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「佐疫せんぱ、……あれ」

 夕食も終わり寝るまでの空き時間中ならピアノをやっているだろうと思い、ピアノが備え付けられている部屋へと来てみた名前だったが、虚しくも訪れた先には誰もおらずぽつんとピアノが置いてあるだけだった。
 今度の任務で確認したい事があったけれども当の本人が居ないなら仕方が無い、明日の朝にでも聞くかと息を付き部屋を出ようとしたが、ふっとある疑問を抱きもう一度ピアノを一瞥すればピアノには譜面がおきっぱなしだった、譜面を置き忘れるなんて事佐疫の性格を考えれば有り得るはずも無く、もしかしたら待っていれば戻ってくるかも知れないという考えが脳内を過ぎる。

「……」

 待っていよう、どうせこの後する事なんて部屋で読書かレシピ製作くらいしか無いし僅かな可能性に縋り付くのも苦ではない。聞かれたことをメモするために持ってきたメモ用紙を部屋着のポケットに突っ込み名前は引き寄せられるかのようにピアノへと歩み寄る。
 閉ざされた蓋に手を伸ばし、少しだけ力を入れて開けば白と黒の長方形のパーツが並ぶ鍵盤が姿を見せる、楽器に関しては名前自身全くといって良いほど経験が無くどれが音楽界で言う“ド”や“レ”の音なのか検討がつかない。勝手に触ってしまったら佐疫の師匠であり自分達が勤める特務室の副官に怒られてしまいそうだが無意識に動いた手は動く事を止めず指先でソッと鍵盤を押した。
 
「……おぉ」

 鳴った、まるで初めて楽器に触れる子どものような反応をしてしまいこの空間には自分しか居ないにも関わらず少しだけ恥ずかしくなりすぐに口を紡ぐ。
しかし音が鳴れどその音がどんな音階なのかは全く分からない、けれどもどこか心地良い音なのは間違いない。佐疫も、あの人もこの楽器を自由自在に奏で音を作り出していくのだ。音楽に秀でた才能というのは素人からしたら未知の世界だが興味はある、最も自分の場合は音を奏でたいというよりも誰かが弾く音を聞いていたいという願望の方が強い。人差し指だけを伸ばし配置された様々な鍵盤を押し音を楽しんでいる時、灯りを灯す電灯で作られた自分の影の上からもう一つ大きな影が被さった。足音も気配も聞こえなかった、突如陰った目の前の自体に驚き身体を上下させればふいに後ろから誰かの手が伸び、鍵盤に乗せていた自分の手にその手が重ねられた。

「え、あ……!?」
「後ろからでも分かるくらい楽しそうだったね」
「さ、災藤さん……!」

 そのまま後ろを振り向いても身長差が邪魔をして顔が見えない。上から降りかかる声に耳を傾け顔を上げれば細められた灰青の瞳が銀鼠と交わり、重ねられていた手はいつの間にか彼の白い手袋の中に収まり、強く握られる。視線に映ったカーキー色の制服を見て、恐らく仕事終わりなのだろう、制帽は被られていなく第三者から見て右側の前髪だけを垂らしている灰色のオールバック姿に心臓が高鳴りじわりと身体に熱が帯び始める。

「仕事、終わったんですか?」
「ついさっきね。そうしたらこの部屋から鍵盤の音が聞こえ覗いたら、案の定楽しそうにピアノを弾く名前を見つけたわけだ」
「……お恥ずかしいです」

 それと同時に、名前は自分の姿に気付いた。お風呂から上がり外に出てもあまり違和感無いようにとシャツと、制服は皺になるので部屋着用のショートパンツ、臀部まで伸び切り揃えられている長髪は纏めずにそのまま背中に垂らしており上司に会う時に着ていいような服ではない。
 さっと血の気が引いていき慌てて離れようとしたが、後ろから肩を掴まれそれに加え手を握られているので動けない、無様に足掻けば上からくつくと喉を震わせる災藤がおり、そのまま肩を後ろへ引かれ僅かに空いていた距離は、零センチ。

「あ、え、えっと……!?」
「音を教えてあげるよ。佐疫も暫くは戻らないだろうし」
「え、佐疫先輩の行方知っているんですか?」
「急遽任務に呼び出されたらしい、譜面は私が置いておいたものなんだ」
「そうだったんですか……」

 早いうちに災藤が来てくれて助かった。下手をしたら長時間待っていたかも知れないし、ほっと息を付いて帰ろうと思ったが以前身体が離れずに災藤は片手で椅子を引き握っていた手を離すと自分はそのまま椅子に座りこちらを見る名前の腰を自分の膝元に引き寄せた。

「ほら、ここに座って」
「い、いやさすがにそこは、」
「名前」
「うっ……」

 椅子は二人分くらいなら座れるが、災藤が示したのは自らの膝の上だった。上司の膝の上に乗るなんて、と血の気が引きさり気なく遠慮しようと思ったがどこか命令が篭った灰青とその低い声に背筋から嫌なものが過ぎり名前はおそるおそるロングコート越しに災藤の膝の上に身を乗せる。景色が高くなり、足元を支えるものが無くなり足はぶらぶらと宙を彷徨う。
 膝の上に座っても、身長差が大分あるため座高の高さは名前よりも災藤の方が高く、けれどもお互い座っているから顔の距離も近くなった。背中に感じる体温と、耳元を燻る呼吸の音だけで名前の心臓は壊れてしまうのではないかというくらい鳴り響き、脈打つ。そんな事はお構い無しに災藤は膝の上で大人しく座る名前の手を取り、鍵盤まで導く。触れた手が手袋越しでも分かるくらい熱く、それと同じように密着している身体からも熱を感じ取った、ちらりと灰青で彼女の顔を覗き込めば煙が出そうなほど赤く染め上がっているのを見て思わず瞳を細め口角をつりあげた。悟られないようすぐに手を鍵盤へ持っていき、音を出す。

「ほら、ここが“ド”だ。……これが分かれば後は分かるだろう? ここは何だと思う?」
「え、えっと……、“ファ”……?」
「正解」
「ぅっ」

 熱い、身体が、五月蝿い、心臓が。色々限界を迎えそうになるけれども必死に冷静さを取り繕い次に誘導された鍵盤の音を耳に入れた瞬間自分が僅かながら知っている音階を辿り答えを出せばすぐ近くで穏やかな声が振り、ほっとした瞬間首筋に生暖かいものが触れ思わず身を竦めた。
 何が起きたのかすぐに分かった、災藤が名前の首筋に唇を押し当てたのだ、控え目に響くリップ音が鼓膜を揺らす。

「え、え!? さ、災藤さっ」
「正解するごとに御褒美だ。……不正解なら、……いや、これはやりながら考えるとしよう」
「ええええ……?」
「緊張感があった方が楽しめると思ってね」
「そんなぁ……」
「ほら、次行くよ。ここは?」

 有無を言わさず笑顔を向けた災藤は困惑した顔の名前の頭をあいた手で優しく撫で、鍵盤に置いていた手を再び別の場所へと誘導させ音を出していく。
 こうなってしまっては従うしかない、先ほどとは違う音を耳に入れ、“ド”の音から何番目の鍵盤かを瞬時に考えた名前は先ほどと同じ声色で言葉を吐き出す。

「“ミ”……です」
「正解だ。……じゃあ、御褒美」
「んっ」

 癖っ毛の無い、名前の長い髪をかき分け災藤は次に名前の耳に唇を落とした。どこに来るか分からなく警戒はしていたが突然訪れた微妙なこそばゆい感覚に名前は小さく吐息のような音を吐き出す、自分でも驚くほど妙な声が出たと気付き更に身体が熱くなる。汗が出そうなほど、熱い、獄都の夜は比較的現世に比べて涼しいのに。

「身体が熱くなって来たね、そんなにここは暑かったっけ」
「ち、ちがっ、災藤さんが、」
「私が、なんだい?」
「……!」

 意地悪だ。自分で思ったことを勢いのまま吐き出そうとしたのに先に問い質されたら言えなくなってしまう、恥ずかしさで思わず睨みつければ相も変わらず自分を乗せている人物は笑っているだけ。

「何かしたなら謝るが、具体的に言って貰わないと謝罪の余地がない」
「災藤さんの意地悪っ」
「お前以外にはこんなこと私はやらないけどね」
「余計性質悪いじゃないですか……」
「ほら、次の問題だ」

 からかわれている、いつもそうだ、災藤は言葉巧みに自分を翻弄して反応を楽しんでいる。悪意が無いことは分かるしいつも優しくしてくれるから嫌ではないがこうもスキンシップが絡むと心臓も身も持たない。けれど、こうして二人きりの時間を過ごせるのは予想外だったので少しだけ嬉しい、楽しそうに笑う災藤を銀鼠の瞳に写し名前は誘導される手に目を追う。が、置かれた鍵盤の位置にピクリと眉を動かし、その後すぐに眉間に皺を寄せて災藤の方に顔を向けた。

「災藤さん……えっと、ここ」
「ちょっと難しいかな?」
「いやいやこんなところ知らないですよ……!」

 乗せられたのは白い鍵盤“レ”を挟むように並んでいる黒鍵だ。音楽を嗜んでいる物ならすぐに分かるだろうが名前はピアノに触れた機会なんて殆ど無い、ただでさえ白い鍵盤の音の位置だったあやふやなのに行き成りこんなところを指示されても分かるはずがなく黙り込んでしまった。
 数秒の沈黙が訪れた後、災藤は重ねている名前の小さな手を離し指で頬を撫で上げ、あいているもう一つの腕を彼女の腰に巻き付け、赤い耳元に唇を寄せ、小さく囁いた。

「残念。時間切れだ」
「ん、んんっ……!?」

 頬を撫でていた手で顎を掴み、顔を自分の方に少しだけ向けると自分も顔を寄せ彼女の赤い口唇に喰らい付いた。突然行われたキスに戸惑った名前は身体に思わぬ力が入り鍵盤を叩いてしまった、掌で叩かれた鍵盤が音を出しそれにも驚き慌てふためく名前を見て災藤は一度だけ唇を離した。

「ほら、こっちに集中してごらん」
「ふ、あっ……さい、とうさっ」

 顎に添えていた手を離し鍵盤に乗せられた名前の手をしっかりと掴み災藤は再び彼女の唇に自分の唇を押し当てる。吐息交じりで吐き出された自分を呼ぶ声に少なからず災藤も身体に熱を感じ空いた唇に容赦無く舌を捻じ込む。

「んっ、……ふっ……!」
「っ……」

 がっつかれていないが、完全にペースを災藤に持って行かれている。不器用ながら動かす舌に災藤の舌が絡まる度に身体中に電流が走ったかのような妙な感覚が駆け抜け、徐々に身体の力が入らなくなる。災藤に持たれかかる様に脱力しつつある身体を災藤はしっかりと支えながらも熱い名前の口内を容赦なく貪っていく。

「う……んっ、……あっ、」
「……、名前」
「は、い……?」
「お前、今凄く艶かしい顔をしているの分かっているかい?」
「へ」

 口元から垂れた唾液を拭われ、空ろな目で災藤を見ればほんのり赤みを帯びた彼の顔が目に映る。吐き出された災藤の言葉に頭が回らなかったがすぐにそれが何なのかを理解した時には時既に遅し、椅子を引く音が聞こえ背中と膝裏に災藤の手が伸び、身体を持ち上げられた。

「本当に煽るのが上手い、しかも無意識と来たものだ。……行こうか」
「え!? いや、あのピアノとかそのままだと!」
「ああそうか、ならばこうするしかない」
「!?」

 一度椅子に座らされたと思ったら災藤が自分の胸元に顔を寄せ、何事かと思った瞬間に身体が浮いた。両膝裏に災藤の腕が通されお腹辺りには災藤の肩があり目の前には彼の大きな背中と思われるもの、自身の長い髪がさらりと流れ担ぎ込まれたと理解するのに時間は掛からなかった。
 さぁっと血の気が引いていき彼の背中に両手を突き身体を少しだけ起き上がらせるも災藤は既にピアノを片付け譜面を纏め上げていた。

「さ、災藤さん私佐疫先輩をっ……!」
「言い忘れていたけれども、佐疫の任務は一日掛かりだから朝方までは戻ってこない」
「え」
「夜もまだ時間があるから、たっぷりと楽しもうか」
「(終わった)」

 もしかしたら彼がここに来た時点で自分は彼の掌の中で踊らされていたのではないだろうか、少なからずその疑問が頭の中に浮かび上がったが気付くには、遅すぎた。

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我慢出来ずに短編書いちゃいました……今日の新聞でもし出たら後日辺り口調を修正するかも知れません。災藤さん魅力的過ぎて本当に心臓痛いです。
こう、災藤さんは夢主をからかって楽しんでいるイメージ、あくまでも優しさを貫き通す策士。

題名:Raincoat.様