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「佐疫、本当にありがとね!」
「大丈夫だよ。無理はしないでね」
「うん! 押し付けちゃってごめん」
「大丈夫だよ。けど今回だけだからね?」
「えへへ、気をつけるね!」

 ああほんと、優しい顔すれば付け上がるからもっと手厳しい言葉を掛けたいけれども下手に変な噂を流されると困るから俺は笑顔を貼り付けたまま手を振って彼女を見送る。
元々困っている人を放っておけないから他人を助けたりとかはしていたが、いつしか周りの目を気にするようになり、自分の言葉で相手が傷付いた顔をするのに酷く怯えていた。特に侮辱的な目には耐えられなくて、その目を向けられないために、なにか物事を頼まれたりすれば快く承諾して自分では弱音や嫌味などは全く言わないようにしていた。つまりは、自分の感情の一部を押し殺しているのだ。
 それは、彼女である名前にも同じだった、未だに自分の本心を言い出せない。

「佐疫、お疲れ様」
「あれ名前」
「偶然通りがかったら佐疫を見かけたから。また手伝ってたの?」
「うん、用事があって出来ないから代わってくれって」
「相変わらず優しいね、佐疫は」
「そんなことないよ。名前こそ一日書類作成していたけど大丈夫?」
「私は大丈夫だよ。佐疫はクマ出来てるみたいだけど」

 心配そうな表情で俺の目の下に触れる名前。正直に言えば頭が痛くて寝不足のせいで気持ちも悪い、それを言ったら多分彼女は寂しそうな顔をして俺のことを心配するのかな。名前の笑顔を崩すのが嫌で辛いと言いたかったけれど言葉は舌の上を転がって吐き出せなかった。いつまでも、こうじゃいけないのに。
黙りこくった俺を見つめている名前は、なにを思いついたのか俺の手を取ってふわりと笑った。

「佐疫、今日私の部屋に泊まっていかない?」
「え、でも」
「良いから。お菓子作ったから一緒に食べよう」

 笑った名前に戸惑いつつも、彼女は俺の手を握るとそのまま自室へと引っ張って行く、触れ合った手にじんわりと熱が溜まっていくのが分かった、そうだずっと忙しくてこうして触れ合うことも出来なかったんだ。どうしてそんな不満を名前は言わないのだろうか、もしかして本人はそこまで気にしていないのか、ああダメだ、気分が悪いとネガティブになってしまう。
 なんで会う機会や触れ合う機会が作れなかったんだっけ、ああそうだ任務や他の同僚の手伝いに追われていたからだ。本音を言えば断りたかったけど、傷付いた表情や期待を裏切ることによって向けられる冷たい目が恐くて仕方が無いから断りきれなかった。彼女にはかなり申し訳ないことをしている。

「今日の朝からずっと作ってたんだ、佐疫も最近忙しいみたいだったから気分転換にはなるんじゃないかと思って」
「……そうだったんだ」

 少しだけ寂しそうな表情で寂しいと言われた時、嫌なものが身体に纏わりついたが彼女は気にせずにオーブンの中から取り出した色とりどりの焼き菓子をお皿に盛り付けていく。彼女の手料理、最後に食べたのはいつだろうか、このまま忙しさに身を任せば彼女を忘れてしまいそうで酷く恐い。
 そうだ、もしこのままずっと忙しさに追われて名前との時間を作れなくなってしまったら彼女は俺に呆れて傍から離れて行ってしまう、どうしよう、次に話しかけられたときに別れ話を切り出され酷く冷たい目で見られると思うと身体がすくんで冷や汗が流れ出る。
嫌われる、ずっと目を背けていた自分の口から吐き出せずにいた否定や拒絶が、一番大切な名前に、脳内が拒否していたあの冷たい目や表情を向けられて吐き出される。

 気がつけば身体が震えて、目の前が真っ暗になってじわりと視界が揺らいだ。なにかが切れる音がして俺は震えながら言葉を吐き出した。

「いや、だ」
「佐疫?」
「ごめっ、ごめんね名前……!」
「え、なに、どうしたの!?」
「俺、頑張るから……、もっと、他人も名前も傷付けないように頑張るから、嫌いにだけはならないでっ……!」
「待って、どういう意味……? 落ち着いて佐疫!」

 脳内がぐちゃぐちゃになって勝手に溢れ出る涙を流しながら縋り付くように驚きで目を見開く名前の服を掴めば彼女は突然の自体に付いて行けずただただ困惑した表情を向けるだけだった。
恐い、歪んだ表情が俺を射抜いて身体の芯から冷え切っていくのを感じた、どうしよう、嫌われる、捨てられる。まだ、俺はなにも成長出来ないまま、成長を止めてしまう。

「寂しい思いさせてごめん、だから、嫌いにならないで……俺に冷たい目を向けないでくれ……!」
「ねえ佐疫どうしたの? 私はそんなことしないよ。……佐疫、一体何を溜め込んでいるの?」
「俺が、溜め込んでいる……?」
「あのね、ゆっくりで良いから聞いて?」

 先ほどとは打って変わって穏やかな笑みを浮かべた名前はタオルで優しく顔を拭ってくれる、寂しい思いをさせたから、嫌いになったんじゃないの。と言おうと思ったが言葉が上手く出ずにただ空気を喉に飲み込むだけだった。

「私は佐疫を嫌いにならないよ。絶対に」
「っ……」
「何を思いつめて、溜め込んで悩んでいるの、……教えて、佐疫」
「……溜め込んでいることなんて無い、よ」
「そんな涙ぼろぼろ流してるのに? 普段の佐疫ならそんなことやらないでしょ」

 人が良くて、絵にかいたような優等生。をずっと保ってきていたのに何時しか他人から向けられる冷たい目や傷付いた顔、侮辱的な目に怯えるようになり拒否や拒絶という感情や言葉を徐々に殺すようになった。俺に愛情を向けてくれていた名前にも、あの表情が向けられるのが恐くて仮面を被るようになってしまった、俺はこの話をすれば彼女は呆れて嫌ってしまうのではないかという不安に駆られるが、全てを見透かすように俺の瞳を見つめてしっかりと掌を握り締めている。拭いてくれたのに再び溢れた涙が拳の上に降って来る中で俺は今まで溜まっていたものを吐き出す。

「最初は、傷付いた顔を見るのは、生きているうえでは仕方が無いって思ってた……。けど、何時しかその表情が恐怖に摩り替わって、それが自分に向けられていると思うと酷く罪悪感を感じて心が壊れそうだったんだ……」
「だから、相手を傷付けないようにどんなに大変な仕事でも引き受けてたの?」
「うん。……そんな表情を見るくらいなら、大変な思いをしても俺が全て引き受ければいいと思ってた、……恐くて仕方が無いんだ、明確な理由は無いけれど。それは、名前に対しても同じだよ」
「……思い返せば、どんなに難しい頼みごとでも嫌な顔せずに引き受けてくれたよね、確かに拒絶や拒否をされたことがないや」
「その顔を見たくないんだ、他人でも……名前でも」
「……」
「いつしか、自分の感情を押し殺していたのかもね、……けど、心が壊れそうになるなら感情を殺した方がマシだよ」

 最後は彼女の顔を見られなくなり俯き気味に言えば最後は黙って俺の言葉を聞く名前。思った言葉を全て吐き出せば涙が止まっていて、溢れ出たのは言ってしまった、という後悔だけだった。どうしよう、こんなことを言われたら俺だったら絶対引いてしまう、付き合いが長いのにずっとこの事を隠していたのだ。もしかしたら嫌われて当然なのかもしれない。

「名前、俺」
「ごめん、ね、佐疫」
「え?」
「本当に、ごめんなさい」
「名前……?」

 名前の口から出された謝罪の言葉で思わず顔を上げれば今にも泣きそうな表情の名前が俺に抱き付いてきた。意味が理解出来なくてただただ呆然としていると名前は小さな身体を震わせて鼻を啜りながら俺の髪の毛を梳いて、片方の手はただただ無我夢中に俺の身体を掴むだけ。
泣いている、名前が、俺のせいで? どうしようどうしよう、目の前が真っ暗になって嫌なものが流れ出てくる、黒い感情が身体を蝕んで、こんな俺が彼女に触れれば彼女が穢れる、なんて考えまで浮かんできた。

「ごめっ、ごめんね……、気付かなくて、ごめん」
「なんで、名前が泣いてるの……?」
「だって、ずっと佐疫のこと気付けなくて……そんなに悩んでいるのに私理解してなくて……、それなのに佐疫のこと分かってるつもりだった」
「そんなことは、ないよ」
「あるよ。私は、佐疫の彼女だよ? 一番君のことを理解してあげて辛いことも共有していくものだと、思ってる」
「っ……」
「ねえこれだけは知って、私はどんなことがあっても佐疫のことは嫌いにならない。けどね、自分の感情殺さないで。自分を殺しちゃダメだよ……」
「お、俺は」
「克服、は難しいかもだけど少しでも和らげるよう協力する。どんなに時間が掛かっても私は佐疫の味方だから」
「……っ!」
「大好きだよ。佐疫」
「くっ、う、ああ……」

 泣き笑い気味に俺の唇にキスをして来た名前に溜まっていたものが弾け飛んで堰を切ったかのように再び涙が、今度はたくさん零れ出て嗚咽まで出てきた。寝不足で頭が痛いのにこんなに大泣きをしたら頭割れるんじゃないかな、けどその痛みすら苦にならないで俺は彼女を強く抱き締める。この言葉を、いつか待っていたのかも知れない、誰かに、いや一番大切である名前に言って貰えるのを待っていたのかな。

「名前っ、ごめ、ごめん……!」
「なにも悪い事してないよ。けど、我慢していたのは良くないかな」
「うん……! ありがとう、ずっと、君に言って欲しかった、のかもしれないね……」
「気付くのが遅くなってごめんね。結果的に自分からは気付けなかったけど。……私は、ずっと佐疫の傍にいるよ」
「う、くっ……! うあああああああああ!」

 愛おし気に頭を撫でてただただ俺の身体を包み込む名前、彼女の言葉や、体温が伝わるたびに涙が溢れ出て子どものように彼女に縋り付いて俺は泣き叫んだ。
何も言わずに頭を撫でてくれる名前が堪らなく愛おしくて、けど言葉を出そうにもそれは嗚咽しか出てこなくてただただ彼女に縋り付くことしか出来なかった。



「ん……あれ」
 
 いつの間にか意識が飛んでいて、なぜだか閉じられていた目を開けて言葉を出したら、自分の声が酷く掠れていて喉が少しだけ痛い。泣き過ぎによるせいで頭もがんがんするが寝不足で悩んでいた頭痛や気持ち悪さは無かった。

「おはよう佐疫」
「あ……名前?」
「床でごめんね、ベッドに運ぶには重くてさ」

 身体が横になっていて、布団が掛けられていた。冴えてきた目で見れば名前が隣で横になっていて俺の頭の下には彼女のか細い腕が敷かれていた。つまり、泣き疲れて寝ちゃって、ベッドには運べないから床に寝かせてしかも名前が腕枕でずっと傍にいてくれたってこと? 頭の中で順序立てて整理していけば酷く自分の情けなさに苛まれて顔に熱が溜まった。

「うっわ、恥ずかしい……! ごめん、重かったでしょ?」
「ちょっとね。けど寝ててもずっと私から離れようとしなかったし、腕枕したら寝顔穏やかになったから、可愛かったよ」
「……ど、どのくらい寝てた?」
「二時間くらいかな。私も少し寝てたから正確な時間は分からないけど」
「ほんっとうにごめん! 腕痺れちゃったでしょ」
「佐疫も良くしてくれるじゃん、お返しだよ」

 女々しさで顔を真っ赤にさせつつも身体を起き上がらせれば名前はくすくす笑いながら乱れた髪を整える。なんだか波乱万丈な一日だ。

「佐疫、大丈夫?」
「ん? ……うん、なんか言ったら少しだけすっきりしたよ」
「大変だと思うけど、ずっと支えるからね」
「……ありがとう。感謝し足りないよ」

 これはまだスタートを切っただけだ、今まで築き上げてきた恐怖心を壊すにはかなりの時間を有すると思うけれど、支えてくれる人がいれば幾分楽になるだろう。本当に、彼女には感謝してもし足りない、それと、今まで彼女に会えなかった分のツケが今になって回ってきた。

「名前」
「ん」
「はぁっ……」

 少しだけ濡れた柔らかい唇にキスをして頬を撫でればきょとんとした顔をしたらすぐに顔に熱を孕ませて視線を下に落とす。身体を引き寄せれば緊張しているのか妙に強張っている、可愛い、久しく触れていなかった彼女の熱く柔らかい身体が今自分の手の中にあり手を伸ばせば自分の身体に刻み付けられる。
張り詰めていた意図が千切れて、言葉を吐き出そうにも出たのは熱い吐息だけ、ごめんね、と呟くように言ってまた唇に自分の唇を押し当てる。

「さ、えき」
「好きだよ、ごめんね名前」

 爆発しそうな理性をぎりぎり抑えて、出来るだけ優しくするから、と言葉を出す前に彼女を押し倒した。

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優等生や、他人に凄く優しい人って悩んだら人一倍悩みそうだよねって話。
佐疫は物事を一人で溜め込みそうなイメージがあります。
裏に続く。