×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

「名前1、変わったよね」

 求め続けていた薬を徹夜で作成し終わり、風呂も食事も済ませ明日は非番だから次の薬の調合でも考えようかなと思っていた所でやって来たのは昔からの同僚である木舌くんだった。彼も明日は非番らしく、どうせなら一日飲まない? という誘いを受けて二人で晩酌をしているところだ。
 僅かに開きかかったカーテンからは橙色の夕日が零れ出て、廊下も僅かに騒がしい。グラスに注がれた焼酎を煽っている最中に、ぽつりと吐き出された木舌くんの言葉に思わず手を止めた。

「僕は今も昔も変わらないよ」
「いや絶対変わったよ」
「具体的に言って貰わないと肯定も否定も出来ないんだけど」
「さっき否定してたけどね」

 木舌くんがツマミで持って来た蛸の酢漬けを口に含めば、向こう側に居る翡翠色の彼は楽しそうに笑った後一気にビールを煽った。既に彼の周りには酒瓶が二本転がっている、これは後で佐疫くんに怒られるだろうなぁ、僕は知らぬ存ぜぬで通しておこう。

「求められたら答えるけど、求める事はしない。来るもの拒まず去るもの追わず。そのせいで長続きしていなかったくせに今ではあの子と付き合い始めて数百年」
「長続きしなかったのは、向こうが耐えられなかったからだろ」
「随分酷い事を言うね」
「僕は告白をして貰った時は必ず、何度もそう言っている、それでも構わないと言われたから付き合うのに最終的には我慢出来ないとか言われるんだ」
「恋愛に乞う乞われる駆け引きは大事だから」
「……」

 長年交流があるせいか木舌くんは僕の、断片的な記憶に潜む生前の恐怖やそれが今も続いている事を知っている。それに木舌くん事態も社交的で妙に紳士な仮面を被ったりするのが上手いから女の子達ともよく交流を持っているみたいだから僕から言わなくても勝手に僕や他の子の恋愛事情を入手してくるのだ。女の子の口の軽さの部分はいただけない。

「と言っても名前1の恋愛は必ず向こうが断ち切るんだっけ」
「僕からは何も言わないね、始まるのも終わるのも向こうからだ」
「でも、今回のは違うんだろ」
「……まあ、ね」
「珍しいな〜、というか初めてだよね? 名前1自身が告白して付き合うなんて」
「僕も未だに訳が分からないよ」

 過去を振り返っても、自分の気持ちを覗き見てもどうしてあんな事をしたのかなんて今だに分からないままだ。コップ半分まで減った酒を扇いで壁に寄り掛かれば脳裏に過ぎる黒髪の少女。僕よりも後に入ってきた子だから、妹みたいに可愛がって来た。洗濯係として働くようになってからは兄心や親切心で仕事を手伝ったり向こうから話しかけられて軽い立ち話をしたり、……そんなやり取りを数百年続けてきて、お互いある程度まで成長したままでもその関係は変わらなかった。強いて言うなら、僕の生前の記憶が少しだけ色濃く出てきてそこらへんから一気に女性関係には警戒が強くなったけど、意識するずっと前から彼女は他の女の子達とは違うような錯覚を覚えていた。
 その後からは覚えていない、他の子とは違う感情を覚える違和感に身を任せ気がついたら告白していて、了承を貰いお互い干渉もあまりせずに気がつけば随分長い時が経っている。

「お互いお似合いだよね」
「そう? ありがと」
「けどさ、どうしてそんなに長く続くんだろうね」
「……」

 そう言われると言葉に詰まる。確かに今までの経験から言えば随分長い付き合いだ、どうしてここまで続くのなんて分からない、お互い相性が合っているとしか言いようが無いんだけど。

「相性じゃないの?」
「それだけで片付けちゃう? 名前1が自ら告白したんだよ」
「……分かんないや」
「まあ波長っていうのもあるもんね〜」

 備え付けられた冷蔵庫からビール瓶を取り出した木舌くんは、笑みを崩さないで嬉しそうに言った。ああそうだ、この男は僕が告白して付き合った、と言った時もこんな風に嬉しそうに笑っていたな、彼はどこまでも優しい、酒好きなのが玉に傷だけど。
 壁に立て掛けてある時計を見れば、飲み始めてから二時間くらいは優に過ぎていて空も暗く染まり始めてきている。もう彼女は帰っただろうか、こんな話をしていたら無性に会いたくなってしまった。

「名前1」
「ん?」
「鳴ってる」
「あ」

 床に置いてあった携帯の画面が静かにバイブを鳴らし訴えていた。慌てて手に取り画面を見れば今会いたいと思っていた人物からで、思わず口元がにやけてしまう。通話ボタンを押して携帯を耳に当てれば、愛おしい彼女の声。

『……もしもし、名前1さん』
「うんどうしたの?」
『すみません……今どちらにいらっしゃいますか?』
「木舌くんの部屋。どうしたの? なにかあった?」
『いえ……その……』
「……ねえ、今どこ?」
『え……』
「会いたくなっちゃった。会わない?」
『……えっと、共通スペースです』
「分かった。そこで待ってて」

 答えを聞く前に通話ボタンを切れば、僕達の会話を聞いて酒のツマミにしていた木舌くんと目が合った。なんて声を掛ければ良いのか分からなくて一度だけ焼酎を煽れば翡翠色の瞳がいやらしく細められた。

「行ってらっしゃい、そのまま持ち帰っちゃえば」
「あはは死にたいの?」
「名前1が言うと冗談に聞こえないから!」
「じゃあね」
「無視!?」

 だいぶ酔っているであろう、後ろでぎゃーぎゃー喚く大柄の男を無視して僕は急いで部屋を出た。
 男子と女子の部屋はとあるスペースから分かれていて、彼女はそこに居るらしい。小走りですぐにそちらへ向かえば窓から真っ黒な夜空を眺めている愛しの彼女が立っていた。流れるような黒髪と、青い着物、普段と変わらない姿に心臓が締め付けられる。ほんと、木舌くんの言う通り僕は変わったのかもしれない。

「あやこくん」
「名前1さん」
「待たせてごめんね」
「いえ……こちらこそ、わざわざすみません……」
「僕が会いたかったからね」

 彼女の黒髪を撫で付けて微笑み掛ければあやこくんは無表情ながらも仄かに頬を赤らめて俯いた。可愛い、単純にその言葉しか出てこない。徹夜で少しばかり眠いが彼女を見た瞬間に体調の悪さなどが全て吹き飛んだ。

「けどどうして電話なんてしてきたの? 本当に何も無いの?」
「……です」
「ん?」
「……今日は会えなかったので、……寂しくて……」
「……」

 そうだ、徹夜で薬品を作ってその後はその薬の効果を試すために一日中実験室に篭ってその後はすぐに部屋に戻って作業をしていた、朝からの行動を思い返せば確かにあやこくんとは一日会っていないし会話も、顔すら会わせていなかった。
 寂しそうに目を伏せた彼女が堪らなく愛おしくなり僕は公共の場であるにも関わらず小柄な彼女の背中に腕を回し抱き締める。ふんわり香る彼女の匂いに身体が熱くなっていく、なんて可愛い人だ、愛おしい、愛おしく尊すぎる。

「名前1さ、」
「おい名前1!いきなり抱きつくな!」
「っ!」
「……はいはい、二口は少し黙っててね」

 彼女は普通の人間でも鬼でもなく、頭の後ろにもう一つの口を持つ二口女だ。この二口、かなり口が悪く口を開けば雑言ばかり、しかも最悪な時になると噛み付いてくるし、中々厄介なんだよなー。
 良い雰囲気を邪魔されたくなくて二口の唇を指で挟んで黙らせてみれば、最初はもごもご抵抗していたが諦めたのか大人しくなった。

「名前1さん……」
「……ねえ、今日泊まっていけば?」
「え」
「良いだろ、足りないんだ。……あやこ」
「っ、」

 強請るように、彼女の髪を指先で梳き耳元で甘ったるく囁けば、案の定彼女は身体を跳ねさせ僕の身体に強く縋り付いて頷いた。今までの経験でこんな事をするなんて考えられるだろうか、来るもの拒まず去るもの追わず、その肩書きも今では過去のものとなりいつかは完全に消え去って行くのであろう。



 改めて愛を確認し終えて、その後彼女は糸が切れたように眠りの世界に入ってしまった。僕も続いて寝ようと思ったけど中々寝付けなく、窓を開けて滅多に吸わない煙草に火をつけた。徹夜をするとやはりストレスなんかも微妙に蓄積されるらしい、静かに煙を作り上げる一本の筒状のものを口から離し口内に溜まった白い煙を外に吐き出す。

「……名前1さん、起きてるんですか?」
「ん? ああ起こしちゃった?」
「いえ……煙草……」
「あ、ごめんね。すぐ消す」
「構いませんよ……嫌いじゃありません」

 布の擦れる音がしたと思ったら、簡易照明が灯りを灯しあやこくんが身体を起こす。裸のままだと風邪を引かせてしまうから一応僕のシャツを着せたけれどもやはり体格差のせいか大きい。その姿も凄く扇情的だけど。
 瞳を細め言い放った彼女の言葉に甘えて「じゃあ遠慮なく」とだけ言って既に短くなりつつある煙草の煙を口内で溜めては吐き出す。

「……お疲れ様です」
「どうしたの急に」
「名前1さんが煙草を吸う時は、疲れている時ですからね……」
「あれ、知ってたの?」
「名前1さんの事ですから」
「……」

 ベッドに腰掛けこちらを愛おしそうに見つめる灰色の瞳とかち合った。照明がぼんやりと彼女の輪郭をなぞり、柔らかい光で包まれている姿は誰にも見られたことが無い彼女の秘められた、僕だけが知っている姿だ。けど、まさか煙草を吸うタイミングを知っているとは思っても見なかった、だって僕は記憶上彼女の前では煙草は絶対に吸わないし吸うとしても夜だけだから、知らないと思っていたのに。

「抱き締められる度に仄かに香る時があるんです……、薬品のにおいに混じって」
「そっか、ごめん。次からは気をつけるよ」
「気になさらないで下さい。疲れは吐き出した方が身体にも良いですし……」
「でも、よく僕が疲れてる時に煙草吸うの知ってたね」
「……なんとなく、でしょうか」
「……はは、そっか」

 彼女は自分でもよく分かっていないらしくきょとりと小首を傾げて逆に問い掛けきた。予想外になりながらも破顔してすっかり短くなった煙草を灰皿に押し付けて、煙がある程度身体から消えるまでは窓の方に寄り掛かり彼女に視線を向ける。
 彼女もそれを察しているのか、何も言わずにただじっと灰色の瞳だけをむけ、口を紡ぐ。

「聞かないの?」
「……?」
「僕が疲れてる理由とか、さ」
「言いたい時になったらきっと名前1さんは言ってくれますから。無粋に聞くのは好きじゃありません」
「……あやこくんらしい」
「貴方を信頼しているからです」

 煙草を吸っている時は必ずと言っていいほど「疲れているの?」「なんで?」と聞かれていた、言いたくないと言えばしつこく聞いてくるものや何も言わなくなる人も居たがこうして「疲れているなら好きなように吐き出して、言いたかったら言ってね」という体制の人は見たことがない。同僚も大抵の人たちは聞いてくるし、……本当にあやこくんは他の子とは違う。

「(そうか)」

 違うからこそ惹かれ、お互いあまり干渉もしないし、だからこそ上手くこの関係が成り立っているんだ。僕が無意識に疲れている時は察し受け入れる体制を整える、それに僕も無意識のうちに気付いて彼女に甘える、言葉にせずとも通じ合っている。求めてこないからこそ僕は彼女に惹かれていってしまったんだ、過去の恐怖心など取り拭ったあやこくんは僕にとってはかなり大きい存在らしい。
 それに、僕も無意識に甘えてしまうという事は過去のアレなんてちっぽけなものだったという事を自分で照明しているものだ。ああ考えるとほんとに馬鹿らしく自分を嘲笑したくなる。

「あやこくん、有難う」
「……? 私、何かしましたか?」
「愛してる、それだけじゃ足りないよ」

 堪らなくなり彼女の小さな身体を抱き寄せれば二口が舌を出したがまた唇を挟んで黙らせる。愛おしく麗しい、彼女は姉のようで妹のようで、それ以上に捻くれた僕の心すら簡単に溶かしてしまう女性。好きで、大好きで堪らない。

「名前1さん、今日はもう寝た方が良いのでは……?」
「眠くて変なことを言っているわけじゃないよ」
「……好きです」
「うん」

 あやこ、あやこ。
どうか死すら望めないこの哀れな鬼の傍に少しでも傍に居てくれ。僕は君に無償の愛を注ぐから、どうか、……君が傍に居るだけで僕は何でも出来ると錯覚してしまうほど恋焦がれ溺れていく。

「大好きです、名前1さん。……これからも、ずっと」
「……寧ろ、離したくないよ」

 ここまで僕を変えてしまったんだ、彼女が泣き喚き僕を拒絶してしまっても、僕は彼女の幸せを願って離すことなんて出来ないほど、君に縛り付けられている。
 これも全部、愛なんだ。

-----------------------------
砂吐きそうなくらい甘いのを目指してたら男主が病みそうになったんだ。
バットエンド担当ですが、あやこちゃんが絡むとあっと言う間にそんな定義を薙ぎ払ってしまうくらい私はあやこちゃんが好きで、世靄もあやこちゃんが好きだと思っています。

題名:route A様