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 地獄で罪を償っているマキという女性は、今まで付き合ってきた女達とは何かが違っていた、具体的に何が違うんだ? と聞かれると正直言葉に詰まってしまうけど僕なりに違和感を感じるのは本当だった。それがなんなのかは全く分からないし、正直別にどうでも良いのだけれど妙に彼女に興味が沸いたから時折地獄へやって来ては彼女に会いに行く。
 ほんと、一体どうしてしまったのだろうか。

「やあマキくん」
「あ、名前1くん」

 僕は、結構人の感情には鋭い方だ。生前でも多分そうだったのだろう。思い出したくない過去が脳内をチラついたのを振り払ってガスマスク越しにいつも浮かべている笑顔を浮かべ、彼女に声を掛けるとマキくんは一気に表情を綻ばしてこちらへ駆け寄ってきた。多分、だけれども、もしこんなことを仲間に言ったら自惚れ、と思われるかも知れないが彼女は僕に少なからず好意を抱いているはずだ。女性と付き合ってきて自然と身に付いた相手に好意を寄せている時に無意識にする仕草や声のトーン、視線などの違いはなんとなく分かる。こう見えると僕は結構嫌な奴だな。
まあそこは置いておいて、その幾つかが僕に対する彼女の仕草や行動にも現れているからそうなんだろうなあと思う、思うだけで、絶対的な確信は無い。正直好意を向けられていようがいまいがどうでも良い、僕は何があっても自ら求めることも好意を向けることもないのだから。

「相変わらずガスマスク付けたままなのね」
「これが僕のステータスだからね」
「ふふっ、なにそれ」
「なぁに? 僕の素顔見たい?」
「そ、そういうわけじゃ」

 からかうように言えばマキくんは分かりやすいくらいすぐに顔を赤くさせてそっぽを向いた。生前はOLだっけ、過去のことは深く追求しなかったがある程度の事は仲間から聞いた、まあ彼女に話すことはないけれど。
そっぽを向いたままの彼女にからかってごめん、という意味合いを込めて、その柔らかい茶色の髪に手袋越しに撫で付ければスッと彼女の目が細まりその桃色の唇が弧を描いた。
女とは単純だ、ああそれは男もか。好意を向けている相手に触れられればすぐにそれが表情に現れる、マキくんなんかは古典的だ。こういう初心な反応は正直可愛いと思う、最近は妙に高飛車な子としか付き合っていなかったから新鮮味を感じる。

「マキくんになら見せても良いけどね」
「どうせ見せる気ないくせに……」
「そんな事ないよ〜? ただマスクしてる方が落ち着くんだよね」
「ふうん? けど名前1くん背が高いし、ガスマスクも重量ありそうだから威圧感を少しだけ感じる」
「ごめんね、朝からフられて頬が赤いんだよ」
「ふふっ、なにそれ」

 マスク越しに目を細めて笑えばマキくんも楽しそうに笑っている。ほんと、よく笑う子だな、聞く限りだと結構亡者になっていたときは暴れて大変だったと聞いていたのだけれど全然想像出来ない。でも女の人って結構本性隠している場合が多いから彼女もそのパターンなのだろうか、どうでも良いか。
にしても人がフられたのを聞いて笑うのか如何なものかと思うぞ、と思ったけれど何回かこういった類の話をしているから彼女も慣れたのか、僕は普通の男と違って結構特殊だし。

「叩かれたんだ」
「そう。さいってい! って叫ばれちゃったよ」
「でも、その子の気持ち分かるかも」
「けれど、僕は付き合う前に言ったんだけどね、……求められたら応えるけど、自ら求めるようなことはしないし出来ない、と」
「恋をすると、どんどん貪欲になるものよ」
「それはそうだね」

 生前、僕はお互い相思相愛だった女性と一悶着あり裏切られ、そこから人を愛する事が出来ていない状態だ、彼女もそれは知っている。
人を心から愛することが出来ない、求められたらそれ相応に応えるが愛する事が出来ない僕は相手に何も求めないよ。と必ず告白して来た女の子には言うようにしている。
大抵は諦めたりするもんだけれど、それでも構わないという子とは付き合う。が、やはり大人しく我慢強い子も恋になると欲望が一気に高まるのか求められたいという欲求が強くなり不満をぶつけられる、だから最初に言ったじゃん、と言えば顔を真っ赤にして頬を叩かれるか罵詈雑言を浴びせられその関係は終わる。見返してみれば、最初に忠告したにも関わらず付き合う意味が分からない、どうして、ああしかし第三者から見ても僕は結構最低な奴かも知れない。

「名前1くんは、カッコいいもの」
「……ん?」
「私も、名前1くんが好きよ。……本当は寂しいのに何も言わず我慢して、いつも笑ってる意地っ張りな貴方が、好き」
「マキく、」
「名前1くんは臆病なだけよ、愛したら、また裏切られてしまうんじゃないかという感情が蝕んで、前に進めない。名前も、呼び捨てにしたりちゃん付けにしたら、きっと特別な情を持っちゃうから、だから」

 ぞわっと鳥肌が立った。今まで閉じ込めていた、敢えて目を向けていなかった事実を指摘されたようで目の前がぐらぐら揺らいで冷や汗が流れてきた。多分、マスクをしていなかったら第三者の人から見たら僕の顔はかなり滑稽だろう。指先が冷えて、身体が熱を失っていくのが手に取るように分かる。
どうして、彼女は、暴かれたくなかった出来事を白々しく吐かれ気持ち悪かった、僕から目を離さずじっと見つめる彼女を無意識に殺してしまいそうでもある。

「やめて、マキくん」
「けれど、そこも含めて私は貴方が大好き。……私は、貴方を裏切らない」
「怒るよ」
「……泣きそうな顔、してるのに?」

 震える僕に優しく触れて、マキくんはゆっくり手を伸ばしマスクを外す。視界が明るくなり、妙に優しげなマキくんの顔が映りこんで唇を噛み締める。見ないで、よ、そんな顔されたら僕どうすれば良いのか、分からない。一瞬だけ、視界が緩んで泣きそうになり彼女に対して特別な想いが芽生えそうになりスッと手が伸びたけれど、その瞬間、昔見た、唯一愛した人が脳内を掠り消えていく。
ダメだ、やっぱり、僕は、

「そ、んなので僕を落とせると思った?」
「……」
「確かに少しだけ不意打ちを喰らったけど、……そんな甘い戯言で僕が絆されると思った? ……はっ、笑止の沙汰だね」
「名前1くん」
「なんだか気分が悪いや、今日は帰る」
「良いじゃない、絆されなくても」
「は?」
「私で試してみたら? 本当に、私が貴方を愛しているか疑っているなら、何がなんでも分からせてみせる」

 どこか得意気で、釣りあがった茶色の瞳に何かが背中を走りぞくりとした高揚感を覚えた。試されている、その言葉が脳内に木魂して不思議と悪い気はしなかった、今までこんな挑発染みた言葉を言う女性が居ただろうか、いや、いるはずがない。僕の表情がおかしかったのか、マキくんはすっと目を細めて僕の襟を掴んだ瞬間冷えた唇を押し当てる。
顔はすぐに離れて、「どう?」なんて甘い声色で囁く彼女に胸の奥が燻るが、それはすぐに消えていく。僕が落ちるか、彼女が諦めるか、これは一つの勝負なのか、新しいゲームを見つけた子どものように思わず口角を吊り上げれば彼女もまた楽しそうに笑った。

「決まり?」
「……ノッた」
「ふふ、良かった」

 こうして、どこかおかしな関係性を結びつけた彼女が出来た。どうせ、出来っこないのに……いつ転生するかも分からないのに今思えばどうしてこんな条件を呑んでしまったのだろうか。



 それからというもの彼女の熱烈的アプローチが凄かった、ほんと、もうそりゃ凄い。僕を見かけた瞬間にマキくんは犬の如く飛びつき飛びっきりの笑顔を見せて身体を密着させてくる、それにはさすがに一緒に居た谷裂くんとかが軽く引いていたのも思い出した。まあスキンシップやアプローチが凄いのは歴代の女の子の中でも何人かいるけど、僕がどれだけ冷たくしてみても彼女は恐れることなく変わらぬ態度で僕に接し愛情を向けてきた。
 これが最長半年、徐々にほだされていく僕も僕だけれど、彼女は半年前と全く変わらない態度を見て少しだけ彼女を信じて見ても良いかなと思ってしまった。……ほんと、今まで培っていた人を愛せない精神はどこにいったのだろうか、いやでもまだ彼女に惚れてはいない、少しだけ信じてみても良いかなと思っただけだ。つまりはまだスタートラインに立ったばかりなのだ。

「どうしたの? 急に呼び出して」
「……参りました。少しだけなら、君を信じてみても良いと思ったよ」
「ほんと!? さすが私ね、愛に勝るものはないの!」

 楽しそうに笑うマキくんに、僕も思わず笑ってしまった。どうしてここまで喜べるのだろうか、笑ったと同時にそこが不思議でたまらない。目の前で嬉しそうにはにかむ少女がどこか可愛らしく、それでいて愛おしく見えた、のは言わないでおこう。
僕の言った言葉がよほど嬉しかったのか、マキくんはゆるゆる口角を上げてにやけながら僕の手を握り締める。

「じゃあこれからは少しだけでも良いから、私にも我儘を言ってね!」
「まあ、気が向いたらね」
「いつでも待つわよ」
「……そこまで真剣でしつこいのは、君が初めてだよ」
「結構執念深いのかしら? 勝負事には燃える体質みたいな?」
「……ふはっ、なにそれ」

 思わず破顔一笑すれば得意そうに笑ったマキくんの表情に胸が少しだけ高鳴る。僅かばかり、もしかしたら君に惚れてしまう日が来るかもね、そんな考えが脳裏を過ぎって思わず彼女の髪の毛を撫で付けた。

「もう、子ども扱いはしないでよ」
「実際、僕より年下じゃない?」
「……むう」

 今なら、この人を信じても良いと思った。こう見えて僕は結構彼女に入れ込んでいるみたいだ、全く、昔の僕が見たらさぞ嘲笑されるだろう。けれどもう終わりにしても良いのかも知れない。



「転生が決まった、の」
「……へえ」
「名前1く、……わ、私」
「おめでとう、良かったね」

部屋に来たマキくんを招きいれた瞬間に発せられた言葉に思わず身体の動きを止めたが、すぐに何食わぬ顔をして彼女の方に振り返れば今にも泣き出しそうなマキくんがいて、マスクの奥底で笑顔を貼り付けたまま手を伸ばしその肌色の輪郭を指でなぞればその茶色の瞳からは涙が零れて僕の指を濡らしていく。どうして泣いているんだろうね、転生出来るんだよ、嬉しいことじゃないか、罪も償い終わったんだよ。なのに、どうして泣いているの?

「だ、って……名前1く、泣きそう……っ」
「はっ、この僕が?」
「ごめんね、ごめんね……!」

 僕の身体に縋り付いて泣き喚くマキくん、僕はその震える身体に手を回せずにただ呆然と彼女のつむじを眺める。彼女と出会った期間を含めれば一年半、長いようで短い時間だった。それと同時に、一年前の約束を思い出した、……残念だったね、一年前に約束した勝負は僕の勝ちかもしれない。

「僕、結局君のこと好きにならなかったよ」
「……私の、負けね」
「そうだね」

 吐き捨てた言葉は妙に震えているのになんて、気付かないよ。僕は少しだけ君を信じてみようと思った半年前、そこからの日々はとても楽しかった、人を恋愛感情以外で信じる事はまあ多々あったけれども恋愛感情と言う一つの括りで見たマキくんの姿は眩しかったんだ。……ちょっとだけ生前楽しかった日を思い出しちゃったよ。けれどやっぱり僕を縛り付ける呪縛は強くてマキくんのことは一人の女性として、恋愛対象としては見なかったよ。だから別に君が僕を裏切ったと思って謝る必要はない、だって好きになってないもの。
ねえ、やめてよマキくん、そんな切なそうな顔で見られたら僕どうして良いか分からなくなるよ。

「名前1くん」
「なに」
「……泣いちゃ、やだよ」

 泣くわけないじゃん、結局この勝負は僕が勝ったんだから。やめて、ねえ、やめてよ……マキ、惨めだよ。
全てが嫌で、色づいてきていた未来が急激に崩れ落ち灰色に染まっていく。ひゅっとマスク越しに息を吐いた瞬間に視界が揺らいだ。ねえ、本当はさ、本当は……、

「マ、キ……行かないで」

 彼女に聞こえないように囁いて、ぎゅっと目を瞑る。
さようなら。僕が、愛したお嬢さん。

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最後まで題名を「さよなら愛しのバンビネッタ」にしようか迷いました。昔書いていた小説の題名。ただイタリア語入れるとなんか物語的におかしいから……お嬢さんに。
バットエンド担当世靄ェ……。マキちゃん視点も後日載せます。