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 最初はほんの野次馬心みたいなものだった。あの斬島たちでも微妙に手こずった亡者と聞いて好奇心がむくむくと膨れ上がったので、仕事をサボった俺に代わりに任務に行かされた名前の怒りを宥めた後に閻魔庁へと赴いた。

「……誰?」
「初めまして、亡者さん」
「……」
「俺ナマエっつーんだ、宜しくね」
「……」
「(うはー、無視はちょっとキツい)」

 第一印象は、美人さん。特に悪い事もしてなさそうな大人な女性だった。話を聞く限り元OLで二十七歳。俺の生前よりも年上、特に関心もなかった。
しかしなんだか妙にこの亡者に興味が湧き彼女、もといマキさんが地獄で罪を償っている間俺は暇な時間を縫って彼女に会いに行った。

「こんちはー、マキさん」
「……また、来たんですね」

 遠回しに迷惑そうな表情をするマキさん。どうやら生前では親子関係に問題があったらしくかなり内向的で自分にあまり自信が無いみたいだ。それとは対照的な黄色の服にピンクのスカート、暗い過去の自分を変えたいがために選んだ服らしい。

「そんな嫌そうな顔しないでよ、俺の話聞いてって」
「……」

 記憶喪失で自分の名前と生前の年齢しか分からないけれど、これでも一応獄卒もどき様々な亡者や獄卒達の話は知っている。気軽に話せる相手が欲しかったから俺は何度もマキさんに会いに地獄へ足を運び取り止めの無い事を一方的に喋る。街で流行っているファッションや今人気のお菓子、亡者から聞いた面白い話しや現世調査であった出来事など、会話が途切れないように俺はずっと喋っていた。

「でさー、そん時にその亡者が」
「なんで」
「んー?」
「なんで、私に構うの? 私なんかと話しても楽しくないでしょ?」

 ある日、彼女がそんな事を聞いてきた。驚いた、殆ど毎回俺が一方的に喋るだけだったし彼女が自ら口を開くことは無いに等しい、けれど投げ掛けられた質問には答えなきゃいけない、俺は一生懸命考えて思った事を口にする。

「うーん、話し相手が欲しいのと……あと、マキさんの笑顔見たいし、マキさんと話してると楽しいもん」
「……!」
「(あれ?)」

 指折りで思ったことを言えば、マキさんが黙る。疑問に思って彼女の顔を見れば、なぜだか赤面していた。

「どしたの?」
「そんな事、男の人に言われたの……初めて。嬉しいものなのね」

 有難う、とはにかみながら言われた瞬間俺は意識が吹っ飛ぶくらいの衝撃に晒された。だって笑ったんだ、彼女が初めて。心臓がどくんと音を立てて熱が一気に身体中に回りだした。言っちゃえばその笑顔にときめいて、俺は彼女に恋をした。けれど獄卒が亡者に恋愛感情を抱くなんて御法度だしそれなりの処罰が下るはずだ。一瞬の間に色んなモノが駆け巡り俺は、持ち前の明るさを生かして思いを隠す事に決めた。

「マキさん初めて笑ったー、かーわいい」
「か、からかわないで」
「俺好きになっちゃったー、マキさんのファンになるね」

 なるべく明るく言えば、マキさんは再び顔を赤くして俯いた。
それから早かった、俺のことを“獄卒さん”から“ナマエくん”と呼ぶようになって、彼女は見る見るうちに明るくなり色んな人とコミュニケーションを交わすようになったし、よく笑うようになった。まあ居るのは地獄だから色々辛いと思うけれど、たまに零れる愚痴も俺は付き合った。

「ナマエくんは、凄く話し易いから何でも話せるの」
「だろー? 惚れた?」
「もう」

 頬を膨らますマキさんは愛らしい。愛おしむように彼女を見つめて頭を撫でれば照れ臭そうにしながらもはにかむ。そんな彼女が、大好きで堪らなかった。
本来ならば、好きになってはいけないのに、一度自覚してしまったら想いは留まることを知らない。

「やっほーマキさん」
「ナマエくん、こんにちは」
「結構月日が経ったね、そろそろ転生じゃないかな」
「だと良いけどね……。ちゃんと罪を償えてるのかしら」
「だいじょーぶだよ、マキさん」

 亡者は必ず罪を償った後は転生する。転生してしまうのだ、マキさんもだいぶ長い間地獄に滞在しているから多分もうすぐで輪廻の輪に戻るだろう。このまま時間が止まってしまえ、と何度も思った。居なくなってしまう、彼女が、俺の前から。

「ナマエくん」
「うん?」
「色々、有難うね」
「ふはっ。お別れみたいだから、止めてよね」

 おどけた笑顔で言えば、「そうね」と言ってくすくす笑うマキさん。分かっている、彼女はもうすぐ、転生する。
翌日、上司に呼ばれた。

「あの亡者が今日転生する。何か言いたいことがあるなら行って来い」

 上司である肋角さんにそう言われて、気がついたら俺は無我夢中で走り出して閻魔庁へ向かった。

「マキさん!」
「……ナマエくん」

 どこか嬉しそうな、寂しそうな表情をしたマキさんがいた。彼女の付き添いを代わってもらい、輪廻の輪がある部屋へと移動する。転生する亡者には獄卒が一人付くのでその役を買って出て彼女と二人きりにさせて貰った。

「……」
「……」

 沈黙が走る。早く、なにか言わなければ彼女の身体は薄くなり消えてしまう。それまでに、それまでに言いたいことをたくさん話したいのに言葉が出てこなかった。唇が乾いて言葉が見つからない。普段ならもっともっと、五月蝿いくらい話せるのに。

「あ、あの」
「!」

 マキさんが口を開いた。

「あのね……私……斬島さん達やユウちゃ、友人のお陰できちんと罪を償おうと思った。一人切りで誰とも関わらずに」
「……うん」
「だから最初ナマエくんが明るく話しかけてきたときもあまり相手にしなければもう構ってこないだろうって思ってた」

 実際、初めて交わした会話は二言三言だった。実際俺も最初は、関係はそれっきりだと思ってたしな。マキさんの言葉を大人く聞く、彼女は拳を握り締めて、必死に笑顔を作って喋る。あの時の、俺みたいに。

「けどね、よくナマエくんは私に会いにきてくれた、私は黙ってるだけだったのにナマエくんは色んな事をたくさん喋ってくれて……最初はこの人はどうして私なんかに構うんだろうって思ってた」
「……」
「それでね、理由を聞いたことがあったでしょ?」
「うん。どうして構うの? って言ってたね」
「そう。そしたらナマエくん、私と話してると楽しいって言ってくれたの……吃驚したけど嬉しかった。そんな事久しく言われたことなかったから」

 すっとマキさんの目が伏せる。俺は、彼女から視線を外さずに彼女の口から紡ぎだされる言葉をただ耳に入れていく。一字一句、聞き逃さずに。

「それから、笑った顔可愛いって言ってくれて……そしたらなんだかムスッとして誰とも関わらないようにしていた自分が馬鹿らしくなった」
「あれから笑うようになったもんね」
「実際に地獄の人たちと話をしているうちに、たくさん褒められたり怒られたりして次第に自分というものを保てるようになった、罪を償う身でも、楽しいと思えることがたくさんあった」
「……」
「ナマエくんが飽きることなく色んなことを話してくれて、それに興味を持つようになった。お菓子とか、服とか、本とかいっぱい」
「マキさん、」
「あ……」
「!」

 名前を呼ぼうとしたとき、彼女が声を上げた。気がつけば彼女の身体は既に透け始めていて、消え去る準備を始めていた。
居なくなってしまう、どうしよう、俺が何も話せずにしているとマキさんはパッと顔を上げて俺の手を握り締める。小さいけど、暖かい、それだけで涙が出そうだった。

「有難うね、ナマエくん。私に、色んな事を教えてくれて」
「っ」
「もうお別れになっちゃうけど、楽しかった。私なんかを好きって言ってくれて有難う、たくさん話し相手になってくれて有難う、……私に、恋を教えてくれて有難う」
「〜……マキさん、俺」
「ナマエくんと出会って楽しいことばかりだった、地獄は辛かったけど、貴方に会える日は辛くなかった」
「マキさんっ……! あの、」
「なに?」

 彼女の茶色の瞳が揺れ動く、俺も、鼻の奥がツンとして来た。泣くものかと顔を一回横に振って思ったことを口にする。

「来世では、必ず幸せになって。俺のことなんか忘れちゃうかも知れないけど、たくさん笑ったり泣いたりして色んな経験をして……、年老いて天寿を全うした日が来たらば、」
「会いに、来ても良いかな? ……ううん、もしかしたら来世で出会うかも」

 おどけたように言う彼女の言葉に我慢出来ずに涙がこぼれ出た。既に彼女の身体はお腹辺りまで消えかけていて、あと会話を交わす時間もほぼ無い。
来世で出会う、それが出来たらどんなに嬉しい事か。

「俺も、なるべく早く追いかけるから」
「……うん、待ってる」
「再び出会う所が転生後か、この獄都か分からないけど、こんな風にお互いまた笑って話せると良いな」
「そうだね、私、忘れないよ。きっと」
「ん……」

 彼女の頬に触れて、泣き笑いだけど笑顔を見せる。消えてしまう、既に彼女の身体は透けて見えなくなりかける。光の粒子がキラキラ光ってマキさんの身体が徐々に透けていく。

「ナマエくん」
「マキさん」

“またね”

 言葉が重なり合い、それと同時に彼女の身体は完全に光の粒子となり消えていった。初めからそこに何も無かったかのように俺の手は宙を掠りだらりと垂れ下がる。
俺の恋愛感情は、本来抱いてはいけないものだったのかもしれない、だけど後悔はしていない。

「……またね、か」

 また、出会えるだろうか。いや、絶対に出会う。必ず記憶を取り戻して彼女の元へ行きこの手で抱き締めるんだ。出来なかったことをして、話せなかったことたくさん話して二度と離れないようにその手をしっかり握り締めるんだ。

 永遠なんてものはない、どんなものにも必ず別れがあり、出会いがある。
有り難う、大好きな人。
貴方に、溢れんばかりの幸せと愛が訪れますように。
再び会えるその日まで、

「さようなら。どうか、お元気で」

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出会いと別れ、卒業式のイメージで。
卒業おめでとうと言わせても良かったかも。後日談あり?