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10

 あの黒い靄はなんだったのだろうか、帰った後からずっとこの疑問が残っている。そしてあの時に歪んだ瀬尾さんの表情も脳内にこびり付いて離れない。


 色々もやもやが残っていた夜に、瀬尾さんから電話が来た。私自身、日中にあった出来事のこともあったから気まずい、と思いつつも出ないわけにはいかないので通話ボタンを押す。

「もしもし」
『こんばんは、夜分にごめんね』
「いえ、気にしないで下さい」

 どきどきと心臓が高鳴る。あの時の、歪んだ顔が時折チラついてなぜだか呼吸が荒くなる、特に恐いわけでもないのに座っているベッドのシーツを握り締めて荒い息を悟られないように携帯から少しだけ顔を遠ざける。
私の気持ちを悟っていない瀬尾さんは、心成しか口調は明るいけど、どこか沈んでいるような気がした。電話だから顔が見えないけれど。

「どうしたんですか」
『ううん。もう暫くしたら二月だねって』
「そうですね、公立の人たちもみんな忙しそうですよ」
『あはは、あたしの先輩達も一般入試からの人はてんてこ舞いよ』

 他愛の無い話、良かった、今日のことは何も言われない。
なんて安堵のため息を零してベッドに倒れこみながら瀬尾さんの話に耳を傾ければ何の変哲も無い日常会話やこれからの勉強についてなどをたくさん話し合っていた、時間も忘れるほど。
そして、彼女が段々壊れていく事に、私は全然気付かないでいた。

「明日からまた勉強ですよ〜」
『……』
「瀬尾さん?」

 明るい口調で話し合っていたのに、ふとしたきっかで彼女は電話の向こうで黙りこくってしまった。どうしたのだろう、なんて思って彼女の名前を呟けば電話口の声はさきほどよりのトーンよりもいささか低くて、重い声が耳の中に流れ込む。

『ねえ、薺ちゃん』
「はい」
『あのね、こんな事言うのってかなり不躾だと思うのだけれど……あまり霧谷くんと一緒にいないで欲しいの』
「え」

 笑っていた顔だったから、多分今の顔は笑いながらかたまっているおかしい表情をしているだろう。彼女が言葉を吐いたと同時に変な声が出てしまったから、彼女のまずいと思ったのか慌てて諭すような口調で言葉を続ける。
彼女自身も電話の向こう側から私が変な顔をしているのを雰囲気的に察しているのだろう、まあこんな話を持ちかければそうはなるか。

『あ、違う……ごめんね、勝手にあたしがヤキモチ妬いてるだけなの。幼馴染なのは分かるけど、やっぱり仲の良さが個人的に行き過ぎた気がして……』
「そ、そうですか……」
『ごめんね。あたし、独占欲が強いみたいで……デートの途中もメールとかしたりするから……彼』
「うわそれは……」

 なにやってんだあの馬鹿。けど、客観的に見たら私と霧谷の仲は確かに少しだけ異常、行き過ぎているかもしれない。普通に彼は私のことを抱きしめて好きとか言ったりするし私もたまに彼に抱きついたりするし……多分本人同士は家族みたいなスキンシップなんて認識だけど別の視点の人から見たらそれは恋人同士のスキンシップと捕らえられてもおかしくないかもしれない。しかも、その別視点で見ている人は、片方の恋人。
 自分の情けなさと、瀬尾さんに対する申し訳なさで項垂れる。

「すみません……。これからは私の忙しくなると思うし、今後気をつけます」
『あの、別に距離を置けとかじゃなくて……一定の距離を保って欲しいの。あたしもこれからもずっと薺ちゃんと仲良くしたいし』
「はい……」

 罪悪感だけが頭を支配して、ただただ謝罪の言葉しか出てこなかった。瀬尾さん自身も辛いだろう、昨日も全然霧谷名残惜しそうにしなかったし。
私は霧谷じゃないから分からないけれど、多分彼は彼で瀬尾さんのことはちゃんと好きなんだろうけどなぁ。

「変なところで鈍感ですね」
『ふふ、そうね。けどなんやかんや優しいから大好きなんだけどね』
「惚気ですか瀬尾さん」
『半分半分ね』

 電話の向こうで悪戯っぽく笑う瀬尾さんに私も笑みを零した。普通に話していれば、楽しいけど、時折あの時見た靄や顔がチラついて上手く集中できない、落ち着け私。
ある程度話たいことは話し終えたのか瀬尾は高かったトーンを元に戻して控え目に喋る。

『ご飯食べるから切るね。……色々、ごめんね』
「気にしないで下さい。明日は楽しんで、おやすみなさい」
『おやすみ』

 電話が切れたのを確認して、なんともいえぬ感情が纏わり付いて思わず携帯をその場に投げる。
距離を置く、というのもよく分からないけどあまり会わないようにしたり連絡とかを取らないようにすれば良いのかな。学校の登校時間が違うから朝はあまり会うこともないし平日はほとんど顔を合わせない、たまに夜あいた時間に短時間の家庭教師とかはしてもらうけど、それも避けた方が良いのかな。
 休日の家庭教師は仕方ない、けどあまり余計なおしゃべりとかはスキンシップは取らないで、遊びに行くのも止める。辛い、辛いなあ……。

「普通の兄妹だったら、こんな悩まずに済むのかな」

 彼に悟られないように距離を徐々に遠ざけていく、あの鈍感霧谷のことだから多分思春期とかと勝手に勘違いして距離を置いていくだろう。けど、的確な距離感は忘れずに……、大事な、家族のような幼馴染と縁を切るなんて絶対に嫌だし、その大切な幼馴染の彼女ともこれから付き合っていきたいし。

「ああああああもうっ、なんなんだ馬鹿! あのもやもやも微妙に気になるし、キリシマさんんんん!」

 半ばやけくそ気味になって最後は意味不明なことを叫ぶ形になってしまったが、いやうーん……キリシマさん達にはもう一回会いたい。
出来ればなんであんな格好をしていたのかも聞きだしたい。というか昨日見た瀬尾さんの黒い靄ってずっと前に見たもじゃもじゃと似たようなものではないのかな。

「(ということは、もしかしたらまた探しているかも?)」

 だとしたらもしかしたら、あの人たちもそれを探しているかも知れない! 一気にテンションが高くなってベッドから起き上がるが、ある事に気付いて重たいため息を零してベッドに倒れ込んだ。 

「けど会った日のことを思い浮かべると規則性が無いんだよね、でも二度あることは三度あるっていうし……休日はなるべく出かけた方が良いかな」

 いやでも自分の立場を考えるとそんなことをしている余裕は無い、たまに出掛ける日に希望を持つしかないのか。
けど、どうして彼らはあんな不思議な格好をしているのだろうか、と言っても実際目にしたのはキリシマさんとヒラハラさんって人だけだけれども。学校の子に聞いてもそういったアニメとか漫画はないみたいだし、けど今の時代あんな格好するのってコスプレくらいだよね。しかも日本刀持ってたし、あの声だけ聞いたお兄さんなんかはツルハシ持ってたし。

「よーし、出掛ける日に賭けて、勉強に集中しよう」

 あ、あと霧谷と距離を置く事も忘れてはいけない。距離を置くってなんか恋人みたいだな、恋人じゃないけど。
受験まで二ヶ月を切っている、本格的に勉強にも集中しなければいけないし必然的に霧谷とは家庭教師とやってもらう以外は特に関わりも無くなっていくだろう。




≪ ≫

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