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佐疫がドMという設定。
捏造も甚だしいです、温和で優しい王子様の佐疫を楽しみたい方の閲覧はお勧めしません。












 開いた口が塞がらないとはまさにこの事ではないだろうか。眼下で獲物を喰らうが如くギラついた水色の瞳に捉えられたまま彼の青白い肌に映えるように流れる赤色の液体はた静止することを知らずに床に点々と染みを作っていく。
 医務室のソファに沈み込んだ私の目の前に身を乗り出し、自身の両手を包み込む大きな手は暖かく心地が良いにも関わらず空気は最悪だ。頭が酷く痛い。ハンマーで殴られたかのような衝撃が襲ってきたのだから無理も無い、チカチカと目の前で何かが弾けては消える。太ももをすり合わせながらただただ目を見張っていると、目の前の彼は紡いでいた唇を開いて、恍惚の表情を見せながら言葉を吐き出した。

「斬島にわざと負けて斬られたときや、思わず思っていた言葉を吐き出して田噛に冷たい目を向けられたとき、偶然起こした平腹に殺されたときよりも、そんなちっぽけでくだらない肉体的精神的な痛みよりも全然……、名前がくれた痛みの方が俺を堪らなく興奮させるんだ。もっと、もっともっと俺に痛みを与えて欲しい」
「いや、えっと、んー……?」
「ねえ、さっきくれた膝蹴り、もう一回やってくれない?」
「ひっ……!?」

 私の両手を包んでいた彼、佐疫先輩の右手がツゥッとタイツを履いた私の膝を滑り行く。膝から妙な感覚が身体中を駆け巡り思わず身体をピンと強張らせれば佐疫先輩は鼻から赤い鮮血を零しながらうっとりとした目で私を見上げる。その表情は、普通この状況で見せるものじゃないし、彼の口から吐き出された言葉の意味が全く持って理解出来なくてただただ茫漠としていてキリキリと、胃が痛くなった。

遡ること数十分前

「ねえさっき佐疫くんが居たわよ」
「一緒の任務の子がこっちに居るのかな? どちらにしよ挨拶してこなきゃ」

 佐疫先輩は温和で紳士的、鬼にしては珍しい部類に入るほどの優男と女性獄卒の間では噂になっている。儚げな印象を与える整った顔立ちと全てを見透かし深い奥底までに入り込みそうなほど温かく冷たい水色の瞳、女子に好印象を与える癖気の無いさらさらの髪の毛。仕事も出来るし強い。絵に書いたような優等生の彼はやはり噂になるという事はかなりモテる、そりゃもうモテモテだ。
 着ていたシャツを脱ぎ、あやこ姉さんに渡し今現在手元にない制服の代わりであるセーラー服に身を通しながら更衣室の外から聞こえる女性獄卒達の声に耳を傾ける。彼女達の言う“一緒の任務の子”というのは私のことだ、元々私は異例な形で肋角さんが率いる男性獄卒達だけで形成されている特務室に所属している。昨日の任務で少しだけ傷跡が残っている足元を隠すために私はタイツに足を通した。特務室には佐疫先輩も居るわけで、よく一緒に任務をすることがあるが今回もそういう形だ、最も今回の仕事は指定された場所に書類を届けに行くだけの仕事だから血生臭い戦いは無いことを願う。

「……名前、居る?」
「はい、今開けますね」

 いつの間にか佐疫先輩のことを話していた女性たちの声は聞こえなくなっていた、多分佐疫先輩を探しに行ったのだろう。今ここにいるのに。更衣室の奥から聞こえるくぐもった佐疫先輩の声を耳に入れて私は結ぼうとしていた赤色のタイを握り締めて扉を開けた。更衣室から出れば目の前にはいつも通りカーキー色の制服と外套を身に纏った佐疫先輩が笑顔を向けて私を見た。

「おはよう。準備は出来てる?」
「おはようございます。大丈夫ですよ、行きましょうか」
「なんだか名前が制服以外で仕事に出掛けるのって違和感あるね。見慣れないからかな」
「私自身もちょっとむずむずします」

 私もみんなに合わせたいというのと、戦闘に置いてはかなり激しい動きを有するので私の制服も男性獄卒たちと同じデザインのをいつも着用している。元々はセーラー服と一緒に渡され好きな方を着て良いと肋角さんに言われているから一応セーラーも仕事着に入る。けれどもスカートは動き難いから滅多に着ないけど。更衣室は私達の部屋と同じ三階に位置しているので外に出るには二階へ降りなければならない、しかし階段は更衣室から歩いて数歩だ。

「今日は書類を渡した後は閻魔庁の手伝いも追加されたんだ」
「……まじですか。まあ予定無いので問題ないですが急ですね」
「向こうの補佐官が何人か体調不良で欠員状態なんだって」
「うわあ……大変」

 仕事の内容を確認しながら前を降りていく佐疫先輩に付いていこうと思ったが、まだタイを結んでいない事に気付き、思わず立ち止まってしまった。暫くは気付かないで階段を降りていた佐疫先輩も隣に居ない私に気付いたのか後ろを振り向いたあと「待ってるよ」と一言残して先ほどと同じくらい柔らかい笑顔を向けてくれた。お礼の意を込めて一礼しつつ急いでタイを結ぼうと首下に駆けた瞬間、

「名前! こんなところで何してんだ!?」
「え、あ……!?」
「なっ……!」
「ふぉ?」

 聞き慣れた声と口調、背中に圧し掛かってきた重み、ずしりと身体に襲い掛かり私はその重みに耐え切れなくなりそのまま身体が、足が階段から離れて宙を浮いた。間抜な声を出したと同時に空気中に放り出されて全ての光景がスローモーションのように流れていく。あれ、これまずいんじゃね? と思っている間にも時既に遅し、凄まじいスピードで私の身体は重力の流れに乗って踊り場へと吸い込まれた。声を出す暇もない、佐疫先輩がこの世の終わりのような顔をして何か叫んだ後両手を広げた。けれども踊り場と私が止まっていた場所はかなり距離があるので受け止め切れたとしても無事では済まされないだろう、なんて色々考えている間に必然的に丸まり衝撃を和らげようと膝を少しだけ折り曲げた瞬間、メキリと嫌な音と感触が右膝を貫いた。

「え」
「っ……!?」

 状況を理解しようとする前にとてつもない衝撃と痛みが身体を襲った。床に身体を叩き付けて右膝は依然と変わらぬまま妙な感触を受け止めている。がたんという音が耳に響いて呻きにも近い声を上げる。

「いっ、た」
「名前佐疫大丈夫か!?」
「……」
「平腹先輩……」

 ずきずき痛む身体に鞭打って身体を起こせばかなり焦った表情の、私を階段から突き落とした張本人平腹先輩が階段を軽快なリズムで降りていく。この野郎、一回殺してやる、なんて殺意を向けていたが先ほどから感じる右膝の違和感と私を受け止めようとしていた佐疫先輩が居ない事に違和感を感じたのでおそるおそる右膝に目を向けた瞬間、

「佐疫先輩いいいいいいいいい!?」
「そうそう、お前落ちた後佐疫に膝蹴り喰らわせてたぜ!」
「うわああああ! 先輩! 先輩しっかり!」
「……う」

 右膝に感じた違和感はこれだったのか! 私の膝蹴りをモロに受けたと思われる佐疫先輩は鼻から血を流し完全に伸びきっていた。良かった顔は凹んでない、けどこれ生きてるよね!? 身体を持ち上げて必死に名前を呼びかければ苦しそうに呻いた佐疫先輩が目を開けた。ああああ良かった生きてる! 膝蹴りを喰らわせて殺したなんて事が屋敷内に知れ渡ったら私多分暫く冷たい目を向けられる、先輩姉さん達に。

「名前……、あれ、俺……」
「良かったあああああ……! ごめんなさいいいいいい!」
「てか佐疫鼻血出てんぞ、大丈夫か?」
「元々平腹先輩のせいですからね!?」

 あっけらかんと笑う平腹先輩に沈みかけていた殺意が再び湧き出てきた。けれども今はそんな事をしている場合ではない、佐疫先輩の手当てをしなければ。顔を抑えて呆然としている佐疫先輩に手を貸して立ち上がらせた平腹先輩に一応お礼を言って彼の手を引き医務室へと向かった。

「佐疫先輩、すぐに手当てしますから待っててくださいね」
「有難う」

 薬品のニオイが鼻腔を擽る中で私は必要である消毒液とガーゼ、湿布と探し出して彼が座っているソファの隣に座り込んでガーゼに消毒液を垂らす。あいにく医療班の人たちは出張任務で居ないらしくどうしても必要なら連絡をしろ、という内容が書いてあった紙が扉に張ってあってあったがこれくらいなら大丈夫だろうと思い私は応急処置を施す。まあ時間が経てば獄卒達が持つ再生機能の力で元に戻ろうと思うけど鼻血が痛々しくて見てられない。
 赤く腫れた鼻先にガーゼを押し当てれば痛いのか佐疫先輩が顔を歪めた。

「い、痛いですか……?」
「いや平気。……それより名前の膝大丈夫? タイツまで汚しちゃってごめんね」
「これくらい気にしないで下さい。そんなことよりも佐疫先輩の方が重症じゃないですか」

 確かに私の右膝を覆っているタイツは彼の赤い鮮血で汚れているがタイツなんて洗えばこのくらいなら多分落ちる。こんな時まで私の心配をしてくれる佐疫先輩に胸が少し高鳴るが誤魔化すようにガーゼを鼻先までに持って行こうとした瞬間、おもむろに佐疫先輩が立ち上がって私の右膝を確認するかのように目の前で片膝を付いて座り込んだ。

「……?」
「こんなに血を流したんだ……、どおりで気持ち良いはずだ」
「…………は?」

 うっとりと吐き出された佐疫先輩の言葉が理解出来なくて私は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。



 膝蹴りを、もう一度? え? 痛みをくれないか? んん? 全く持って意味が分からずにただ先ほどの佐疫先輩の言葉が脳内をぐるぐると駆け巡る。えっと、目の前で何故か私の膝に頬を摺り寄せんばかりの勢いで見つめている目の前のこの男は数十分前までは温和で紳士的、鬼にしては珍しい部類に入るほどの優男と女性獄卒の間では噂になっていて、絵に書いたような優等生という印象を周りに与えていたはずの男、佐疫先輩だよね? うん、この目の前に居るとてつもなく危なっかしい雰囲気を纏っている奴は誰だ。

「あの、佐疫先輩?」
「ねえお願いだよ、膝蹴りが嫌なら踏んで? ああでも欲を言えば名前の生足で踏んで欲しいかな」
「……」
「断じて変態なんかじゃないんだ。ただ最近は何かが外れたって言うのかな? 痛みに快感を覚えるようになってしまって……」
「…………」
「怪異の攻撃をわざと受けても、鍛錬中に負けても、蔑んだ目で見られてもそこまで強い快感はやってこない。……不思議だと思ったよ。そうそう、確か一番最初に痛みに興奮したのは我を忘れ怪異を倒している名前の攻撃を喰らったときかな」

 数日前、任務で赴いた場所が強い怪異達が集まる場所で、久々の戦闘になぜだか興奮してしまった私は作戦を無視してそのまま突っ走り怪異をなぎ払っていた。普段なら怒られるところかも知れないがこの時の私は誰にも止められることは出来ないほどの興奮を見せていてあの谷裂先輩に「あんなに恐ろしい名前は見た事がない」と言わせたほどだった、らしい、殆ど覚えてない。まあそこまで興奮状態アドレナリン放出状態だったならば当たり前だが周りなんか全く持って見えていなく、後ろから襲い掛かってきた敵に気付いて護ろうと身を乗り出してくれた佐疫先輩ごと私は自前の武器で斬り付けて殺してしまったことがあった。……うん、しこたま怒られた。あの時の佐疫先輩は笑っていたけれどもつまりはこういう事なのか。

「そして今日の膝蹴りを喰らって分かった。……俺、名前から与えられる痛みに酷く興奮するらしい」
「えっと、あの……つまり、エムってことですか?」
「ああその引き気味の目も良いね、どうせなら「くそドエムが」なんて言いながら蔑んで欲しいところだけど」

 言葉が出なくて、やっぱり呆然としていると痺れを切らしたのか佐疫先輩は私の両手を握り締めて顔を近づけると、懇願するように切なげな表情を見せて言葉を出した。いや、あの、なんだか目がギラついていて怖い。

「名前、お願いだよっ……もっと痛みを、精神的苦痛を……、俺に与えて」
「いやいやいや無理ですから! というか佐疫先輩変ですよ!?」
「俺は正気だよ! 寧ろ溜まっていた何かを吐き出せてすっきりしている! ねえ生足で踏んでくれよ! 蔑んで罵って!?」
「願望がえげつなさ過ぎて気持ち悪い!」
「今のも良いけど、やっぱり足りない! ねえ名前!」
「〜っ、嫌!」
「ぅぐっ!?」

 こんなの絶対佐疫先輩じゃない。どんなに否定的な言葉を吐いても苦しみから逃げ出したいのか、もっと快感の奥底へ行きたいのか分からないけれども涙目で迫ってくる佐疫先輩が怖くなってくっつけていた右膝に力を入れてほぼ無意識に上に向かって突き刺すように上げれば身を乗り出していた佐疫先輩の喉元にクリーンヒットしたらしくて佐疫先輩は短く呻いて喉元を押さえて地面に手を付いた。

「げほっ、げほげほっ……!」
「あ、さ、佐疫先輩大丈夫ですか!? すみません!」
「ふ、不意打ちか……やっぱり名前、俺の急所を付くのが上手いね……。凄く、良かったよ……!」
「……」

 ギラついた綺麗だったはずなのに今は妙に濁って見える水色の瞳を私に向けて荒い息を吐く佐疫先輩。これが夢だというのなら、早く醒めて欲しい。この事態をどう回避しようか短時間のうちに自分の限界までの頭脳を使って考えてみるが、受け入れようにも身体が拒否を示して、受け流そうにもコイツはそんな事じゃ絶対諦めてくれないだろう。

「……詰ん、だ」
「なに? 今度から俺の事はゴミ野郎って呼んでね」

 どうやら私は逃げる事の出来ない箱庭に閉じ込められたらしい。

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ずっと放置していたドMな佐疫くんでした。多分優等生こじらせすぎてMに目覚めちゃったのではないでしょうか……。いやあのほんとすみません、捏造も甚だしいことは承知ですが書いてて楽しかったです。