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 海辺に沿う小さな白い教会、そこに全てを終えた彼女はいた。幼い頃に一度死にかけた際なんの因果か獄都に迷い込んだ小さな彼女を見つけ育て上げたのは肋角含め、私達だ。小さい子の面倒はあの子達で慣れているからさほど問題はない、不思議な事に彼の世の食べ物を食べてしまったさい彼女は死人還りをせずに此の世の人間として魂を留めていたことには驚いたけどね。

「名前」
「災藤さん」

 向日葵のブーケを手に持ち、柔らかなステンドグラスから洩れる光に照らされて佇むドレスを身に纏う、少女だった女性の名前を呼ぶ。
 こちらを振り返った名前は、あの頃と同じあどけない笑顔を見せて笑った。私達とは全く違うスピードで成長した彼女は現世へ降り立った、たびたび様子を見に行っていたがそこで人生の伴侶となる人を見つけたらしい。再び獄都へ連れて行きその報告をしたときのみんなの驚きっぷりは忘れられない、肋角すら嬉しいような寂しいような、そんな表情をしていたのだから。「ずっと傍にいると思っていたのに」と呟いたあの子達は、少しだけ切なそうだったけどね。

「一斉に来るのは大変だからね。代表で来たよ」
「そうですか……。兄さん達にも会いたかったです」
「大丈夫、あの子達の事だから勝手に来るだろう」
「ふふ、そうかもしれませんね」

 穏やかで誠実、過去での現世の記憶が殆どない彼女を受け入れた子に挨拶を、と思ったがどうやら零感とのこと。ポケットに入れていたカスミソウの押し花を取り出そうと思ったが、手を止めて彼女の頭を包むヴェールに手を添える。

「……名前、本当に綺麗になったね」
「えへへ、有難うございます」
「これからは獄都にも来ないだろうから、余計に寂しさがきている」
「そんな! 遊びにいきますよ」
「……」

 彼女を纏う霊力は、こちら現世へと生活を戻すにつれて薄くなっている。このまま過ごしていけば完全に霊力は消滅して私たちを見ることも出来なくなるだろう。あまりにも残酷で、けれど本来の正しい道。決して抗ってはいけないことだ。

「式を最後まで見ていたけれども、いい人たちに恵まれているね」
「災藤さんや肋角さん、兄さん達には叶いませんけど。本当に素敵な人たちです」
「良かったよ、こっちでもうまくやれているようで」

 愛を知らなかった彼女が、ここまでたくさんの人に愛されて、愛したいと思う人が出来生涯を共にする。本当に良かった、さして人間になど興味は無かったが小さい頃から今までずっと育て上げてきた娘が巣立つようなそんな感覚が身を浸す。

「災藤さん?」
「たくさん愛されて、その分愛して、幸せになるんだよ。これから、ずっと」
「はい! 災藤さん達が私に愛を注いでくれたように、ずっとずっと彼を愛します!」
「……うん。それならもう安心だ」
「どうしたんですか、災藤さん。一生のお別れみたいですね」

 けらけら笑う向日葵のような、可愛い娘。ああ駄目だ、どうやら私達は、少しばかり長く共に居過ぎたみたいだ。
 
「名前、獄卒になる気はないかい?」

 一抹の希望を抱きながら無意識に吐き出された言葉は、気が付く前に彼女の中へ降り注ぐ。私の言葉を理解した瞬間に、目の前の美しい女性はぽかんとした表情をこちらを見た後、困ったような笑顔を浮かべた。

「私には、荷が重すぎます。……ごめんなさい」
「……ああ。そうだね、君は亡者を見た瞬間に泣き出してしまいそうだ」
「もう、泣きはしませんよ!」
「ふふ、ごめんね」

 分かりきっていた事なのに、私も諦めが悪い男だ。死者と生物、本来ならば相容れてはいけない存在。しかしその壁を破って私たちの中に入ってきた彼女ならきっと、答えてくれるに違いない、なんてもう過ぎた事だけど。
 生きることを選んだ可愛いいとし子、私は、彼らは忘れないよ。愛を気付かせたくれた名前、……愛という偉大で、崇高で、最も縁遠いと言うものに気付かせられてしまった時にはもう駄目だったのかも知れない。

「名前。君が選んだ道は、これから幸せな事もある。……それ以上の苦しみが襲ってくるかもしれない、それでも、それでも絶対に、生きる事を後悔してはいけないよ。いつか時が経った時に一つ一つ噛み締めることで君の生きた証になるのだから。……結婚、おめでとう」

 生きていると伝える暖かい頬に手を添えて、父として、家族として、君を愛していた男として最期の餞を。

「さ……、……お、とう、さん」

 ぽろぽろぽろぽろ、彼女の瞳からしとどに降り注ぐ涙は温かかった。本当、あの泣きべそをかいていたおチビちゃん。……こんなにも早く旅立ってしまうなんて。
 外から聞こえてくるこの子の新しい家族たちの声を耳に聞き入れ、まだ胸に燻るものを残し私は彼女の額に手を添え、届かなかった言葉を吐く。

「愛してる。さようなら」
「、」

 なぜだかひどく泣きそうな顔をした、私の大切な人の一人、災藤さんが発した「さよなら」という言葉の意味を聞こうと思った瞬間、目の前がパン、と爆ぜた。
 一度だけくらりと眩暈が起こったがそれはすぐに収まる。気が付いたときには、そこは先ほど挙式をしたばかりの結婚式場。

「あれ」

 なんで私はここにいるんだろう。ああそうだ、天井から降り注ぐ陽の光がステンドグラスに反射していてとても綺麗だったんだ、それをゆっくり見ようと思ってドレスのまま。 ぐるりと辺りを見回そうとしたら、後ろに誰かが立っていた。

「……?」

 背がとても高くて、綺麗な暗い青の瞳。陽の光に反射してきらきら光る銀色の髪、……こんな素敵な人参列者にいたっけ? 
 しばらくの間お互い言葉を発さずに無言でいた、なぜだか分からないけれども、この人の目を見つめているととても落ち着くような気がする。母親のような、父親のような、そんな気持ち。
 私は、彼の名前を知っている気がする、けれども、うまく言葉にならない。やっとの思いで開いた言葉。

「あの……あなたは、」
「……ごめんね。少しだけ式場の下見をしようと思ったら君がいたから」
「え、あ、ご、ごめんなさい! すぐに出ます」
「良いよ。気にしないで、私は少し中を見たかっただけだから」
「でも……」
「それじゃあね、素敵な花嫁さん。幸せになるんだよ」

 そういって微笑んだ彼の顔を見て、ふんわりと心があったかくなる。踵を返して式場を出て行く彼を見た時、大きな喪失感のような、ぽっかりと大きな穴が空いたような、とても寂しいものがじわじわと蝕んできた。

「あ……」

 行かないで、と言いたい震える手を伸ばした時には既に彼の姿は見えない。彼が居なくなった瞬間、私は大切なものを忘れてしまったような、そんな感覚が襲いかかってきて身体が震えだした。

「名前!」

 視界が滲んだ時には既に立てずにその場に跪いていた。頬に触れたら泣いていないはずなのに頬が濡れていて、それを上書きするようにまた涙が流れ出す。
 あの人と入れ違うように式場にやってきた彼に名前を呼ばれて顔をあげたらとても心配そうな表情が飛び込んだ。

「どうしたの? 具合が悪い?」
「分からない、分からないの。だけど……無性に寂しいの。ずっと、誰かに、大切に愛されていたのに……分からない……」
「……?」
「ねえ、……ずっと、愛してるからね」

 好きだった。きっと、愛していた。それなのに思い出せない。愛を教えてくれたあの人、愛をくれたみんな。愛おしかったはず、そんな記憶が無いのになぜだか喪失感が大きくて私は震える腕を伸ばし埋めるように、彼を抱きしめる。
 
さようなら愛してました

 愛をくれた彼を、私は一生知らないで生きてゆく。


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記憶を消す獄卒が書きたかった。