよな)」


 恋というのは複雑でめんどくさい、寧ろ本当に自分は今恋をしているのか? と疑いたくなるほど。けど、他の女性たちとは違う身体の感覚は名前だけにしか起きない、自分は今、確かに恋という人間にしか起きるはずの無かった病気にかかり、奇病におかされているのだ。


「しかたねぇ、行くか」


 眩暈と気だるさ、いつ花を吐くかも分からないという恐怖感に似た何かに駆られながらも、田噛はデバイスを取り出し、指を画面に走らせる。





「最近田噛先輩の様子がおかしいんですよね」
「……田噛、が?」


 人ならざるもので賑わっている食堂で、昼食を取っていた佐疫と名前。佐疫は焼き立てのトーストと、トマトとレタス、ベーコン、卵がサンドされたサンドウィッチとアールグレイ、一方の名前は小ぶりな茶碗に盛られたご飯と卵焼き、味付け海苔に豆腐となめこの味噌汁に緑茶という簡素かつ佐疫とは真逆だ。
 熱い味噌汁を啜り終わった彼女が唐突に発した言葉が、優雅にアールグレイを嚥下した佐疫に掛かり言葉を半分反芻してしまう。


「まあ、いろいろあって半分は解決したようなものですけど」
「え、そうなんだ……。じゃあ大丈夫じゃないかな」
「いやぁ、なんか佐疫先輩とかも違和感感じないのかな、と思いまして」


 ふわふわ黄金色に輝く厚焼き卵に箸を通せばとろりと半熟の黄身が溢れ出る。わずかに湯気がかかったまま口に放り込み彼の言葉を待つ間に咀嚼をすれば、佐疫も言葉を考えているのかサンドウィッチを小さく齧りもくもくと口を動かす。


「ごめんね、俺には分からないかなぁ」
「んー、そうですか」


 本当は、すべての原因は君にあるんだけどね。名前。


「(なんて、言えるわけないよね)」


 田噛の様子がおかしいのは、彼女の前だけで、そのせいで彼は奇病に苦しんでいる。そして完治させる要因も名前自身で、うまくいけば二人はゴールイン田噛の奇病も完治、はたまた失敗すれば田噛は一生この奇病に侵され続けてしまうことになるだろう。けれども、こればっかりは感情というものに委ねられるから実力行使なんかできないし、ずっと見守り続けるしかない。


「理由を聞かれるのも億劫だと思いますし、もう少しだけ様子を見てみますね」
「うん」


 会話はこれ以上続かなかった。長い間一緒に仕事をこなしているから嫌な沈黙ではない。サンドウィッチを口に含みながら、佐疫は時折彼女に目をやり考える、名前自体は、恋という感情は持ち合わせているのだろうか、人間だった頃から獄卒に生まれ変わった期間は他のモノよりも短いから人間に近しいとは思う、が、如何せん感情を読み取り辛い部分が多々ある。
 田噛がなんとなくわかりやすい反応をしているから、彼女もきっと変化は見せるだろうと思っているが今のところそれらしい変化は見当たらない。


「……佐疫先輩?」
「っ、ごめん。なに?」
「いえ、ボーっとしてたみたいなので、……あ」
「ん?」


 ご飯を食べ終わったので、両手を合わせ「ごちそう様」と言った名前、そしてそのあと小さく漏らされた独り言のような呟きに小首を傾げれば、彼女は胸ポケットからデバイスを取り出し画面を読んだかと思ったら、表情を変えずに一言。


「すみません、呼び出されたので先に行きますね」
「田噛?」
「よく分かりましたね」


 銀鼠がわずかに見開かれ、驚きを見せた。ああ、やはりそうだったのか、過去の会話からなんとなく名前を出したけど正解だ。いよいよ彼も行動を始めたというわけか。


「なんとなくだよ。気を付けてね」
「有難うございます。行ってきます」


 お盆を片付けに人ごみへ消えて行った名前を見送り、佐疫は既に冷めかけたアールグレイを口に含んだ。


「……うまく行くと良いけれど」
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