×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

13

 クラスが同じで、話すうちに明るく誰にでも分け隔てなく接する、アタシが大切で最愛で、最も愛している霧谷くんの幼馴染で、彼の中でも大切な人の部類に入る、女の子薺ちゃん。
 アタシ自身、あまり関わる事は無いだろうと思っていたのにここまで仲良くなるとは思わなかった。彼を通してあの子と接していくうちに一人っ子だったアタシの中に深く入り込んできた薺ちゃん。今では、妹のように大切で、アタシと彼を邪魔する、煩わしい存在。

「薺ちゃんは、悪くなんか……」

 霧谷くんも無自覚なのは分かっているし、言えばきちんと直そうととしてくれているのは分かる。
けれども幾ら自制をしようともアタシ達が共に過ごした数ヶ月よりも数十年の月日の方が大きく上回り、彼の縛った鎖はいとも簡単に外れてしまう。
 仕方が無い、時間が作った関係性はどう足掻こうとも掻き消されることなんて無いのに、そんな事分かりきっているのに、彼の口から出るあの子の名前、彼があの子に向ける笑顔もあの子が彼に向ける笑顔も、両者にしか見せないような僅かながらの表情の変化も知っている。
 仕方が無い、分かってあげなきゃ、だけど憎い。彼の中で一番になりたい、ただの幼馴染なんかよりも、恋人であるアタシにだけ見せる特別な表情が欲しい。

「憎い……憎くて仕方が無い……」

 携帯を開けばカメラロールに写っているあの子の写真を見て、ポツリと呟いた。
ああ憎い、煩わしい、邪魔をするな。
こんな事を思ってはいけないと思っていたのに、気が付けばアタシの中に潜んでいたどす黒いものがモヤモヤと集まり、形になり身体から放出されそうだ。

「消えて、くれないか、な……」

 そんなこと、思ってはいけないと、分かっているのに、私の心の中は既に善を払い悪に染まりきっている。消えてくれれば、そうすればアタシと彼は傍に居ることが、一生寄り添うことが出来るのに。

 消えないものはどうすれば良い? 放置すれば良いのに、それが煩わしくて溜まらない、消えてぐちゃぐちゃになってアタシの前から、彼の前から泡沫のように消え果て誰の目にも留まらずに世界からもなくなれば良い。

「アタシが、消す?」

 ダメ。あの子は、彼にとっても大切な人で、アタシにとっても大切なお友達。おともだち、……煩わしく憎らしく、憎悪を向けている相手が友達? こんな感情を持たせる相手が友達なの?
アタシが彼と付き合っているのを知っているくせに、連絡を取り合って互いの家に行き来してアタシには見せないような彼の表情を、仕草を、言葉を、見て聞いて知って、それに優越感を感じているに違いない。
 アタシが惨めに嫉妬をしているのをあの子はほくそ笑んで楽しんでいるに違いない。
アタシは簡単にあの子の手中の中で踊らされている、それに彼も巻き込まれているんだ。気持ちが悪い、頭の中でぐらぐらと音を立てて歪み目の前が見えない、アタシの中にあった善という常識的な感情は既に消え失せ今では脳内に映ったあの子は黒い靄とぐちゃぐちゃの線で真っ黒だ。
 アタシが、そうしている。

「幸せになるなら、アタシが自分自身で掴まなきゃ」

 誰も消してくれないなら、自分の手でやるしかないのか。そうだ、なぁんだ、簡単なことじゃないか。
霧谷くんの手を汚すわけにはいかないし、彼の為にアタシが汚れるなら全然構わない。だって既に彼はアタシの中の世界に立ち、いつでもアタシに微笑みかけている。これから未来永劫続くであろうこの幸せを続けるためには、自分自身でその幸せの道しるべを付けていかなければ。
 アタシの中には、もう彼女を消すことしか残っていない。

「ああ、にくいにくいにくいにくいわずらわしいうっとおしい」

 気が付けばアタシの周りは真っ黒い靄で包まれて、視界も気持ちが悪い程青黒いものに包まれそこから先の意識は何故か無かった。
アタシを埋め尽くす、負の感情にアタシは支配されたのかもしれない。



「前から現世に迷い込んでいた怪異が、いよいよ成者に危害を加え始めている」

 亡者を取り締まる機関「特務室」から数人が上司である肋角の元に呼ばれた。全員がカーキー色の制帽と制服に身を包み帽子の唾が作り上げた影で表情は今一読み取れないが各々の個性を表している青、水、黄、橙、紫、緑は凛とした輝きを見せている。
 煙管から煙を躍らせながら手元にある書類に目を通し読み上げている肋角の緋色は何やら焦りの色を示しているのを、斬島達は見逃さなかった。

「あれだろ? オレ達が追ってるのに中々つかまんねー奴!」
「そうだね。とは言っても俺と木舌、谷裂はこっちで生態を調べていたから実物は見たことがないけど」

 黄の瞳、持ち主である平腹はどこか愉しげに言葉を荒げるがそれに対しては水色の目に影を浮かせる佐疫が静かに言葉を呟いた。
現世調査に行っていたのは斬島と平腹と田噛、そして此の世でも殆ど怪異の生態についての手記が見当たらなく自ら書物やネットワークで調べていた佐疫と木舌、谷裂。大人数で調査を行っているにもかかわらず正体を見せない事と、ついにいよいよその怪異が現世で生きる人間達に手を出し始めたことにより事態は急展開を見せ始める。

「もう既に手遅れに近い。早急に全員現世へ赴き始末しろ」
「しかし俺達が行ってもどこに居たのか」
「怪異にあてられた人間の気が強い。その気とここの空間の気が反応して嫌でもそこに穴が開くだろう。他の人間に危害が加えられる前に、間に合わせろ」
「あてられた人間の情報はあるんすか」

 気だるげに、しかしただ事ではないことを察した田噛は橙色の瞳に肋角を写し問い掛ければ、肋角は資料に今一度目を通して、抑揚の無い声で言い放った。

「斬島はなんとなく察しているんじゃないか」
「……まさか」

 まさか、そんなはず。まっすぐに自分を映す緋色に思わずたじろいだ、そう言われて浮かんだのはあの小さな、自分と「キリシマさん」と呼ぶ少女の姿だ。残念ながら名前は聞いていない、けれども何度も、偶然とは思えないほどの確率で出会い接触をしていたので脳内に浮かぶのは薺しか居なかった。
 驚きと困惑で口を閉ざす斬島から目を外し肋角は、察している、否彼も心当たりがあるのか難しいそうに顔を歪める田噛も一瞥した。

「その人間に危害が加わる可能性が一番高い、残念ながら情報はそれだけだ」
「しかしあの人間があてられる理由など」
「おいどういう意味だ斬島。貴様何か心当たりがあるのか?」
「最近向こうの人間と接触をしていたからそいつだろう」

 やはり田噛も気付いていたのか。斬島が妙に気にかけていたこと自体疑問に思っていたから正解だった。否、そうでなくても彼女は自分たちと深い縁を刻んでいるから気にするなと言われる方が難しい話だ。
 先ほどから何の事だか理解出来ない谷裂は、思ったことを問い掛け真っ先に返された田噛の言葉を耳に入れ吊り上った紫色の目に激高の色を宿す。

「なんだと!? むやみやたらな接触は避けろとあれほど」
「まあまあ谷裂、お小言は帰ってからね。……で、心当たりは十二分にあるんだね、斬島」
「ああ」
「向こうは私たちの存在には勘が働くらしい。気を付けて行けよ」
「はい」

 最後の言葉で、すぐに任務へ行け。という意味が込められているのを察し彼らは敬礼をしてすぐに特務室から出て行った。

「勘が働くっていうのが厄介だね」
「このまま降り立っても気付かれて逃げられるだけだろうな」

 無表情だが焦りの色を見せる斬島に対し、平腹は「なんとかなんじゃね!?」と相変わらずの能天気さを見せる。
おそらくその怪異は斬島達、獄卒達が現世に来た時点で彼らに見つからないように上手く気配を消して姿を消すだろう、そんな事になったらかなり厄介だ。ならば、どうするか、と周りが不安の色を見せる中一人考える。普段はかなりのめんどくさがり屋でこういった事に率先して協力をする訳ではないが今回は話が別だ、あの上司である肋角すら焦りの色を見せた、本当に時間が無いのだろう。

「しかたねぇ、その怪異はターゲットが居るはずだ、そいつに近づくまで様子見だ」
「狙っている相手が居るってこと?」
「一応俺達が見えている相手については軽く身辺調査をしてた。それに斬島の心当たりがある奴をひどく憎んでいる奴が存在しているのも把握済みだ」
「ということは、前あの人間が言っていた黒い靄が、」
「怪異の可能性が高いだろうな」

 恐るべし情報収集力。あの彼が裏でここまで下準備を済ませていたことを誰が知っているであろうか。斬島があの日帰ってきたときに人間から聞いた黒い靄、という話で彼の中で一つの過程が出来上がっていたらしい。もっとも、それ一つを決めつけていたのではなく何十通りもの仮説も、忘れていない。
 これだけの話で、数人もなんとなく事の端末を理解したらしい、そして出来上がった作戦が、

「すぐに始末へ行かず、奴が、本当の姿を見せたとき」
「来るであろう時間を見計らって奇襲だ」 
「だけど肋角さんすぐに行けって」
「恐らく明晩、いや明朝かもしんねぇ……一応その怪異が居る地点から遠い所に降りて気が大きくなる前に向かう」
「……間に合うのか」
「否、間に合わせる」

 訝しげな谷裂に言葉を被せたのが斬島だった。凛と青い目を吊り上げきっぱりと言い放つ。その言葉に、些か不安を覚えたが彼らしい発言に場の空気は少しだけ和らいだ。

「よし、じゃあまずは降り立つ場所を決めよう」

 佐疫の発言に、一同が頷く。人間にそこまで思い入れはしていないはずなのに、斬島の心の中は人間、薺の影がチラついて離れなかった。



≪ ≫

back