その鬼の子、花を吐く | ナノ
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「嘔吐中枢花被性疾患、通称は花吐き病。図書館で調べてたらそれをモチーフにした本があったよ」
「なんだそれ」


 あれからも一向に謎の病は治る気配が無かった、名前が傍にいる時はその病気は発症しないが高確率で一人になると勝手に嘔吐感が迫りそのまま口から出てくるのは吐瀉物ではなく真っ赤な花びらだった。
ここまで来ると恐ろしさも感じており田噛自身も知らぬうちにこの病に怯えながら生活をしている。が、数日経った日に部屋へ訪れた佐疫がなんとも言えぬ困ったような表情を浮かべて田噛を侵していた病気の名前を言った。
 その病名に、ペンを走らせていた田噛も思わず手をピタリと止める。


「うーん……元々は創作の中でしかない病気なんだけど、どうして人間ではない田噛が発症したのかまでは分からないんだよね。もしかしたら任務中の怪異の影響で細胞の一部が可笑しくなったか、……くらいしか考えられないかな、確証はかなり低いからなんとも言えないけれど」
「……なんで俺がこんなめんどくせぇ病気に」
「あー……えっとね」


 妙に歯切れが悪い、普段の佐疫ならそこまでちゃんと調べてくれるから教えてくれるはずだ。疑問に思いつつ佐疫に視線を投げ掛ければ気まずそうに視線を逸らしたあと、ぽつぽつと唇を動かした。


「田噛ってさ、片思いしてるよね?」
「はあ?」
「いや……どうなの?」
「なんでんなこと言わなきゃなんねぇんだよ」


 吐き捨てるように言葉を投げ打って再び視線とペンは書類へと向かった。それを最後に佐疫は言葉を殺し黙ってしまう、ただただ室内にシャーペンが紙の上を走る音が響き渡りただ水色の瞳で見られている田噛自身もあまり良い気持ちではなかった。ため息を吐いて佐疫を一瞥すれば佐疫はふっと息を吐いて途切れ途切れに言葉を吐いた。


「あーえっとさ、この病気って……片思いの人が発生する病気なんだ」
「……は?」


 思わず手に力が入りシャーペンから覗いていた芯がポキリと折れて転がる。自分でも信じられないくらい素っ頓狂な声を吐き出して田噛はただただ気まずそうに視線を逸らしている佐疫を食い入るように見つめるしかなかった。困ったように顔を歪めて頬を掻いた佐疫は、


「片思いを拗らせた末に細胞が異常を来たして体内で花を作り上げて吐いちゃう病気みたいで……現世の方では創作扱いだし、……詳しいことは分からないけれどもとにかく、片思いを拗らせるってのは本当」
「……」
「だから、実際に何となく検討はつくけど本当に田噛が片思いをしているかは聞いたことが無いから改めて確認みたいな」


 困り果てた顔で笑う佐疫を、田噛はどんな表情で見て良いのか分からなかった。それと同時に自分の片思いが自分自身に異常を齎(おびやか)すほどまで来ているとは、なんとも言えぬ羞恥心が襲ってきて無意識に舌打ちを繰り出す。と、同時にここまで病気のことを調べ上げた佐疫にお礼を言いたかったが誰にも言わずに秘めていた片思いがこういった形でバレるとは思っても見なかったので混乱もしていた。
 勘の良い奴だから上手い具合にコイツの前では名前に対する扱いは気をつけていたのに、思わず頭を抱えてため息を零す。


「……誰にも言うなよ」
「ああやっぱり。うん、言わないよ」


 口がかたいから大丈夫だろう、と思うが一人の女に恋焦がれていることを他者に知られると言うのはなんとも居心地が悪い。書類作成に気を紛らわせようと思うがどうも集中できなくなり書類を自分から遠ざける。佐疫は顎に手を当てて考える素振りを見せた後重々しく、半ば賭けに出るかのような表情で低めに呟いた、


「あまり詮索するのは良くないけれど……相手は名前だよね?」
「だりぃ……」


 ここまで勘が鋭いとめんどくさい、頭脳派な田噛でも勘が鋭く頭も切れる優等生の上に立つことは難しそうだと悟って、降参という意味合いで手を上げる動作をする。


「正解、かな。……うん、まあ今までの話の流れ的にあの子しかいないよね」
「あまり余計な事言うんじゃねぇよ」


 なんとも言えない感情が熱へと変化して身体が熱くなる。脅しのように言葉を言った後ふとあることに疑問を抱いたので机に頬杖を突いて佐疫に問い掛けた。


「で、この病気はどうすれば治るんだよ。一生治らねぇとかは止めろよ」
「大丈夫、ちゃんと完治する方法はあるよ」


 言え、と目線で訴えかければ佐疫はどこか楽しげに目を輝かせて口を動かす。


「両想いになれば良いんだよ。あと、吐いた花に触れると感染するみたいだから後処理はきちんとして置いた方が良いよ」


 佐疫の発言に、握っていたシャーペンを折りそうになった。


「けど向こうがどう思っているかが問題だよね……、俺はちゃんと応援するよ。頑張ってね」


 目の前の男は何かを楽しんでいるかのように水色を細めて笑った。





「(っの馬鹿野郎あんな簡単に両想いになれば良いって言いやがって。それが出来たらすぐにでも治してーよ)」


 用事がある、と言いそそくさと部屋を出て行ってしまった佐疫に一応礼を言い暫く書類を睨めっこをしているが先ほどの完治方法が脳内の片隅にひっそりと植えつけられ驚くほど集中が出来ない。


「(くそっ、両想いなんかなろうと思ってなれるもんじゃねーだろ)」


 髪を掻き毟って舌打ちをする。思い浮かぶのは自分の気持ちに気付く気配が全く無い名前の姿がチラつく。今日はもう作業は無理だろうと思い資料をそのままにして部屋着に着替えようと思い立ち上がった瞬間胃の奥から何かが逆流してきて喉に引っ掛かる。


「……うっ!?」


 一気に嘔吐感が湧き出て頬に何かが溜まるので急いでトイレへ行き口から少しはみ出ていた例のモノを吐き出す。口の中から零れ出たそれを見て舌打ちをしそうになるがそれよりも先にため息が零れた。


「あー……くそ」


 口の中一杯に溜め込んでいたものをトイレで吐き出すと真っ赤なものに一瞬だけ血かと思うが血にしてはあり得ない大きさの固形物を見てすぐに花びらと気付く。と、同時に治っていないこと、病気は本物である事を改めて実感してため息混じりに手にもついた花びらを、同じ色で埋め尽くす絨毯が広がる中へ放り込んだ。


「だるい」


 あまり深く考えるのはめんどくさいと悟った田噛はそのまま花を流すとうがいと手洗いをし洗面所を後にする。
とにかく早く横になりたかったので、上着を乱雑に脱ぎ捨ててベッドへ入ろうと思った瞬間控え目に扉を叩く音が耳朶を打って動作を止める。「誰だ、」と言葉を吐き出す前に扉の向こうからくぐもってはいるが同じ屋敷に済む仲間とは全く違うトーンの声が部屋に木魂する。


「田噛先輩、名前です」
「……待ってろ」


 湧き出る高揚感、柄にも無くにやけそうになったが何事もなかったかのように普段の気だるげな表情を作りドアノブを開ければ肩から息をして、ほのかに頬が蒸気している悩みの種の一つでもある名前が焦った様子で部屋に飛び込んできた。


「田噛先輩っ……、あ、熱! 熱は?」


 行き成りのことで理解が出来ない田噛は声を出す事も出来ずに呆然としていると、名前は不思議そうに自分を見つめる田噛の額に手を当てる。状況が理解出来ていない田噛は橙色の瞳を大きく見開く。


「おい、なんだ」
「佐疫先輩から、田噛具合悪いみたいだから様子見てきて? って言われたから急いで来たんですよ! けど、熱は無いみたいですね……大丈夫ですか?」
「(あの野郎)」


 やられた、と思いため息を零すがそれと同時に良くやった、という感情もあった。好きでもない奴にここまで切羽詰った表情でやって来る奴がいるだろうか、自惚れ想わず妙な言葉を吐きそうになるが確信的なものはまだ彼女から見出せていないので何事もなかったかのように手を制するとそっぽを向いてため息を零す。


「別になんともねーよ、つうか走ってきたのかお前」
「だって先輩死にそうって佐疫先輩言ってたし……倒れてたら大変だから、気がついたら走ってて」


 思い返せば恥ずかしいのか徐々に青白い頬に赤みが増していく、鬼のわりに、名前は人間には到底及ばないが表情や感情は豊かだと田噛は口には出さないが心の中でその言葉を出した。


「えっと、体調は大丈夫ですか?」
「なんともねぇよ」
「なんだ……無理だけはしないでくださいね」


 ほっと胸を撫で下ろして笑顔を浮かべた名前に田噛はいっそ具合悪いと言って看病して貰うという展開も考えたが仮病のフリをするのは心底だるいのでここは素直に答える。元気、ということを知って心底安心した名前は時計を見ると少しだけ慌てた様子で田噛に表情を向ける。


「あ、すみません自分始末書作成があるのでこれで失礼します」


 名残惜しそうな雰囲気を見せつつも名前は、田噛にもう一度「無理だけはしないでくださいね」と言って急いで部屋を出て行ってしまった。


「(一度くらい振り返れよ馬鹿)」


 来てくれた嬉しさとすぐに行ってしまった虚しさで情緒が不安定になりながらも先ほどの目的だったベッドに乱雑に倒れこんで目を閉じた。距離感は、今だに縮まる気配が無い。
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