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静かな水音は止む気配が無く冷え切ったアスファルトの上にたくさんの小さな湖を作り溜まった湖はゆっくりと波打ちぼやけた空の景色や色の無い建物たちを映し出す。
 頭上の上で雨に打たれるたびに音を立てる深緑色の傘を一回くるりと回せば小さな水滴が宙を踊り雨の中にゆっくりと溶けていき地面や傘を叩きつける音だけが耳に入り込む。歩くたびに足元の水が跳ねて長靴に染みを作るが緑色の目を持つ青年はそんなことなど気にしていなかった。滅多に見ない雨に少しだけ浮かれつつも課された仕事をこなさなければいけないので止んで欲しいと心の中で呟くがその呟きは真っ白な息と共に吐き出されるだけだった。

「(記憶喪失の自縛霊の記憶が戻るまで、傍にいて監視する)」

 閻魔庁の外部機関、上司の肋角が率いる自分達獄卒達が所属している「特務室」に課せられた任務内容だった、あいにく他の仲間たちは別々の任務で忙しかったので仕事を終えたばかりの青年、木舌が引き受けた任務。
 交通事故で命を失った元社会人の女性、本来ならば閻魔庁で裁きを受けて地獄で罰を償うか転生か、そいう道筋を辿るがその女性は事故や自らに関することを大部分忘れており判決を受ける前に記憶を出来るだけ取り戻したいと懇願し短い期間の間を貰い現世へ降り立ち事故現場で自縛霊となっているらしい、女性曰く“とても綺麗なもの”を見れば思い出せるらしいが漠然とした記憶しかなく期間の間に記憶を取り戻すのは難しいかもしれん、と苦虫を潰したような顔で上司もとい肋角が言っていたのを思い出す。木舌はその自縛霊の霊を、亡者へ変わらないようにただ見守るだけの仕事。血なまぐさい戦いと違って楽な任務だった。

「(とても綺麗なもの、ねえ……)」

 明確な形状などが分からないからほぼお手上げ状態だった。一度その霊から話を聞いたほうが良さそうだ、

「……あ」

 ふっと息を吐いて目的地へ行けば他の人間達とは違うオーラを纏った女性がいた。灰色の空の中で目立つ真っ黒な傘と、ふんわりと裾の広がったワンピースを身に纏った栗色の髪の女性は傘をくるくる回し雨を楽しんでいた。目を凝らしてみればうっすらと彼女の身体は透けており身体越しに向かい側の建物が透けて見えている。間違いない、彼女だ。すっと一度空気を体内に取り込んで彼女に近付き、声をかける。

「やあ、こんにちは」
「こんにちは」

 来るのを待っていたかのように、木舌の声に違和感無く反応した女性の顔をじっと見る。来る途中に擦れ違った人間達と同じような茶色の瞳孔に妙に笑顔を浮かべている自分が少しだけ映った。雨はやはり止む気配が無くただ無機質に二人が射している傘や地面を叩きつける。女性は木舌の顔を一瞥したあとすぐに前を向いて一度雨水が溜まっている地面を蹴り上げた。

「雨、止む気配が無いですね。どうやらここの地域では日中雨や曇りの日が多いみたいです」
「そうみたいだね、空も灰色だし、気分が沈みそうだ」
「ふふ、けど雨音の音は嫌いじゃないです。けれども雨が止んだ晴天も見たいんですけどね」
「それが、見たいもの?」
「いえ……よく分かりませんが、違うと思います。というか、それを知っているということは閻魔庁の方ですか?」
「うん。おれ、木舌っていうんだ」

 宜しくね、と笑顔で問い掛ければ彼女も年相応の大人びた控え目な笑顔を浮かべた。人当たりは良いらしい、生前培った能力だろうか。女性は改めて木舌の方へ身体を向けるとすっと手を差し出す。雨に濡れてしまう、と言おうとしたが空から降り続く液体は彼女のうっすら透けた身体を通り抜け地面へ落ちていく。雨すら、彼女の身体には触れられない、ならばどうして傘は触れるのか、と思ったがよくよく目を向ければ持ち手の部分に自分達の制帽と同じ目のマークが付いていた。どうやら閻魔庁から普及されたものらしい。

「名前です。私のことは、閻魔様から聞きましたか?」
「ある程度必要な情報は貰ったよ。綺麗なものを見たいんだろ?」
「とても綺麗なものが、記憶に少しだけ残ってるんです。……それがなんなのか、分からないんですけどね」

 困ったように笑う名前は、不思議とどこか安心出来た。禍々しい雰囲気を纏う亡者や血塗れでも平然としている同僚達と比べると元人間と言うのはどこか垢抜けた存在であり儚く脆いものだと実感する。
特に女性の場合だと、少し力を加えれば壊れてしまいそうだった。

「大部分は記憶を失ってると聞いたんだけど、そうなの?」
「名前と、死ぬ間際に見た綺麗なもの、……あとは自分が昔働いていたということだけ覚えています。あとは全く分からないです」
「そっか……。早く記憶が戻ると良いね」
「有難う御座います」

 任務が長引くと始末書がめんどくさいから、という理由もあった。私情を挟んで任務を行うと怒られそうだから口にはしないけれども。

「けどほんとに雨が続いてるね……、名前さんは気が滅入ったりしないの? おれなんかはこんな日が続くとやる気が削がれそうだけど」
「そうなると慣れしかなさそうですね。あれ、でもあの世でも天候とかってあるんですか?」
「一応四季も存在しているんだよ? けどここまで湿気とかは酷くないかな」
「へえ……、私、あの世には天国と地獄と、閻魔様がいる閻魔庁? って言うところしかないと思ってました」
「街もあるしおれ達が住む屋敷もきちんとあるんだ。機会があれば案内したいくらいだよ」

 綺麗なものは多分雨が止まないと見れないかな、なんて考えも片隅に置きつつ木舌は目の前の幽霊と何気ない会話をする。どこか彼女の話し方や声は惹かれるものがあった、幽霊もやはり元人間だから考え方は獄卒という立場に身を置く自分としては一から全ての地獄やあの世の仕組みを説明したいが間違いなくこの場の空気をシラけさせこの幽霊にも距離を置かれるだろう、そうしたら任務を遂行するのがめんどくさくなる。

「ねえ木舌さん」
「ん? どうしたの」
「雨が止むまで、私の話し相手になってくれませんか?」

 小首を傾げた名前、栗色の髪がその動きに合わせて静かに揺れる。正直監視というのは遠くから見ているだけでも済むけれど、どうせなら本人の口から色々情報を搾取したいと思い接触したのだが、まさか向こうからこんな話を持ちかけられるとは思わなかった。

「おれで良ければ全然構わないよ」
「ありがとう。一人で雨を待つのは凄く退屈だったから」

 適当に相槌をして笑い流す。早く終わってくれ、心の中でそう思いながら木舌は雨に打たれ続ける傘をくるりと回した。

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中編にしようと思ったけど続きが思いつかないので没。
大体年齢は二十代中盤くらいですかね。

題名:誰花様