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 特務室に所属する名前ちゃんは結構目立つ。男だらけの中に放り込まれた女の子だし、小柄な身体には全く持って似合わない大きな鉈を武器として振り回しているし、特務室の誰にもかなわないほどの瞬発力を持っている。暖色と寒色の中間に属する灰がかった銀の瞳や真っ黒な黒髪、齢十五から十七ほどにしか見えないほど幼い顔立ち、見ていて飽きない。
 賑やかな夕食時に集まってきたのはその名前ちゃん含め特務室の谷裂くん、木舌くんの三人が並んで座っていたのを目にして、自分も少し離れた位置でその四人組が見えるように斜め向かいに座り込む。それにしてもなんだかあの組み合わせは珍しいな、木舌くんの酒好きを考えるとあっと言う間に谷裂くんに折檻されるだろう。キリカちゃんに注文をし終わった三人は席に着いてなにやら談笑をしている。

「お腹すいたな〜、すきっ腹にはどんなお酒が良いかな?」
「先輩事あるごとに飲もうとするの止めましょうよ……」
「全くだ。誰が酔ったお前の面倒を見ると思っているんだ」
「大丈夫大丈夫、酔わないようにするから!」
「うわフラグ……」

 血管が浮き出た谷裂くんが木舌くんを視線で殺す勢いで睨みつける、うわ怖い。遠くから見ている自分でも分かるくらいその視線は破壊力がありすぎるぞ。ちょっと一人でビクビクしているとキリカちゃんが頼んでいた炭酸水を出してくれたのでそれを傍にあった甘いジュースで割ればしゅわしゅわと音を立てガラスのコップの中でぱちぱちと弾けていく。暫くは気泡が弾けていくのを目に入れていたがスッと視線を上げて彼女等を見れば翡翠と紫、銀の瞳はお互いを見合い時折細めたり、つり上がったと忙しなく動きを繰り返している。彼女等の瞳は、他の獄卒達に比べても凄く綺麗だと思う。すっと手元にある透明なジュース割を彼女等の瞳に閉じ込めるように動かせば透明度が増し、ゆらゆらとコップの中で揺れ動く。

「そういえば名前、田噛とどう?」
「どうって……特に変化は無いです」
「ふん。色恋沙汰などくだらん」
「谷裂嫉妬?」
「殴るぞ木舌」
「ここ食堂ですから、喧嘩は外でやってください」

 手元にあったコップに入った液体を飲み、半ば呆れ気味に言葉を言い放つ名前ちゃんの瞳は何故だか少しだけ揺れ動いていた。泣いてるのかな? というか、名前ちゃんって田噛くんと付き合っていたんだ。盗み聞きするつもりはないんだけれどもどうも他人の交友関係って無性に聞き入ってしまうものだ、甘く口の中で弾け口内をひんやり冷やすお酒を少量ずつ喉に流し込みながら彼女等の会話を肴にする。嚥下した酒は舌をやんわり刺激し、喉を噛み付く勢いで炭酸が混じりやがて喉の奥底へと消えていく。
 田噛くんは、頭が良い、だがかなりの怠惰でめんどくさがり屋という厄介な性格の持ち主だ。いかにめんどくさい事を避けるためにはどんな行動をすれば一番かを考え実行する事に持ち前の頭脳を生かすくらい、そんな生き方もありだと思うけどね。けれども恋愛に興味が無さそうな田噛くんに彼女が居るというのはかなり驚いた。顔立ちも整っているから女性獄卒のファンも結構多いらしい、人気者の田噛くんに同じ特務室に勤める彼女が居るだなんて誰が知っているのだろうか。こんなこと言っているけれども自分は特務室の彼女等と特別仲が良い訳でもないから二人が付き合っていることを知っている連中なんて知らない。たまに仕事の流れで会話をする事はあるけれどもそれ以上の進展は無い、ただ時折名前ちゃんは廊下で擦れ違う機会が多いので挨拶くらいはする。飲み流していた酒がなくなったので、コップに再び炭酸水を注ぎ、揺れ動く透明でぱちぱち音を立てる液体を目を細めて見つめる。恋愛関係の話になっていたのに、木舌くんが新たに注いだお酒に口を入れた瞬間ぱっと顔を明るくさせて食事をしていた二人に言葉を投げ掛けた。

「ねえねえ谷裂、名前、これ飲んでみてよ。すっごく美味しいよ」
「お前が勧めるものは酒以外無いのか」
「まあまあまあまあ、ほんと美味しいから」
「一口だけ貰って良いですか?」
「うんもちろん。はいあーん」
「いやいやいや自分で飲めますから」
 
 あれ、よく見れば木舌くん顔赤い? 出来上がってるのか? お酒は結構強い方だと想ったのだけど……ああでも、楽しい場面に交っていると酔うのが早くなるなんて自分の友人であるガスマスクの奴も言っていたしそれが正しいのかも知れない。最も、自分は当事者じゃないから分からないけれども。彼が手にしたコップを受け取った名前ちゃんは控え目に口を付けるとそのまま液体をグイっと煽った。……あれ、確か彼女ってお酒弱い方じゃなかったっけ? 屋敷内でお酒に弱い人はほぼ少数なのである程度の人たちの事はよく耳にする。酒を一気に煽った名前ちゃんを見た谷裂くんと木舌くんは飲む量に驚いたの双方綺麗な翡翠と紫を大きく見開いて彼女を食い入るように見つめた、と否や空になったコップを叩き壊す勢いでテーブルに叩き付けた名前ちゃんの顔は遠目からでも分かるくらい赤く熱を孕んでおり綺麗な銀の瞳は見る見るうちに湿り気を帯び透明な液体がぼろぼろと流れ出し嗚咽なのか身体を上下に揺らし始めている、ああ、なんだか、めんどくさそう。

「な、名前!? そんなに飲んで、」
「う、……うあああああ……! どうしてこんなおいしいの秘密にしてたんですかっ木舌先輩ぃいいい……!」
「おい木舌、これ度数幾つだ!」
「えっと……四十?」
「ならばさっさと言っておけ!」
「痛い!」
「うぅううう……ひっく……! ああああ……!」

 あーぁ、大変だ。思わず遠目からくすりと笑ってしまいそうになるが何とか口角を上げるだけにして彼女等を傍観する。けれどこれだけ見ていて一度も視線が合わないのもなんだかなぁ、まあ仕方が無いか、向こうから見たら自分が誰かなんて分かるわけないし酔って泣き出してしまった名前ちゃんも判断能力が鈍っているから自分がよく挨拶をする同僚とは気付いていないだろう。ゴツンと鈍い音が響いて谷裂くんが木舌くんに拳骨をお見舞いする。痛そう、谷裂くん身体も大きいし力も強いから下手したら頭蓋骨陥没するんじゃないか。

「……どうするんだ、名前は一度泣き出すと厄介だぞ」
「迎え呼ぶ?」
「そうだな。……どうせアイツも部屋に居るだろう」
「じゃあ田噛が迎え来たらお開きにしようか。待っててね名前」
「うっ、うぅぅっ……!」

 泣き上戸って、ほんとにお酒飲んだだけで泣いてしまうものなんだ。実際に目の前で見ると凄い光景だ、もしかしたらこれからやって来た人は谷裂くんと木舌くんが名前ちゃんを泣かせたと勘違いしそうなくらい彼女は大粒の涙を流して嗚咽を零しているし。
テーブルに置いてあった携帯を取り出した木舌くんは手馴れた手つきで携帯を操作するとすぐに画面を耳に当てて食堂を後にした。確かにこんな賑わいじゃ会話をしようにも雑音が入って会話が出来ないか、今だ泣き続けて谷裂に何かを言っている名前ちゃんと、めんどくさそうにしながらもきちんと相槌を打ち会話を試みている谷裂くんはなんだか微笑ましい。例えるならば喃語を喋る赤ちゃんとそれに対応して会話を楽しんでいる父親みたいな。
 ぬるくなって来たお酒を煽って相も変わらず彼女等を見続けていると、すぐに木舌くんが帰ってきて名前ちゃんの頭をぽんぽんと叩きながら座り込んだ。

「すぐ来るって」
「名前、水を飲め」
「ひっく……!」
「大丈夫だよ〜、ちゃんと田噛来るから」
「……名前」
「あ、田噛」

 ほろほろ涙を流し机に突っ伏す名前ちゃんの肩をゆっくり撫でる木舌くんと近くに水を差し出す谷裂くん。なんだろう、あの一角だけ保育所に見えるのは気のせいかな。しかし、ほんと特務室の連中は見ていて飽きない。こんな面白いメンバーが揃うならば自分の配属先を特務室に志望すれば良かった、今の課が嫌な訳ではないけれども上司が肋角くんと言う時点で面白い事になるだろうと予測はしていた、否、まさかここまでとは……。ちらほら人が居なくなり気がつけば残されたのは自分と、あの三人組だった。手元を見ればジュースが入っていた瓶は中身が無くなって、後は残された炭酸水だけ。、仕方ない、炭酸水で我慢しようと思い手を伸ばした瞬間真っ白いシャツに緩めのズボン。いかにも部屋着という格好をした特務室の一人が食堂に入ってきた。けだるげな橙色の瞳を動かしある一点を見た瞬間ハッと重たそうなため息をついて三人組に近寄った。

「やっと来たか」
「ったく連絡来たから来てみれば……、なんだよコレ」
「名前がお酒を一気に飲んじゃったからさ〜、不可抗力?」
「眠ってしまってはかなわん、田噛、早く部屋に連れて帰れ」
「だりぃ……ほら帰るぞ名前」
「っく、うああああ……! たがみぃいいい……!」

 心底めんどくさそうに表情を顰める田噛くん。おいおい彼女の事だぞ、なんて思ってしまうが自分の恋人もあんな感じだったら多分顔顰めちゃうかも、ほんと酔っ払いって色々めんどくさい。
 机に突っ伏していた名前ちゃんの腕を取り立ち上がらせると名前ちゃんは眠ろうとしていたのかかなり瞼を重たそうに数回瞬きをした後に田噛くんの顔を一瞥したと同時にまた涙を流し始めた、……ほんと、大変だ。

「意味わかんねぇ、……なんで泣くんだよ」
「泣いてないよっ……田噛の馬鹿……!」
「あーはいはい……さっさと帰るぞ。ほら乗れ」
「わー……たがみ、優しい……」
「じゃあね。おやすみ田噛、名前」
「さっさと寝ろよ」

 立ち上がらせたけど、どうやら名前ちゃんの酔いはかなり回っているらしくふらふらした足取りが気になったのか田噛くんはまたため息を零すような動作をして座り込むと名前ちゃんに声を掛ける、ああ負ぶっていくのか、こんなところ他の女の子が見ていたら大惨事だろう、なんて考えていると名前ちゃんは涙のいつの間にか止まっておりそのまま素直に田噛くんの背中に体重を預けた。
田噛くんも結構小柄なわりに力はあるらしくそのままゆっくりと立ち上がると木舌くんと谷裂くんの方に顔を向けて「程ほどにしとけよ」なんて声を掛けている。後ろの名前ちゃんも酔いが多少落ち着いたのか「おやすみなさい……」と控え目に声を投げ掛けており、その光景がなんだか微笑ましく見えてしまう。
 さて、そろそろ自分も部屋に帰ろう。最後にしゅわしゅわと、威力はあまり無くなってしまったが弱い力で弾ける炭酸水を田噛くんと名前ちゃんの前に掲げると二人の姿は陽炎のように炭酸水の中で揺れ動き橙、銀の宝石は炭酸水の中できらきらと光り揺らめく。

「うーん……良い。……あ」

 チラリ、銀と橙の宝石が炭酸水越しにこちらを見たような気がして、思わず掲げていた味もしないその水を一気に流し込んだ。うわ美味しくない、やっぱり炭酸水は割った方が良いかもしれない。
 そして、気がつけばあの二人は居なくなっており、木舌くんと谷裂くんも各々帰る準備をしだしている。

「やっぱり特務室の連中は面白いなぁ」

 今度肋角くんに頼み込んで特務室で一日だけ働かせて貰おう。そして改めて自分の紹介をしてもらおうかな、けれどもあえて名前を知らせないほうが後々観察するには楽かなぁ? うん、絶対楽だ。仕方ない、惜しいけれども彼女達の話は直接肋角くんに聞くとしよう。
すっかりぬるくなった炭酸水を全部流し込み、ゆっくりと目を瞑れば雑音は無くなり静寂だけが流れ込む。瞼の裏に焼きついた炭酸水の中で輝く橙と銀、翡翠と紫の宝石は忘れられないだろう、今度は黄、青、水色の宝石も眺めたい。

「村皮ちゃーん、飲み終わったならコップ持ってきてー」
「了解。すぐ行くよキリカちゃん」

 瞼の裏で揺らめいていた宝石たちはキリカちゃんの声により掻き消されてしまったけれども、まあ良い。また見れば良いのだから。
立ち上がり水滴が滴る空のコップに目をやれば、先ほど見た銀から零れる涙と同じように重なり、やはり彼女等は面白い、なんて心の中で言い切った。

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傍観者な今回の主人公、村皮(むらかわ)さんです。肋角さんをくん付けで呼ぶ事が出来るくらいの古株で結構お偉いさんです。特務室の人たちに興味津々。性別はまだ決まってないので敢えて公開はせず、……男と女どっちにしようかなぁ。
傍観者から見た後輩獄卒たちを書きたかったので満足です。