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15

「(早く着きすぎちゃった……)」

 待ち合わせ場所である公園のベンチに座りながら、私は既に陽を失った真っ暗な空に目を向け息を吐き出す。
 凍えるような寒さに身を震わせつつマフラーを口元で覆いながら携帯で時間を確認する。時間は四時四十五分、あと十五分ほどある。

「(なんかなぁ……緊張する)」

 私が考えすぎなだけかもしれないが、霧谷の話を聞いていると妙に、なんとも言い難いけれどもやもやとしてしまう。そもそも瀬尾さんは私といて楽しいのだろうか、私は彼氏の幼馴染という立場で、その彼氏に幼馴染と仲良くしすぎだ。と言ったばかりなのに……。考えてもきりがないと思うけれど、受験が近付いてナーバスになっている私にとっては全てがマイナス方面にすら見えてしまう。

「(あああもうっ、先輩になるんだから、あんまり悪く思うのも良くないよね!)」

 今日は目一杯楽しむぞ! お母さんからお小遣いも貰ったし。春に向けて高校生らしい大人っぽい服を瀬尾さんと一緒に見よう! 余計なことは考えずに私は一人頭を振って腕を突き上げる。いい思い出にしなきゃね!
 なんて、事を考えながら私は暫く時間を潰していたのだが……。

「……遅いなぁ、どうしたんだろう」

 冷たくなった携帯のディスプレイに映る時間は約束の時間から二十分過ぎた、五時二十分。寒さが身体を強張らせて、手袋を外した手の感覚が失われそうだ。

「電話、……」

 十分前にしたラインにも既読がついていない。さすがにもう電話しても良いだろう、そう思って瀬尾さんの携帯に電話を掛けてみるが、繋がらない。……まさか、事故にでもあった? 瀬尾さんに限って遅刻なんて有りえないし、……どうしよう、霧谷に電話、した方が良いかな。私瀬尾さんの家の電話番号知らないし。

「霧谷……」

 居ても立ってもいられなくなって、思わずベンチから立ち上がり辺りをうろうろしながら思わず名前を呟き、着信を掛けようとしたとき、後ろから小さく砂を踏む音が聞こえてきた。
 もしかして、と思い後ろを振り返れば、そこには俯いて立ち尽くす、

「瀬尾さん!」
「薺ちゃん」

 街灯の灯りに照らされている瀬尾さんの方に私はすぐに駆け寄る。目の前まで来たのに俄然彼女は顔を上げずに、地面に目を向けて立ち続けているのだ、あれ、よくよく見れば、瀬尾さんは真冬にも関わらずコートを羽織っていない。寒くないのだろうか、それよりもどうして遅れたんだろう? あれ、そういえば、なんか寒くない? 冷たい空気が肌をさしていない、え? と様々な考えを巡らせながらじっと彼女を見つめていると、急に瀬尾さんの腕が伸びてきて、背中から引っ張られた。

「うわっ!?」
「薺ちゃん、誰に電話しようとしてたの」
「え」

 女性とは思えない程の力で抱きしめられていて、そして耳元に響いた抑揚の無い、冷淡な声色に思わず身体がかたまった。動こうにも、縄で縛られたかのような力を持つ瀬尾さんの腕にさらに混乱が襲い掛かった。
 必死で今の状況を理解しようと、無意識に言葉を発さない私に苛立ったのか否や、瀬尾さんは声を荒げる。

「誰に電話しようとしてたの!? 霧谷くん!? 彼なの!?」
「う、ぐ……!」

 鼓膜が破れそうなほど、大きな声と、骨が悲鳴を上げるほど強い腕力に、私はなにもいう事が出来ない。
 なに、これ、どうなっているの? なんで、? 私が知っている瀬尾さんじゃない、おかしい、何かが、おかしい。

「瀬尾さん、……!?」

 なんとか精一杯力を出して、掠れながらも彼女の名前を呟いたと同時、なぜか腕が緩んだ。その隙を見て私は彼女の身体を押し間合いを取った瞬間、全ての神経が活動を停止したかのような、氷づけにされたような嫌なものが全身から流れた。

「ゆるさない、ころすころすころすころすころすころすころす」
「ひ、」

 顔が真っ黒で、そこにはなにも無かった。同時にいつか見た謎のものと同じように、彼女の周りを取り囲む真っ黒い靄が纏わりついていた。ふらついた足取りで、耳をつんざくような掠れがかったかなきり声、此の世のモノとは到底思えない目の前の姿に足が震える。心臓だけが大きく鳴り響き、勝手に身体がどんどん震えだしてきた。

「あ……あ……」
「ころして、やる」

 逃げなきゃ。そう脳に命令をしているのに、それとは反対に足が動かなかった。逃げなきゃ、逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。動け動け動け動け動け動けうごけ。
 そんな私を無視して目の前のモノは片手を宙に翳した、と同時に黒い靄がそこに纏わりつき形容しがたい嫌なものへと手が変貌する。やられる! そう直感した瞬間に目の前のモノは私に飛び掛かってきた。

「しねえ!」
「っ!」

 目の前に来たとき、私の身体を縛り付けていたような緊張感は消えて、そのまま一方後ずさった瞬間何かに躓いて私はしりもちをつく。地面をけり上げ飛び掛かってきたモノはそのまま私の頭上を通り過ぎた否やくるんと一回転をしそのまま地面へと立ち尽くす。

「……」
「はっ、はっ……! 瀬尾さ、」

 しりもちをついた瞬間に浮いたのであろう髪の毛の一部が、綺麗に斬られていたことに気付きまた心臓が大きな音を立てた。
 うるさく鳴り響く心臓と、音を立て軋む歯。嫌な汗が全身からどっと溢れ出る。苦し紛れに呼んだ友人だった人は、一度私を見るとまた襲い掛かろうとしているのはすぐに分かる。

「(、いまだ!)」

 ソレが、靄をまた覆っている瞬間を見計らって私は急いで立ち上がり、すぐさま公園の入り口へと走り出した。
 後ろを向いている余裕なんて一秒たりともなかった、ただ、逃げなければ殺される。それだけは分かりたくなかった、けど、分かってしまった。

「霧谷っ……!」



「くそ! 明晩と目星がついていたのになんでこんなにも時間が遅れたんだ!」
「平腹が飯飯、とうるさかったからな」
「全くだ、なぜあんなにお代わりをしたんだ」
「それは貴様もだろう!」

 獄徒から現世へ降り立っていた斬島と谷裂、田噛は、一心不乱に気を辿りながら走り出していた。どうやら予定の時間よりも遅めに降り立った瞬間、嫌でも感じ取った怪異の気配にすぐさま気付きその場所へ向かっている最中だった。
 
「ちっ……めんどくせぇほどでけぇな」
「被害者が出たらどうする」
「空間を捻じ曲げているだろう、標的しか閉じ込めていないはずだ」

 怪異が作り出した亜空間へ気が付けば入り込んでいたらしい。思わず冷や汗が流れ出るほど気持ち悪い感覚に三人とも徐々に表情が強張っていくのが分かった。斬島は、谷裂の発した標的という言葉に一瞬だけ顔を歪める。あの少女のことだというのは一目瞭然だ。

「死なれたら面倒だ、さっさと倒すぞ」
「佐疫達も反対側から追い詰めると言っていたがそううまくいくのか」
「いくのか、じゃねえよ。いかせるんだよ」
「貴様等! もっとスピードを速めろ!」

 斬島は、一人の人間の身を案じているのか、いつになく表情を引き締めた。



≪ ≫

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