01
「薺!」
「……あ、霧谷」
名前を呼ばれて振り向けば、そこには昔からの幼馴染である霧谷がいた。彼は二つ年上なのだけれど普通にタメ口で喋っている。
というのも私と彼は家族ぐるみで仲が良く私が母のお腹の中にいた頃から交流があったらしい、そのため私が生まれたときも霧谷がいたわけで、そこから十五年間ずっとずっと傍にいたためもはや家族、兄妹と言ってもいいほど仲が良い。お互い嬉しくなったら普通に好きと口走るし当たり前のように抱きついたりもしている。最近は私も年頃になって来たからそういった触れ合いはしていないけれど。
「ほら、高校の資料貰って来てやったぞ」
「ほんと!? 有難う!」
受験生である私は、彼の通う高校へ受験する事をずっと前から決めている。家から近いし制服も可愛い、偏差値もそこそこだし寧ろ否定的な部分がない。
そのため目標とする高校に知り合いの先輩がいることは大変好都合なため、目標高を決めた九月辺りから霧谷にパンフレットやら在校生にしか分からないことなどを聞いたりしている。とはいえもう十一月、最近は息抜き程度にしかパンフレットも見ていない。
「しかしあの小さかった薺がもう受験生かー。早いな」
「私も吃驚してるよ、ついこの前ランドセル背負ってたのに」
「月日の流れは早いな」
うんうんと納得したかのように頷く霧谷に、「なんかおじいちゃんみたい」とだけ言うと彼は困ったような表情をして私にデコピンをかましてきた。痛い。
「だけど、薺の制服姿見たら俺泣くかも」
霧谷が通う学校はセーラー服だ、黒地の布に白いラインが入っておりタイは綺麗な深紅、そして普通のセーラーとはちょっと違うチェック模様が入ったプリーツスカート。中学校がブレザーな私にとってそれは紛れもなく憧れていたものだ。だけどそれに身を包むためには、合格しなければいけないけど。
「ふふ、なにそれ。お父さん?」
「ある意味父親みたいなもんだろー」
「ていうかお兄ちゃんじゃないの?」
「十五年もお前の成長見守ってきたんだ、父親でもあるぜ! お前の親父さんの次にな!」
得意気に言う霧谷が面白くて笑みを浮かべる。確かに私のお父さんと同じくらい私と日々を過ごしていたからお父さんみたいな感じでもあるけど、やはり年齢的に“兄”の方がしっくり来る。
「っと、長話してたら暗くなったな。帰ろうぜ」
「うん」
そういえば学校帰りだったのをすっかり忘れていた。私の通う中学校と霧谷の通う高校はほぼ同じ方向なのでよくこうやって会う事がある。
そんな日は一緒に帰ることが多い、霧谷は部活に入ってないから一緒に帰る友達がいないみたいだし、私も友達付き合いとかそう広いものじゃないから一人になる事が多いし。
「そうだ霧谷、今度の土曜あいてる?」
「あー悪い、俺その日用事あるんだ」
なんだ、勉強教えて貰おうと思ったのにな。「なら仕方ないか」とだけ言って唇を尖らすと霧谷は苦笑を浮かべて私の手を握り締めた。
「ごめんな、埋め合わせ必ずするから」
「良いよ、勉強教えて貰うのは他の子でも出来るし。でも嬉しそうな顔してるってことは、デートの約束?」
「え」
ニヤリと笑って言って見れば、案の定というかなんと言うか、彼は見る見る顔を真っ赤にして私の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
知人の奇行ってなぜだか恥ずかしくなってくる、だけど凄く嬉しそうだから暫く彼のしたいようにさせていると、急にピタリと行動を止めて咳払いをする。
「おほん。……えーと、なんと! 好きな子を誘う事が出来ましたー!」
「ほんとに!? やったね霧谷!」
照れ照れと照れ臭そうに笑う霧谷を見て私も嬉しさがこみ上げて思わず大きな声を上げる。
しかしそれに被さるように霧谷は「だろー! もう死んでも良い! あ、やっぱ死にたくねぇ!」と叫んで私の手をより一層握り締める。嬉しいときに彼は手を握るくせがある。強く握り締めているからよっぽど嬉しいんだろうな。
「今度会わせてね」
「もちろん! すっげー可愛いんだぞ! まあお前も可愛いけどな!」
「分かったから……」
はしゃぐ霧谷を見ているとたまに私よりも年下なんじゃないか、という念にかられる。まあ男の人ってそんなものなのだろう。
でも、本当に霧谷と好きな人が付き合うことになったら会いたいなー、ていうか手助けしたい。
「早く土曜日こーい!」
「うるさい霧谷」
こうした、何気ない毎日がずっとずっと一生続くと思っていた、思ったいたけど、この時から既に色々なものが崩れかけていたことを知らなかった。
続
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