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「え、あ……!?」
「へえ、人間らしい姿をしていてもやはり死者、効くんだ」

 今回の亡者はかなり厄介だと肋角さんが言っていたことを思い出した。生前は呪術系の類を趣味としていた亡者、現世を彷徨う今でもその記憶は鮮明にあるらしく最悪な事に道具まで持っている、という情報をしっかり得たのに、気を緩めた瞬間に亡者から懐から取り出した水を掛けられた。
 水なんてどうってことないのに、その水はおかしかった。身体に掛けられた瞬間電流が走ったように身体が硬直して、動けなくなりその場に座り込む。

「なに、これっ」
「これかなり強力な聖水らしいよ、邪気払いもお墨付き。君みたいな地獄側にいる人間にはもってこいの品だよね」
「くっ、」
「あれ、まだ動けるんだ」

 ぴりぴりと身体を動かすたびに電流が走る、震える手で鉈を拾い上げて立ち上がる、これは自分の足なのか、と疑うほどにがくがく震えていて視界もクラクラと揺れ動く。

「怪異にも成り得ない亡者がっ……うっ、……この手で倒す……!」
「思ったよりも元気だね。……他にも道具はあるから良いんだけどね」

 顔を濡らす水を拭おうとした瞬間に先ほどとは比べ物にならない電流が手を伝って身体を襲った。ヘタに触れられない、どうやら獄卒とは相性がかなり悪いのは確かだ。ならばこのまま行くしかない、鉈をしっかり握り締めて狙いを定めて相手に向かって走り出し、思い切り振りかぶり斬り付けようとした瞬間、亡者が額に触れた。普段なら、こんな攻撃は、集中をしていて五感が異常に発達しているから避けきれるのに、今はそんなことをする気力すらなかった。額になにかを貼られた瞬間、ドクンと心臓を鷲掴みされたような痛みが走り、身体全体が焼かれたように熱くなった。

「あ、あああああああああああああ!?」
「お札。名のある人から人伝に貰ったものだけどね」
「あっ、くっ……!」
「痛みは感じられないみたいだけど、こういった邪気を払う類のものはそういうの効かないのかな?」

 痛い、いたいイタイ痛イ。焼けるように熱いってこういうことなんだ、水のせいで身体も思うように動けなくて、ついに力を入れることが出来なくなりそのまま地面に倒れ込んだ。動こうとするならばお札の効果なのか、痛みに鈍い私ですら痛いと感じる痛みと熱さが身体中を走って動けない。我慢しなければ、けれど、頭に警報が鳴り響いて動けなかった。

「くっ、あああ……!」
「他にも効果があるのか試したいから、色々実験させてね。まずは立てないようにしようか」
「いっ、あああああああああ!」

 懐からお札がびっしり張られた短刀を取り出して私の足を一気に切断する。短刀の刃が皮膚に触れて肉を断つと同時に強い痛みが走って叫ばずにはいられなかった。最悪なことに一人での任務だったので助けに来る人はいない、こうなったら誰かと組めば良かった。途切れそうな意識の中、必死に意識を彷徨わせていると身体を持ち上げられる。顔を殴るため、電流が走るのを我慢して腕を持ち上げればその腕をガシリと掴まれた。

「うっ」
「可愛い顔してるね、苦痛に耐える表情とか堪らない。もっと歪めたくなる」
「いった、はぁ……! お前、いい加減に、」
「それはこっちのセリフだよ。もう諦めたら」
「やめっ、……うあ!」

 壁に貼り付けられて、両腕を頭の方に持っていかれネジのようなもので掌を刺された。ネジが肌に食い込んだときに、ネジにも何かあるのかピキリと手が硬直して動けなくなる。これも、なにか邪気払いの類なのだろうか。

「はっ、はっ……」
「うーん、とりあえずこれで良いかな」
「と、って」
「じゃあもう行くから、ばいばい」

 気力を振り絞って口を開けば亡者は無表情に言葉を言い放って心臓付近にさっき私の足を切ったものと同じ短刀を突き入れる。叫ぶ前にバチンと身体が弾けたように跳ねて目の前が真っ暗になった。



「名前との連絡が途絶えた、亡者よりも第一に名前の救出を優先しろ。何かあったらすぐに連絡を忘れるな」

 かなり深刻な表情をした肋角さんに言われた言葉を平腹は思い出した。あの名前と連絡が途絶えたのだ、彼女は警戒心が強いので何か危険を感じれば真っ先にその速さを生かして安全な場所に避難する。多分、恐らく前の木舌みたいに目を抉られたりして動けなくなったのだろうと平腹は暢気に考えながらシャベルを振り回して名前が任務に赴いた場所へ向かう。

「名前ー! 迎えに来たぜー!」

 大声で名前を呼びながら暗い道を歩き続ける、しかし名前の声は一切聞こえずに自分の声が反響するだけだった。

「んー、どうしたんだろうなぁ」

 返事が聞こえないとなんとなく寂しくなるし、一向に亡者の気配を感じないので苛立ちが走る。不思議とぐるりとあたりを見回してもなにか結界が張られているのか妖気を一切感じられない。

「(ま、手当たり次第行ってみるか!)」

 考えたら即行動、平腹の良いところであり悪いところだ。シャベルを抱え走り出して手当たり次第空き部屋を開けっぱなしで怪しい箇所を見ていく。部屋は一階しかないのに妙に広く、これといって怪しい臭いも感じられない事には正直頭を傾げるしかなかった。

「(腹減ったなー、名前見っけたらご飯作ってもらおう)」

 鼻歌を歌いながら邪魔なものはシャベルで払いのけて目的の名前を探しに行く。ふっと、自分が開けたことのない部屋の扉が少しだけ開いていることに気付いた。「お!」とどこか楽しげに表情を綻ばせた平腹は昂ぶる気持ちを抑えて扉を一気に開けた。

「名前〜…………!?」

 声を荒げて探し人の名前を叫んだのも束の間、綻ばせていた平腹の表情が一気に凍り付いた。身体が硬直してシャベルを落とす。ちかちかと裸電球が明暗を灯す中で浮かび上がったのは、紛れもなく探していた名前だったが、異様だった。

「は……? 名前……?」

 震える声で名前を呼ぶも反応は無い。
壁に両手をネジのようなもので縫い付けられており、額には気配を遠くからでも感じられるほど禍々しい札が彼女の表情を隠す。胸に短刀が刺さっていて、赤黒い血が染みを作っていた。彷徨わせながらも視線を下に向ければ両足は切断されており切断部からは血がポタポタと床に雫を作っている。

「な、名前! おい! いてっ、」

 血の気が引いていくのを感じながらも平腹は弾かれたようにシャベルを蹴って壁に貼り付けられている名前の元へ駆け寄った。震える手で刀を引き抜こうものなら火傷しそうなくらい熱い何かが身体を伝わって思わず手を遠ざける。

「は? なんだよコレ……」

 身体に触れたいのに触れないのに苛立ちを覚えて舌打ちをする。名前は、息をしている様子がなく多分絶命している。血の様子からするに攻撃されて時間が経っているはずなのに傷が回復していない、回復すら制御する道具なのだろうか。手ごわい、肋角の言葉をようやくここで理解する。

「名前、」
「あれ、仲間いたんだ」

 後ろから聞こえた声に、平腹は迷うことなく後ろを振り返った。