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 霊感があることは昔から認知していたりお祓いしても、駄目だったからいつもお寺でもらったお守りやら塩を持参していた。
 だから襲われてもある程度の対処はできていた、無理なら逃げてきっていたし。けど、

「(う、わぁ……)」

 真っ向から対立する人には、はじめて会った。学校帰りにまた変な魑魅魍魎に襲われたので私はいつも通り逃げようと思った矢先にすっ転んで、ああもう駄目だ……。なんて思っていた矢先のことだった。
 乾いた銃声が響いて、気が付けば目の前に誰かが立っていた。呆然としている間にも目の前に立っている王子様(仮)は瞬く間に魑魅魍魎を片付けてこちらを振り返った。

「大丈夫だった? ……でも、これが見えるなんて、君はよっぽど霊感が強いんだね」

 ふわりと舞う大きな外套、そこから覗くたくさんの拳銃、鮮やかな茶色の髪の毛を深く被った帽子、後ろ姿はとても大きく、私の目の中にはオマケして天使の羽が舞っている。
 背中を向けて言葉を言った後、その男の人はふうわりと花が咲くような笑顔を浮かべて私に手を差し伸べた。

「怪我は?」

 気色がないのに整った顔立ち。
きらきら光る、綺麗な海のような、空のような、宝石のような、そんな魅入るほど美しい双眸。
全てが夢の中でみた絵本に出てきた王子様に見えて、私は、

「はいぃ……大丈夫です」

 出会って数秒で彼にハートを射抜かれてしまったのです。彼の手を握って立ち上がった私を覗き込んだ男の人を、バカみたいに見つめる。

「それにしても、君はずいぶん寄せ付けやすい体質みたいだね」
「はい、昔からなんです。今は塩でなんとか自分の身は守っていますけど」
「……ご両親は?」
「……」
「……ごめん」
「いいえ! 気にしないでください、もう慣れてますから」

 改めて近づきながら話しかけた王子様にフォローをする。霊感のせいで友達からは気味悪がられて、両親からも呆れて見放された私にここまで優しくしてくれたのは貴方だけだし、なんて言えないけれども。
 というか、それよりも気になるところがある。この焦げ付いた、なんとも言えない微妙な、普通の人からは感じ取れないこのにおいは……。

「あの、失礼ですがもしかして人間では、」
「ああ、それも分かるんだね」
「……やっぱり」
「僕は佐疫。彼の世の人間で獄卒なんだ」
「さえき、さん」

 気色の悪い顔と常人離れしたほど美しい天色の瞳、そして手を握った時に気付いた冷たい感触、極めつけは焦げ付いた匂い、全てが一致した。さえきさんは死人だったんだ。

「でも君に害を与えるつもりは毛頭ないから安心して」
「分かってます、全然そんな気配とか感じ取れないし」
「やっぱり、君鋭いね」

 先ほどとは違った柔らかい笑みで微笑みかけてくれるさえきさんに、また胸が締め付けられた。ああ、素敵だ、なんて素敵な王子様なんだろう。熱くなる身体に身を任せて私は思ったことを口にする。

「名前です」
「え?」
「名前、……さえきさん、私の、名前」
「……うん、名前さん」

 慈しむように、それでいて音を確認するように呼ばれた名前。優しい声色にまた胸が締め付けられて、身体がじんわりと内側から熱くなる。

「もう会わない方がいいけど、何かあったらすぐに駆けつけるから、じゃあね」
「あ、」

 待って、私の王子様! 言葉に吐く前に彼に触れようと手を伸ばしたけれども、一瞬の瞬きの中で彼の姿はどこにもなかった。

「……さえきさん」

 何かあったら、危険な目に遭えば、また彼は助けてくれる。だって彼は、わたしの王子様だもん、だから、また危険な目に……。



「現世で不思議な子に会ったんだ。……また会いそうな気がするよ」
「縁が結ばれたのか?」
「そうなのかな」
「……気を付けろよ」
「? あ、俺もう行かなきゃ」
「ああ、行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます」



 彼に会うためなら私は自分の身体すら擲っていた。そうすれば彼は必ず助けにきてくれていたから。いつも欠かさず持っていた塩も使い続ければ減る者で、けれども危険な状態になればなるほどさえきさんはすぐに駆けつけてくれるからそんなことなんてどうでも良かった。

「さえきさん!」
「こんにちは」

 今日は魑魅魍魎に会う前にさえきさんと会うことができた。どうやら獄卒としての仕事はもう今日は済んだらしく暇を持て余しているとのこと。これ幸い! と私は彼を誘って観光名所で有名な海を見渡せる崖にやってきた。

「綺麗な場所だね」
「はい、有名なんですよ」

 凪いだ風によってさえきさんの柔らかい髪の毛が舞う。今日は天気も良い。海と空、それと同じ色で広大な景色を見渡すさえきさんの綺麗な天色は全てを映し出していた。どこか穏やかに微笑みながら辺りを見回す彼の横顔は美しく、それを見るだけで私の心は強く締め付けられる。

「さえきさん、私幸せです」

 好きな人とこうして綺麗なものを見ることが出来て。好きな人と並べて、好きな人と、こうして同じ時間を過ごせて幸せに満ち満ちていた。そよぐ風を全身で受け止めながら何の気なしに言葉を呟けばさえきさんはこちらを見ずに、けれどもどこか慈しみを込めた声色で言葉を紡いだ。

「……うん、僕も幸せだよ」
 
 その言葉で心臓が痛いくらい締め付けられた。私も幸せで、あなたも幸せだなんて、なんて素敵なことだろう。

「……よかったです」

 この人とずっと一緒にいたい。そればかりが脳内に木霊す。ねえさえきさん、願わくば、私は、あなたと幸せになりたいなぁ。
 そうなることが出来たなら、こんな命、簡単に擲つよ。

 そう思っていた。

「あ、あ……」

 いつもと変わらない、学校帰り。だったはずだった、塩は結界代わり、と言っていたお坊さんの言葉が今ここで頭を過った。最近は魑魅魍魎に会う機会が減っていたと思ったけれど、見当違いだった。

「(これは、やばい……!)」

 いつもならさえきさんに会える! と思って飛び込んでいこうとするが、今回はお門違いだ。近くを通っただけで足が止まり、震えが止まらなくなった。目の前に居たのは、初めてさえきさんと会ったときに見たあの魑魅魍魎。けれど全然気が違う。
 塩を持っていないから、いわば丸裸で戦場に飛び込んでいるようなものだからだろうか、霊圧が強すぎて、

「ひ、あ……」

 全身の毛穴がぶわっと開いて、嫌な汗が滲んできた。目の前にいる魑魅魍魎は一瞬だけ揺らいだかと思えばそのままうねうねと妙な動きのままこちらへ近づいてきた。
 逃げなきゃ、殺される。脳が一斉に信号を送るが身体がいう事を聞いてくれなかった、いつの間にか歯がかちかちと音を立てて、涙が溢れ出てくる、口からも涎が零れだし、眼球すら震えている感覚が襲ってきた。

「あ、あああ……あ……」

 うねうね動くそれは、いつの間にか手が届く範囲まで来ていて、もう駄目だ。と思った矢先、取り囲んでいた空気が一変して音を立てずに変わった。

「……ようやく本性を表したか」

 聞き慣れた声が降り注いだかと思えばぐい、と肩を引かれて胸板に押し付けられる。同時に何かに囲まれたのか辺りが暗くなりその外側からはくぐもった銃声が聞こえてきた。

「う、わ……」

 知っている、知り過ぎた声色、これは、もう王子様、じゃない、私の

「さ、さえきさ……うわあああああああ!」
「来るのが遅くなってごめんね、もう大丈夫だよ」

 囲まれていたものが無くなり明るい光を浴びながらも彼に抱き着いていたら優しい手つきで頭を撫でられる。恐怖心が一気に安堵へ変わったのか、私は暫くの間ずっと彼にくっついて泣き続けていた。

「……助けてくれてありがとう、ごめんなさい」
「気にしないで。でも、塩をきらしていたのに補充しなかったことには、怒ってるよ」
「うぅ……」

 赤く腫れた目元を優しく濡れタオルで冷やしながらさえきさんは困ったような、それでいて優しい顔で私を諭す。

「……嘘だよ。でも、もうこんなことしちゃダメだよ?」
「っ……」

 申し訳なくて肩をすぼめればさえきさんは笑って私の頭を撫でてくれた、なんだか照れくさくて取ってつけたように立ち上がって少しだけ離れる。

「もう大丈夫です、帰りますね」
「本当に?」
「はい! 有難うございました」
「本当は送ってあげたいけどすぐに仕事があるから、気を付けてね」
「また会いましょうね!」

 何気なく呟けば、さえきさんは一瞬にして顔を強張らせた。そして、悲しむような、憐れむような目で、ゆっくりと言葉を吐き出す。

「ここの調査も終わったから、僕はもう来ないんだ」
「……え?」
「だから君とも、ここでお別れだ」

 さえきさん、いっているいみがわからないよ。

「現世での仕事も今日を持って終わった。……現世の用もないし、僕はもうここには来ないんだ」
「え……、待って、ます」
「獄都の一年と、現世の一年では時間の流れが全然違う」

 いまだにかれの言っているいみが分からなくて、無意識に吐かれた言葉を彼は残酷に切り捨てる。ここには、こない。もう、あえない? うそでしょう?

「それでも! 私は……、」

 会えない。唯一の希望だった、あの美しい天色、王子様に会えなくなる。それだけは嫌だった。
 だから、半ば縋るように、彼の外套を握りしめて、ぽつりと零した。

「……好き、なんです。さえきさん」
「ダメだ。もう、お別れだ」
「いやだっ……なんで……」
「これ以上僕のそばにいると、あてられて死んでしまう」
「あなたと一緒にいられるなら死んだって構いません!」
「名前さん……」
「さえきさんっ……愛してます……必ず、会いにいきます!」
「……ごめんね」

 ねえさえきさん、私にとっては、貴方が全てだったんですよ。なのに、なんで。そこからの記憶が、すっぽりと抜けていて、気が付いたら自室のベッドに寝ていた。

「さえきさん、……さえき、さん」

 名前を呼んでも声など返ってはこなかった。



 朝焼けで染まる海辺、崖のから覗き込めばそこはもう一辺の青だった。

「ねえさえきさん、ここ、有名だって言いましたよね」

 少しでも重心を前に傾ければ、もう落ちてしまう距離に私は立っていた。

「ここ、自殺の名所でもあるんです。大好きな男の人を亡くした女の人が後追うことで有名な」

 波打つ波の音、広く深い青、全てを優しく包み込む風、目の前の全ては、まるであなたのようで。
 ねえさえきさん、本気で好きだったんです。貴方に会えるなら危険な目に遭ったって構わない、優しい笑顔が好きだった、穏やかに名前を呼んでくれる声が好きだった、慈愛に満ちた天色が好きだった、……私だけの、王子様は貴方じゃなきゃダメなんです。
幸せだと言ってくれたこの場所で、全てを終わらせよう。
いま、会いにいきますね。優しい天色に包まれて、この世界にさよならを告げる。

「愛しています」


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「ねえ知ってる? ○○の崖で飛び降りがあったんだって」
「自殺で有名な所だっけ……、誰かが見たの?」
「近くで釣りをしていた人が、死体を発見したみたい」
「ええ!?」
「なんかね、水分を吸ったのか、全身膨れてて、見るも無残だって……」
「うわ……」
「けどね、その女の子、笑ってたみたい」
「え?」
「凄く穏やかな顔で、死んだみたいだって……」
「……」

 仕事の報告を終えて食堂で食事をしていた佐疫と斬島の後に、執務室帰りであろう田噛が気怠そうにやってきた。

「お疲れ田噛」
「あー」
「どうした、仕事ひと段落したんじゃないのか」

 不思議そうな顔でおにぎりを頬張る斬島に、さらに輪を掛けて大きなため息を零した田噛はぽつりと言葉を零す。

「現世で身投げした奴が、亡者になったらしい。しかもかなり悪質な」

 その言葉を聞いて、ある一人の男がぴたりと動きを止めた。

「なんだと」
「後追いみたいだぜ、多分俺等に仕事回されるだろうか気を付けとけよ。あーめんどくせぇ……」
「ねえ田噛、それって女の子?」
「あ?」
「? 佐疫、なにか知っているのか?」

必ず、会いに行きますから。いつしか耳に響いた言葉が一瞬だけ脳裏に木霊したが、それはすぐに杞憂とでも言いたげにかき消される。
 斬島の問いかけに佐疫は驚くほど冷徹で、それでいて穏やかに天色の瞳を細めて優雅に微笑んだ。

「……さあ? 残念ながら、俺はなにも知らないな」

 いつもと変わらない佐疫の笑顔だと言うのに、斬島と田噛は一瞬だけ、得も言われぬ寒気を感じとる。

「(愛を語るには、少しばかり早すぎたようだね。……かわいそうな子だ)」

 既に記憶から薄れつつある顔を思い浮かべて、佐疫は穏やかな表情で紅茶を啜った。

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関心を示さない人には「僕」
信頼を示している人には「俺」
そんな佐疫が思い浮かんだので。