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12

「あ……キ、キリシマさん!」

 バレンタインという行事ごとがいよいよ間近に迫った日曜日の日、買い物に出かけようと駅に向かって歩いていたら人があまり居ない路地の方に見慣れたカーキー色の軍服と、堂々と並ぶビルが作りだす暗闇の中に光る青色を見た。私の脳内には確信なんて言葉は一切無くてただの推測にも関わらず思わず名前を呼んで彼の後を追うように路地の中を潜って行った。
数少ないチャンスが巡ってきたのだ、絶対逃してしまうわけにはいかない。歩いていた足は徐々に速さを求め私は無意識に走って小さかった背中に向かって走り出す。

「キッ、シマさ……!」

 ビルの隙間を掻い潜り足早に奥底で揺れ動く背中に向かって声を掛けるが、届いていないのか一向にその背中は私の方を振り返る気配が無かった。走っている最中に言葉を出すのが苦手な私は半ば死にそうな声でもう一度名前を呼ぶが、返事は無く止まる気配も無い。
運動が苦手な私が必死に走っているが、なぜだかある一定の距離からその背中が遠くもならないし、近くにもならない。

「っ……なっ、んで……!?」

 走ってるのに、一向に彼の背中が大きく見えないことに違和感を感じた。どうして、おかしい、と疑問を抱いた時には目の前の視界が、景色がぐにゃりと歪みキリシマさんがどこか別世界と今私達が存在している世界の狭間に立っている様にさえ見えて、私は息絶え絶えにもう一度キリシマさんの名前を呼んでふらついた身体に力を入れながら手を伸ばした。

「……!」

 走ってまだ三分も経ってないのに、先ほどの視界が歪んだ瞬間から変に身体が熱くて気持ち悪い。
ぐるぐると揺らいだ視界に我慢出来ずに足を止めようとしたとき意識がぐらりと傾いて身体に入っていた力は一気に力を無くし脱力感だけが襲ってきた。

「あ……」

 身体がかき回されているかのようにぐるぐると回って私は地面に吸い込まれるようにぐらりと身体を傾けた、このままなら地面に叩きつけられるはずだが、それはどこかから伸びてきた一本の腕によって阻止された。
 無重力の中に投げだれたような感覚が脳内を、全身を支配し生理的に溢れ出る涙、けれどもその感覚は身体に巻きついた腕に引き寄せられて、音も無く誰かの胸の中に身体を寄せる。とん、と身体を預けた瞬間先ほどの息苦しさや気持ち悪さはすぐに消え失せて、回っていた視界も通常に戻っている。

「え……?」
「大丈夫か」
「……あ、れ」

 荒くなった呼吸を整えながら思わず出た意味も無い言葉の上に被せるようにほぼ忘れかけていた声が降り注ぎ思わず顔を上げて目を見開いた。
私の背中に手を添えて、じっとその深い青色の瞳で私を見つめている人は私がずっと会いたかった人で、

「キリシマ、さん?」
「……また会ったな」

 あんなに走っても追いつかなかったはずのキリシマさんが、目の前に居る。どくどくと脈打つ心臓と荒い呼吸に気付いたキリシマさんは無表情で私の額に付いた汗を拭って、もう片方の手で少しだけぎこちなく背中を擦ってくれた。けれども、さっきは手を伸ばしても届かない距離に居たはずなのになんで? それに、さっき私を襲ったあの奇妙な感覚は? 訳が分からなくなり混乱寸前の私にキリシマさんは再び言葉を放つ。

「気分は落ち着いたか?」
「あ、はい。……っ、すみません!」
「……? なぜ謝る」

 ずっと身体を密着させていた事に気付いた私は慌ててキリシマさんから離れて言葉を放つとキリシマさんは心底不思議そうな表情で小首を傾げた。

「(ち、近かった……!)」

 思いの他近い距離で、霧谷やお父さんとは全く違う匂いがして、ただ手が背中に触れられていただけなのに護られているという感覚が脳内を侵していきどこか酷く心地良かった。けど昔から馴染みがありスキンシップも良く取り合っている霧谷や、身内のお父さん以外の男の人にこうしか抱き締められる? という事なんて今まで生きていた中で一度も無かったので私には刺激が強すぎる。学校の子は彼氏に抱き締められたー、なんて事くらいでキャーキャー騒いでいたけれども、今なら何で嬉しそうに騒ぐのか分かった気がする。
っと違う、そんな一人の世界に入っている場合ではない、もう一度鳴り響く心臓を鎮めるべく深呼吸をして、私はキリシマさんに話しかけた。

「キリシマさん、何でこんな路地に?」
「仕事だ。……それよりも人間、あの黒いものを見た以来異変は無いか」
「異変? 異変……えっと」

 名前名乗った方が良いのだろうか、……というかなんで人間? 前々から思っていたのだけれどもキリシマさんってちょっと変な人? カーキー色の軍服と軍帽に軍靴、そしてカラコンと思われる綺麗な青色の瞳、と言ってもキリシマさんは軍帽を目深に被っているからそこまで詳しい目元は見えないけれども軍帽が作りだす影の中でもその青色は綺麗に浮かび上がっている。瞳もそうだけど何よりも目を引くのが腰に帯刀している刀だ、ちゃんと鞘に収まっているけれども白昼堂々とそんな格好で歩いていたら捕まらないのかな、というか思えば誰もキリシマさんの格好を不思議そうに見ていないような……分からない。
キ リシマさんの疑問に考えながら色々なものを頭の中で並べている時、ふっとあることを思い出したので私は顔を見上げてキリシマさんの顔を見た、というかキリシマさん滅茶苦茶背が高いから若干首痛い。

「そういえば、この前知り合いの身体に変なオーラみたいなのが出てたんです」
「オーラ?」
「はい。……こうもやぁっと黒いものが出ている感じで……、少しだけ不気味でした」
「……そうか。……やはり佐疫の言う通りまだ終わっていないのか……」

 凄く伝わり難い言葉で説明しまったけれども大丈夫だろうか。チラッとキリシマさんを見れば顎に指を添えて何かをぶつぶつ呟いている。身長差もあるしキリシマさんが出す声が小さいから全く持って聞き取れないんだけどサエキ、という言葉は聞き取れた。サエキ? 人の名前かな、名前と言うか苗字か。
ていうか黒い変な物体の事を何で私は躊躇うこともせずキリシマさんに言ったのだろう、まあ一番最初に会った時にも確か、えっと、……そうだヒラハラさんにもこれと類似するような事を聞かれたからかな、あの二人友達っぽいし。

「キリシマさん?」
「人間、俺はまだ暫くはこの街に滞在する予定だ。……と言ってもいつでも会える訳ではないが……」
「……」

 その言葉の意味が分からなくて、少しだけ眉を潜めてキリシマさんを見上げれば私の肩に置き真っ直ぐこちらを見つめている。滞在、という事はいつかは別の地域へ帰ってしまうのだろうか……仕事のためだけにこの街に来たというわけか。最初の言葉を聞いてすぐ会えると思ったがやはり世界は広いから、すぐ会いたくても会えないのは当たり前だ。掛ける言葉が見つからなくてただきゅっと唇を噛み締めれば、キリシマさんはすぐに、優しい声色で言葉を投げ掛けた。

「だが、お前がまた俺を必要とする時が来たらきっと会える。……他の他人同士よりも強い縁が出来たからな」
「えにし……」
「ああ。良いか、何かあったら俺を想え、そうしたらきっとまた会えるはずだ」
「っ……!」
「どうした?」

 羞恥心も何も無く吐き出された言葉は何故だか私の心臓を早く打ち鳴らし身体に熱を与え始めた。思わずはっと息を吐けば二月の乾いた空気の中に私が吐き出した真っ白い息が燻り空気の中に溶けていく。そんな事言われたの始めてでどう反応すれば良いのか分からない……! というかなんだろう、とにかくときめきが半端無い。
 少しだけ視線をチラつかせて、再び前を見ればキリシマさんは相変わらず私を真っ直ぐ射抜き、肩に添えた手に力を込めた。肩に置かれた、という感覚が妙に感じられない、どうしてだろう。気のせいだろう、何て安易な考えがすぐ脳内を過ぎったので私はぱちりと瞬きをして乾燥して少しだけかさついた唇を動かした。

「わ、分かりました……」
「……そんな事、無いと良いが」
「え?」
「なんでもない。気をつけろよ」
「はい」

 その言葉を残し軍帽を深く被ったキリシマさんは寒空の中、ビルの奥底へと消えていった、瞬きをした瞬間に消えたような感覚が脳内に訴えかける。前々から思っていたけれども、やはりどこか人間離れしていて本当にこの世の人なのかと疑ってしまいそうなほど、どこか違和感が拭えない。

「……さむっ。早く買い物して帰ろう」

 コンクリートに囲まれた壁は冷え切ってとても寒い。コート越しに身体を抱いて私は目的地へと向かうべく足を動かす。

「(バレンタイン、……どうしようかな)」

 毎年霧谷に渡していたのだけれど、今年はどうしようか本気で悩む。瀬尾さんこともあるしなぁ……まあ良いや、とりあえず材料だけは買いに行こう。



≪ ≫

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