×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
短編
ぐらぐら幸福論
 蛇口をひねり出したかのように激しく降り注ぐ雨粒と、灰汁を掻き回したような雲の隙間からまるで威嚇をするが如く金色に輝く稲妻が空を切り裂く。閃光が駆け抜けすぐさま地響きのような大きな音が当たり一帯に響き渡る度に布団で丸まっているツァホヴはがりがりと自らの爪を噛み続ける。既に就寝時間はとっくのとうに過ぎており他の連中は寝静まり静寂の中に雨音と雷の音だけが奏でられていた。
 地面を叩きつける雨の音に時折光閃光と轟音、夜の暗さも相まって寝室はまるで果てし無く続く森の中に一人取り残されたかのような孤独感、疎外感。噛み続けている爪は既に剥がれかけておりそれでも気にせずにツァホヴは鉄の味を舌の上に転がしながら小刻みに震える。

「(ここ怖い……ね、眠れない……)」

 片手は爪を噛み、ついには二段ベッドにぴったりくっ付いている壁に手を伸ばしカリカリと掻き出した。夜な夜な壁を引っ掻く癖があるツァホヴのベッドルームには赤黒い血の跡がこびり付いているのを皆知っているが、誰も何も咎めなかった。いつもの事なのだから今更どうこう言ったって仕方が無い。
 一瞬だけ眩い光が空を襲いすぐさま轟音が鳴り響くたびにその音を掻き消さそうと更に強く壁を掻き続ける。壁を掻く音すら雨音に掻き消さそうな勢いの中怖さで目を見開き震え続けるツァホヴは泣きそうに目元を滲ませた。

「(だ、誰か……)」

 添い寝を頼もうにもどうせ誰も了承はくれないだろう、所詮自分はその程度の存在なのだ。
 一瞬だけ、脳裏に撫子色が過ぎったが既に彼女は眠っているに違いない、彼女は自分よりも臆病ではないし雷如きで眠れないなんてことは無い、どうせ寝不足でげっそりしていた自分を見て呆れたように撫子色の瞳を細めるだけだ。
 ひたすらに壁を掻き爪を噛み続ける、痛覚は神経を刺激するがそれを上回る恐怖心でなにも感じられなかった、このまま目を瞑っていれば身体は勝手に眠りに落ちるだろうと決め付け目をギュッと瞑る。

「(うぅっ……)」

 音が、光が怖い。周りの音を掻き消すほどの雨音に時折響く雷の音、こんな中で眠れる奴等の気が知れないが寝ないと明日に響く。
 ひたすら爪と壁を引っ掻いている自分の後ろに、一つの影が忍び寄っている事なんか露知らずに。
 行き成り後ろがぼんやりと明るくなる。伸ばされた誰とも知らぬ手が自分の身体を隠すように覆っている布団に触れた時、ツァホヴは既に恐怖で固まっていた身体を大きく跳ねさせた。

「っうわあ!?」
「しー……! 皆が起きてしまうでしょう!?」

 突如襲った違和感に思わず大きな声を出してしまったがすぐさま掛け布団が口元に持っていかれ一つの高い声が窓を叩く雨の音の中鼓膜を揺らした。聞き慣れた声にもしかして、と思いつつも半信半疑になりつつも掛け布団で身を護るように身体を多い声のする方向へと方向を変えた。

「だ、れ! ……あ……ナマエ……?」
「声でわたしだと判断つきませんか?」
 
 薄暗い部屋の中に浮かび上がる撫子色が異様に目立ち、ツァホヴの視界に映りこんだ。徐々に慣れ行く暗闇の視界では仲間の一人であるナマエが手持ちサイズのランプを持ちツァホヴのベッドを覗き込んでいた。柵に手を添えて少しだけ不満げに眉を顰めるナマエがなぜここに居るのか、ツァホヴはただただ疑問符を頭に浮かべる。
 ナマエは女の子である故眠っている部屋は別々だ、それなのになぜこんな夜中に自分達男が寝ている部屋に来たのだろうか?

「ツァホヴが雷雨を怖がって眠れてない、という話をアドムが云っていて……。壁を引っ掻く音も五月蝿いという苦情も入ってますけどね。可能ならば添い寝をしてやってくれという話を思い出したので試しに起きてるか見に来たんです」
「あ……そ、そうだったの?」

 確かに最近は酷い雷雨のせいで眠れないのも事実だし、癖で壁を引っ掻いてしまう事で皆に迷惑を掛けていることも分かっていたが止めようにも止められない。その事をアドムがナマエに零していたとは、申し訳なさや羞恥で身体が変に熱くなった。
 そんな事は露知らず、ナマエは未だに鳴り止まない雷雨の音にため息を零しながらもランプをツァホヴの枕元に置きベッドの端に腰掛けて再び言葉を投げ捨てた。

「雷雨が来たのが夜中でしたから眠っているだろうなと思いましたけど……起きてたんですね」
「だ、だ、だって……」
「……眠れないですか?」
「……う、ん」

 やっぱり、と頭上から零れた言葉に言葉が詰まり黙りこくる。わざわざこうして自分を見に来てくれた事にお礼を述べて、大丈夫。と遠慮するべきなのに何時にも増して酷いこの天候のせいで言葉は喉奥に張り付き中々口から零れなかった。
 ごめんなさい、と小さく掛け布団に潜り込み雨音に掻き消されそうなほど小さな言葉を吐き出せば、温かいものがふわりと自分の金糸雀の髪を掠め乱される。

「え……?」
「ぢゃあ……一緒に寝ましょうか?」
「い、良いの……!?」
「構いませんよ。それに枕や壁を血塗れにされるよりもマシですし」

 呆れ果てたようにランプの燈でおぼろげに浮かび上がる壁の引っ掻き傷と追う様に付いている血を見て皮肉を込めた笑いを浮かべた。少女らしくどこか幼げなその表情は、ツァホヴにとって彼女の好きな表情の一つでもある。ナマエはカホル達とは違ってお仕置きには加入しないし、おどおどしきっている自分に憤慨を示していても結局は気にかけて救いの手を差し伸べてくれる、そんな彼女が好きで好きで堪らなかった。
 壁際にいると引っ掻くだろう、とナマエは横になっているツァホヴを跨いで自分が壁際に寄りそのまま同じ布団の中に潜り込んだ。枕を貸したいと思ったが爪を噛んでいる時に出る血で汚れているのでごめんと小さく謝りながら自ら広いスペースを作る。
 誰かが隣に居る安心感と、殆ど隙間が無い距離感が作り出す互いの体温が交じり合い温かい、鼻腔を掠めるナマエの匂いも相まって身を絡めていた恐怖心はいつの間にか解けていた。

「あ、あ、ありがとうナマエ」

 ランプの燈も無くなり暗闇の中で卑屈そうに笑みを浮かべて、ナマエの両の手を布団の中で探しそのまま自らの唇に引き寄せてパサついたソレを彼女の柔らかく甘ったるい匂いがする手に押し当てた。少しだけナマエは戸惑いの色を見せたが、これは彼の癖だと悟り何も言わずに自らの手を捧げる。天主様に捧げた左手には包帯が巻きつかれ冷たい布の感触も、反対に温かい右手の感触を唇で感じツァホヴは誰にも気付かれぬようにまた卑屈な笑みを浮かび上げた。
 其の仕草を目に入れ、ナマエは熱を帯びたツァホヴの頬を軽く撫ぜ上げる。

「どういたしまして。では寝ますか」
「う、ん」

 眠気が来ているのか、重たそうに瞼を降ろしては持ち上げるナマエを見て、ツァホヴは頬を撫ぜ上げた手を掴み握り締めた。気がつけば外の雨は多少なりとも止んだのか激しく窓を叩きつける音は聞こえなくなりざぁざぁと機械的な音だけが響いている。
 しかし、再び空に一閃が走り地を割るような大きな轟音が響き渡った時ツァホヴは縮めた身体を大きく跳ねさせ爪を口に含んだ。

「ひっ!」
「ツァホヴ……、いっ!」

 怖い怖い怖い怖い、稲妻の音が怖く隣にナマエが居るにも関わらずただひたすらに爪を噛み無意識に己の手が握っているナマエの手にも勢い良く力を込めた。ぎしりと力が強まっているためか骨が軋みナマエはあまりの痛さに一瞬だけその整った表情を歪めた。
 がりがりがりがり。爪を噛む音だけが二人の隙間から響き渡り暗闇に慣れている目で血が流れている事に気付いたナマエは激昂しそうな感情を必死に抑え骨を砕かれん勢いで握り締められていた手を振り解くその手をツァホヴの口の中に収めた。生ぬるく湿った赤い舌を指で押し、半開きで覗く白い歯に少しばかり伸びた爪を押し当て驚きで見開ききっている目を撫子色の瞳で睨みつける。

「な、なにっ……」
「見るからに痛々しいんですその姿。それにわたしが居るのに怖がるとはどういう事ですか?」
「……ご、ごめ」
「わたしが聞きたいのは謝罪ではありません。噛むのならわたしの爪を噛んでください」
「……」

 歯を引っかかれ、思わずその爪をいつも自分がやっているよう噛んで見れば自分の爪とは違う不思議な感覚が口内を満たした。
 怖さを紛らわすために爪を噛み壁を引っ掻いていたが、ナマエの爪を噛んだ瞬間不思議と落ち着きだけが心を満たして行きツァホヴは自分の唾液で濡れたナマエの指を布団で拭い取り、縋り付くような目で彼女を射抜く。

「ナマエ……」
「なんですか?」
「……だ、だっ、こ、しても、」
「爪を噛んだり壁を引っ掻かなければ」
「…………うん」

 既に全てを見通していたかのように、ツァホヴの小さな頼みごとを聞き入れれば片手を少しだけ宙に浮かせ腕を通すスペースを作り上げた。義足をぎこちなく動かしゆっくりと自分やアドムたちとは違うナマエの細くくびれた腰に腕を伸ばし身体を引き寄せ抱き締める。ナマエの額に唇を寄せれば酷く心地良くこのまま食べてしまいたいという謎の欲求だけが脳内を支配する。

「……眠れそうですか?」
「う、うん。ナマエ、あ、温かい、ね」
「ツァホヴも十分温かいです。……あヽもう大分遅い時間になりましたね、さあ寝ましょう」

 ツァホヴの背中にもナマエの腕が絡められ身を引き寄せられる。雨音も雷の音も、気がつけば気にも留めずこうしてナマエを抱き締めている間は最初から存在しなかったように掻き消された。
 優しい言葉をたくさん貰っているわけでもない、ただただ背を撫でてもらっているわけではない、なのに彼女が隣に居て自らの腕に収まってこうして体温を感じているだけで幸せだと感じる。明日になればまた何かしらで怒られるだろう、そう考えると怖くなるのに、揺らいだ幸福と不幸せの狭間ははっきりしない事が酷くツァホヴにとっては下手な痛みよりも幸せでたまらなかった。

「ナマエ……」

 眠りの世界に落ちたナマエの額にそっと唇を落としてツァホヴは今この時の幸福感に身を投じて行った。

----------------------------------
某呟きサイトで見たSSSがもう、これしか無いだろうと思いまして……。怖がっているツァホヴ可愛い、これはぜひ撫子に添い寝させようと思ってですね、満足です。

題名:英雄様

back