その鬼の子、花を吐く | ナノ
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「こっちの要項は二枚目の方に抜粋して書き上げた方が良いと思うよ」
「じゃあ佐疫先輩はこっちの内容お願いします」
「分かった、任せて」
「始末書か」
「はい、前日の任務内容で気になったところがあったので」
「(……ちょっとくらい、こっち見ろよ)」


 気がつけば彼女が自分の近くを通るたびにその目で追って、密かにこっちを向け、なんて心の中で叫ぶことが多くなった。相も変わらず体内に潜む奇病は消える気配はない、まあ無理もない、完治する方法が今の田噛にとっては藁の中で針を探すくらい難題なのだから。いっそ報われないのを覚悟して想いを告げたいが、なぜだかそれは恐くて出来なかった。
 昼ごはんを食べ終え名前、佐疫、田噛は食休みをしていたところ前日の始末書で聞きたい事があると言い名前は今だ佐疫と会話を続けていた。それなら別にまだ我慢できるが、一枚の書類二人で見ているので妙に近い距離感が気に入らなかった。こんな小さなことで苛々する自分に舌打ちをしたくなるが、何とか耐えてこちらに視線を一切向けない名前をじっと見つめる。


「佐疫先輩の説明は、やっぱり分かりやすいです」
「そう? 名前の適応力が早いだけだと思うけど」
「いや、やっぱり凄いですよ」
「ふふ、有難う」
「……っ」


 時折、佐疫はわざとこういう事をやっているんじゃないか、と思う。唯一田噛の奇病と、自分の片思いを知っているのは佐疫だけだ。思い返せば完治する方法を説明している間もどこか楽しそうだったり、人のからかって楽しんでいるようにも、見方を変えれば見える。無論本人にそういった意思が無いのは分かるが佐疫も頭が良い、もっと田噛を素直にさせるためにやっていると疑える節が多々ある。
佐疫に笑いかける名前に何度も、こっちを向け、と目で訴えかければ、不意に銀鼠の双眸がこちらに向いた。行き成り目が合って、田噛自身が固まるがそんな事、もとい田噛の恋わずらいすら知らない名前はすっと目を細めて照れ臭そうに笑う。


「田噛先輩、自分の顔に何かついてますか……?」
「目、鼻、唇」
「……思い切りからかってますよね」
「お前が聞いたんだろ」
「そうですけど、なんというか……」
「少しはこっち向け」
「え」


 今のはさすがに素直になり過ぎたか、と言った後でその言葉が脳内に染み渡り人知れず耳に熱が孕んでいくのが分かった。居たたまれなくなりこちらを見据えていた瞳から目を背ければ空気がなんとなく重たいのを肌で感じる。
 名前も、元々人の感情を察するのは得意な方だから下手をしたら、勘が鋭ければ田噛が吐き捨てた言葉に隠された意味を理解出来ると思うが、そんな可能性は全く考えていない名前は、彼女なりに今の言葉を反芻した後、苦笑を零して再び言葉を吐いた。


「えっと、寂しかったですか?」
「……は?」
「(あー……)」


 予想外の言葉を投げ掛けられて思わず素っ頓狂な声を出す田噛と、やっぱりな、とでも言いたげな佐疫。無理も無い、と佐疫は心の中で言葉をポツリと吐いた。田噛は愛情表現がかなり下手だ、自分では分かりやすくしているつもりだが、周りから見ればそれが愛情表現だと気付く人はほぼいないだろう。自分達と違って名前は人並み以上に勘が鋭いわけではないから最近の田噛の行動には狼狽するほかなかった、まさか自分が想われているなんて誰が思うか。
 こちらから見ている分には面白いが。いっそ彼女に言ってしまいたい、が、それでは意味がないので佐疫はただ二人を見守るしかない、けれどそれはそれで面白いから苦ではなかった。


「お前って……馬鹿だな」
「な、田噛先輩がこっち見ろって言ったんじゃないですか」
「だりぃ」
「……先輩情緒不安定過ぎますよ」
「まあまあ、二人共落ち着いて。俺と名前だけ仲良くしてたからヤキモチ妬いたんじゃない?」
「おいっ、」


 前言撤回、たまにはこうしてからかうのも良いよね、と思って佐疫はいたずらっ子特有の笑顔を浮かべると楽しそうに言葉を発した。
 これにはすかさず田噛も反応して佐疫を殺す勢いで睨みつける、いっそ本気で殺そうと思ったがそこまで分かりやすい反応をすると感付かれる恐れがあるからなにも出来ない。


「田噛先輩、妬いてたんですか?」
「なわけねぇだろ、縛り付けんぞ」
「うわ横暴だ!」


 鎖の使い方間違ってますよ、と言いたげな名前の見て、どこか田噛は楽しそうだった。こういった何気ない日常の中で会話をするのは楽しいのは鬼でも同じらしい。今日は未だに気持ち悪いなどの症状も出てないので出来ればずっとこうして会話をしていたいくらいだった。


「じゃあ、俺訓練するから先行くね」
「お疲れ様でした」
「……田噛、頑張ってね」
「……ちっ」


 小声で投げ掛けられ、背中をポン、と叩かれた。元はと言えばお前が変なことを言うからという意味を込めて舌打ちをすれば佐疫は何も答えずに食堂を後にするのを見送る。好きな人と二人きり、これほどまで緊張する場が他にあるか、感情が希薄な田噛でも心臓が徐々に大きく鳴り響いていくのが分かった。言葉が見つからなく、ただ空気を舌の上で転がしているだけのところ、ふと名前がこちらを見て言葉を吐き出した。


「先輩、顔色悪いですけど……大丈夫ですか?」
「あ? んなこと、」
「なくないです、失礼します」
「おい、……っ」


 ただたんに緊張のしすぎて顔色が悪いだけなのに、それを知らない名前は身を乗り出して青白い田噛の額にそっと手を添えた。ひんやりとした名前の手が額に触れて、青白いにも関わらずほんのり朱を孕んだ名前の顔が近付いて思わず後ずさりをしそうになった。近い距離と、僅かに香る良い匂いが鼻腔を擽り自分でもよく分からない感情が湧き出て、勢いに任せてその細い腕を掴めば名前はビクリと身体を震わせてこちらを見た。五月蝿いくらい心臓が鳴り響いて、息が上がる、耳が、顔がじわじわと熱くなって体温を調節出来ない。


「え、田噛、先輩……?」
「っ……」


 今更、改めて照れが溢れ出たと察するのに時間は掛からなかった。近付くくらいなら心臓が少しだけ早くなるだけで大丈夫だと思っていたが無理だったらしい。田噛の、燃えそうなほど赤い顔を見た瞬間に名前はただ声にならない声を上げて彼の名前を呼ぶしかなかった、その表情はただただ混乱しているだけだった。


「なんでも、……うっ!」


 カッと赤くなった顔を隠すため席を立てば、一瞬だけ感じた嘔吐感。この症状は自らをおかす奇病のせいだ、すぐに腹に力を込めて口を紡ぐが、一度感じた感覚は拭いきれずものが逆流しそうだった、やばい、頭の中で警報が鳴り響く。


「(まずい、)」
「え、あ、先輩!?」


 このままだと花をぶち巻ける、と瞬間的に察した田噛は少しだけ声を荒げた名前の声に反応することなくそのまま走り出して食堂から出て行ってしまった。


「……」


 残された名前は、ただただ呆然と彼が座っていた椅子を眺めるしかなかった。眺めている間に浮かんできたのは、不自然なほど顔が赤くなった田噛の表情。それと、佐疫と話していたときに向けられていたどこか切なさを含んでいた橙色の瞳、自分を見た瞬間に気分が悪くなった? という疑問も生まれたがそれ以前に先ほどの赤い田噛の表情が頭にこびり付いて離れなかった。はっと息を吐いて胸に手を当てれば、心臓がうるさいくらい鳴っていて、どこか身体も熱いし……掴まれた腕にも、じんわり熱が孕んでいる。


「……まさか、ね」


 まさか、いや、そんなわけ。ある感情が生まれそうだったが有り得ない、そうだ、ありえるはずがない。頭をゆっくり振って名前は置いてあった書類を手に取りフラついた足取りで食堂を後にした。未だに、瞳には先ほど映した田噛の表情がこびり付いている。


題名:青春様
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