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 獄卒である故に、俺たちは身体の内部器官の機能が全て停止しても“死”というものは訪れない。一度だけ深い眠りにつき再びその身体が機能を果たすまで眠り続ける、はたまた身体の一部や臓器が露出したら静かに身を休め皮膚や四肢が再生するのを待つ。俺たちは永遠に死ぬことが出来ない身体を持つ鬼、人ならざるモノ。これに加え感情という形をしたものが無く、完全に空っぽな人の姿を持つモノだったならばどれ程恐ろしい事か。ある一つの恋慕を知った時から、俺という形成された器は徐々に芽吹き始めている。

「っ、と」

 トン。地面を蹴る音と言葉にならない声が一瞬だけ小さく耳朶を打ち目を其方に向ければ地面を蹴り上げた容量で少しだけ身体を宙へ浮かせ身長の半分以上もある大鉈を軽々振り上げ目の前に居る獲物に向かい斬り付ける後輩を一瞥し、役目を終えた己の武器を外套の中にしまい込んだ。下手をしたらまた彼女は暴れだしてしまうかと思ったけれど、今回の怪異は比較的そこまで危機迫るほどの強さは持っていなくあっと言う間に俺たち二人だけで片付ける事が出来た。
 獲物の身体を真っ二つに斬り裂いたと同時に溢れ出す鮮血に臆することなく名前は息絶えた怪異を視界に入れた後すぐに大鉈を振り研がれた刃につく液体を取り払うと、頬にまで飛び散った血を裾で乱暴に拭いながらこちらへ歩み寄る。
 
「名前、終わった?」
「全部片付けました」

 傷を多少なりとも負い、標的の返り血がつき汚れているにも関わらず帽子の陰の中で笑顔を作り出す名前と、俺は人間から見たらどうな風に映るのだろうか。片付ける前に流れていた緊張感は今やすっかり別の空間に溶け込み今は穏やかな日常的な柔らかい空気だけが包み込み、本当に任務中なのかと錯覚してしまいそうなくらいの穏やかさに少しだけ眩暈がする。ああ、それもう一つ、彼女が居るからか。

「じゃあ帰ろうか。……その前に、」
「ん」
「血は時間が経つと落ちにくいからね、少しでも綺麗にしておかないと」

 裾で拭った後がついた名前の柔らかい頬に手を添えてポケットにしまいこんでいたハンカチで拭いていく。少しだけ上目遣いになっている彼女の目元は帽子が作る陰とこの薄暗い空間のせいで良く見えないけれどもハンカチ越しに伝わる手にはほんのりと温かい温度が皮膚に触れる。
 人ならざるモノ故、感情なんかも必要ない、けれどもそんなのはただの機械だ。俺らにも多少なりとも喜怒哀楽があり、その中でももっと今を必死に生き抜く人間に近付きたいと願い感情の花を開花させるものが多々いる。俺はそんなつもりなんか毛頭無かった、なのに気がつけば恋慕が大きく芽生え、余裕綽々を気取りひた隠しにしているのを名前は気付いているのだろうか。うっすらと熱くなっている肌に唇から漏れ出す吐息、距離を縮めるたびに鼻腔を擽るシャンプーと、甘ったるい女性の匂い。どれもコレも刺激が強すぎて、頭が痛くなる。

「すみません佐疫先輩……ハンカチ洗って返します」
「構わないよ、気にしないで」
「佐疫先輩は良くても自分が良くありません」

 頬から離れた布が、彼女の細く長い指に挟まれそのまま俺の手からするりと抜けて行く。情というか、なんというか。これが他のヤツラなら「そうか」と短く言葉を交わしそのままになるだろうに。鬼といえど男と女、形成依然に成り立っている性別の理なのだろうか、いや一概にしてそうとは言えないが間違いなく言えることは名前は妙に気を使うと言ったところだろう、お人好しとまではいかない、やはり感情が希薄な故時に簡単に仲間を見放してしまう時も片指程度だがある。諦めが早いところが玉に傷。
 血で薄汚れたハンカチを丁寧に畳みポケットに入れ、赤く色を成す大鉈を担いだ名前は俺の方を見て、淡く色づいた唇で言葉を紡ぐ。

「帰りましょうか。あまり遅くなると肋角さんに怒られちゃいますし」
「そうだね……。じゃあ足元が危ないから。手、どうぞ?」
「……ん?」

 睫に縁取られた銀鼠色の大きな瞳が、迷うことなく俺を射抜き食い入るようにその目の中に俺を映し出した。怪異の影響で先ほどまで不安定だった地盤は今では何事も無く歩けるようにはなっているが、はっきりと安全と断言できる訳ではない。とは言っても、本当は名前と手を繋ぎたいという欲求が一番なのだけれども。

「……先輩、」
「ああ、無理にとは言わないけど」
「いえ、お願いします」

 差し出していた左手に小さく温かいものが重なりそのまま力強く握られた。一瞬何我起こったのか理解出来なかったが目の前でただ笑顔を浮かべる後輩を見て俺はすぐ我に返り自身の手を包み込むその手を握る。
 やった、何て声が出そうになるが舌の上で転がした後すぐに飲み込んで前に立っていた彼女よりも先に歩みだして彼女の手を引いていく。断られるかと思ったのに、少し予想外だ。思えば彼女は手軽なスキンシップは好んでいる、自ら行く訳ではないが触れられたり、頭を撫でたりすればどこか安心したかのような笑顔を浮かべて、スキンシップを行った相手と会話を楽しむ。どこか護りたくなる笑顔や、不思議と魅入られる名前の存在は次第に俺の中で大きく主張し始めて気が付けば俺の心の隙間を埋めるかのように満たしている。笑ってしまいたくなるくらい、俺は深いところに吸い込まれているらしい。

「今回は比較的敵が少なめで良かったね」
「そうですね、数が多くて少しだけ苦戦しましたが」
「けど名前の武器のお陰で結構退治しやすかった、大柄武器は便利だね」
「あはは、有難う御座います。上手く扱えば一度に大量の敵を退治出来ますからね」
「けど、時折自己犠牲するのは頂けないかな」
「……バレましたか?」
「名前の事は、よく見てるから」

 ぺろっと悪戯っ子のように舌を出しておどけた彼女を見て思わず呆れつつも、彼女らしいと独りよがりをしてみる。意図せずに吐き出た最後の言葉彼女の耳には届いていなかったらしく「善処します」何て改善する気を見せないのに少しだけ腹が立って包んでいる手に少しだけ力を込めれば小さな悲鳴が聞こえた。
 自己犠牲、というかは諦めなのか、多分彼女は「再生するから良いか」何て考えがあるためか部位に多大なる負傷を負ったら迷わずに取っ払う悪い癖がある、そのせいで本来ならば治療だけで済むはずが死んでしまったり時間が掛かる再生を待つ場合が多い。逃げたら殺される、という理由で顔半分を潰して戻ってきたときはさすがの俺も怒ってしまった。死なないとは言え、大切だと思っている相手が大怪我を負う姿なんて見たくない。

「佐疫先輩は、なんか人間じみてますよね」
「うん?」
「上手く言えませんが、そこまで? って思うくらい自分を心配してくれたり気遣ってくれたり……他の人とは違ってどこか人間くさく感じます」
「名前が自己犠牲の数を減らせば、おせっかいも少なくなるよ。きっと」
「……いえ、構って欲しいので、まあ善処しようかなー? くらいに留めておきます」
「……」

 人間染みているわけではない、俺なんかが人間と名乗れるほどの感情は得ていない。ただ人間くさくなってしまうのは庇護欲というか、恋慕の情を向けているからこそ不安が入り混じりどうしても余計なお節介をかけてしまうのだ。なんて言葉は吐き出せる訳も無く上辺だけで塗り固めた少しだけ本心を混ぜた言葉を後ろに投げれば、予想外の返しが出て少しだけ身体が強張った。前を向いて歩いているから彼女の表情は見えない。けれどもどこか熱を帯びた言葉に感じられ俺の心がじんわりと燻り始める。不意打ちなのか、それとも狙っているのか、どちらにしろ心臓に悪いのは確かだ。

「そんな事言ったら、俺もっとお節介になるかも」
「……佐疫先輩なら喜んで」

 どうしたら良い、否、どう捉えれば良いんだ。熱を孕んだ言葉こそ前向きに捉えたいと願うがもし全て俺の見当違いだったらと考えると恐ろしくなるのだ、恋、なんてめんどくさく儚い病気。相手の行動に一々揺れ動かされ一つ一つの言動で様々な分岐点が生まれる。もどかしい、早く、早くその先が見たいと急かして思っても無いことを吐き出してしまいそうだ。

「名前」
「ん?」
「俺、やっぱりどこか人間くさいかも知れない」

 相手の言動に一喜一憂なんて当たり前、何が好きか、何をすれば喜んでくれるか、怪我をして欲しくない辛い姿を見たくない、ただ一人のモノに対して忙しなく感情が働くのは紛れもなく人間のようだ。人間は恋をするとこんなにも大変な思いを生涯何回も経験していくのか。めんどくさそうなんて思う反面、どこか羨ましいと思っている自分がいるのに驚きだ。

「人間染みてるのも悪くないと思いますよ? 自分も少なからず、染められてますし」
「人間に?」
「……佐疫先輩にです」
「……自惚れるよ?」
「喜んで」

 トーンが上がった声が背中にぶつかり、じんわりと身体が熱くなった。
いつの間にか、俺も彼女を染めていたらしい。人間みたいに染められている俺が、ゆっくりと彼女を同じように染めていくのも悪くない。少しだけ浮ついた気持ちを隠すために足を早めた。

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片思いからの両想い。あまり吐露してなかった新胴の細かい設定とか。
普通にこなせば戦闘中もまともな子なのになー、何て思いながら書いてました。