×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

 自分自身から見て、右に三つ、左に四つ。宝石のようにきらきらと輝き彼の緩やかな曲線を描くピアスはマキにとって眩しく見える。男にしては少し長い髪の毛から時折除く輝きは彼だけが発する特徴のようなもので、いつもその輝きで彼女は彼の存在を認識しているような節もあったかもしれない。
 改めて耳を彩るそれ達に彼女の焦げ茶色の瞳はすっかり魅入られ、その視線に気付いたのか、わざわざ閻魔庁から許可を得てマキがお邪魔した部屋の持ち主ナマエが顔と共に眼窩に収まった薄鈍色をマキに向け、柔らかく笑った。

「マキさん、どうしたの?」
「ナマエくん、いっつもピアスしてるわよね」
「そりゃあ、取るとすぐ塞がっちゃうし」
「そっか、治るのが早いのよね。獄卒って」
「死人にも言えることだけどね」

 耳の肉を貫いて輝くピアスを指で弄りながら答えれば、マキはすぅと目を細め何やら考え事をしているようだ。ナマエが付けているピアス達は既に彼が彼の世に姿を形成していた時から存在していた。自分自身でも良く分からない、もしかしたら生前から付けていたかもしれない、記憶を失っているからそこらへんは良く分からなかったけれども。
 一度だけ、邪魔だから全部取って過ごしていたこともある、そうしたら一日も経たずに耳にぽっかり開いていた穴たちは塞がり、感じていた鉄の感触や冷たさが無くなったことがどうしても滴り落ちる水をずぅっと聞かされているかのように気になってしまい結局すぐに穴を開けてピアスを収めたのだ。今では部屋にある小物入れには獄都で仕入れたピアスやイヤーカフで埋め尽くされているほど彼にとってピアスは無くてはならないものになっている。

「自分で開けているの?」
「うん、なんだろう、塞がっちゃった後も身体が覚えていたのか自分で自然に開けることが出来たんだよね」
「ふうん」
「マキさん?」

 思わず手を伸ばして、彼の真っ黒な髪の毛を払いのければ隙間から除く青白い耳と、それに植え付けられたピアスの数々。思わず一つ一つ、感触を確かめるように触れていれば「今度はトラガスに挑戦したいなぁ」なんて、気恥ずかしいのかほんのり頬を赤らめたナマエは独り言のようにぽつりと呟いた。とらがす、と小難しい単語を復唱すれば触れているピアスの持ち主はふは、と破顔してマキの細い指を自身の骨ばった指先で掴むと、耳珠特有の外耳道の入り口にある小さく出っ張った軟骨部分へと誘導して「ここだよ」と小さい子に教えるように優しい声色で言葉を紡ぐ。

「ピアス開けたいの?」
「どうしてそう思うの?」
「なんとなく、かな」
「どうかしら」

 なんていうけれど、実際は触れていたいだけ、でもあるけれど多分内心どこかではピアスについて興味があるのだろう。女性がしているピアスは様々な種類があり可愛らしいものから豪華な形状のものもある、付けていれば少なくとも見た目が少し華やかになり可愛らしく着飾れるかも知れない、けれど、実際に己の身体にこのようなものを貫くというのは多少の恐怖心が勝り行動には移せない。
 見ているだけで、満足。そう心に言い聞かせて自身の手を侵す死人特有の冷たい体温を身に刻み俯けばさらりと肩に掛かっていた茶色の髪がカーテンを作りあげた。

「開けてあげようか」
「え?」
「一個くらい、開けてみないかなって」

 心の一部を覗かれたか、はたまた反応が露骨すぎたか。全てを分かったように瞳を細め笑うナマエの顔にカッと顔から火が出たように熱くなってしまった。心臓が大きく音を立てて、火を丸のみしたくらいに身体が熱い。どうにかなってしまいそうだ、紡ぐ言葉を見失いマキは淡い桃色の唇をキュッと結ぶ。

「……」
「一個だけ、やってみない? 優しくするから」

 意味深な言葉に聞こえるのは、彼がわざとらしく艶を含んだ言い方をしたからだろう。彼と同じように耳に穴を開けて、そこに彼と同じようなものを付けるのは心成しか悪くないし、寧ろ嬉しいものだ。けれど、身体に穴を開けるという行為が、マキにとっては未知で、なかなか踏み越えられない領域なのは確かだ。
 うんともすんとも言わず、ただだんまりを決め込んでいるマキの耳に掛かった髪の毛を指で救い上げナマエは弾けたように歯を見せ笑うとそのまま立ち上がる。

「ナマエくん?」
「やってあげる。ちょっと待ってて」

 なんだろう、ああ穴を開けるには道具が必要だ。未だに状況を理解し受け入れることができないがそれを無視して部屋をうろつく家主は救急箱、穴を開けるために必要なピアッサーを持ってくる。

「準備完了、手を洗ったから安心してね」
「本当に開けるの?」
「嫌ならやめるけど……」
「っ、ううん。やってほしいな」

 彼に少しでも近づきたい、なんて思っている自分が居ることにマキは気付いているだろうか、そして、彼女がそんな想い持っていることにナマエは気付いているのか気付いていないのかはたまた隠しているだけか。どこか楽しそうにマキの耳に消毒液を塗るナマエをぼんやり見据えながらマキはひゅっと深呼吸をする。アルコール液特有の冷風を浴びたような感覚に神経を集中させていると、ピアッサーを弄っていたナマエが何かに気付いたように声を漏らす。

「あ」
「どうしたの?」
「どこに開けたいとか、ある?」
「お任せする」
「分かった、じゃあ耳たぶにしておくね」

 何度も開けていれば印とかつけなくても良いのだろうか、まあ細かいことを言っても帰ってくる答えは難しいものだろうからマキは余計なことを喋らずに口を噤んだ。

「大体この変かな」
「……いっ!」

 耳に感じるものに違和感を感じた瞬間、痺れるような痛みが一瞬だけ耳を貫き脳内に届く。カチッという音が静かに鼓膜を揺らし、「できた」という声が続けて脈打つ。痺れるような、何とも言えぬ痛みに少しだけ目に雫が溜まりつつもマキは少しだけむっと表情を歪めナマエを睨む。

「やるならやるって言ってよね」
「ごめんごめん、けど言ったら変に身体に力入っちゃうでしょ?」
「まあ、そうね……」
「でしょでしょ? じゃあ仕上げするからまだ動かないでね」

 うまいこと言いくるめられたような気がするけれども、確かにナマエの言うとおり宣言されてしまうとこれから来るであろう痛みを意識して身体に変な力が入ってしまう。
 ナマエは先ほど使った消毒液とは違う消毒ジェルを取り出すとマキの耳を貫いているスタッドに付けるとゆっくりとそれをスライドしピアスホールを消毒していく。傷に消毒液が直についているのに、不思議と痛みが無い。なんとも言えない感覚にもやもやしつつもマキはただただ未知の世界に足を踏み入れていく。

「どう?」
「はい、出来た。後は一か月くらいこれは付けっぱにしてね、じゃないと穴が安定しないから」
「ありがとう」
「そのくらいになったらファーストピアス記念でピアスをプレゼントするよ」
「えぇ? 平気、大丈夫よ」

 穴まで開けてもらい、そのあとの処理も丁寧にやってもらったのに更に贈り物を、となるとさすがに申し訳なさすぎる。床に置いてある道具を片付けながらナマエは「俺からの贈り物、いやだ?」となんとも意地の悪い質問を、彼女の茶色い瞳をしっかりと見つめ小首を傾げながら問うた。ずるい、そんな風に問い掛けられたらイエスかノーの二択しか答えられないではないか。
 じりじりと焼かれるような感覚が、急に耳を襲いだす。先ほど彼が触れていた箇所が熱を帯び始め、逸らさずに見据えられた瞳で身体も熱くなってきた。ああ、頭が、くらくらする。

「ね?」
「……じゃあ、ナマエくんのそれ、ちょうだい?」
「え、俺の?」

 それ、とはナマエの耳についているリングピアスのことだった。自分が好んで付けたり購入するピアスは比較的シンプルなものが多い分、暗い過去を送った生前時代を変えようと華やかな服を着ているマキの口から「欲しい」と言われるとは思わなかったのでナマエはすっかり面食らったかのように目を見開いて間抜けな声を出す。

「えっと、これと同じやつ?」
「ううん、ナマエくんが今付けているそれが良いの」
「……もっと可愛らしいものとか、獄都にいっぱいあるよ?」
「もしかして大切なもの?」
「全然。寧ろこんなシンプルなもので良いのかなって、しかも俺が使い古してるやつだし」
「だからよ」

 面白いほど慌てふためく姿が面白くて思わず笑えば、目の前に居るナマエは何とも不服そうに唇を尖らせつつも、耳からぶら下がるピアスに軽く触れ、

「分かった。スタッドを抜く時になったら俺のこれあげるね。消毒して、包装する」
「そこまでしなくても良いのよ?」
「贈り物は豪華にしたいの!」
「ふふ、ならお願いしようかしら」

 彼と同じように身体の一部に穴を開け、そして彼と同じ時を、身体の一部として過ごしてきたリングピアスが近いうち自分の身体の一部として生きる。これほどまでに幸せなことがあるだろうか、脳髄が蕩けるように世界が色付き、身体がじんわりと微温湯に沈みゆくように火照る。
 これがピアスを開けたことで起きた身体のちょっとした異変なのか、はたまた獄卒と亡者の間に芽生えてしまった恋情、なのだろうか。

-----------------------------------
すぐに再生してしまうから、多分夢主は寝るときはスタッドとか付けているのかな。
前々からやってみたかったピアスネタでした。

題名:英雄様