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 片頬に手を添えて書類を見つめる名前は、隣から視線を送る俺に気付く様子がない。
青白い手が握るシャープペンシルは彼女が動かす度に紙の上を走っていき、静寂した空間にはただ芯と紙が触れ合う音だけが響き渡る。報告書を作成するときはいつもこうだ、最初は喋りながらもきちんと口と手を動かしていたが名前は一つの物事に集中し出すとぴたりと口を紡ぎ目の前のものだけを視界に移し何も喋らなくなるのだ。心地よい音を奏でていたオルゴールが突然止まるように、本当にその比喩の通り彼女は徐々に音を小さくし言葉を奏でなくなる。
 机の上に置かれた書類を少しだけ移動させ、小さく上下する肩を叩けば入り込んでいた世界から戻ってきたように一瞬身体を跳ねさせた後、ゆっくりとこちらを振り向いた。わずかに揺れる結ばれた髪と、光を帯びた明るい色をした目には小さく俺が映し出され少しだけ驚いた表情ながらも嫌悪は見せずていない。

「……」

 やっと、こっちを見た。ふつふつと微々たりながらの欲求が蛇口から滴る雫のように音を立て舌の上に溜まっていき、それを飲み込む余裕なんて無かった。

「どうしたの?」
「キスしたい」
「……ん?」

 驚きで目を見開いた名前はそのままの姿で硬直したが、すぐに俺が寂しかったんだという主旨を理解し暫く窪みに収まるえー玉をぱちくりと動かした後、どこか悪戯っ子のような笑顔を浮かべ俺の頭を撫で上げた。

「書類終わってないから、ダメ」
「……どうしても?」
「うん」
「……」

 ダメだったか。過去のことをただ書き写す作業と寂しそうにしている恋人ならどちらを先に取るか、と思ってしまうが昨日渡されたそれは、今日中に提出しなければならない書類だということを思い出して俺はそれ以上何も言えなかった。

「(はぁ……)」

 心の中でひときわ大きなため息を零しふてくされ気味に再び書類に目を向けた名前を一瞥し彼女に背を向けた。
 俺と名前の会話だけで形成されていた空間は、あっという間に最初に逆戻りだ。
仕方ない、彼女が終わるまでは武器の手入れでもしよう。ハンガーに掛かっている制服を取ろうと身体に力を入れた瞬間右肩が控え目に叩かれた。今この状況から考えるに名前しかいない、少しだけ間を置いて彼女の方を振り返った瞬間俺の両肩に手を添えて耳元に顔を寄せた名前は、

「今はこれで我慢してください」

 照れくさそうに敬語が込められた彼女の声がゆっくりと耳の中で反響する。その言葉の意味を理解しようと頭の中で整理する前に頬に柔らかく温かいものが押し当てられ、数秒経ったのち一箇所に当てられていた熱は離れていく。
 驚きで身体がカッと熱くなり慌てて振り返ったものならばどこか余裕綽々とした幼さを含めた笑顔が俺の視界に入り彼女の細長い指は言葉を吐き出そうとする俺の唇を制す。心臓が徐々に早鐘を打つ中瞳に入り込んだ瞳は輝き、こてんとあざとらしく首を傾げた名前はただ、一文字。

「ね?」

もう、本当にずるい。