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 佐疫はピアノを弾くのが上手い。初見で見た楽譜をすらすら弾けるし、聞いているだけで心が安らぐ。

「佐疫、入る……っと」

 休日、彼にお菓子を届けるべく部屋に行ったら、真剣な顔でピアノを弾いていた。部屋に入るのを躊躇われたけど彼の演奏を聞き入りたいのでこっそり部屋に入る。が、彼はチラッとこちらを見たかと思うと演奏を止めてしまった。

「(あーぁ……)」
「やあ、どうしたんだい名前」
「クッキー焼いたから、一緒に食べようと思って」
「ほんと? ありがとう」

 すっとお菓子が入った皿を差し出すと、彼はふわっと破顔してそのお皿を受け取った。可愛らしいなぁ、へたな女子よりもなんだか女子っぽい。
戦ってるときはまさに男性そのものだけど。こういうギャップって地味に萌える。

「一緒に食べようか」
「うん。もちろん」
「ふふ、じゃあ座っててね」

 部屋に招かれて、ミニテーブルの近く座っていると、間もなくして彼は紅茶が入ったカップを持ってきてくれた。
お皿からラップを外して彼に差し出すと、佐疫は嬉しそうに一枚取る。

「いただきまーす」
「召し上がれ」

 たくさん作ったからいっぱい食べてね、と言うと佐疫は嬉しそうな顔でクッキーに口を付ける。
ドキドキしながら様子を窺っていると、ふにゃと佐疫が顔を緩めた。

「……どう?」
「美味しい、すっごく美味しいよ」
「よかった!」

 クッキーは嫌というほど作ったけど、やっぱり食べてもらうたびの緊張感は慣れない。美味しそうにクッキーを頬張る佐疫を見ながら紅茶に口を付ける。

「名前は食べないの?」
「もうちょっとしたらね。食べてる佐疫見てる方が楽しいし」
「え……」

 笑みを零さず言うと、佐疫は食べていたクッキーを置いて照れ臭そうに顔を逸らす。女子か、思わず心の中で突っ込む。

「や、やだなあんまり見ないでよ」
「ふふ、照れなくても良いのに」
「あんまり意地悪言うと抱きつくよ」
 
 むっと唇を尖らせる彼に、ごめんごめん、とだけ謝る。怒らせると怖いし。私も自分が作ったクッキーを一枚手にとって口に含む。あ、美味しい。上手く出来て良かったーと呟くと、佐疫が突然私の腿に足を乗せてきた。いきなりなので軽く咽る。

「っ、げほっ!? さ、佐疫!?」
「クッキー食べてる姿可愛かったから」
「り、理由になってない」

 してやったり、ぺろりと舌を出す佐疫にきゅんとする。可愛い、可愛いから許す。
佐疫は暫く膝の上で視線を彷徨わせたかと思うと私の目を見て笑う。

「膝枕憧れてたんだー、これ良いね」
「そう? ……でも、アングルで顔見るの新鮮かも」
「名前の腿柔らかい」

 甘えるようにお腹に擦り寄る佐疫、なにこれ可愛い。猫みたいな彼の頭を撫でると擽ったそうに身を捩った。普段しっかりしてる彼なのにこういった甘えたなところが凄く可愛いし、好きだなー。

「なんか、さ」

 お腹に顔を埋めていた佐疫がポツリと言葉を洩らす。私は頭を撫でていた手を止めて彼の言葉を待つ。

「こういう何気ない日常って、幸せだよね」
「……うん」

 なんだか照れ臭くなって、私は彼のさらさらの髪に指を通した。