その鬼の子、花を吐く | ナノ
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口にはしなかったが、妹みたいだと思っていた名前が、ある時を境に異性として見ていたことに田噛は少なからず気付いていた。まつ毛に縁取られた丸い目にはめ込まれたエー玉のような黒曜石の瞳は濁りのない透き通るような銀色に変わっていた。
視界には入らないほど低かった身長、伸びて何となくだが視界に入るくらいへと変化しているのは目に分かる。あどけなかった顔付きも、幼さが残るがどこか大人っぽさを匂わせていおりそれ相応に身体も丸みを帯びて凹凸が目立つ。
 名前が他の男と話していれば苛立ちが募り独占欲が垣間見える。自身の心の変化に田噛は戸惑いを隠せないでいた。


「田噛先輩」
「なんだよ」
「任務お疲れ様でした」


 昔と変わらないあどけない笑顔を向けられて一瞬だけ身体が熱を孕む。それがなんだか気に入らなくて顔を顰めれば不思議そうな表情で自分を見つめる名前。
 名前は、田噛や他の仲間をお兄ちゃんと呼び慕っていたが、ふとしたことを切っ掛けに生前学生だった記憶一欠片が戻りそれ以来癖だったのか自分よりも数年上の獄卒達を先輩と呼び敬語を使うようになった。指摘したら彼女は困ったように笑い「なぜだか呼び捨てはダメだって本能が言うんです」と言われただけだった。それが妙に気に入らなくて、自覚した時には名前は妹ではなく一人の女だった。


「だりぃ」
「毎日言ってますよね……それ」
「書類作成残ってんだよ。暇なら手伝え」
「えー……構いませんけど」


 今回だけですよ、断られるかと思ったが肯定されて思わず目を見張った。名前は本当に嫌なことはきっぱり断るタイプだから、……即ち、そこまで一緒に書類作成するのは嫌ではないということか。


「全部はやりませんからね」
「……ちっ」
「全部やらせる気だったんですか!?」


 予想はしてましたけど、と付け足された言葉が耳朶を打った。考えが読まれてるか、けどそれは自分を理解しているという意味だと考えると悪い気はしなかった。少しだけつり上がった口角を隠すため踵を返す。


「行くぞ」
「はーい」


 持っていたツルハシを肩に担ぎ書類作成のため部屋へ向かう。身長差か、足の長さの問題で自分が普通の速さで歩くと大体名前は一歩遅れて歩く、いっそ手を繋ぐか、半ば無理矢理引き寄せるため名前の手をひっ掴もうと手を伸ばした瞬間、


「お、名前!」
「平腹先輩、こんにちは」


 伸ばした手は虚しくも宙を仰いだ、最悪のタイミングで名前を呼んだ平腹に激しい殺意が湧き行き場を失った右手を思い切り握りしめる。
笑顔を浮かべて平腹に方に駆け寄る名前を横目にしつつ目線で殺さんばかりに平腹を睨みつければこちらを見ていることに気付いたのか平腹はパッと表情を明るくさせて声を荒げた。


「田噛〜、書類作成やろうぜ!」
「黙れ。殴らせろ」
「はあ!? なんでだいってえ!」
「田噛先輩!? 何してるんですか!」


 平腹の頬に拳をめり込ませて、ぷらぷらと振れば理不尽な暴力を負った平腹は今だ理解出来ないのか首を傾げて自分を見るだけだった。一方の名前はいきなり平腹を殴りかかった田噛に動揺の表情を向けて頬を押さえる平腹の肩に手をやる。
田噛自身も悪い事をしたと思っているがその理性をかき消すくらい名前との二人の時間に割って入った平腹は多少なりとも忌むべき存在になっている。


「大丈夫ですか?」
「いてて……、いきなり殴ンなよ! オレ何もしてねーだろ!」
「お前が悪いんだ」
「は? オレ何かしたか?」
「……行くぞ名前」
「え、えええええ?」


 事の理解が出来ていない平腹を無視して名前のか細い手を掴んで歩き出す。いきなり引っ張られた名前は体制を崩しながらも何とか持ち応えて何か言葉を紡ぐが田噛はそれに答える気配はなかった。
 平腹は「田噛の馬鹿ー!」とわけの分からないことを叫んでいたがそれすらも田噛は無視をする。
手を引っ張られ戸惑っている名前は後ろで嘆く平腹に「お大事に!」とだけ叫んで顔を田噛の背中に向けて言葉を投げ掛けた。


「田噛先輩、あの、」
「アイツが悪いんだよ」
「理不尽にしか見えなかったのですが……」
「……」


 呟いた後輩の声を耳に入れて、ふと足を止める。ただでさえ二人の時間を邪魔されそうになったのに名前はそれすら困ったような顔をせずに平腹に笑いかけて今でも肩を持っている、一般的に考えれば平腹に肩を持つのは当たり前なのだがそれすら田噛にとっては苛立ちが募る原因でしかなかった。
抱いている思いは吐き出すことが出来ないので大袈裟にため息を零して名前を見る。


「めんどくせぇ、気づけよ」
「え? いたっ」


 前髪越しにデコピンをすれば、不意打ちで驚いた名前は一瞬だけ目を瞑って呆然とした表情を見せる。
田噛の言葉の意味が理解出来ずに、ひりひり痛む額を押さえつつ上目遣い気味に田噛を見上げる。
それすら妙に愛おしく感じて抱き締めたい衝動に駆られるがそれは奥歯をぎりと噛み締めて乱雑に彼女の身体へ回されそうになった腕は自分の腕を抱くようにして腕を組んで呆然とする名前をただただ見る。


「気づけ、って?」
「……さっさと行くぞ」
「今日の先輩なんか変ですよー」
「いつも通りだ」
「んー……」


 訝しげに見つめる後輩を無視してその手を取って歩き出す。振りほどかないということは、そんな考えが脳内を過ぎるが頭の片隅に先ほどの平腹と名前が浮かび上がり無意識のうちに舌打ちをする。


「(ほんと、めんどくせぇ)」


 名前にも分かるようにしているつもりが、全く伝わっていないのを田噛は理解していない。周りから見れば多分田噛が抱いている名前に対する思いに気付く奴はほぼ居ないだろう、それくらい田噛は愛情表現を見せるのが下手らしい。


「あー……だりぃ」
「え、なにもしてないのに」
「うるせえ。さっさと書類作成して飯食うぞ」
「ご飯一緒に、ですか?」
「嫌なら別に良いけど、」
「いえ嬉しいです! 友人達ほとんど任務に出掛けててこのままだと一人になりそうだったので」


 はにかむように笑った名前、心臓がギュッと掴まれたようにドクンと鳴り響き自然と顔の筋肉が緩みそうになったがすぐに冷静さを取り戻し再び彼女の小さな手を握り締める。


題名:ミシェル様
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